福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

はるかな五島より(笹山トメ、長崎県北松浦郡、大正5年)

2011-12-18 | 頂いた現実の霊験
私の主人は漁師で昭和20年3月19日青島方面の沖で敵の潜水艦にのっていた漁船が撃沈され死亡いたしました。
そのとき子供は女の子が3におりました。その後親戚の人から経済的に大変だからと再婚をすすめられ7歳年下の現在の主人と再婚いたしました。新しい主人との間に4女が生れて間も無く小学4年の3女の鼻から出血が止まらなくなり紫斑病と診断されました。初めて聞いた病名で驚きましたが、2,3日続けて仏壇のお位牌がたおれていたのを思い出しました。幸い大事に至らずなおりましたがわたしにはこの仏壇を粗末にしたことが娘の奇病につながっている気がして仕方ありませんでした。このとき、やはりご先祖様、仏様は心して祀りしなければならないと思いました。
私の住む五島の宇久町に大定院霊龍山寺というお寺があり、ここで毎年春秋二回お大師様のご尊像をみこしにおのせして島の新四国八十八所を3日間で巡行する行事があります。その間、お大師様をおのせした神輿は寺には帰らず、村の家にお宿をとられるのです。このありがたい行事は昔から続いているようでしまの人達はお大師様を深く信仰しています。こんな風習のある土地で育っただけに私たちのお大師様への憧れは大変強いものがあります。昭和39年頃、子供達も手がかからなくなったので主人の許しを得て四国巡礼にでました。はじめての四国なので不安が一杯でしたが、巡拝を世話してくださる海岸寺様から道順などを記した親切な案内をいただき其れを頼りに旅に出ました。
しかしいざ旅に出ると迷い海岸寺にはとっぷりと日が暮れてたころやっと到着しました。おそるおそる案内を乞うと御住職がでてこられ同行の方たちの部屋に案内してくださいました。・・此の時の参拝は一國参りでしたので5日間でした。しかし此の5日間のうちにいたくて何も持てなかった右手が軽くなり、次第によくなりました。うわさに聞いていた「お蔭」をいただいたとおもうと私はとても有り難い、嬉しい気持ちになりました。其れからは毎年お参りし、昭和46年まで7年間続けました。
私は先の主人との縁薄く、一度は不孝になりかけたのですが、いまでは4人の子供を育てあげ、みなで元気に楽しく暮らしております。どんな難儀なときもお四国のご本尊様のみ教えを心に刻み日々の生活に生かすよう務めております。
お四国巡拝のお蔭を信じて私は近所の人にもお四国巡礼をすすめています。私一人がこのような功徳にあずかっているのが勿体無く感じられてならないのです。
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