囲碁漂流の記

毎日が日曜日

囲碁とブログと古書で「退屈」を凌げるか~ちゃんとした老人になりたいの巻】


■数え64になり、そう遠くない先に仕事を完全に辞める。

3年半前に還暦になり「月~金のみ昼間だけ出勤」
の条件にて嘱託(非正規雇用契約)で会社に残った。

そして父が入っていた土曜碁会でリアル碁を再開した。
半世紀ぶりにやってみて、すっかりハマった。
1級か初段かで、と入会申請したのにもかかわらず、
いきなり三段にさせられ、そして四段にさせられた。
基礎がなっちゃいないのに不思議、碁会所・大会でもそこそこ打てる。
今は常駐碁会は4カ所に広がり、時々“道場破り”もする。忙しい。


■仕事はといえば、依然として、それなりに面白い。
日々やるべきことが次々見つかり、新鮮で退屈しない。
一方、一部の礼儀・常識・知識不足の後輩どもとも口を利かねばならぬ。
大変なストレスだが、これはこれで必要悪と承知している。

だが、いつまでも、というわけにもまいらぬ。


■会社を辞めると、大阪市内に行くことは極端に減る。
地元か、京都か、時々はどこかに遊びに行くことはあったとしても。
嫌なヤツと口をきく苦痛はなくなるし、
気持ちよく付き合える相手とだけ愉しめばよい。
「忖度」の二文字は完全消滅する。(今も概ねそうだが)

どんな生活なのか、やってみないと分からない。

 

■この一年の愉しみの軸は、囲碁とブログである。
貧困・苦痛の元となる奢侈・浪費・散財を回避しつつ、
退屈シノギとなる娯楽・社交・遊興が簡単に手に入る。

費用対効果バツグン、趣味の王道ではあるまいか。

人間の幸福に対する二大敵手は苦痛と退屈であり、
二つは相反関係にあり、行ったり来たりする、としたものだ。

これらを精神生活の中心として過ごすことができれば、
敵から距離を置くことができる、と踏んでいる。


 
■しかも人生の先輩である碁友やブロ友が近くいることは
考えるヒント、つまり好都合な余禄が手に入る。心強い。
そして、手元には厭世哲学者たちの古典もある。

「65歳」を目前に、今のところ楽観している。

 


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