ちょっと気になるコーヒータイム

風景とか建築とか、その他もろもろ・・
           Messages from Masaki Fukumoto

住まい1題

2022年09月16日 11時51分02秒 | 建築的に

このほど松浦市内で完成したお宅です。

敷地が傾斜しており、束上げで構成しております。

リビングの吹き抜けにはダイナミックな木組みが露出しています。

森の中に建っているので、窓から見える景色も緑が映えます。

裏手の家事室からも

バルコニーに出ても

という風に、常に緑に囲まれている感じです。

トイレの手洗いは信楽焼きの鉢で。

季節の移ろいを身近に感じられるような住まいです。

                     mm

撮影:D5100

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小城と牛津(2)

2022年06月15日 11時15分37秒 | 佐賀県唐津市周辺のこと

小城駅です。

レトロな感じでいい雰囲気の駅舎です。きれいなので建て替えかと思いましたが、改修が施されたのみで、明治36年建設当時の駅舎だそうです。

柱頭飾りや方杖のある作りがいい感じです。

駅前の広場も再整備が行われて美しくなり、広場には「明治の書聖」と呼ばれた書家、「中林梧竹」の立像も置かれています。

続いて牛津駅を目指します。

レンガ張りで重厚感のある、なかなか立派な駅舎が建っています。

2001年に建て替えられた駅舎で、近くにある「赤レンガ館」風な建物となっています。そして今風に中には駅ピアノが置いてあったりします。

隣にあるトイレまで

というふうに、お洒落で立派です。

横の広場にはかつての牛津の宿場町を描いた陶板のパネルもあります。

続いて駅のすぐ近くにある「赤レンガ館」です。

これは玉屋デパートの前身、田中丸商会の倉庫として建てられたものです。

すぐ横に創業者「田中丸善蔵」氏のかつての邸宅が残されており、「牛津会館」となっています。

明治から大正年間に建てられた数寄屋風の邸宅で、九州の財界人の邸宅、例えば飯塚市の「旧伊藤伝右衛門邸」や、唐津市の「旧高取邸」と雰囲気が似ています。

建物の中には入ることが出来ませんでしたが、裏手に回って庭を見ることが出来ます。

中庭には田中丸善蔵氏の胸像が建てられています。

屋敷内より赤レンガ館を見たところです。

いやぁ、小城と牛津、なかなかいいものを見させてもらいました。

                  mm

撮影:スマホ

 

 

 

 

 

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小城と牛津(1)

2022年06月14日 16時21分06秒 | 佐賀県唐津市周辺のこと

佐賀鍋島のもう一つの支藩であった小城藩、小城市を訪ねました。

画像は二代藩主、鍋島直能によって造られた「小城公園」です。

園内にある初代藩主、鍋島元茂を祀る「岡山神社」。

珍しい口の中に玉を咥えている狛犬。

境内にある大楠は、パワーも伝わってくるようです。

この小城公園は北側にかけて「忠魂碑」がある丘陵地となっていますが、この一帯に「小城陣屋」がありました。西九州大学の小城キャンパス近くには石橋と再現された冠木門があります。

この公園から少し北のほうに「羊羹資料館」なるものがあったので行ってみました。

小城は羊羹で有名で村岡屋もその老舗のひとつ。

中に入ると無料の羊羹と抹茶のサービスがあって、思わず土産を買ってしまった。

この向かい側に「須賀神社」というのがあったのでお詣りしてきました。

向かい側の川を挟んだ山の頂上付近に見えています。

二の鳥居です。一の鳥居は手前の駐車場の入口付近に建っています。

ここの狛犬は玉に乗っかっています。

この神社には石段を登ることが困難な人のために、山門形式の拝殿が石段のふもとに設けてありました。

石段を見上げると、途中に三の鳥居が見えます。

当然我々は登りました。

拝殿。

ここの祭神は建速須佐之男大神と櫛稲田姫大神です。

ここから小城駅に向かいます。

            mm

撮影:スマホ

 

 

 

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松陰(まつかげ)神社 神巡り旅第16項(2)

2022年05月21日 23時17分53秒 | 神めぐり旅

武家屋敷通りに残る鍋島鹿島藩家老の「原邸」の「棟門」です。

この奥には荒廃が進む家屋が見えるのですが、中に入ることは出来ません。

この武家屋敷通りにはこうした何とも言えない歴史を感じる空気が漂っています。

少し進むともう一つやや小ぶりな棟門がありました。

何気なく見ていると三星の家紋が目にとまりました。

すぐ横の門に続く土塀の上の瓦にもやはり同じ家紋。

おぉ~!、これはまさしく「松浦家」の家紋ではないか、と思って棟門を見てみると、なんと「相浦~」という表札が掛かっている。

話が少し長くなりますが、「水軍松浦党」の党祖である松浦今福の松浦宗家は、そののち佐世保相浦を本拠として城を構えました。佐賀では松浦党は厳木の「獅子城」辺りまで勢力圏でしたが、戦国期に龍造寺氏にとって代わられ、その後に鍋島氏の支配下におかれます。

「相浦」と「三星の家紋」が揃って残っているということは、このお宅は恐らくではありますが「水軍松浦党」の末裔であろうと考えられます。

この「相浦」氏が松浦党の末裔であると考えると、戦国期を何とかして生き延び、そして佐世保相浦の松浦党の誇りを持って「相浦」の苗字を名乗り、現代まで続いてきたのであろうという、歴史ロマンを感じずにはいられません。

 

話は変わって、鹿島には「浜宿」という酒蔵通りがあります。

こういった数件もの醸造所や旅館が、勿論「修景」を施されながら残されています。

最後に昼食をとった「浜宿キッチン」の内部です。

鹿島市はこの他にも「赤門」など多くの見どころがあり、もう一度訪ねたい街です。

                 mm

撮影:スマホ

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松陰(まつかげ)神社 神巡り旅第16項(1)

2022年05月15日 23時58分10秒 | 神めぐり旅

ここは肥前鹿島城址です。

「鹿島城」は佐賀鍋島の支藩のひとつであり、正式には城ではなく「陣屋」となっていますが、規模はまさしく城そのものです。

城郭は本丸と外郭で構成されていますが、その南側に「松陰神社」という神社があります。

東側外郭のこの石段を上ると「二の鳥居」が建っています。

「一の鳥居」は、向かって右方向の外郭に「旭が丘公園」があり、その入口近くに建っています。

向かって参道をまっすぐ歩くと「三の鳥居」です。

手水舎は濠をまたぐこの太鼓橋の手前に建っています。

三の鳥居を過ぎて見上げると「拝殿」です。

この神社は「吉田松陰」とは何も関係なく、「まつかげじんじゃ」と呼びます。

祭神は鹿島藩初代藩主・鍋島忠茂公です。旧社格は「旧縣社」となっています。

裏手の「幣殿・本殿」です。

松蔭神社横手の鹿島城本丸の石垣が美しい「内堀」です。

本丸内には現在「鹿島高校」が建っており、正門が旧本丸表門(通称赤門)なのですが、「大手門」とあわせて見てくることが出来ませんでした。残念。両方とも県の重文です。

近くまた行きたいと思います。

城郭南側には旧武家屋敷の通りが残っています。

その(2)へ続く。

                  mm

撮影:スマホ

 

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