ふうせんのホームページ

合唱とパソコンを趣味として、つれづれなるままに、書き連ねます。

ホームレス

2014-04-15 21:41:31 | 日記

住所不定と書かれるホームレス。

気楽な人たちとは思わないが、大変な思いをしたり、心さびしい思いをしていたり、一般人から

火をつけられたり、暴力を受けたり、暴言を吐かれたりと、見てくれよりずっと辛い思いや怖い思いをしたりする人が多いそう。

 

一時期、少年グループが暴行をして殺した事件が報道されたことがあった。

東京オリンピックとか大阪万博とかの時には、ブルーテントの立ち退きや排除の強制執行があったと記憶している。

家出してきた者、家族に追い出された者、夜逃げしてきた者、と様々な人たちらしい。

皆に共通しているのは、毎日、様々な辛酸をなめつつ、現金収入を得ようと、努力したり、

必死に生活している姿。

 

田舎に帰ることもできない。

故郷へ、戻ることもかなわない、人々が寒空に、段ボールや薄い毛布で土に体温を奪われるという過酷な生活に耐えながら、暮らしている。

 

 

ホームレスが流した涙

村田らむ

ぶんか社文庫


イベント合唱団員募集

2014-04-13 07:50:35 | 合唱

「水のいのち」を歌うイベント合唱団が団員を募集しています。

 

 練習:日曜日、午後2時から5時

4月13日 20日/5月11日 18日 /6月15日 22日

      7月13日 20日/8月3日 31日/9月21日 28日

*9月29日 午前中リハ、本番午後3時30分

 


 

白鳥の歌

―あなたの声が聞こえる―

2014年9月29日(月)

開場 3:00 開演 3:30

開場 横浜みなとみらい小ホール

料金 2,000円 (全席自由)

出演 

語り・琵琶 伊藤哲哉

指揮 神尾昇

アルトソロ 田辺いづみ

合唱 K-mio Chor/水のいのち合唱団

主催 YUKIプロデュース URL(http://www.facebook.com/yukiproduce)

連絡先 k_mio_chor@yahoo.co.jp

 

 


ミニコンサート

2014-04-11 07:21:37 | 合唱

ワケあり!?                            
Spring Concert 2014 その2


2014年4月12日(土)

開場:13時15分
開演:13時30分

場所:若松地域センター都営大江戸線「若松河田」河田口より歩2分
3Fホール

入場無料 全席自由 

 

指揮 神尾昇

ピアノ 赤塚伸子

合唱 新都心 男声★女声 合唱団

 

演奏曲 南 弘明/月下の一群

Britten Ben Jeremony/A Ceremony of Carols

(ベンジャミン ブリテン / キャロルの祭典)

Bob Chilcott Little Jazz Mass

(ボブ チルコット / ジャズミサ)

 

 


自分

2014-04-10 06:57:36 | 日記

誰でも、人生の主人公だと思っている。

芝居や、物語には、主人公がいて、脇役がいる。

しかし人生での主人公は自分。

 

芝居で脇役をしていても、自分の人生にとっては、あくまでも主人公。

自分の身の周りで、すべて回っていることに違いはない。

どんな、波が来ても、どんな障害に流されても、それは、自分の身に起こっていること。

流されていっても、それな、自分のこと。

 

泳いでいって、岸にたどり着けても、他人に助けられても、見捨てられても、自分の運命。

後悔しても、それは自分で招いたこと。

 

「希望は、高すぎては、達成しない。自分の身にあった希望を抱けば、願いはかなう」

おいう論には、賛成しかねる。

自分で到達するだろう、希望を設定するのでは、達成感は少なくなる。

ダメかもと思いつつ、希望を持って、努力をしてみれば、乗り越えるかもしれない。

乗り越えたいという希望を持つことが大切だろうと思う。

 

天井は、高いほど、達成した時の喜びは大きくなる。

このくらいと思ったら、それよりも高めに考えて取り組むのが良いと思う。

絶対、無理と思えることだっていいと思う。

 

努力して、努力して、でも到達できなかったとしても、登った階段は、現実として残る。

人生に時間がまだ、あったら今の足掛かりを基に次の目標になる夢を持てばいい。

 

自分の壁を破る人、破れない人

渡部昇一

三笠書房


名前

2014-04-09 07:10:37 | 日記

麿がついている名前が、おまるからきているらしいというのは、今回初めて知った。

名前のいわれは、様々な意識の表れではある、名付け親の、こどもへの愛情、健康や長寿への願い

からとされることがよくわかった。

本名を口にだすと、魂を奪われる、呪いを受ける、本名は神聖なものという考えなどもあったそう。

日常何気なく使っている名前。

歴史のなかには、思惑やらルールやらがあって、時代の背景を受けて名前がつくようになったそう。

 

「悪魔」という名前をわが子につけたというエピソードにまたお目にかかった。

1993年のこととか。

もう、10年たっている。

新聞を賑わし、父親が亡くなった時は、ニュースになった。

かつての、父親は、愛児への成長と健康を願ってつけようと思ったのだろうか。

 

「心太」「海月」というキラキラネームが最近の流行とか。

もともとの読み方を親は知っていてつけているのだろうか。

失礼ながら、笑ってしまった。

 

日本の場合は、一生背負うもの。

改名しても本名は残る。

名付け親は、責任を持って、つけてあげて欲しいと思う。

 

日本人なら知っておきたい

名前の由来、名付けのいわれ

大野敏明

じっぴコンパクト新書

 


日本人

2014-04-08 07:29:48 | 日記

海に囲まれた日本。

 

民族としては、日本国という日本人が大勢で住む。

 

異邦人とか、異国の人は、パスポートを持っていて、観光や一時的な就労、学校に通うなどの

意味を持って、住む。

 

長年、日本人とは呼ばれずに、定住している人は、日本国内で、80万と言われた時があった。

永住在留とか、特別永住などの、区別があるそうな。

 

とにかく、この国に住んでいる者は、日本国籍を持つもの、永住許可を持つもの、観光や就労のビザで一時的に訪れるもの、その他と、様々ある。

日本国内で、日本国籍を持つ両親から産まれ、届を出している者にとっては、悩むことのない、区別や差別を感じないですむことも、少し違う環境の者にとっては、大きな問題となりうる。

 

つまり、日本人なら感じないであろう、他国籍の者からみれば、幸福と呼べることが、あるということになる。

日常的に、韓国語、ヒンディー語を耳にしたり、欧米、アジアと思しき顔立ちの人に会うことの多い、地域に住んでいても、日本人だからこそ、気にしない、気がつかないことは多々ある。

 

一部を守るということは、他者を排除することに繋がることもある。

心が冷えてくる。

 

日本人が知らない幸福

武永賢

新潮新書


昔話

2014-04-06 08:17:04 | 日記

昔話は、面白い。

 

各地の話は、土地により少しづつ、内容が違ったり、主人公の名前が違ったりする。

一時期、童話の類に、魅せられて、図書館で、様々な童話を借りて読んだことがあった。

乳幼児向けは、子どもが主人公だったり、乳幼児向けでは、虫や動物が多かったように思う。

 

昔話も、子供向けがほとんどだろう。

主人公がこどもが多くなる。

そして、困難に立ち向かったり、知恵者だったり、幸運をつかんだり、夢を描く。

 

外国の場合、報復をすることが多いような。

日本に紹介されるときは、報復のところはカットされたり、話が軽いものに変わっているのが多いそうな。

 

昔話を口実するのは、たいてい、大人。

結局、大人の世界観で話の内容は作られる。

夢を与え、賢くあれとの願いがにじみ出る。

 

しかしながら、最近の子ども向けは、戦闘や争いごとのゲームなどが人気とか。

心に潜む、殺伐さが、助長され増幅しているような気がしてならない。

 

不思議がいっぱい!

日本昔ばなしの旅

島尾 真

実業之日本社


ストレス

2014-04-05 09:49:44 | 日記

小さなことから大きなストレスが、次から次へと襲ってくる。

 

なんのストレスもないなと、思うと、いらぬことを考えたり、どうでもよいことに惑わされたりする。

そんな中で、ストレスは、大きなストレスの対応策なのかもしれないと思い至った。

 

果物や野菜を育てる時に、水分を極端に減らすとか、雪の下に埋めるとかすると、甘みが増すというのを

聞いたことがある。

 

果物へストレスをかけると、甘みが増して人にとっては美味しくなるそうな。

 

テレビドラマに、「名探偵モンク」というのがあって、時折観る。

この名探偵は、妻を殺された経験を持ち、潔癖症が増幅されて、苦手なものがさらに増え、こだわりが増したという

設定になっている。

 

人って、こだわりを持つ人は多いと思う。

多少のこだわりなどは、誰にもあるだろう。

それが、もし、大きなストレスが、あったとしたら、こだわりが増幅するのは、ありがちだと思う。

忘れることは、人間の知恵と何かで読んだことがあった。

怖い思いをしたり、嫌な思いをすると、記憶を無くすことがあるそうな。

 

忘れたくなる、思い出したくないような思いをすると、精神を、保護しようとする力が働いて記憶の喪失ということが起きるとすると、ストレス回避の手段なのだろう。

名探偵モンクが、極端な拘りが増幅され、たというのも、妻の死から、精神が壊れてしまわないための、回避の表れというのも、実際起こりうるように思う。

 

自分の身に起こる、様々な、ストレスも、乗り越えるための自身の内なる力のなせる技なのかもしれない。


合唱の立ち姿

2014-04-04 12:39:04 | 合唱

合唱の舞台は、全身を見せることが多いものです。

 

ロングスカートやスリムなズボンで、ピシッと決めたいものです。

立ち姿がきれいだと、演奏も上手に感じてくるから不思議です。

入場の歩き方、演奏中の姿勢、退場の流れ、上手な団は、入場の時から、きれいに決まっています。

 

鏡に写して、確認しましょう。

 

参考記事(日本経済新聞社 web版)

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO42349450Y2A600C1W05001/


練習前の準備

2014-04-03 12:19:36 | 合唱

合唱の練習は、発声から始まることがほとんどでしょう。

ただし、団による発声練習の方法、費やす時間は、多種多様でしょう。

いきなり、アンサンブルに入る団。

階名読みで始まる団もあります。

 

プロの人は、自分で発声練習をしてきて、アンサンブルの練習にすぐ入るとか。

アマチュアでは、15分30分程度の発声練習のあとでアンサンブルの練習に入るのが、多いでしょう。

「マエストロに、発声練習してもらうなんて、もったいない行為」と某合唱団の団長が、嘆いたことがありました。

 

一時間1万円の指導料だとしたら、1分167円ほど、10分程度発声すると、発声だけにかかるのは、1,670円にもなります。

発声から指導する方針と、某マエストロがおっしゃったことがありました。

発声も、演奏の一部とするなら、1,670円も生きた使い方になるかもしれません。

 

毎回、指導を受けていて、時折、「マエストロに失礼」ではないかと思うことがあります。

真剣になっていないと感じられるときです。

 

「アマチュアだから、そんなに上達しなくてもいい」「好きに歌えればそれで満足」というのであったら、

そういう人は、個人ヴォイトレをお受けになられることをお勧めします。

 

集団作業なので、できうる限り、個人でできることは、積み重ねておきたいものです。

 

何回も練習しているのに、毎回同じ注意を受けるようでは、個人の範囲にとどまっている問題です。

 

練習前には、楽譜を開く。

録音を一度聞く。

音符をざっと眺める。

程度以上のことを、ノルマにしてみてください。

 


練習を休む

2014-04-02 12:31:17 | 合唱

週一の練習が、楽しみであったり、苦痛だったり、気が重かったりすることがあります。

新しい楽譜になると、たいていわくわくします。

何回か練習を重ねていって、団での、進行が進んでくると、段々、意欲がうすくなり、練習日が

近づくと、「何か、用事ができないものか」とか「練習休む口実はないものか」などを考える

ことがあります。

 

練習に、行くことが重荷に感じるようになることが、年に何回か起きることがあります。

たいていは、練習そのものとは、関係しないことが多いものです。

 

私事で、練習に行きたくないと思ったり。私生活でとても気になることがあったりすると、

顕著になることが、あります。

朝は、夕方からの練習に備えて、楽譜や筆記用具、水の入ったペットボトル、などを用意して

仕事先へ出かけたのに、夕方が近づいてきて、気持ちがどんどん落ち込むこともあります。

 

以前は、そういう時でも重い足を気力で運んで練習会場へ行ったことがありました。

 

最近は、練習を休むことにしています。

重い気持ちで出かけて行っても、気持ちが晴れることは稀です。

それに、有意義な練習にもなれないからです。

 

合唱は、全員の空気が大事です。

心ここに非ずのものが混じっているのは、団員相互にとってもマイナスになるという勝手な論理で、無理やり行くことはやめました。

1週間たって、気持ちがあらたになったら、練習に行くことにします。

先月は、某合唱団への練習は5割の出席でした。

 

それが許される団ということも、プラス要素なのです。

でも、体調も、心もちも、良い状態での参加にするほうが、いいのではないかと思います。

体調を崩して参加している人を時折目にします。

でもそれって、問題だろうと最近思います。

ベストとは言えなくても、まあまあ良い程度の状態以上での参加を心がけようと思います。

 

 


不幸せ

2014-04-01 07:27:36 | 日記

はじめて「はだしのゲン」を見たとき、原爆に向き合った内容には好感を持ち、ゲンの逞しさに、エールを

送りたい思いだった。

原爆の、非情さはほんの、始まりに過ぎない。

その後に人々に降りかかる、他人たちの仕打ち、冷たい視線、いわれのない批判、酷い言動、正当化される差別、諸々の災難は、被災者に容赦がない。

そうした、出来事の方が、よほど、酷いように思う。

 

他人って、あったかい心を持っている人も多いけれど、他人を貶めること、他人の心を踏みにじること、

死者に鞭打つという言葉があったが、傷ついて、苦しむ者への、容赦ない言動は、どういうものなのだろうか。

 

他人と手を組む、労わりの心を持つ。

それは、一部の心を持つ人なのか。

人の心は、弱い。自分が不幸だと思うと、自分より辛い人を見て、自分を慰める。

他人の痛みを自分の痛みに思うには、心が、広くないとできない。

 

「はだしのゲン」創作の真実

大村克巳

中央公論新社