観自在菩薩冥應集、連體。巻3/6・12/29
十二清水観音へ二千度参詣の人の事(宇治拾遺物語 「清水寺二千度参り、双六に打ち入るる事」にあり)
朱雀村上帝の比(10世紀)かとよ、人のもとに宮仕えしてある士ありけり。暇の多きままに、朋輩の清水の観音に参詣するに打ち連れて日々に参る程に二千回の数を重つ。その後、主の方にて同じやうなる侍と双六を打ちけるが、多く負けて、渡すべき物なかりけるに勝ちたる人よりいたく責めてければ、思ひわびて、「我持ちたる物なし。只今貯へたる物とては、清水に二千度参りたる事のみなんある。それを渡さん」といひければ、傍らにて聞く人は、すかすなりと、鳴呼に思ひて笑ひけるを、この勝ちたる士、「いとよき事なり、渡さば得ん」といひて、「さりながら卒爾には受け取らじ。三日して、この由観音に申し、おのれ渡す由の兼書て渡さばこそ取らめ」といひければ、「よき事なり」と契りてその日より精進して、三日といひける日「さは、いざ清水へ」といひければ、この負けたる士、この痴者にあひたる事と、をかしく思ひて、悦びてつれて参りにけり。いふままに券書きて観音の御前にて師の僧呼びて事の子細を申させて、「二千度参詣の功徳、それがしに双六に打ち入れつ」と書きて取らせければ、受け取りつつ悦びて、伏し拝みまかり出でにけり。
その後いく程なくして、この負けたる士、思ひかけぬ事にて捕へられて圄に入りけり。勝ちたる士は、思ひかけぬ便りある能き妻をまうけて、富貴になり物の頭役などに成りて次第に繁盛しけるとかや。「目に見へぬ物なれど、まことの心を致して受け取りければ、仏、哀れと思しめしたりけるなんめり」とぞ人はいひける。
昔佛在世に、人の五戒を持ちたるを買取りて天に生ぜる事あり。又人の耳を買って福を得たる事沙石集に記せり(「沙石集巻八第十五話「耳を売る人の事」)。
備中の郡司子比企の槙人は夢を買て大臣の位に昇り(宇治拾遺物語巻十三ノ五「夢買フ人ノ事)北条正子は妹の夢を買い取りて頼朝の御台所とは成り玉へり
されば金銀を出して人に追福祈祷を頼むも人の読経誦呪行法を買取る心なるべし。然るを二千度まで清水に詣せしを無益の事に思ひ僅なる銭に易へて人に渡さんと云ふ馬鹿さへあるに、受け取んとて精進潔斎して券書かせて取りけん、いとかしこくぞ覚へける。(宇治拾遺)






