ふわふわ日記♪♪~母子家庭の道~

平成25年4月3日。シングルマザーとなりました。
子ども達、社会人に。日々の暮らしを大切に。

従姉妹が癌でなくなった。

2009-09-08 | 私の事
私の従姉妹が先週末癌で亡くなった。
49歳だった。
私とは15歳離れていて、私の中ではずっとお姉さんだった。
結婚して、4人の子供をもうけていた。
乳がんが見付かったのは数年前。
即手術を受けていた。
そして2年前に再発したところまではきいた。
奇しくも2年前は親戚の叔父が亡くなった。
その叔父が従姉妹の父親である。
そのお葬式・通夜で何年ぶりかに再会し、痩せた印象はあった。
そのご、癌の再発を聞き、再手術を受けたと聞いた。

それから2年・・・。
6月に入院したとき、余命3ヶ月と宣告されたらしい。
既に病魔は脳までもを侵し、利き手が全く動かなくなっていたようだ。
それでも抗がん剤治療を受け、髪もなくなり、4番目の子(長女)にかつらをかぶるように勧められて購入していたと聞く。
7月に入り、意識が朦朧としている中で抗がん剤が合わずに投与中止。髪の毛が見る見る増えていたらしい。
8月。
医師から今のうちに(会話の出来る間に)逢っておきたい人を呼んでくださいと言われ。叔母である母親と従姉妹(長女)で逢いにいったらしい。
そしてその日は物凄く会話が出来、医師の言う余命宣告を覆すのではないかって思えたらしい。
叔母が帰京すると分かったとき、従姉妹が号泣した。漠然とした不安からだろう。
その後、従姉妹の子供が入れ替わり立ち代り夏休みを利用して看病した。
最後は“あんたが誰かわからん”と長男に言ったらしく、長男は母親の言葉にショックを受けながらもそこから離れなかったらしい。

そして・・・。
9月4日。49歳の若さで永眠。


冷たいかも知れないが・・・。
痛みで顔を歪め、ベットでのた打ち回る日々から介抱されて姉ちゃんもよかったのかなって思いたい。
ご主人をはじめ。子供4人も看病に追われクタクタになり家族崩壊するよりはよかったのかもしれない。

2年前。
叔父のお葬式で色んな親戚と写真を撮っていた姉ちゃん。

ほとんど喋る時間もなかった。

逢う時は誰かの法事・・・。

どうぞ、ゆっくり休んでね。

きっと、貴女の子供達は立派に成長しますよ。

だって、姉ちゃんの子供だからね。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ん~ | トップ | 充実した一日~療養型病棟の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿