エメラルドの瑕疵

旧 『楽母の人見知り日記』です。 毎日更新しています。気候の良い時期は地元(京都)の寺社散策に励みます。

他人事とは思えない

2016-05-24 08:03:25 | 日記
先日、市役所前で電車を待っていたら、70半ばらしい人がふたりと、その娘と思しき3人連れがやってきました。
どうやら、母子1組と、その知人という組み合わせのよう。

母子とその知人は行き先が反対方向で、一人になったおば(あ)さんに、「こっちのホームで赤い線の車両に乗ったらいいのよ、青いのはだめ」って言い聞かせている。
 
市営地下鉄と私鉄が乗り入れている区間なので、地下鉄の方に乗れということらしいけれど、もちろん車両に赤い線や青い線が入っていて一目でわかるようなものではない。 地下鉄乗車券だったのかもしれないけれど、ひとりになったおば(あ)さんが下りるY駅は、地下鉄でも私鉄でも両方停まる。

母子連れの方の親が、「私は急がないからこの人をちゃんと乗せてあげてから(私たちは)帰ればいいじゃないの」と言ってるのに、娘さん(というか50代ぐらいのおばさんだけどw)は「大丈夫よね」と言って、母を急かして行ってしまった。

まぁ、50年配のおばさんは、忙しいのだろう。

ちょうどその時、地下鉄が入ってきてホームドアが開いたのに、残されたおば(あ)さんは不安げにしているだけで乗り込もうとしない。
多分、車体に青い線も赤い線もないから迷っていたのだと思う。

一人になってからそのおば(あ)さんの様子といったらほんとに不安げで、無視できなかった。

ひとつ離れたドアにいたんだけれど、とっさに、「Y駅って聞こえましたけど、これで大丈夫ですよ」と、そのおば(あ)さんに声をかけてドアが閉まる寸前に乗りこめた。

「ごめんなさい、さっきの会話が聞こえてたもので、、、余計なお世話だと思ったんですけど、私もひどい方向音痴で知らない所だと泣きそうになるもので、思わず声をかけてしまいました」

「ありがとうございます。 助かりました。 一年に一度(展覧会のときだけ)しか来ないので覚えられないし、70過ぎてから頭がおかしくなって・・・」と。
「それでも付き合いも大事なのでなんとか出てきたんですけど、帰りが分からなくて不安で不安で・・・」
Y駅からJRに乗り換えて滋賀県に帰るのはできるのに、京都市内に入ると分からないという。

「分かりますよ、私も知らない所に行くと人に聞きまくったりしてやっとやっとですから」

乗っていてもあと何駅でY駅に着くか分からなくて不安そう。 なので、あと3つですからね、って多分、親切なんじゃなく、私が同じ立場だったらそうして教えてくれた方が安心だから。

Y駅についた時、とても丁寧にお礼を言ってくれました。

「お元気で」

母が壊れかけた時、兄の住む千里に行こうとして大阪駅で迷いに迷ったことがあったらしい。
きっとあんな風にオロオロしてたんだろうな、と思ったら涙が出てきた。

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8 コメント

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私の母も… ()
2016-05-24 08:42:32
読んでるだけで泣きそうでした。
母も我が家に来るときに道に迷って、というか待ち合わせ場所に来なくて、大変な思いをしました。
父母二人で来た時も、結局ご近所さんが見かねて声をかけて我が家に連絡が来たという…
認知症云々ではなく、とっさの判断とか臨機応変とか、そういうことが難しくなるのは、最近自分でも気づいています。辛いけど、それを受け入れつつ、上手に生きなきゃな~
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おはようございます (ketty)
2016-05-24 09:04:53
時々利用してるのに、未だに京都地下鉄路線図が頭に入って無く、ホームに降り立ち、うん?右の車両?左?・・
何度か訪れた筈の石山や坂本行きも、いつもキョロキョロ挙動不審者です(苦笑)
楽母さんに声を掛けて頂き、身に染みて嬉しかったの、
良く分かります。 
その方の良い思い出になったでしょうね。
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おっはどす! (おちゃこ)
2016-05-24 09:36:21
多くの女性には同じ思い出があるっちゅことやね~
ウチの母も認知症が始まりだしたとき
一人で京都からタクシーで「枚方へ」とだけ言って乗り込んだらしい。
枚方って広いんやけど~!

町名を覚えていたらしくて、なんとか藤○までは辿りついたけど・・・その藤○ってつく町はメチャンコ広い!
運転手さんも何と送り届けてあげたい一心で
道行く人に聞きまくってくれたみたい
で、「○本さんと言う○歳くらいのデパートに勤めておられる女性」意外とそんなことで分かったみたい!
やっと家に到着!

普段はみんな留守していることが多いのにその日は娘が在宅で・・・
もし娘も留守にしてたらどうなってる???
家の外で夜まで立ってたかも?
電話一本かけてから来ると言う事が分からなくなってきていた!
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私も (muku)
2016-05-24 13:35:20
私も泣きそうに・・・てか、泣けた。
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お返事です (楽母)
2016-05-24 17:46:20
縁さん
前にも書いたことがありますが、認知症の始まりのときって、本人さんが一番恐怖だと思うんですよ。
完全に分からなくなってしまうまでの過渡期、この地下鉄で乗り合わせたかたも、そんな感じでした。
母の晩年とダブるんですよね。 それにつけても人って、本当に他人の痛みが分かるのは同じ体験をしたときだけなんだろうな、って思いました。 うちも母がボケなかったら、あのおばあさんにどれほどの事ができただろうって思いますもん。

kettyさん
安心してください、私はいまだに地下鉄の路線も、私鉄やJRと乗り入れたり乗り換えたりする駅がよく分かっていません(苦笑) ひとりホームに残されてから、ほんとに、母親とはぐれた3歳児のような感じで、見るに見かねました。 あのおばあさんが降りる駅までの間も落ち着かない様子が分かりました。私もたまに、全然知らない電車に乗っている時、車内アナウンスが線路の轟音?で聴き取れなかったりするとめっちゃ不安です。
なので、一人で知らないところに行くときは、停車駅まで全部調べていきます(笑)

おちゃこさん
みんな、親を看取ったり介護の現役世代なので同じように他人事ではないんでしょうね。
うちの母も大阪駅でたぶん、いきなりマダラボケのダメな時の症状が出たんだと思います。
地下鉄に乗り換える券売機のところでうろうろしていたようです。 しかも、お財布を盗られたとかなんとかわけわからないことまで言い出して大変だったみたい。
電話で行き方を確認する、ってことすら思い浮かばなかったみたいですし、電話番号も分からなかったみたい。 千里、というのだけで着いたものの、兄の家に着くまでもひと騒動あって、兄嫁が愚痴りまくってました。

mukuさん
私ね、父は癌、母は認知症、二人を見ていると、認知症の方が残酷だと思うの。
父は最期まで立派な父だったの。 でも、母は本当にすっかり壊れてしまって。 今更、自分の親には何もできないので、せめてもの罪滅ぼし。 人には優しくしたいです。
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こんばんは (ゆっきー)
2016-05-24 21:29:57
娘らしきおばさんに猛烈に腹がたっています。せっかくお母さんが提案されているのに。
京都の地下鉄はややこしいというか、近〇の京都駅に行きたいのに地下鉄の京都駅に行ってしまったという人、珍しくないと思う。山〇駅も然り。
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嬉しかったでしょうね・・・ (花②)
2016-05-24 23:54:10
ほんと、楽母さんのやさしさが、ほのぼの伝わってきます
もう何メートルか離れていて、会話が耳に入ってこなかったらどうなっていたでしょう・・・

車内アナウンス、聞き取れないこと多いですよね
窓からホームの看板を見つけて、次の駅確認したり ・・
車内に駅名の電光掲示板があるとホッとします

素敵なお話ありがとう・・・
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おはようございます (楽母)
2016-05-25 07:42:44
ゆっきーさん
多分、娘さんの方も一日中ふたりの年寄り?のお供で疲れていたんだと思います。 でも、地下鉄なんて6~7分置きにくるんだから、あとちょっと辛抱してあげて乗るのを見てからでも良かったでしょうね。
私は東西線から烏丸線に乗り換えるとき、四条方面に行くのと、北山方面に行くのがホームをまたぐので、どこに乗ればいいのかいつも悩みます。

花②さん
情けは人の為ならず、ってとこでしょうか。
隣のドアに駆け寄ったとき、私の後ろに並んでいた人が何事かと驚いたかもしれません。
でも、お役に立てて良かったと思います。いつなんどき、私も同じ立場になるかもしれませんし・・・って、すでに今でも知らないところに一人で行くのは似たような状況ですが
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