「短い小説」岳 洋著

ひとり静かに過ごす、土曜の夜のひと時・・・

 

駅の改札口  ・・12

2018-02-11 10:40:45 | 日記
申し訳ないとばかりに頭を下げた。顔を見合わせふたりして笑った。
学生時代に元気を取り戻したような明るい表情になっていた。

ふと、思った。
 
こんなに文学に深い興味を抱いているなら古い陶器や歴史的建造物でなく益子やその隣合わせの笠間にある日動美術館や春風万里荘に保管されているものなどの方がむしろ興味があるかも知れないと思った。

「琴の音を聴きながら茶室小屋で炬燵に入って田舎料理を食べる
ところに席を用意したので行きましょう」

薄暗くなった田舎道を走り、小高い丘に点在する茶室小屋に車を止めた。

頬をなぜる風は冷たい。踏み石の上を歩きながら灯りの点る茶室に靴を脱いだ。
茶室に入るなり
   「寒いね~。炬燵に早く・・・」

   「本当に寒いはね。栃木ってこんなに寒いところなのですか」

コートを脱ぎながら、震えてみせて脚を炬燵に入れた。
 
ふたりの学生時代の想い出話は尽きなかった。 
いつしか話の中心が結婚後になっていったのに気づいた。

   「洋ちゃん お子さんは」

と勇気をもって聞いてみた。
 
   「いないの。できなかったの・・」

俯きかげんに下をみながら寂しげに語った。

   「ごめん。最後はみんなひとりだよ」

労わるように慰めた。

   「慰めていただかなくとも大丈夫です。これも人生ですわ」

でも、一瞬、瞳の奥に寂しさを隠せなかった。
薄っすらと潤んでいた瞳に気がついた。
時折、仲居が給仕に来るものの、ふたりだけの静かな時間を持てていた。

   「もし、今後、何か相談したいことがあったら、私で良ければ
いつでも相談にのるよ。残された人生、悔いのないように歩いて
いって欲しい。 力になりたい」

じ~と洋子の眼を見つめて言った。
洋子は数秒間見つめ返し、静かに無言で頷いた。 . 

ふたりは互いに身体を抱え合うかのように寒さを避け、小走りに車に転がりこんだ。

   「駅に送ってくださらない」

   「遅いから泊まっていったら・・」

   「泊まる処ありますか・・」

歩道には誰も歩いていない。
 
すれ違う車もない。
地方都市の夜遅くは寂しい。
 
こんな時間に、この寒さの中に女性ひとりを放りだすことはできない。
ハンドルを右にきった。 黙って車を公園近くの四階建ての瀟洒なマンションの玄関脇に車を止めた。

黙ってエンジンを止め「降りて」と低い命令口調の声で言うとドアを開けて降りた。
洋子は戸惑いの表情を浮かべ両手でボストン鞄を抱え降りた。

     「遅いから・・」


と言うと先に歩いて常夜灯の灯る薄明るいマンションの玄関ロビーに立った。
  
   「ホテルとは比較にならないが、まあ~まあ~綺麗ですよ・・・」

軽く笑みを浮かべて振り向きもしないで洋子に言った。

洋子も突然の行動で何と言ってよいのか頭の中が混乱して、ただ後からついて行くのが精一杯だった。

エレベーターで三階に上がり降りた。
何処も寝静まっているのか音が聴こえない。 
常夜灯で明るい廊下を静かに歩いた。部屋は廊下の西端にある。ドアを開け内側に手を入れて内壁のスウイッチを押した。
 
玄関に灯りがついた。

つづく 

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