私はよく夢を見る・・と過去に何度も書いてきたが、昨夜から今朝に
かけてもまたいくつかの鮮明な夢を見た。
ほぼ毎日のことなので数えきれないが、今もはっきり、くっきりと
覚えている夢もたくさんあり、備忘録として残しておきたいくらい
なのだが・・・
そのたびに、やはり夢を見る達人(?)のような吉本ばななさんの
「夢について」を読み返し夢を見る仲間、同志のような気持ちにもなるのだ。
夢についてのメカニズムは解明されている部分も未解明なところも
あることは既に周知の事実(?)のようだが「夢は美しく生きるための
もう一つの予感」という言葉はわかるような気がする。
さらに私はもうひとつ「楽しく・・」を加えて・・・
今朝(明け方)の夢は67歳でこの世を去った筈の父が久々に訪ねてくる
のを家族で待つというものだった。
家族で雑談中に電話があり、午後9時50分に我が家からはかなり遠く
離れた春日部駅に到着予定だということだった。
なぜ何の所縁もない春日部なのだろうと思いながら、春日部だと我が家へ
到着するにはまだちょっと時間がかかるだろうということで近くに住む
息子夫婦を呼び一緒に待つことにした。
雑談の中には10年前に71歳で死んだ筈の弟もいたがその弟は
かって知ったる我が家の冷蔵庫からビールを出して飲み始めていた。
駅までは徒歩5分なのだが、私は父が最寄り駅に到着したら車で
迎えに行くためビールは父が来てからにするということでそのまま
飲みかけのコーヒーと大好きなピュレグミのマスカットとグレープを・・・
この夢はところどころがカラーで、特に私が食べていたピュレグミの
シャインマスカットの色がくっきりと浮かび・・そして夢の中の孫娘の
指にはめたターコイズリングの神秘的な色が不思議な輝きをみせていた。
フルカラーのような夢を見たことはないが、このように部分的に
はっきりとした色の夢は日常茶飯事(?)とも言える。
かなり前に死亡した父や弟の夢は今でも時々見るが、今朝見たのは
昨晩本やCDを整理しているときに弟が好きだった中原中也の本を
手に取って弟を思いだし、しばらくじっと見つめていたからかもしれない。
そしてターコイズの方はブログ友が投稿のターコイズリングの記事を
読みながら同じような指輪を持っていたメキシコ在住の孫娘に早く
逢いたいと強く何度も思ったことやさらに検索の結果今まで知らなかった
ターコイズの持つ意味を知り、孫娘に逢いたい気持ちが一層募ったから
かもしれない。
こうして今朝もはっきりとした夢を見た私はそのまま夢のつづきを
見たいと思い、いつものようにベッドの中で仰向けに寝て静かに
目を閉じ、体全体の力を抜いて自分自身が空中に浮きあがるような
感覚を思い描いたのだが夢の続きどころか二度寝に陥ることもなかった。
「夢」を題材にした映画や音楽は数限りないほどあるが
いい夢を見るためにまた私の好きな曲の動画を・・・
そしてもう一つは後期高齢者であってもいつまでも変わらぬ思い・・
ということで過去にも何度もアップしたマントヴァーニーの
「夢見るころを過ぎても」を掲載してみた。
今日も元気に 💕 心を癒す音楽 🎵 【菜の花の咲く駅-2025春 】#リラックスミュージック #リラックス #soothingrelaxation
夢見る頃を過ぎても(マントヴァーニ)









カラーの夢 亡くなられた誰かが普通に出てくる夢
私も同じ感覚で夢を見ます
綺麗な花にはカメラを向けたり もう何十年か前に亡くなった家族や同僚 知らない女性など 鮮明に記憶に残るのです
怖い夢は無いですね
10年以上前は 空を飛んで地上を俯瞰している夢も幾つか これは最近見なくなりましたが(笑)
添乗員で何かエラーをしているのも もう15年も前に終わっているのに・・
ゆめは不思議ですね それでも 嫌な気分にならないことは健康な夢なのでしょう(笑)
のびたさんもそうですか・・
よく似ていますね。
私も空を飛んでいる夢をよく見るのです。
雲を通り抜けてさらに上空へ行き、泳ぐように空中を浮浮すると急に冷たい風が吹き目が覚めるということがよくあります。
そんな時はだいたい肩や腕が寝具から出ていたりするのです。
きっと寒さ、冷たさん度でそんな夢を見るのでしょうね。
のびたさん、私も嫌な夢や怖い夢などは見たことがありませんね、やはり日頃の気持がそうさせるのでしょうか。
夢を見ても疲れることはありませんし、むしろはっきりと覚えていることが楽しさに繋がっていますね。
夢って本当に不思議ですよね。
私も、夢はよく見る方で
だいたいカラーの夢が多いです。
最近は、夢の内容を忘れてしまうことが多いのですが
この間は、大谷さんがデコピンの散歩ということで
夢の中へ出て来ました。
なぜか?2回目です。
2回目の時は、1月に亡くなった父も出て来て
大谷さんを紹介したら、驚きながらも喜んでいました。
よく夢をご覧になりますね~
私は全くと言っていいほど見ないんですよ。
「夢見る頃を過ぎても」郷愁を誘う美しい曲ですが、無粋なのか鈍感なのか、いろいろ振り返って考えつつ眠ったのですが、11時から6時までぐっすりでした。
楽しい夢、嬉しい夢ばかり見るshimaさんがうらやましいです。
昨晩もコメントありがとうございます。
そしていち早くフォローもいただきありがとうございました。
とまとさんにフォローを・・と思いながら先を越されてしまいましたが・・・
さて、
とまとさんもよく夢を?・・・
いいですね、しかもカラーの夢が多いのは楽しみでもありますね。
私は合日のようにたくさんの夢にめぐり合いますが、どれだけ見ても睡眠不足や体調に違和感などを感じたことがありませんので、このままで良いのだと思っています。
のびたさんへの返信にも書きましたが、私は空もよく飛ぶのです。
懐かしい人に会える(逢える)のも嬉しいですね。
夢をほとんど見ない方や見ているような気がするけど覚えていない・・という方も結構多いですよね。
私たちは生きている時間(?)をたくさん持っていると思うと嬉しくもなりますね。
睡眠中に見る夢だけではなく大空や大自然の中で「思い描く夢」もいいものですよね。
現実にはむずかしかったり、例え叶わなくてもそのために思いを込めたり、努力したりする事にも何らかの価値があると思うのです。
私は125歳迄「夢見る頃を過ぎても」の曲と共に頭と胸、心に夢を描き続けたいと思っています。
はい、私は本当にたくさんの夢を見るのです。
もちろん、覚えていない夢や忘れてしまうものもありますがこうして時間が経過しても(いつまでも)覚えている夢も多いのです。
とまとさんのコメントにも書きましたが、毎日のように見る睡眠中の夢と頭と心に「思い描く夢」の両方を楽しみながら見続けていきたいと思っているのです。
このを聴くと私にとっては初恋(?)として過去に何回も投稿した幼なじみで同級生の「眞佐美ちゃん」のことを思いだすのです。
眞佐美ちゃんが少し離れたところへ引っ越し、その後に用事があって遊びに来た時の帰り道・・少しでも長く一緒に歩きたいと二人で自転車を押しながら送っていった日のことが忘れられません。
高校卒業後、私は東京で就職・・眞佐美ちゃんは都内の洋裁やデザインの専門校へ通い、二人は都内で逢うチャンスは確実にあったのですが、眞佐美ちゃんは家を継ぐ一人娘だったため、会うこともなく、
腕を組んだり手を握ったりすることもない儚いプラトニックラブで終わりました。
何十年後かに同窓会で会った時は懐かしく、「眞佐美ちゃん」「文(ふん)ちゃん」とお互いに呼び合ってあの幼い日に戻ったのですが、その思いでも「夢見る頃を過ぎても」と繋がっているのです。
よけいな話をしてしまいましたね。
いや、したかったのかもしれません。
」
ステキな夢のお話ですね?
私も、毎日ではないですが
明け方に夢を見ます、、、
明け方以外は見た夢さえ
すっかり忘れちゃうからだと
思います。
淡い色がついたカラーなのか
それとも、白黒なのか
セピア色ががっているのか
後で考えても、
色彩が思い出せないことが
割りとおおいです。
たまに近未来の正夢を
見ることもあります。
本人が明確に意識していないのに
いつか見た夢が
良い意味のでも
悪い意味のでも
正夢になると
スゴくびっくり驚きます。
なんで夢の予言?お告げ?
が本当になっちゃうの?
って。
いつも有難う御座います(^.^)(-.-)(__)575
https://blog.goo.ne.jp/575
shimaさんらしい、家族愛にあふれた夢ですね。
私もよく夢を見ますが、受験の夢だったり学校の夢だったりが多いです。
shimaさんは家族や人と多く関わった、豊かな人生を送ってこられたのだろうなぁと思いました。
皆さまお元気でお過ごしになれますように🙏
素敵な夢ですね ❣
私は前ほど見なくなりました。
はっきりくっきりのカラーの日もあれば、色ついてたかなってことも。
眼が覚めてつづきが見たいと思って又寝したらつづきを見ることもあります。
それに、不思議なのは眠ってないのに「桜の下を歩いていたり」「ナンプレをしていたり」です。
あれ私はまだ眠ってないよねと思って目を開けたら見ていた物は消えて部屋の天井やら家具を確認、
そして、目を瞑ればさっきのつづきが見えるですよ‼
若い時はこんなこと無くて、最近なんですが・・・
これも夢なんでしょうか ⁇
夢を見るメカニズムはある程度解明されているとのことでネットで色々と検索してみると「なるほど・・」と頷けることもあり本当に不思議ですよね。
ほとんど夢を見ない人もいれば私たちのように毎日のように見る人たちも・・・
現実に起きたことやそれに関連する夢を見ることはありますが、夢が現実に・・という正夢の体験は私には無いと思います。
毎日のようにたくさんの夢を見るのですから楽しい夢、嬉しい夢の一部でも正夢になってほしいものです。
いずれは実現するかもしれませんね。