権助の冒険

ノンセクションでぼちぼちと。

いのち

2020-07-18 01:21:13 | 日記・エッセイ・コラム

今日は忙しかった、午前10時頃事務所に行ってTVアンテナ・ケーブルの配線を手伝って、PPT提案資料を作って送って、晩飯作って食って、録音の「大竹まことゴールデン・ラジオ」を聞いて、20:00から「メディア酔談」、大西つねき氏の暴言事件の顛末と本人の記者会見を確認して、そして今。

赤木夫人はラジオ出演やメディア酔談にも出演で、配偶者を理不尽な理由で鬱にされてさらには自死にまで至った夫人の言やMC大竹まこと氏の泣きべそナレーションと突っ込む室井佑月に多いに感動。
(大竹氏と室井佑月さんの信頼関係もしかと確認した。)
自死された人の配偶者の言、実は30年以上前に過労で鬱になったことが有り(診断は受けて無いが多分鬱だと思う)自死を思った事があった。
今なら「死ぬ位なら辞めれば良いではないか」との考え方を出来るが、鬱状態の人はその様な考えには先ず至らないことは断言したい、その立場にならないと先ずわからないと思う。

さて大西つねき氏の発した言葉とその反響を受けた本日の会見、実は論理的には正しいと思うがそれは迷うことのある人間と言う生物としてどうか、と言うのが率直な事。
アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」には’人が動物として進化’から’新しい存在’への脱皮を描いていた、人はかくあるべきと思うしそれこそが我が人類の理想とすべきことではないだろうか。
船後議員の声明に同意。
大西つねき氏の政治論はAI政治であって生身の人間の政治では無い、当方もそこそこの年なので若い人のために命の交換をしても良いと思うが、それが強要される社会は絶対に嫌だ!
それこそがナチズム(=姥捨て山セオリー)と考えられるからだ。
さて大西氏の意見は残念ながら少々上から目線または健常者目線で新自由主義的思想だとも思う、命と言うものは万人(健やかなる者、病める者、若き者、老いたる者)に平等に与えられるべき物で、例え神様でも強要すべき物ではない、ましてや土くれから作られた’人間’ごときが。

ふ~こういう話題はやはり少々キツイ。

PS:中日ドラゴンズは本日最下位に転落、「嗚呼花の応援団」クェッ ゝ ゝ ゝ ゝ ゝ。

大西つねき記者会見中継(Live配信2020/7/17)



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