吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

リコーダー奏法の基礎

2013-07-09 | リコーダー奏法
リコーダー奏法の基礎のかなりの割合は音楽そのもの、ひいては音楽の歴史、そしての楽曲の構造に関する理解に関わっている。

表面的にただ楽譜に書いてある音符を音にする作業は音楽そのものの理解がさほどなくとも出来てしまうように見えることが多いので未熟な奏者は、それで自分自身があたかもその曲を演奏できてしまったかのように誤解することが多い。

そのような奏者に極めて初歩的な質問を投げかけてみると、ほとんどの場合、何も答えられない。不協和音と協和音の区別さえ理解しないまま、当然のことながら息をどこで継ぐべきかということについての理解もないままその曲を演奏したつもりになっている。

このような状況は他の楽器であればまだしも起こりにくいのではないだろうか。
リコーダーが簡易な楽器として捉えられていることの弊害だと思う。

しかしこれは今に始まったことではなくて、確かシェークスピアの作品のなかにもあったかと思う。吹けば簡単に音が出る楽器として。

簡単に音が出ることと、その音が音楽表現に耐えられる品質を備えた音であることとはまったく別のことであり、楽譜に書いてある音をとりあえず音にすることが出来るということと、その楽曲の構造を理解して演奏するということとは天と地ほども違う。

そしてリコーダーという楽器、ならびにこの楽器の演奏を甘くみている人々はそのような水準にとどまりながら、自分たちはリコーダーを演奏出来るかのように思い込んでいる。
それはとんでもない思い違いである。

「音色」に磨きをかける

2013-07-09 | リコーダー奏法
リコーダーは誰が吹いても同じ音が出ると思われているかもしれないが、それは間違っている。
同じ楽器を10人の違う人が吹いたら10通りの音色が出る。
楽器なのだからそれは当然のことだ。

リコーダー奏者がまず目指すべきは「音色」に磨きをかけることである。具体的に言えばロングトーン、そしてそれに関連した様々なダイナミクスやヴィブラートの変化、そしてアーティキュレーションの変化など。

つまり、奏者にとって演奏解釈以前に問題となるのは「音色」そのものだということである。
「音色」がだめなのに、いくら演奏解釈をやってもそれは絶対に説得力ある演奏にはならない。

逆に、演奏解釈がさほど練られていなくとも音色が良ければ、それだけで演奏の説得力はかなり上がる。これほどまでにもともとの音色というのは演奏全体のできばえを大きく左右するものだ。

しかし残念なのは多くのリコーダー奏者が「音色」の重要性に気がつかないまま、演奏解釈に走ることである。このような状況では本当にリコーダーという楽器で説得力のある演奏が成り立つ時が来るのは遠い先のことになってしまう。

何よりも大切なものは音色、そのものなのだ。

しかし、話はここでは終わらない。ロングトーンやダイナミクス、様々なヴィブラートやアーティキュレーションの練習をしていればそれだけで良いのか、という問題だ。

良いはずがない。

ことの根幹はその奏者自身が備えるべき「音色」についての判断力に磨きをかけることだからである。つまりその時にその奏者が出している「音色」をどのように評価するのか、という判断力をつけるためには実際の演奏経験をつまなくてはならないからだ。