☆・☆・☆富貴屋倶楽部☆

◆時事ネタや、我が家の出来事、感じた事を書き込んでいます。



◆ ふりかけ発祥の地 熊本の「御飯の友}~他の熊本発祥はどんなの?その①

2009年08月12日 | ▼熊本
1◆ふりかけの元祖 御飯の友
 御飯の友は全国ふりかけ協会が公認しているふりかけ元祖です。
この御飯の友が熊本で作られたのは大正初期。
薬剤師の吉丸末吉氏によって考案されました。
当時、食糧不足の時代背景の中で、日本人にはカルシウムが不足しており、それを補う方法として、「魚の骨を粉にして御飯にかけて食べる」という発想にたどりつきました。そこで、小魚を乾燥させ、粉末にして調味し、青のり・ごまなどを加えておいしく食べられるように加工しました。これを、乾燥を防ぐために口の狭いビンに入れてコルクの栓をして蝋で固着。 これが最初のふりかけ、御飯の友です。
 戦時体制下では栄養食品であるふりかけの軍納は強制であり、御飯の友も貴重な軍納品でもありました。
 昭和初期には、「三度の食事を四度食べる」という宣伝文句でおいしいカルシウム源として親しまれ、飽食の時代となった今日でも、魚が嫌いな子供でもおいしくカルシウムを取れるふりかけとしてたくさんの方からご支持を得ています。
2◆日本赤十字社
  日赤発祥の舞台となったのは、1877(明治10)年の西南戦争。
①多くの犠牲者が出たと知った佐賀出身の佐野常民(つね・たみ)(1822~1902)は、海外の赤十字のように敵味方分け隔てなく救護する組織を作ろうと奔走。
当時政府軍の総督として熊本にいた有栖川宮熾仁親王を宿舎「ジェーンズ邸」に訪ね、政府軍・薩摩軍両方の兵士の救護にあたる組織の設置を申し出て許可される。佐野らは日赤の前身「博愛社」を設立した。
② 西南の役 細川藩医師 
 明治10年2月23日,城下から疎開していた細川藩外科医師 鳩野宗巴を 薩軍に呼応して決起した熊本隊の隊長,池辺吉十郎が訪れて戦傷者の治療を依頼,宗巴は官薩の別なく治療することを条件として承諾。集結した藩医の内数名は、8月熊本隊最後の戦いとなった延岡の戦いまで同行して, 最後まで傷病者を治療した。
3◆スクランブル交差点
 全ての車を赤信号で止めている間、歩行者がどの方向にも横断できるスクランブル交差点。
 その日本第1号は子飼商店街入口(旧国道57号線)の子飼交差点です。
1969年、当時は買い物客や学生の往来で車が渋滞していました。
近くには、熊本大学・済済黌高等学校・九州女学院中学・高校があり、戦火の被害も少なかった為、人口密集地帯でした。
そこでスクランブル交差点が作られ、渋滞や事故が減ったため全国的に広がっていったのです。
4◆紅茶の日本での製造
 明治政府は明治8年に山鹿(岳間・たけま)に国内初の紅茶伝習所を設置。
海外から技術者を招き、富国策の一環として世界に輸出できる紅茶を生産しようとしていた。
残念ながら、この政策は明治末期には衰退したので、今では殆ど知られていない。
今回「山鹿の町おこし」のために、山鹿市鹿北町岳間地区の製茶業藤本邦夫さん(37)が「やまが紅茶」を復活。
5◆塩トマト
 土壌塩分濃度が高い農地で栽培されるトマトは幻の“塩トマト”と呼ばれ糖度が8~10度と非常に高いことで高い評価を受けている。
日本一の冬トマトの産地として知られる熊本県八代地区。
もともとは海だった場所を干拓した八代地区は、塩分が非常に多い土壌が特徴の「塩トマト」発祥の地です。
一見農業に向かないと思われる、塩分濃度の高い土壌、
この土壌こそが、旨みが凝縮された塩トマトを生み出すための秘密なのです。
塩分濃度の高い土壌では、トマトが水分を十分に吸い上げられず、実が大きくならない分、糖度が上がりぎゅっと旨みが濃縮されたトマトに。
この八代地区でも塩トマトは非常に貴重なトマトで、トマト全体の出荷量に占める割合はわずか0.1%くらい。
限られた地域の一部の畑で少量しかとれないため、塩トマトはトマト界の"松茸"的存在です。
※順不同で続く
ジャンル:
じまん
コメント (2)   この記事についてブログを書く
« ◆ 焼酎「天の狼」~夜空に天... | トップ | ◆ スペシャルオリンピックス... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2009-08-12 16:56:18
北海道は佐賀や熊本の方が多く、その元は西南の役です。わがご先祖様も佐賀でお医者だったらしいですが詳しくは存じません。小学生くらいまで長寿のひいおばあさんが生きていましたが、どこの言葉か全く分からなかった記憶があります。多分佐賀弁とかだったのでしょう。母方の旧姓 古川 で鍋島藩との関係があったとか。なぎなたが使えたそうで、100歳近くの長命でした。
九州なんですか (よりばば)
2009-08-13 07:47:02
http://namilog.sagafan.jp/e1613.html
というサイトを発見!佐賀と北海道はとても関係が深いそうです。
私も、母が平成13年に95歳で亡くなりましたが、戸籍をとる必要のついでに、父方を遡れるとこまで、とりました。早く取らないと、戸籍の原本はある期間保存したら破棄されるそうです。市役所に文句は言いましたが…で、奇縁は弟が東京で落ち着いた先が、昔の父の戸籍の住所と同じ足立!モチロン当事は東京に未編入ですが…自分のルーツを辿る、ロマンがありますよ

コメントを投稿