まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

焼岳から西穂高岳・奥穂高岳縦走

2020-08-05 22:57:17 | 日常
令和2年8月1日~4日
今回の計画は早くから計画されメンバーも決まっていたので余裕をもって準備できました。メンバーは同じ山岳会員で男女各3名の6名、年齢は70歳代2名、60歳代3名、50歳代1名の熟年グループです。笠岡・神島お遍路道一周(約24㌔)や瓶ヶ森登山(標高差約1650m)等の体力強化、天応・烏帽子岩山での岩登りの技術訓練をこなし、厳しいコースに対する訓練は十分にできており、参加者の実力も掌握しておりました。更にメンバーの中には先週、雨にもかかわらず裏銀座コースを縦走し高所順応も出来ており,今回の縦走計画成功を確信しました。
このコースは日本でも最も厳しいコースの一つといわれています。私は若い時から5から6回縦走しておりコースは熟知しておりますが初体験する人も2名おられます。長年の夢の実現、完遂した喜びはいかなるものか今から楽しみにしております。
私は何十回と槍、穂高に来ていますが、焼岳登山は初めて、眺める山と思っていましたがこの計画を聞いた時,焼岳を加えていただきました。どんな山なのか、どんな景色が見られるのか楽しみです。
今回の計画実行については新型コロナウイルス対策、集中豪雨による交通障害、更に、ご当地の群発地震対策の諸課題を乗り越えての登山となりました。
新型ロナウイルス対策では三密を避けること。手洗いの励行。山小屋等の室内においてマスク着用、寝具にインナーシートを使用、蛇口も自動化(西穂高山荘)食卓テーブルもアクリル板を設置。
自家用車、タクシー等を利用し、外部との接触を避ける行動を徹底しました。
豪雨の影響、この付近ではかってないほどの降水量を記録しました。高山・平湯間の国道、安房トンネルも一時閉鎖されましたが今は一部で交互通行。山越えする旧158号線は11号カーブ以降は通行止でしたが、手前の中の湯登山口までは通行できました。穂高山荘から白出沢への下山路は崩落が激しいため当分通行禁止。パノラマルートも未整備で通行禁止。横尾・上高地間の林道も沢からの土石流でいたるところで被害がありますが一応復旧しています。通行できるコースは限定されています。
群発地震が多発。あまり報道されませんが特に間ノ岳周辺は激しいようです。落石の危険のある岩にはいたるところ白ペンキで×印がつけられていますのでご用心。その分浮石に載らないように注意深く行動しましょう。
第1日目 福山から栃尾温泉『宝山荘」
若い時ならこの日は不要で、今までは、朝、平湯についてすぐに登山開始ですが、今回は高齢のためゆっくり寝させていただきました。
宝山荘はお値段も安く、源泉掛け流しの温泉、料理もよく満足しました。満室だった予約もすべてキャンセル。当日、宿泊したのは我々含め2組のみ。嘆いておられました。
第2日目 中の湯登山口~焼岳~西穂高山荘
午前2時起床、朝食をとり、平湯でタクシーとドッキング、登山口の駐車場には既に20台余りの車が駐車、山頂往復されるのでしょう。5時登山口発、100分余り歩き、樹林帯を抜けるとそこは「広場」、草付きの斜面の上の荒々しい岩峰が見える。触れると熱い岩もあります。午前8時北峰山頂着、天気は快晴、青空のもと360度の展望だ、皆声を上げて幸運を喜ぶ。登山禁止の南峰,その手前、緑濃い火口湖が神秘的にたたずむ。大自然の荒々しい光景、硫黄の噴煙が立ち上る生な生しい大地の躍動感の中にあり、かくも静かなさまは対照的だ。北方を眺めれば緑の尾根の先に赤い屋根の西穂高山荘が見える。ここから約5キロ先だ。
山頂から樹林帯に入るまでの下山路は本当の荒れていました。登りは大変です。焼岳小屋の近くの登山道を小屋の方が笹原を刈払って整備しておられました。感謝。10時焼岳小屋で水分補給をして出発。皆さん快調です。ここから西穂高山荘までの樹林帯はちょっと異質というか何の変哲もない自然のままの樹林帯でした。3時間余りの行程で、行き会っ
た登山者は僅か3名のみ。実に静かな森です。梓川遊歩道の川畔林のような華やかさ、変化のある林ではありません。スター軍団の「焼岳」と岩の殿堂、「穂高の峰々」の間をつなぐ平凡な林、何一つ人工の工作物はありません。石段一つない。倒木を乗り越え。ただ一筋の林間の道、鳥の声を聴き、尾根を越えるたびに風のささやきが変わる。ただ自然に抱かれて無心に歩く心地よさ、西穂高山荘下の合流点の石段が夢の終わりを告げる。予定より少し早く13時20分西穂山荘着。夜半に降雨あり。
第3日目 西穂山荘~西穂高岳~ジャンダルム~奥穂高岳~穂高山荘
いよいよ今日が核心部。今まで順調に来ましたが果たして今日はいかに。
予報では少し風があり天気は良くないとのことでしたがこれがよかった。灼熱の太陽、焼けた岩場を行くのはその暑さにまいり、水分も昨日よりは余分にかかり重量も増え、バランスをとりにくくなります。出発予定は4時でしたが30分早め、3時30分出発としました。我々が一番の早立ちでしょう。夜半の雨も止んでいましたが露に濡れても面倒なので雨具を着用。
先ずは丸山を目指す。無事独標を乗り越え西穂高岳まで11の峰々を着実に乗り越える。先に福岡県の6名のメンバーが行くのが見える。コース取りの参考になります。8峰目がピラミットピーク。4峰目がチャンピオンピークということでしたが立ち寄っても特別なものはありませんでした。
6時40分、西穂高岳{2908m)に到着、いよいよ核心部の縦走だ、行く先々の岩峰が連なる。気合を入れなおして出発。この先が縦走路の岩が落ちた鎖場だ。真新しいボルトとスリングが設置されている。落石の危険があり一人づつ、順番に下り、トラバースすする。激しい振動の為か岩が割れている。多くの壊れた岩くずが散乱している。浮石にも要注意だ。それにこの付近は岩が逆層でスリップ事故の多いところだ。午前8時33分、間ノ岳{2907m)に到着。半分は来た感じだ。ここから先を後輩の若いリーダーに先頭を譲る。
厳しい岩稜。滑りやすいガラ場を細心の注意を払いながら着いたのが「間天ノコル」、鋭い岩峰が眼前に広がる。また「天狗の頭」を目指しガラ場を登る。
9時40分、「天狗の頭」に到着。標柱はあるが看板板は外れている。かっては「西穂高岳―奥穂高岳」と記された看板の中央に「天狗岳」と記してあったが、今は消えかかり、判別できないがここが紛れもなくここが「天狗の頭」頂上だ。
私は体験的には、危険なところは安全のため鎖が十分に設置されている。だから、体力的にはここを下った「天狗のコル」から「コブ尾根の頭」が核心部と思っている。これを越えれば穂高縦走はなったも同じだ。体力、緊張感も頂点に達し、疲労感を感じる時、標高差350mのガラ場交じりの登攀です。きついです。登っても登っても次々にピークが現れる。「これを越えれば困難なところはない。あとは楽だ。」と励ます。
「畳岩尾根の頭」を乗り越え、12時「コブ尾根の頭」に到着。よく頑張りました。ことは成った。眼前に、台形の形をした「ジャンダルム」が見える。頂上に朝であった福岡県の登山グループの姿が見える。
彼らがおりてくるのを待って,空身で登る。複歩で96歩。前々回2008年の時にはここでお茶をたて、みんなを接待したことを思い出した。頂上で写真を撮り下山。右側に巻き、後ろを振り返ればガスの中に鋭くとがった姿が望める。すごい迫力だ。これこそ「ジャンダルム」の雄姿だ。、「ロバの耳」の細いバンドを通過する。最後の難所は「馬の背」だ。20mあまりの馬の背のような岩稜。幸か不幸か、ガスっていて周囲の風景が見られないので高度感はない。集中して乗り越えれば目の前の奥穂高岳山頂の丸いドームが見える。
15時10分、無事に奥穂高岳山頂到着。途中無駄な時間もあったが、ほぼ予定どうりのコースタイムでした。皆よく歩きました。本来なら感激の握手、ハグでもしたいところですが、新型コロナウイルス、「グー」こぶしを交わし喜びを分かち合いました。
穂高山荘では予約した個室が狭くて三密になるため8人部屋に変更していただきました。
ジャンダルムのロゴのはいったTシャツを購入しました。
ここでも宿泊者は少なく食堂に集った人は50人余りでした。(定員は350名となっています。)
第4日目 穂高岳山荘から上高地そして福山
午前4時、山荘出発、涸沢小屋。本谷橋、横尾、徳沢、明神で休憩をとりながら12時前上高地バスセンター到着。
河童橋も観光客の姿も少なくまばらでした。タクシーの運転手さんの話では来場者は例年の10%と嘆いておられました。
7人乗りのジャンボタクシーも三密を避けるため、4人の乗車人数。2台に分乗。
いつものとうり「平湯の森」に入浴し汗を流し、「茶々」で自然薯を食し、22時、全員無事に福山に帰りました。
お疲れにも拘らず長時間の運転をしていただきご苦労様でした。本当にありがとうございました。


(写真は間ノ岳手前の縦走路の岩が崩落したところです。この間ノ岳周辺が地震の為崩落が激しいとこです)
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