囲碁漂流の記

週末に対局を楽しむアマ有段者が、棋力不問の話題を提供します。初二段・上級向け即効上達法あり、懐古趣味の諸事雑観あり

官子譜「眼あり眼なし」

2019年10月31日 05時10分43秒 | ★古典の小径をゆく

黒は2手で取られる形ですが、幸い黒の手番ですの巻】 

 

■黒先白死。

 

■攻め合いはどうなりますか?

 

まず、黒1とを作ります。

後は、黒3、黒5と外ダメを詰めていきます。

白はに入れないので、黒の1手勝ち。

黒もに入れませんが、このままで白死。白は手出しできません。

 

■攻め合いの基本で「眼があるか、眼がないか」の問題があります。

眼がある石が、眼のない石に勝つのが原則ですが、もう一つの条件があります。双方の間にあるダメは、眼のある方の手数に入るということです。「共有する内ダメは、眼のある方の有利に働く」という原理です。上の図でのことです。

 

■<先週末の京都・囲碁サロンで、七段さんの大石4カ所を殺した>と書きました。

最初に殺した大石は「二線の六死八生」で、二線の棒石6子を中央で封鎖しました。次に殺した大石は、相手が眼のある石で、わたしが眼のない石でしたが、わたしの外ダメに余裕がありました。3番目は、黒のほぼ確定地に突入してきた白石に2眼を作らせずに持ち込みに。4番目は、手入れを放置した辺の大石の急所に一撃。

全体の石の配置は七段さん有利で、このままヨセに入れば、わたしの負けの形勢。ですが、相手の大石に生きる条件がそろわなかったのです。「相手を甘く見た」と彼は言っていましたが、「自分の石の生死を甘く見ていた」というのが本当の敗因でした。合掌。

 

ヨセ 戦いが終わる頃から終局に至るまでに、自陣を増やし相手陣を削り、その境界線をはっきりさせる手段。場合によっては石の死活に発展する。昔は、結(けち)、固め、収束、侵分などの字が用いられ、中国では官子(かんず)といわれた。

 

官子譜 14~17世紀の中国・明代末期から清代初期の棋書。問題数は千題を超える。「玄玄碁経」と並ぶ二大名著とされるが、終盤の死活や攻め合いなどの「形と筋の網羅性」で勝っている。

 

参考 官子譜は2019年1月20日にも出題しています

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死活妙機「2の一」

2019年10月30日 20時16分48秒 | ★古典の小径をゆく

明治の難解詰碁集、急所に直撃!の巻】

 

■黒先白死。

 

■スミの急所「2の一」にオキ一発

白は即死です。

 

白aなら黒bと連絡し、白は2眼が出来ません。

白bとさえぎってもaでアタリ。これも白はアウトです。

どうにもなりません。

不思議ですね、「2の一」の急所。


死活妙機(しかつみょうき)  本因坊秀哉(しゅうさい)著「新案詰碁 死活妙機」が1910(明治43)年、吉川弘文館から出版された。「時事新報」に掲載した懸賞詰碁120題を増補・訂正して一巻にまとめたもの。緒言に「本書の詰物は古人の打碁及び著者の打碁に成りたる実戦上のものを基礎としたるものにして、故さらに作りたる珍瓏的のものにあらず、専ら実用を主としたればなり」とある。発陽論レベルの難解手筋が多い傑作詰碁集。百年以上前の作だが、今回取り上げる古典の中では最も新しい。

 

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玄玄碁経「ダメヅマリ」

2019年10月30日 05時19分00秒 | ★古典の小径をゆく

「囚われの2子」は体内の時限爆弾の巻】

 

■黒先白死。

 

ホウリコミ一発、そしてノビで決まり。

白はaにもbにも打つことはできません。

打てば全部取られてしまいます。

オステナシの白死です。

 

■黒石にはキズがなく、白石を完全に包囲し、しかもダメが詰まっています。

白は自分のダメが詰まってくると、こういう恐ろしい事態になることを察知しなくてはいけません。

黒もダメが詰まってくるまで、チャンスを待ちましょう。

序盤中盤で手にならないのに、取り合えず打って、味を消してしまうのが一番いけません。「三手のヨミ」で分かりますが、それがなかなかできないものです。常にそれができれば、高段者でしょう。今は“五段”ですら「怪しい」ものですが……。

 

 

玄玄碁経(げんげんごきょう) 12~13世紀、中国・元の棋書。南宋時代に創作され、元代で再編されたといわれる。現存する最古の棋書「忘憂清楽集」(ぼうゆうせいらくしゅう、11~12世紀?)の次に古い。 詰碁・手筋などが多数収録されており、日本でも江戸から現在に至るまで広く活用されてきた名著。

 

 

参考 玄玄碁経は2019年1月14日にも出題しています

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碁経衆妙「オイオトシ」

2019年10月29日 13時36分34秒 | ★古典の小径をゆく

 

最初は、練習問題から始めましょうの巻】

 

■黒先白死 

よく読めば、黒は白石を全滅させることができる、と分かります。

「初段」なら覚えておくべき手筋です。

 

         ◇

 

■市販の囲碁本と違い、当ブログでは「正解」のみを掲載し、「失敗」は原則的に掲載しません

「失敗」をわざわざ覚える必要がないと、わたしは思うからです。

興味があれば、ご自身で研究してください。

 

 

碁経衆妙(ごきょうしゅうみょう)  1812(文化9)年、囲碁家元・林家11世当主の林元美(はやしげんび)が編纂した詰碁集。江戸後期の作だが、それまでの古典を引用した図もある。実戦でよく出てくる比較的やさしい問題が多いのが特徴。元美は文才があり、史話や随筆からなる「欄柯堂棋話」の著者として知られている。 「らんか(朽ちた斧の柄)」は囲碁の別名。 

 

 

 

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古典は「樹木の幹」

2019年10月29日 13時35分07秒 | ★古典の小径をゆく

 

新カテゴリー「★古典の小径をゆく」を追加しますの巻】

 

■「カベ突破道場」の「分家」になります。

 

■古典詰碁・死活・手筋本の中から、

初段のカベ突破、三段のカベ突破に役立つ」ような比較的やさしい問題、実戦に役立ちそうな問題を中心に掲載します。

ウオーミングアップにもなりますので、棋力に関わらずどなたでもお目通しいただければ幸いです。

例によって問題と解答を同時掲載します。着点と手順を脳に焼き付けて、実戦で活用してください。

 

■どんな分野でもそうですが、

古典(クラシック)は「樹木の幹」であり、新作は「枝・葉」です。

新しい枝葉は、太く大きくなるものもあれば、折れたり散ったりするものもあります。

 

詰碁・死活・手筋は、

「古典をそのまま拝借・掲載して詰碁本が出版されているケース」

「古典をアレンジした作品ができて、やがて古典となったケース」

「詰碁作家が古典を調べ『過去問にない問題』を創作するケース」

などがあります。

つまり古典を度外視して現代があるわけではないのです。

 

■古典詰碁の多くは千年前~百年前に創作されました。 

複数の正解がある等々の「失題」があることも、昭和・平成のプロ棋士の研究で分かっていますが、わたしたちの棋力向上を妨げるものではありません。最善手の応酬と思われる図を掲載します。

 

         ◇

 

■当ブログは、素人なりの「碁の考え方」を中心に執筆・投稿してきました。

「部分的な手」については、個々人が独習すればいい、と思ってきたためです。

しかし市販本は玉石混交で、良書に巡り合うことは少ないのもまた現実です。

プロ目線で作られ、アマには手に余ることが多いのです。

少しでも強くなって、楽しみを広げ深めたいアマはどうすればいいのか?

わたしの眼で選んでブログに載せるのも一法、と思い直すようになりました。

詰碁は手筋の宝庫であり、囲碁の基礎練習です。不勉強のわたしにとっても、ブログ掲載が刺激になるはずですので、不定期・断続的に出題していくつもりです。

 

 

 

▼わたしは今年、同好会棋戦等で「優勝」できませんでした。「参加賞」もありましたので、古典詰碁本を買い足すことにしました。これらを底本とし、自分なりの感想(解説ではありません)を付け加えます

左・東山魁夷「夏に入る」 右・ピーターラビットシリーズ「お散歩」

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悦楽の「別荘巡り」

2019年10月28日 12時26分19秒 | ●○●○雑観の森

 

別荘? 借り物ばかりですが……お気に入りのプレイ・スポットの巻】

 

■2019年10月27日(日)晴

午前中に別の同好会(通称・別荘)に行くも、なんと「満室」で入れず。

新しい名簿をみると、会員は全部で27人(うち1人休会)。

本拠地同好会同人の強者Mさんが七段、女性最強Oさんが二段で新規参入です。

私より強い五段以上が8人となりました。いい感じです。

会場は「16人」が対局できる設営ですが、こんなに参加者が多いのは初めて。

 

■「待っているのもあり」でしたが、“別荘巡り”を展開することにしました。

 

1.別の囲碁同好会

 

2.ブックオフ

 

3.市立図書館

 

4.スポーツジム

 

2番目の古書チェーン店は、掘り出し物が多いのです。

市井の古書店主は「目利き」なので、それなりの値段を付けますが、

チェーン店では「良書」が激安の場合が、かなりあります。

「書き込みはないか」「カバーは付いているか」「折りジワ・ヤケ・シミがないか」など、コンテンツよりパッケージに重きを置くためでしょう。

「資本の論理」ってヤツですね。これは。

わたしは「コンテンツ重視」なので、じゃまなカバーなどなくったって平気ですし。

 

3番目の公立図書館は、意外なことに「手当たり次第」に新刊をセッセと入荷しているのです。

わたしはベストセラーを読まないし、

予約待ち時間のないマニアックな本を中心に借りるし、

読み返すほどの内容ならちゃんと購入するし、

なので、まことに好都合です。

 

4番目のスポーツジム。筋トレ、ヨガ、TV付きサイクルマシン、プール、サウナを利用します。

月に4回ほどのパラダイス。

 

 

 

この日は結局、別荘ようのモノを3カ所巡ったというわけなのです。

そしてTVで、女子ゴルフ、ラグビーW杯準決勝、うたた寝~zzz。

嗚呼、重畳でござった。

 

 

=大阪府高槻市で2019・10・27(日)

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私の中の京都<下>

2019年10月27日 22時26分20秒 | インドア・アウトドアにて

和漢の学に通じた平安才女の感性の巻】

 

■京都の「秋の夕暮れ」は、どうして、こんなに寂しそうなんでしょう。

幸い待っていてくれる人がいます。

暗くなる前に、阪急電車に乗りました。

時代祭を見物した人たちで混んでいます。

 

街は、帰れない人の波であふれています。

 

今年の大きな祭りは、これで終わりです。

 

 

 

 

▼かつての三条河原(処刑・晒し首)。五右衛門、豊臣秀次、石田三成、近藤勇ら

今や大人気のデートスポット。若者よ、恋人たちよ、何を感じる、何を想う

 

▼ライトアップされた歌舞練場、まばゆい

 

▼富士の高嶺と先斗町の雪物語、ほどなくやってくる

  

▼高瀬川のせせらぎと、音のない美の世界「ソワレ」と、帰れない老若男女と

 

▼真っ直ぐ真っ直ぐ、西へ西へ進むーー桂川、松尾橋、嵐山・松尾大社

 

▼カオスなる世界の中心の一つ ヨンカワ(四条河原町交差点)で愛を叫ぶ!

 

2019・10・26 

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私の中の京都<中>

2019年10月27日 15時14分57秒 | インドア・アウトドアにて

そぞろ歩く秋の洛中の巻】

 

■西本願寺の御影堂門を出て、東に歩く。

突き当りを左折つまり上がって、花屋町通をさらに東へ。

東本願寺を通り過ぎ、河原町通を横切る。

指定暴力団事務所を横目に、未知の脇道を通り、五条大橋を渡る。

鴨川河川敷、高瀬川周辺、四条河原町から路地を彷徨しつつ。

三条寺町から三条河原町交差点へ。

 

■京都散策の楽しみの最大の眼目は、雑貨・民芸・古書・古着・古道具などの店に立ち寄ることです。

この日、1994年第8版の碁の本赤い木綿のバッグを買いました。

合わせて750円也。古くて、安くて、よいモノが“大好物”です。

 

万年筆の発色のいいインク

洒落た老眼鏡

エスニックな瑠璃色のホーローカップ

このあたりは手に取るだけにしました。

 

 

▼雑駁お散歩マップ 

 

▼御影堂門を出てすぐの仏具関連商店通り

 

▼しばらくすると突き当り、「左へ500㍍」をゆく

 

▼この界隈、未知の道との遭遇

 

▼右奥には五条大橋

 

▼鴨川左岸、五条大橋東詰め。京阪電車五条駅(地下)から東に清水寺周辺を望む


■四条河原町交差点から、四条大橋を渡ると、一帯に花街が広がる

南が「祇園甲部」、北が「祇園東」

“どんつき”は祇園石段下、そして八坂神社、円山公園、知恩院

 

▼寺町通を北に向かうと、三条通と交わる

 

 

▼三条河原町。戦前まで「三条通」は京都のメインストリートだった

これも大好物の一つ。ダイエットの敵!

チャーシューの味は、学生時代に好きだった屋台の味と、そっくり

 

▼12時50分、わたしは河原町通西側の雑居ビルに消える

時代祭の行列が見えるまで、あと30分

みなさんは、待っている

 

2019・10・26

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私の中の京都<上>

2019年10月27日 08時24分42秒 | インドア・アウトドアにて

いまはもう秋、人影まばら、御影堂で手を合わせるの巻】

 

■西本願寺の大イチョウの葉がこれから、深黄色へとまっしぐらに向かいます。

イチョウは中国原産。鎌倉時代に日本に渡り、各地の寺社境内に植えられました。

 

■今年春から秋にかけて亡くなった叔母、叔父、伯母。

子供の頃から、かわいがってくれました。

笑顔と優しい声がわたしの中に残っています。

ありがとう。御影堂で手を合わせました。

 

「御影堂」には親鸞(1173~1263年)の御真影(木像)が、「阿弥陀堂」には阿弥陀如来像がそれぞれ安置されています。

本堂の阿弥陀堂は修復中です。

御影堂は1200人以上が、阿弥陀堂は800人以上が、一度に参拝できる世界最大規模の木造建築です。

親鸞の死後、娘の覚信尼らが京都東山大谷に廟堂を建て、遺骨と影像を安置し、やがて廟堂が本願寺となりました。

本願寺の寺基が、京都堀川六条に定められたのは16世紀。第11世宗主顕如(1543~92年)が天下統一目前の織田信長を敵とみなし、10年以上にわたって激しい攻防を繰り広げた頃でした。

 

■信心薄い「昭和はぐれ者」のわたしですが、父方も母方も昔からこの宗派の僧侶でした。この寺の周辺に、自坊や定宿がありました。

亡父も僧籍を持っていましたが、わけあって勤め人になりました。納骨は本家の寺としましたが、ここで法事をお願いし、年に何度か立ち寄るようになりました。

手を合わせると、年を追うごと、さまざまな想いが立ち上ってきます。

不思議なことです。

そして、妻はクリスチャンです。 

 

 

▼御影堂

 

▼御影堂(左)と阿弥陀堂

 

▼お茶所

 

▼本堂の阿弥陀堂

 

2019年10月26日(土)

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京都・三条囲碁サロン

2019年10月26日 19時35分21秒 | 熱血他流試合記録

 

 

3年前の時代祭の巻】

 

■2016年秋、時代祭行列を眺めていて、ふと振り向くと「碁」の大きな看板があった。

雑居ビルをエレベーターで上がる。

人のよさそうな妙齢女性が席亭で、その娘世代の二人もいた。

一人は元女子学生王者で関西棋院インストラクター、もう一人は席亭の姪である。

 

■あれから3年。

年に何回か、土日におじゃまし、小さな棋戦で優勝や準優勝させてもらったこともある。

最初は三段で打ち始めたが、今は四段で打っている。

 

         ◇

 

■今日は、本拠地同好会が休会だったため、京都へ。

この囲碁サロンで「土三会」という棋戦があった。

「土曜三条囲碁杯」の略。対象は「二段以上」である。

 

 

■この日の成績は2勝2敗。

八段と五段に負け、七段と四段に勝ち。

今の棋力からすると、こんなものである。

 

しかし負けは惜敗、勝ちは大勝。

特に七段との3子局は、中盤の一瞬の隙に当方のハンマーパンチが入り、大石を撲殺。

あれよあれよという間に、4カ所の大石が死んで、盤上の4分の3以上が我が方に。

100目以上の大差が付いて、七段さん投了となった。

「甘く見てたら勝てないな」とポツリ。夕闇に消えた。

申し訳ないが、爽快である。

 

■外では、時代祭の行列に観光客らが見入っていたようである。

行列があと30分で通るという頃に、わたしはビルの中へ。

ビル4階の囲碁サロンでは、祭りの音は聞こえない。

別世界であった。

 

注:京都三大祭のフィナーレを飾る「時代祭」は、毎年10月22日に開催。今年は、新天皇即位「即位礼正殿の儀」が執り行われたため、26日開催となった

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“半分社畜”休日の朝

2019年10月26日 07時36分05秒 | インドア・アウトドアにて

いざ出陣。腹が減っては●○できぬの巻】

 

■幸いにして土日も何かと忙しい。

 

 

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“社畜”を半分降りて

2019年10月25日 13時02分11秒 | ●○●○雑観の森

 

薄曇りの一車線の人生、分け入つても青い山 の巻】

 

■家族について

わたしは定年退職で正社員から嘱託になり、3年が過ぎた。

大切な一人娘も東京で暮らしている。

親が細かく世話を焼くべき年頃はとうに過ぎ、日頃のことは、妻から聴いている。

十代からのショートカットは、ラインの写真を見ると、肩の下にまで伸びている。

相変わらず相当な美人である。(親バカに特効薬なし)

 

■仕事について

3年前、会社には「土日祝日は原則休み、平日朝~夕の勤務」としてもらった。

短い時間ながら「横丁の隠居」「小言幸兵衛」の気合いでやっている。

土日などは思いっきり遊ぶ。

年金も一部入ってきたが、満額支給となれば、仕事をどうしようか、と思う。

会社が望むなら継続するかもしれないし、望まぬなら辞めることになる。

それでやっていけるかどうかは分からないが、

「社畜」だった頃のモーレツ社員人生とは、また違った生き方をしてみたい。

 

■趣味について

本拠地同好会のエライ人たちに「無職になったら執行部に入るべし」といわれている。

「ありがたいこと」と思う半面、既にブログで側面支援しているので「私設・企画広報係」でご勘弁を、とも思う。

先輩多数のなか、末席からすれば、荷が重く、気が重いのが正直なところ。

しかし「(借金の申し込みを除いて)強く望まれれば原則断らない」をモットーとしているので、どうしたものか?

ほかにやるべきこと、やりたいこともある。

 

■母について

介護施設生活を見直す中、大阪駅のホームで会社の先輩にばったり会った。

30年来、何かとよくしてもらい、今も頭が上がらない硬骨清廉なるアニキである。

「どうした。帰る時間が遅いな」といわれるので、

「今日は新施設を見学し、施設長に入居をお願いしてきました」と報告した。

彼も90代母を引き取っていて、近く退職して介護の資格を取ろうか、と検討中らしい。

しかし相当な勉強が必要で「やり遂げられるか、二の足を踏んでいる」と苦笑する。

 

■これからについて

先輩は一足先に60代後半に入る。

ともに、どこまで生きるかは分からない。

だが健康に気を付けて新しいこともやってみたい、と似たようなことを口にした。

 

わたしは年初から、ブロ友さんたちの「生の声」を拝読できるようになった。人生の先輩が多い。

書き物だけで、つながっていることの面白さ」もまた格別であって、不思議な関係である。

ブログという新しい趣味が、囲碁やペットなどと同様、大事になっているのは、こういうことなのである。

 

 

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避難所の雑魚寝

2019年10月24日 12時34分28秒 | ●○●○雑観の森

政府主導で避難所の環境改善を!の巻】

 

■今朝、妻が開口一番。「きのうの夕刊、見た?」

わたしは「もちろんだよ。久しぶりに新聞記事らしい原稿を読ませてもらった」

 

執筆した二人の女性記者の慧眼に敬意を表したい。

そして新聞編集責任者は、二人をイタリアに出張させ、キャンペーンを展開してほしい。

さらには、志のあるメディアが同調し「ワンチームでスクラムを組み、政治を動かしてほしい」と思う。

  

         ◇

 

■前置きが長くなった。 

「全国各地で毎年起きるようになった自然災害」がテーマである。

わたしも防災グッズを買い、水を備蓄し、避難所の位置などを確認してきた。

「こうするのが当たり前」と思っていたら、どうも違うらしい。

日本は「避難環境の後進国」となっている、と言うのだ

  

         ◇

  

■この記事は、日本の避難所の環境がいかに「劣悪」であり、国際基準から大きく遅れていることを指摘したものだ。

ともに災害が多い「日本」と「イタリア」で比較し、避難所の実態に大きな格差があることなどを明らかにしている。

 

■台風19号で避難所生活を送る人は現在約4000人。

記者自身が一時、家族とともに近くの公民館に身を寄せたが、安心が得られず自宅に引き返したという。

もう一人の記者も、過去の災害取材から避難所の劣悪な環境に疑問を持ち続けてきたという。

二人は取材を始める。

  

■取材するうち、

自然災害の死者のうち「災害関連死」の比重が大きいことが、改めて分かった。

その中でも「避難所生活の肉体的・精神的疲労が最多」と確認でき、さらに取材を掘り下げることにした。

 

         ◇

 

■記事に出てくる「被災者の生活支援に詳しい弁護士の言葉」

 

被災者の人権や尊厳の保障は国際的な大前提です

人々が体育館で雑魚寝する風景

日本人の忍耐強さではなく

政府の人権感覚の乏しさの象徴なのです

 

 

 

■記事に出てくる「各国の現状と課題」

 

日本の場合

・防災を「一元的に担う省庁」がない

・避難所の運営を「市町村の責任」としている

・公民館・体育館で「雑魚寝」が定番になっている

・女性や子供、障害者への配慮を「特別待遇」とみなして軽視する風潮がある

 

イタリアの場合

・避難所の設置・運営は、政府の「市民安全省」が指揮する

・48時間以内に、空調・簡易ベッド付きテント、トイレ、浴場、食堂、子供の遊び場を設置する

・警察・軍が常駐し、臨床心理士が心のケアを行う

・公費負担でホテルに避難することも可能としている

・各業界で災害ボランティアを育成し、被災地支援活動には給与補償もある

 

米国の場合

連邦緊急事態管理局の指示のもと、

指定避難所にはベッド、トイレ、シャワーなどが常備され

災害時には速やかに開設することを義務付けている

 

 

国際赤十字が提唱する「災害・紛争の際の避難所の最低基準」

・世帯ごとに天井付きの生活空間を確保する

・広さは1人当たり3・5平方㍍以上とする

・トイレは20人に一つ以上、女性用は男性用の3倍設置する

 

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憧れのイージー・ライダー

2019年10月24日 07時04分00秒 | ●○●○雑観の森

▲これ、憧れ(1969年)


▲これ、現実(2019年)

 

 

 【バイクに乗り続けたいの巻】

 

■わたしは「普通車」より「バイク」の免許を先に取得した。

40年余り前、学生の頃である。

カネがなかったので中古だったが、一番長く乗っていたのはヤマハRG250。

当時の同製品は400ccと同じ車体だったから、加速はいまひとつ。

だがガッチリし重量があったから、高速走行は安定していた。

「大阪ー日本海の日帰り」なんてこともヘッチャラだった。

20代後半で手放してからは「乗用車」及び「サイクリング車」あるいは「ミニバイク」にシフトした。

 

■三十余年後の今、乗っているミニバイクは、母(87)の「お下がり」である。

彼女がエスカレーターで転倒・入院した際に「処分するなり、乗るなりしてほしい」といわれ、修理しつつチョイノリしている。

二十数年前、わたしが福井に転勤する際、当時乗っていたミニバイクを母に譲ったから「お返し」みたいなものである。

 

■わたしは最近、仕事をすっかり辞めて年金生活に入ったら「400ccを買って、またツーリングでも」とぼんやり思っていた。

が、自分だけで決められる雰囲気でもなく「ミニバイクで近場をチョロチョロでもいいかもしれないな」と思い直している。

せめてもと思い、ハイオクを入れているから、幸いサクサク動く。

見た目はともかく、使い勝手は悪くない。

 

         ◇

 

■ところが先日、突然エンジンが掛からなくなった。

ヒーコラヒーコラ、なじみのバイク店に押していったら、臨時休業である。

仕方なくスマホ検索で、近くの別の店に持ち込んだ。

80代のオヤジさんと40代の息子さん?がやっている小さな店。

二人とも寡黙にて朴訥で、とても繁盛しているとは思えない。

 

■すぐに原因が分からず、預けることになった。

2日後、修理完了の連絡を受けて、修理代を尋ねると「3000円」と言う。

そこでオイル交換もここでお願いし、1500円追加の計4500円とした。

「あちこちが断線していたので、分解して配線をやり直したけど、次に何かあったら『乗り換え』(買い替え)だね」と店主。

わたしのアタマは混線し「3万円の『いいまツがい』ではないか」と何度も思った。

 

「次の乗り換え時期がやってきたら、この店で新車を購入しよう」

「いや、待てよ。なじみの店にも、随分と世話になってきたなあ」

二人のわたしがアタマの中で押し問答である。

うーん、困った。

2台買うわけにもいかないし……。

♪ あなたなら どうする~?

♪ 義理と 人情を はかりにかけりゃ~

 

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夜明けのシチューの匂い

2019年10月23日 04時33分58秒 | ●○●○雑観の森

戦前・戦中・戦後を生きてきた母のこと、戦争を知らない自分のことの巻】

 

■母(87)の介護施設転居の一件で、わたしは6歳違いの妹に改めて「かなわないなあ」と思った。

 

■つい数年前まで原付バイクに乗っていた母だが、高槻駅前・商業施設のエスカレーターで足を踏み外したことから、体調を崩した。

わたしたち家族と同居していたが、妹が「面倒を見たい」と言って引き取り、そして施設に。さらに今回、ケアのより手厚い施設の世話になる。ここ数年、妹が全てを仕切ってくれた。

 

■一昨日、転居先第1候補の施設に行った時。

「おいしかったから」と言って、妹はジャガイモの入った紙袋を持たせてくれた。

わたしも百貨店で買った「おかきの詰合せ」を手渡した。

 

■昨日午後、寸胴鍋に大量のシチューを作った。ルウや香辛料があるので、簡単である。昨夜は満腹だったが、まだ残っている。

わたしは子供の頃、母の作る料理が楽しみだった。料理も洋裁も、家事全てを手際よくこなしていた。それは半世紀前のことだった。

母の料理を食べることも、わたしの簡単料理を食べさせることも、もうないと思っていた。

 

■一昨日に面談した施設長の一言。「もう一度、包丁を持たせてあげたい」。これには参った。

メディアが報じる介護施設を巡るさまざまな問題も、おそらくここにだってあるはずだ。しかし、そんなことを考え、構えていた自分の不明を、また知らされたのである。

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