昨日の、
>「あれ?
> 『無自覚』と
> 『思い
> 込んでる』
> かも?
> ・・・うん、
> 『無自覚』
> とすら
> 『思い
> 込んでた』
> わぁぁあぁぁあぁあぁぁぁあああっっっ!!!!!!」
↑なんですけど、これ↑実はある程度は想定してたんですよ、
え~、ただの「自覚」←とか名前変えといて『無自覚推し』になってる理由↓
>『本当に
> 無自覚』
> だと
>『まず
> 認める』
↑を書いた時に。敢えてこう↑認めようと思い込む事で起こってくる気付きや解放があるだろうみたいに。いやでもほんっと想像以上でしたわ(滝汗
なんでって、
> 『無自覚』
> とすら
> 『思い
> 込んでた』
↑に、『本当に気付いた』からです、「敢えて思い込もうとした」←とかなんとかの言い訳抜きに。
何がって、
『自覚している』という『勘違い』、この↓例から分かります?
>「うん認めてる、自分が今楽な方を無自覚だって。今苦しい方しか自覚してなくて、楽な方には無自覚だってちゃんと認めてる」
↑みたいな思考が起こってきても、
本当は、
『無自覚さ』を
『知ってる』
↑という
事でしか
ないと
気付いた
からなんです。
『知って』は
いたけど、
『無自覚さ』を
『本当に』
『認め』たり
『自覚』は
できてないと
気付いた
からなんです。
で、こう↑気付けたので、昨日書いた、もう一つの気付きも起こりました。
何だと思いますか、ご一緒に、ご自身の感覚で確認してみる事をお勧めします。





