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食育マイスターのひとりごと

食育マイスターが日常のひとりごとを綴っています。

電話

2025-08-16 13:40:26 | 日常
愚痴です。
そして、長くなります。
5月の話。
書こうかどうしようか…ず~っと悩んでいたけど
スッキリするためにやっぱり書くことにしました。

母から3年半ぶり位に携帯に連絡が来ました。
スマホになってから、上手く操作が出来なくて困っていたから
私に電話をするのも大変なのに、80過ぎた親をほっといても平気なのか!!
と、かなり激怒。


一言で言うと、私の実母は私にとって『意地悪な人』
子どもの頃から私は母だけでなく、父も妹も弟も大嫌いだった。
好きだったことは一度もなかった。
なんでこんな家に生まれてしまったんだろう…
前世で何かやらかしたんだろうか…なんて考えてたこともあった。

小さい頃から怒られた記憶しかなく
怒られる理由も、『長女のくせに』家の事をなんにもしない役立たず。
宿題をしているイコール、自分のことをしているイコール、家の事をしていない!で、激怒。
中学生の頃が一番ひどかった。
忘れもしない、小学校の卒業記念に恩師にもらった記念のボールペンを
宿題をやっていた目の前で壊されたこともあるし
(家の事をやらずに自分を優先させたことが気に入らなかったらしい)
長女のくせに家の事をやらない役立たずは死んでしまえ!と包丁を向けられたこともある。

ちなみに、家の事をやらない!やらない!といつも怒っていたけど
ご飯を作り、茶碗を洗い、洗濯をして、廊下を拭いて…
これ以上何をすればいいのか…
お金を稼いで来い!という事だったのか…

お金がかかるから、高校に行くのも反対。
ただ私は成績が良かった。
田舎だったから、成績がいいのに高校に行かせてもらえないの!?という噂話になる。
行きたかった高校は交通費がかかりすぎるという理由で却下。
奨学金を借りること、受験料がもったいないから!と受ける高校は一校だけ。
(勉強ができるから平気でしょ!?とバカにした感じで言われた)
月のおこづかいは、高校に行くとお金がかかるからという理由で
中3からもらえなかった。

私の分の洗濯物は避けられていて自分で洗ったし、お弁当も朝ご飯も自分で作った。
思春期に女子の体が成長するけど、専用の下着は中3まで買ってもらえなかった。
(自分で買いに行こうかと思ったが、田舎なので噂になる)
今思い出しても、昨日の事のように腹が立つ。
『あんたは勉強ができるから、高校に行かなくたってこの先どうにでも出来ると思うけど、妹や弟は勉強ができないから、行かせてあげないと可哀そう!』と
なぜか家の勉強も手伝いも全くやらない妹や弟が尊重されているのが、本当に嫌だった。
特に妹は学校で『優等生』的な扱いをされている私を母と一緒にバカにしていたことを、私は忘れない。
妹はお金にだらしなく、20代の頃から借金が100万円単位であった。
母的には、『長女』の私がなんとしろ!『長女なんだから』が嫌だったから
妹とは連絡は取っていない。

それでも『親』だから…と自分に言い聞かせ
お盆と正月は必ず帰るようにし、母の日と年末には何か送っていた。
でも母から誕生日プレゼントをもらった記憶はないし、『おめでとう』もなし。
私が結婚する時に、お祝いも一銭もなし。
それでも結婚式はして欲しいと言われた。
うちは親戚が多かったから、毎回のお祝いも大変だったから、それまでの『元を取りたい!』と言われ…
結婚した年に夫がアメリカに行かなければいけなくなり…それが9月。
それであれば8月の私達の仕事の夏休みにささやかな式でも…なんて話になったら
母が、8月は忙しいから無理!
昔からそうだったけど、自分が旅行に行く時は休むけど
私の為に店(理容業)は休みたくない!
ちなみに、定休日はある。
でも『私の為に』休むのは絶対に嫌だったということで
それなのに『元を取りたい!』ってどういうこと!?
(ご祝儀は全てよこせってことだよね…)
で、なんかばかばかしくなって、式は挙げなかった。
(お金は貯めていたけど、今後の生活の為に使おうと)

出産の時も、よく分からなかったから、長女の時は実家に帰った。
でも自分は産後も休めなかったということで、
私が横になろうとすると、アレを買ってこい!とか、どこどこにコレを届けろ!とか、とにかく用事を言い渡された。
(実家に車はないから、歩くしかなかった)
田舎だから周りの人達は、私が出産で帰ってきたことは知っていて。
『寝てなくていいの!?』と買い物途中で車に乗せてくれた人もいた。
『あの人(実母)ならやりそう…』と私の前で悪口をいうお店の人もいた。
周りよりも若い年齢で孫が出来たということで、最初はテンションが高かったけど
最後には長女がうるさくて寝られない!と怒り出し…
(新生児だから当たり前だが)
1か月健診が終わり、すぐに戻った。本当に休めなかった。

だから双子が出来た時は、色々と考えて実家には帰らなかった。
長女の世話、双子の世話に加え、母の用事を最優先させないといけなくなる。
母はもちろん、当時居た福岡には手伝いに来る気はない。
でも周りの人達に色々と言われ、私が年子で双子を身籠るからだ!と毎日のように電話で愚痴られ…
自分は福岡に手伝いには行けないけど、周りに文句を言われないように考えろ!と課題を与えられ…(そのくらい自分で考えろ!と思った)
それならお惣菜を送るのはどうか?
でも産後、お惣菜を送ってくれたまでは良かったが
お礼が遅いだのなんだの…一番大変な夕方に電話でキャンキャン言われ
お惣菜を送ってもらったのは2回で終了。
何が大変って、母の相手をするのが大変だった。

福岡から宮城に越してからは、毎年お盆には帰るように頑張った。
でも冬は雪道に慣れてないという理由を付けて(当時車で帰ってたから)
冬は帰らなかった。
帰らなくていい理由が出来て、本当は心が軽かった。

孫達のお祝いは、本当に最小限。
誕生日プレゼントは、3人まとめて本を年に1回一冊。
それも小学生で終了。
お年玉は高校生までで、年に1回5000円。
双子が幼稚園のお泊り保育で、実家に使っていない、結婚式とかでもらったタオルケットがあったから、それを一枚分けてもらえないか?と頼んだら、激怒。『みんなが来た時に足りなくなったらどうするの!!』
結果的には送ってくれたけど、私が子ども達が産まれてから母にお願いをしたのは、この1回だけ。
ちなみに、母の言う『みんな』は自分の姉達のこと。
すごく仲が良いけど、自分が仲良くしているだけで、私はほとんど会ったことがないし、名前も知らない。(従兄弟もたくさんいたみたいだけど)
自分はよく姉妹で旅行に行っていた。
孫達の七五三とか成人式とかのお祝いももちろんない。
でも私は毎回母に送る分の写真も作り、送っていた。
(ポーズが悪い!とか、少し太ったんじゃない?とか、娘達には言えないような感想をよく私に言ってた。もちろん、娘達は知らない)

あげると本当にキリがない。
詳しくは過去の『実家の話』参照で。

それでも、夫を亡くして大変だったはず…
それでも『親』だから…と自分に言い聞かせてきたけど…

子どもが産まれたら、親のありがたさが分かるってよく言うけど、
私は逆に、子どもを産んで、育児をして、娘達が社会人になり
どれだけ母が私に対して理不尽だったのか分かってしまった…
小さい頃、乳歯の虫歯が19本もあった。
乳歯で生え変わるから…みたいなことだったんだろうけど
歯が黒くなるまで虫歯になるって、きっと歯磨きなんかしてもらってなかったんだと。
もちろん、髪も結ってもらったことないし
面倒だったのか、子どもの頃の髪は短めに刈られていた。

本当に嫌になったのは、5年位前の関東に大雪が降った日。
県の拡張工事で家を別の場所に建て替えることになったけど、
それに関して弟のサインが必要だけど、弟がつかまらないから、弟のところに行ってこい!と。
ちなみに弟は母が溺愛して嫌なことはやらせずに育てたから
まるで王様みたいな性格で。なぜか昔から大事な時には逃げる性格。
(この日の出来事も過去の『実家の話』で)
大雪で電車も動かないから無理だって言ってるのに
『じゃあどうするの~!!!』と電話口で泣き叫ばれた。
結局、弟には連絡がつかず、それが私のせいになり…
家を新しくすることは、私は蚊帳の外。
でも私は嫁いだ身だし、母がすごく楽しみにしているし、あれは母の家だから、まぁ良かったと思ったけど。
なんか、家を新しく出来ないのは私のせいみたいになっちゃって。

そこから連絡したくなくなって。
(それまでは月に一回は電話をして、母の話を聞くようにはしていた。でもいつもそうだけど、私の話は聞いたことはない。母が一方的にしゃべるだけ。だから苦痛だった)

その時から3カ月位経った時に母から電話。
父方の私の従兄弟が亡くなったと。(私はほぼ会ったことがない)
不謹慎だけど、人の不幸が大好きな母はその3カ月前に泣き叫んでいたことが嘘のように生き生きと亡くなった話をしていて。
結局、家は新しく建て替えられることになったそうで。
(詳細は教えてくれなかったが)

最初に家の建て替えの話が出た時に、
私が子どもの頃に大切にしていて、段ボールにしまっていたものを
新しい家に置いてやってもいい!と話していたから、少しだけ実家に昔の荷物を置いたままにしていたんだけど、
その電話の時に、早く取りに来ないと、ぜ~んぶ捨てるからね!!!と。
そんなに引っ越しが差し迫っているのか?でも、置いてくれると言ったよね?
それなら、送ってくれてもいいのに。
(ちゃんと分かるようにしていたから、あとは送り伝票を貼るだけ)
着払いでいいけど?と母に話したけど
『なんで私がそんなことをしないといけないの?とにかく捨てるから!』

しょうがないので、その1週間後、カナダに行く前の三女と夫が私の実家に行き、段ボールを送る手続きを取った。
私は健人がいたから、留守番にした。
夫と話し合って、夫が行くことになった。
目的は段ボールを送ることだけだったし。

荷物は無事に夫に手配をしてもらい
私と長女と二女はその年の8月に1泊2日で実家に戻ることにした。
実家の仏様を移動させるのに、一人じゃいやだと言うし
なぜか午前中じゃないと嫌だというから、
長女と二女(当時はまだ北海道)と予定を合わせて、レンタカーも手配して。
そしたら、お寺には行かないと言う…
私に仕切られるのが嫌だったのだと思う。
そして、あんなに騒いでいた私の荷物が邪魔だったくらいだから
引っ越しが進んでいるのかと思いきや
全く片付けが進んでおらず…
長女も二女もいるから!と、どう考えても何十年も使っていない食器とかを片付けようとすると、怒りだし…
(実家は元々あった家を増築したから、台所が二つある)
新しい家で生活を始めてから、要る要らないを見極めたいから
勝手に捨てるな!と。
毎日、必要だと思うものを少しずつ運びたいと言い出し…
結局その日運んだのは
全く連絡が取れていない弟の部屋の荷物と
使っていないタオル類を詰めた入れ物。
タオル類は、使いながら捨てていくそうで…
双子が幼稚園の時に、たった1枚のタオルケットであれだけ激怒されたことを思い出しながら、ちょっと複雑な気持ちになった。
引っ越しの手伝いは車で3往復で終了。
どう見ても家にある9割が要らないものだけど、勝手に触ると怒られる。
しかも1泊2日と言っているのに、2泊3日だと勘違いして
もっと手伝って欲しかった!と怒り出すし。
それなら今日いるうちに運ぶけど?
そんなのこっちで生活してみないと分からないでしょ!と。
そもそも、娘達はなぜ一度も会ったこともない叔父さん(私の弟)の重い荷物を運んでいるんだろう…と。

本当は引っ越しが終了するまで、もっと手伝いに行こうかと思っていたけど
どうせ行ったところで、母次第ということもあり…
そもそも昔からそうなんだけど、
母は母の都合の良い時に私達の予定を合わせて欲しい。
私達も仕事をしていて、私達の休みは母の思い通りになんかならないことを
何度説明しても理解してくれない。
全ては母の思うように進まないと面白くない。
なんか、もういいや!と思ってしまい
そこから連絡は取らなかった。
片付けが大変なら、連絡くれるかな?とも思っていた。

ところが、プライドが高い母は
私から連絡を取らなかったことがとにかく気に入らず
その年の冬に、毎年恒例の何か送ろうか?の電話をした際
機嫌が悪く、要らない!何も要らない!

母は毎年冬になぜか大量に長芋を送ってくる。
要らないと言っても送りたい。
多分、姉達に送るついでに余るから、ってことだと思うけど。
母の宅急便が昔から嫌だった。
要らない!好きじゃないから、誰も食べないから!と言っても
母が送りたいと思うものを無理矢理
『少しでいいから!』と言えば言うほど、たくさん送りたくなる。
夏に、こっちは暑いからクールで!と頼むと
クール料金がもったいない!と通常で。
もちろん、漬物とかは変な臭いがするから、結局捨てちゃう。
ビニール袋の臭いと汁漏れが気になるから!と
実家に戻った時に、わざわざジップロックを大量に買って置いておいても
私達の為には絶対に使ってくれない。
(ジップロックを使うのはもったいないらしい)
仕事で遅くなるから、この日は荷物は受け取れないよ!と言うと
なぜかわざとその日に届くように送り、そしてお礼の電話がないと激怒。
本当に面倒くさくて、何年も前から母の宅急便を断っていたから
(断るまで毎日しつこく『送る・送らない』のやりとりが大変だった)
私が母の荷物が要らないのも気に入らない。

だからもう本当に色々と面倒くさくて、
『要らない!』って言ったしなぁ…と、本当に何も送らなかった。


ようやく、本題に戻るけど

母曰く、
・80歳を超えた母親を心配しないのが信じられない!
・スマホが上手く使えない中、電話してやった!
・今回肺炎と診断されて、入院になるし、どうなるか分からないから電話してやった!
・前も調子が悪くなって入院したけど、連絡はしなかった!
・私は昔から子ども達に迷惑をかけていない!
・私が母親で、絶対に良かったはず!
・肺炎と診断されて苦しいのに、こうやって電話してやった!
・どうせ犬の方が大切なんだろうけど!
・昔から(私が)一人で育ったような感じで生きているのが気に入らない!
・贈り物がない!
・仕送りがない!

などなど40分一人でまくし立ててた。

母の話を聞きながら
不謹慎だけど
『くそばばあ!』と思ってしまった…

要は、長女のくせに
年老いた母親の面倒をみない親不孝者!!!
来れないなら金くらい出せ!!!
『子ども達に迷惑かけていない』っていうのは
同居してもらっていない!ってことだと思う。
だからこそ、年老いた今、私の面倒をみろ!ってことだと。

話を聞きながら
やっぱり私は、この人が大嫌いだと
改めて思ってしまった。
もう二度と会いたくない!と。

贈り物だって、要らないって言ったくせに
それを真に受けた私が悪かったらしい。

子育てに関して色々なキーワードがあり
前に調べたことがあるけど
『愛玩子』と『搾取子』っていうのがある。
私はこのキーワードが一番近いと思った。

お小遣いもお祝いもなかったのに
どうして母に仕送りをしなきゃいけないんだろう…
いくら払われたか知らないけど
新しい家を建てる際に、結構なお金が入ったはず。
だから母は電化製品も家具もぜ~んぶ買い替えていた。

昔からそうだけど
妹みたいにお金にだらしがなくて
最後は母に泣きついてくるような人を
『苦労していて可哀そう!』
対して、親を頼らずに、例えば少ない給料の中でもやりくりしている私は
『すごく恵まれている!』
(まだ独身の頃、家賃を引いたら、私と妹の手取りは変わらなかった)

頼らなかった私は
それはそれは恵まれた生活をしていると思っている。
だから、今度は私の面倒を見ろ!

いやいや、もう本当に、二度と会いたくありません…

今の職場では
お孫さんがいる方の方が多くて。
みんな、当たり前のように娘さんやお嫁さんのフォローをしている。
正直、びっくりした!
私が昔双子を妊娠した時に、周りから母が色々言われたのも納得した。
(母的にはそれが本当に腹が立ったみたいだし、それでも何もしなかったけど)

仕事関係の年上の男性に
私が実家に帰らないことを、すごく責める人がいる。
もちろん、私の過去は知らない。
『それでも親でしょ!』と言う。
そんなの分かっていて、
自分なりに一生懸命、好きになる努力はしたつもりだけど…
まぁ努力が足りないんだろうけど。

久しぶりに母と話して、その後食欲が減退。
回復まで1週間かかった。

母は動物が大嫌い。
そうです。私は健人の方が大切です。
健人にストレスかけてまで、帰りたくない。

娘達を産んで育てたからこそ気づいたけど
母は私を産んだだけ。
でも、こんな家に生まれたくなかったとずっと思っていた。
自分で朝ごはんも弁当も作っていたけど
食べ物を取り上げられなかったことに対して感謝しないといけないのか。
上を見たらキリがないけど
最低限、家を追い出されなかったことに対して
感謝しないといけないのか…
母的には、感謝して欲しいんだろうな…

子ども達が小さかった頃は
頑張って実家に毎年帰っていたけど
その分のお金で、本当は違うところに旅行したかった。

こんなに色々と思っているけど
娘達には母の悪口は言ったことはない。
何ももらえなくても
『お母さんの実家は貧乏だったからごめんね!』とフォローしていたつもり。

娘達が独立した今
少し貯金ができるようになってきたけど
それは娘達が今後、結婚する話になった時に
ちゃんとお祝いをあげたいと思っているから。

もし今後毎月実家に帰り、その際にレンタカーも必要、健人は預ける?!
さらに仕送りもして欲しい…毎月母の為にざっと見積もっても20万は使いたくない!
でも、お金の面でも母に泣きつかなかった私は
相当なセレブだと思っている。
(実際にそんなことないし、まだ学資ローンも払っているし)

私が受験の時に、
妹や弟に、私の代わりに家の事をやらせていたら
少しは違ったかも。
勉強していることが、そんなに罪だったのか…
妹や弟が何にもしなくても怒られたことは一度もなかった。

母が調子が悪いからと
本来なら実家に駆け付けるべきだったけど
もう二度と会いたくないです。
『親不孝』を一生背負っても。

母の話が止まりそうになかったから
40分後『お大事に!』と言い、電話を切りました。
その後、どうなったのかは分かりません。


健人が4歳になったし
仕事の話も『推し』の話も
本当は書きたかったけど…
いまだに母のことが
私の中で暗い影を落としています。

このブログがもう閉鎖になるから
いっそ辞めてしまおうか…
でもブログで吐き出したから少しスッキリしたってこともあるから
もう少し頑張って続けようか…
まだあと少し時間があるから
考えてみようと思います。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。












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帰国

2025-06-02 11:18:18 | 日常
あっという間に6月…

もう1年の半分が終わる…

毎日本当にバタバタしていて

普通の更新をしていなかったら

このブログ、終わるのね…(^^;

次を考えないとね。あっという間に閉鎖の時期を迎えそうだし。


4月の中旬に

1年ちょっとぶりに、三女がカナダから帰国しました。

現地の彼氏と一緒に。

カナダ人と言っても、ブルネイとマレーシアのハーフとかで

見た目は完全なるアジア人。

言葉は英語だけです。


元々は5人家族だったとは言え、そんなに広くない3LDKのマンション。

頑張って片付けました。

断捨離のいい機会にもなった。

それでも他人がいるというのは、やっぱり気が休まらなくて。


でも彼氏は穏やかな人だった。

三女を大事にしているのもよく分かったし

現地で困りごとがあったら、ちゃんと力になっている感じ。

最初の2週間は一緒に過ごし、

その次の2週間は彼一人で台湾の友人のところに行き

そして日本に戻ってきて

残りの1週間をまた一緒に過ごし

二人で戻っていきました。


最初の1週間は時差ボケもあり

朝ご飯も要るのか要らないのか…

ご飯も決まった時間に食べると言うよりも

お腹が空いたら食べる感じで…

私もどうしていいのやら…で、うっかり一日2食になったりで。
(少し痩せました(^^;)

彼にとっては2回目の日本。

前回は姉家族と一緒に名古屋方面に滞在したそうで。

日本の家庭で過ごす日本は

それはそれは楽しかったそうです。

特に柏を気に入ってくれて。
(都内ほど人が多くないけど、何でも揃っている)

バンクーバーにも日本のお店が色々と進出しているらしいけど

服はユニクロじゃなくて『GU』がお気に入り。
(5000円以上で免税)

サイゼもスシローもトリキもぜ~んぶ安くて美味しかったそう。

滞在中から来年の話をしていました(笑)


将来はどうするのか…は、特に聞きませんでした。

別にどっちでもいいかな。
(結婚してもしなくても)


健人がそれはそれは彼を気に入り…

最後の3日間は、三女の部屋から出て来ず…

カナダに戻った今、まだ引きずっています(^^;


毎日英語のアプリで勉強していたけど…

思ったよりも言葉ってすぐ出て来なくて…

英語の勉強も、まだまだだなぁと実感させられた5週間でした。



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オンライン診療

2025-03-05 12:43:17 | 日常
先月のお話。

日曜日、朝からの仕事の二女が、お腹が痛いとのこと。

滅多に仕事を休まず、むしろ他の人の当日の体調不良をカバーしてきた二女が

私に体調不良を訴えるくらいだから、余程のこと。

その前の日にうちに寄ってたから

我が家で食べた何かの食中毒を疑われた…(^^;

が、同じものを食べた胃腸の弱い私が何ともない。
(昔から私だけ何かにあたるということがよくあった)

生ものは食べていない。

仕事は急遽休みにして、その日は寝て体を休めることにしたそう。

ちょっと忙しそうだったから、疲れもあるのかも…なんて言い

その日私は前から予定していた健人とお出かけの日だったから
(成田ゆめ牧場)

とりあえず出かけました。


健人をたくさん遊ばせて、15時には帰路についたんだけど

また二女から連絡がきて

お腹の痛みは強くなり、少し嘔吐もしたとのこと。

多分胃腸炎。流行っているし。

その日は日曜日。

開いている病院はないか二女の街の周辺を調べたところ…

『オンライン診療』を見つけた。


少し前にずさんなオンライン診療の話がネットで出てて

少し心配したんだけど

二女はやっぱり薬がないと辛い状況…


二女が住んでいる街は、割とハイレベルな住宅街。

住宅街の路地の坂道の途中に二女が住んでいるところがあり

その坂道は車が入れない。

引っ越しの時は、引っ越し業者が坂の下に車をつけて

坂道を登って荷物を運んだ。

だから、家賃が相場よりも安かったんだと思う(^^;
(駅近だから普段生活する分には車がなくてもなんの問題もない)

従って、辛くて歩けなくて、病院に行くのにタクシーを呼んだとしても

結局、タクシーが来ているところまで歩かなきゃいけない…

なので『オンライン診療』をすすめたら、

とりあえず予約してみるとのこと。


無事に予約が取れ、薬をどう受け取るか選択することに。

郵送もあったんだけど

なるべく早く薬は飲みたいはず。

二女が調べたところ、二女の最寄り駅の調剤薬局が

日曜日の19時30分まで開いているとのことだったので

その薬局に私が薬を取りに行くことにしました。


二女の街までは我が家から電車で1時間半。

電車での移動中に無事にオンライン診療を終えたとのこと。

診断結果は胃腸炎。

処方箋のデータは調剤薬局に送ってくれるとのこと。

ただ、二女の代わりに私が行くから

二女の証明と私の証明が必要だろうと

いったん二女の家に行き、マイナンバーカード等を受け取り

調剤薬局に行ったところ…

なんと、17時で閉まっていた…(^^;

二女が調べたデータは古かった…


しょうがない…

その日は色々と差し入れをして、

次の日私が仕事を休んで、朝また出直しました。
(私も当日仕事を休むことはほとんどなかったので、この日は二女の体調不良ということで許してもらいました)

前日受け取ったマイナンバーカード等は何かあった際に必要だろうと

二女に返していたので

二女の街の最寄り駅に着いた際に

調剤薬局に寄って証明書等、何が必要か聞いてみたら…
(駅前)

データでもらっているから、何も必要ないそう。

私の証明も何も必要なかった。

初めて利用するから、二女の代わりに書類に記入し

ジェネリックでも良いか聞かれ、良いと言ったら

1週間分の薬が780円でした。


無事に二女に届け、帰宅しました。

もしこの薬で良くならなければ

平日にちゃんと病院に行き直してね!と。

でも、その薬で無事に良くなったのでした。


見極めは必要だけど

我が家は『オンライン診療』に助けられました。

動けない二女にはありがたい制度でした♬











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Strawberry Festival

2025-03-01 11:13:39 | 日常
横浜赤レンガ倉庫で開催されている

『Strawberry Festival』に

二女と一緒に行ってきました♬
(長女は休みが取れなかった)



入場料は500円。






一番の目的は

『イチゴ選手権』で3年連続最高金賞を受賞した品種

『あまりん』を使ったパフェを食べること
(¥2500)








生クリームが多めなのが……だったが

イチゴは美味しかった!

プリンも食べて
(¥800)



イチゴのお酒も飲んで






途中、しょっぱいものが食べたくなり

近くのショッピングセンターへ移動(笑)

(濃厚濃厚麻婆豆腐トリュフオイルがけとヤンニョムチキンの黒山椒七味御膳)


最後はまたイチゴで締めました。
(写真では分かりにくいけど、結構大きなイチゴ)


二女は次の日早番だったし

私も健人が待っていたので早めに帰宅。

せっかく横浜に来たからと

夕飯用に『崎陽軒』でお弁当を買って別れました。




(お弁当は美味しかったよ♬)

二女、一緒に行ってくれてありがとう!


平日でもすごい人でした。

『Strawberry Festival』は明日まで。

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断捨離

2025-01-21 11:18:37 | 日常
年末にピアノを処分しました。

『処分』というのは、元々中古で買って、何社か査定に出したけど

古すぎて売れなかった…

引き取るのにお金がかかるということで

結局、毎年調律でお世話になった方にお願いをして

タダで引き取ってもらいました。


娘達はそれぞれ中3までピアノを習っていました。
(受験期はお休み)

まだ捨てないで…と言われてきたけど

うちに来ても、ぜ~んぜん弾かないし。

辞めて10年以上…

もういいかなぁ…と。


ちょうど、ピアノをどうするか悩んでいた時期に

カナダでカフェの店長をやっている三女から電話で話したい!と。

何事かと思ったら

次に帰国する時に

現地の彼氏を連れて行ってもいいか?とのこと。

2週間うちに滞在させたいとのことで…

え~2週間も~?!

我が家はマンション、カナダの人から見たら

とっても狭~く感じると思うんだけど?!

それでもいいとのことで…

まぁ2週間もの滞在費が浮くからね~


なので、いい機会なので、家の中を改めて整理することにしました。

大きな断捨離は、コロナの自宅待機中にしたんだけど、

そこからやっぱり物が増えてるし

何より片付けたつもりでも、家の中がスッキリしないし…


何か参考になるかなぁ…とYouTubeで色々見ていたところ

『週末ビフォーアフター』というチャンネルが

面白くて面白くて(笑)

古堅純子さんって方が、依頼人のお話を聞いて

仲間の人達と、とんでもなく荷物が多い家を整理していくんだけど

結構毒舌だけど愛があって。

片付けそっちのけで、ついつい見てしまいます(笑)


ちなみにこの方は、捨てない片付け。

物を捨てたくない人が依頼してくる感じ。

私は捨てることは何とも思わないから、ちょっと違うんだけど、

でもキレイになっていく様は痛快です♬

参考になる部分もあり

例えば自分のゴールデンゾーンに、一番使うものをしまうとか。

当たり前なんだけど、我が家の台所がそうなってないことに気付かされたり。


三女の彼氏はマレーシアとブルネイのハーフでカナダ国籍なんだとか。

日本語は全く分からないとのことなので

その時のために、英語の勉強は辞められなくなりました。

ちなみに英語のアプリ『Duolingo』は本日で952日め。

英語のスコアは『93』

まだまだ頑張らないとです。

昔、ホームステイの受け入れとか、ちょっと憧れた時期があって。

長女が高校生の時に、実際に担任の先生に頼まれたこともあった。

でもうちは狭いマンションだしなぁ…なんて、その時は断りました。

ホームステイと思えばいいか?!

ちょっと違うけど。

2週間、気が休まらないと思うけど。


ってな感じで

片付けを頑張ります(^^;

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