新しいリコーダー奏法

吉嶺史晴によるリコーダー奏法解説ブログです。上達してゆくための全般的な考えかた・生き方のヒントについても書いています。

チャンスを逃さない!

2018年08月26日 | 全般的な事柄
上達に欠かせないのは自分よりも上手な人と一緒に演奏することです。

このようなチャンスが巡って来たら逃さないようにしましょう

最も理想的なのは二重奏です。その楽曲の50パーセントの割り合いを自分で、そして残りの50パーセントを上手な人が演奏するわけです。

この時に何が起きるのか、ということをよくよく注意して聴いてみましょう。

上手な人は相手に合わせて音を出すのも上手なので、あなたがまださほど上手ではなく貧弱な音しか出せない場合には上手な人もあなたに合わせて貧弱な音を出してくれます(笑)

このような状態では上手な人の腕前の見せ所があまりありません。

しかし、とりあえずなんとか普通に人前で演奏できるほどの腕前が身について、ある程度、充実した音も出せるようになってきたら是非とも自分よりも上手な人と二重奏をやってみましょう。

上手な人は忙しいのであなたの練習につきあってくれる時間はあまりないかもしれません。それでもなんとかうまく交渉して一緒に演奏する機会を持つことが出来ればあなたの経験に大きな1ページが書き加えられることは間違いありません。

もしあなたがレッスンに通っている場合にはなるべく先生と一緒に二重奏をする時間を作ってもらってはどうでしょうか。

先生もきっといやとは言わないでしょう。何故ならば音楽的な内容は音で伝えるのが一番てっとり早いからです。

演奏に関する理論的な内容は普通の言葉でも伝えることは出来ますが、演奏そのものの本質に関わる部分は演奏で伝えてもらうのが一番、効果的です。

例えばレッスンのなかで前やった曲を二重奏で復習したりすることがあります。
忘れている部分を思い出すためという理由もありますが、それはむしろ副次的な理由で、主な理由はあなたより上手な人とあなたが一緒に音楽を作るということです。

その時に何か起きるのか、ということを聴いてみましょう。

音を出すのに一生懸命でなかなか聴くことが出来ないかもしれませんが(笑)
それはそれとして貴重な上達のためのステップでもあります。

でも「ステップ」というからにはそこに留まることはありません。

音を出すことが出来るようになったら、次は音を聴くということを目指してみましょう。
そのための最も効果的な方法のひとつがあなたよりも上手な人と一緒に演奏することです。

良かったらやってみてください。

練習は本番のように、本番は練習のように

2018年08月25日 | 全般的な事柄
スポーツの世界などでは「練習は本番のように、本番は練習のように」と言われることがあるそうです。

*練習の時は本番の試合のように緊張感を持ってやること

*試合では練習のときのようにリラックスしてやること

というような意味あいで使われる言葉です。

楽器の上達においてはこのような言葉は参考になりません。

上達の過程にある人にとっては「練習は練習のように、本番も練習のように」ということになります。

つまり、初心者、中級者のある程度の段階まではそもそも満足な演奏が出来ないわけなので普通に私たちが考えるような「本番」のような演奏というのは出来ません。

そのような場合、プロのスポーツ選手や演奏者のような完成度は全く望めない状態で本番の舞台を踏むことになるわけです。

発表会のような場合には聴いてくださる方がいらっしゃるわけですから、少しでも良い演奏をしたい、ということはわかります。しかしながら基礎的な演奏技術が全く備わっていない状態で「良い演奏」などないものねだりです。

ただ、本番の経験を積むことは必要なわけです。

この場合、本番も練習のようなものになります。ですので練習は練習のように。本番も練習のように。ということになります。

どうせ良い演奏はできません。でもこれは大事な開き直りです。

上級者、あるいはプロになっても会場の響き具合、楽器や奏者自身の調子、お客さんの反応など様々な要因によって満足な演奏が出来るとは限りません。

ですので初心者、中級者にとって「良い演奏」というのは夢のまた夢のようなものです。
ただし、それは実現不可能な夢なのではなく、一歩一歩を積み重ねてゆけば近づいてゆく夢でもあります。

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このことに関連してあと一言。

初心者・中級者はとにかく曲を沢山こなすことが必要です。しつこいようですが、どうせ良い演奏はできませんので。難しくない曲を沢山こなして、とりあえず自分自身と楽器との距離を近くしてゆく、楽器に慣れてゆくということが一番大事です。


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もう一言だけ。
年に2回の発表会のために1年間に2曲しか練習しない、などというやりかたは最悪です。
どうせその2曲も良い演奏できるはずないのに。

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自分は良い演奏できない、ということを素直に認めること。
でもこのままの状態に留まっているわけではない、ということもしっかり意識してみること。

練習する意味

2018年08月25日 | 全般的な事柄
初心者、中級者、上級者(大雑把なわけ方ですが)によって練習する意味は違います。

少なくとも、初心者、中級者まではその楽器に慣れ親しむ、ということが練習する意味の柱になります。

正しいやり方で慣れてゆくことが必要です。この場合はやはり、姿勢、楽器の持ち方、息の方向、息のスピード、タンギング、指の動かし方などいろいろあるのですが、これらがうまくゆくと「楽器が鳴って来る」という段階に到達します。

経験上、中級者程度と思われる方で速いパッセージはなんとか音にするのは出来ているのに楽器の鳴りが非常に弱い人がいます。とてももったいないです。

このような人は楽器が「鳴る」ということはどのような状態なのかということを知らないまま時を過ごして来たためバランスの悪い発達の仕方をたどって来たのです。

楽器を練習するというと、とにかく演奏技術を高める、とかあるいは楽曲の演奏解釈を深めてゆく、というようなことにココロが行くのですが、それらはあくまでも結果としてそうなるということであって、とりあえず楽器に慣れる、慣れ親しむ、ということが第一の要点です。

アマチュアの方々の発表会でいきなり音楽史上に輝くような演奏が出てくることはありません。プロでもそうです。いきなり良いものが出来るということは絶対にありませんから大丈夫です(笑)

下手なら下手で良いです。

ただしどのような方向を向きながら下手であるのか、ということでその時は隣の人と同じような下手さ加減であっても1年後、5年後、10年後には水滴ひとつと大きな海ほどの違いになります。

ただ、ただ楽器に慣れてゆくこと(正しいやりかたで)
それが出来ていさえすれば初心者、中級者の練習の意味あいはほぼ達成されています。

補足:
中級になってくると様式を勉強することは必要になって来ます。
ただし技術が伴わないので勉強した様式を満足ゆくかたちで表現することはなかなか出来ません。
この場合は様式を勉強することによって、その楽器に慣れ親しむ、という考えかたになります。

必ずしも勉強したことを良い形で実現できなくとも良いです。

このような捉え方だと、いつもの練習やレッスン、発表会に対するキモチがなんだか楽になってきませんか?

上達を阻む要因

2018年08月24日 | 全般的な事柄
楽器の上達を阻む要因にはいろいろなものがありそうです。リコーダーに特定されたことではないのですが最近、このことについて思うことがあるので少し書いてみます。

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まず本人が抱く極端な考えかた
■自分は全然ダメだからこの先、いくらやってもムダ

これは正しくないので、こういう考えかたに陥っている時はそれを自分自身で察知して、「まあ、畳の部屋でゴロゴロしてみるか」くらいの余裕があっても良さそうです。この場合にはその場で出来る気分転換のパターンをいくつか持っておくと良いです。

経験上、ダメな状況が永遠に続くということはないので大丈夫です。
(しばらく表面的にダメっぽい状況が長引く時もありますが、そういうものであっても、それがずっと続くということはないです)

そんな時は身体を動かして何かやるのも良いですよ!(卓球とか、いろいろありそうです)

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周囲の人が何か余計なことを言ってくる場合
■あなたはたいしたことない奏者なんだからこの先、いくらやってもムダ

これも正しくないです。たいしたことないのか、どうかということを決めるのは口を出してくる人ではなく演奏を聴いてくれる方々です。(奏者には得意、不得意がありますからある様式の曲を演奏するのにたいしたことない演奏しが出来ない人が、異なる様式のものだと水を得たサカナのようになることも珍しくありません)

自分自身の考えかたは自分である程度、制御することが出来ますが他人の考えかたは変えられません。もし、周囲にひとりでもこのような言葉を投げつけてくる人がいたら距離を置くべきです。

明白な悪意があって、このような言葉を投げつけてくるのだとしたら極めて危険という他ありません。フェイスブックだったらブロックする。日常生活だったらなるべくその人に近寄らない。そのような方法がありそうです。

補足:
でも、人間は変化できる生き物なので、時がたてば自分も変わるし、相手も変わることだってありますから一時的に距離を置くこと自体、今生の別れということでは必ずしもないわけです。


ウィンドウェイの状態(水のこと)

2018年08月18日 | 楽器の状態を感じとりながら音を出す
リコーダーを演奏する際に気をつけなければいけないことのひとつはウィンドウェイのなかに水分がどれほどたまっているのか、ということを奏者が感じ取ることです。

ウィンドウェイに水がたまっていると空気の流れが妨げられて良い音が出ません。

熟達した奏者はウィンドウェイのなかの状態に敏感なので、水がたまってきたら休符の時間をつかってすばやく吸い込んだりすることが出来ます。

経験の少ない奏者はウィンドウェイの状態にココロ配りできるような余裕がないのでどうしてもその点についてはおざなりになってしまうことが多いようです。

楽器はある程度の期間、音を出していると「癖」がついてゆきます。
望ましい「癖」もあればそうでない「癖」もあります。

ウィンドウェイのなかすぐ水がたまってしまう、というような癖のついてしまうこともあります。

反対に、演奏中のウィンドウェイのなかには水がたまりにくいという癖のつくこともあります。
息のクオリティ、奏者の感受性、楽器そのもののクオリティなど、様々な要因があって、このような「癖」が形づくられてゆきます。

いずれにしてもウィンドウェイに水がたまりやすいという「癖」がついてしまうことは避けるべきです。このような状態の楽器はその点においてプラスチック製の楽器とさほど変わらないということになってしまいます。

ウィンドウェイに水がたまりにくくするための方法としては次のようなものがあります。

■演奏する前には楽器をよく暖める
■アンチコンデンス(リコーダーのウィンドウェイに水がたまりにくくなる液体)をウィンドウェイのなかに時々いれる(中性洗剤と水で自作することが出来ます)
■ウィンドウェイに水がたまりにくような息で演奏する

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ウィンドウェイに水がたまったらラビウム部分に指をあてて強く吹き飛ばす方法、吸い込む方法、ふたつあります。
強く吹き飛ばすということでも良いのですが、この場合は「強く吹き飛ばさないとウィンドウェイの水が除去できないという癖」がついてしまう危険があります。

一方、「吸い込む」という方法は演奏中の短い休符の時間を使って一瞬で出来るという利点があります。この方法によって「軽く吸い込むだけでウィンドウェイのなかの水がなくなるという癖」をつけてゆくことも可能です。

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熟達した奏者は演奏中、ウィンドウェイに水がたまって来、それが演奏に深刻な影響を与えると判断した場合(次の休符まで待てない場合)には、音符を省略して水を吸い込むための時間を確保することもあります。

多少、水がつまっていても良いから、その時演奏している箇所と次にくる休符まで必要な時間を計算して、さほど重大な影響を及ぼすほどでない場合には水がたまったまま演奏を続ける場合もあります。(ウィンドウェイにたまっている水の量が比較的、少ない時の方法)

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伴奏がある場合には旋律部分が休符であっても伴奏楽器が音を出してくれているのでリコーダー奏者が水を吸うときに出る雑音は軽減されます。

しかし全くの無伴奏曲の場合にはこのような考えかたは使えませんのでまた異なる方向からの考えかたが必要になります。