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7.ザールとルーダーベの話(3/4)
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■登場人物
ザール:シスタン、ザブリスタンの若王(跡継ぎ)。生まれつきの白髪。Zal
ミフラーブ:ザールの支配地域にあるカボルの領主(アラブ系で悪王ザハクの子孫)。Mehrab / メフラーブ
シンドゥクト:ミフラーブの妃 Sindukht
ルーダーベ:ミフラーブの娘 Rudaba / Rudabeh / ルーダーバ
サーム:ザブリスタンの先王。ザールの父で、ザールに後を託してマヌチフルの命令でマザンダランとカルガサールに遠征中。Sam / Saam
マヌチフル:ザブリスタンが臣従する、大イラン帝国の王。シャー。Manuchifl
カボル(地名):アフガニスタン東部。いまの首都カブール一帯。Kabol / Kabul 。(敢えて現代の通称と違う言葉を選んでいます)
■概要
民族の違うふたり、ザールとルーダーベの恋には様々な困難がありました。
ザールは自分の父親の説得には成功しましたが、さらにその上の、イランのシャー、マヌチフルがこの関係を喜びませんでした。ルーダーベの先祖が、イランの仇敵(かつての簒奪者)、悪王ザハクだったからです。
マヌチフルは忠臣サームの訪問を喜びはしましたが、ザールの件は聞こうともせず、ザハクの子孫、ミフラーブとその土地カボルを殲滅するように命じました。
一端居城に帰ったサームのもとに、開戦命令の情報をきいて絶望したザールが来て、カボルを攻めるならば私を伐ってからにしてください、と頼みます。
サームはシャー・マヌチフルに手紙を書き、自分のこれまでの功績と忠誠を強調し、もはや自分は老いており息子ザールが後継者であること、そして彼の切なる望みを叶えてほしいと訴えました。そしてザールはシャーのお気に入りであるため、直接会えばきっと心を和らげてくれる、と、ザールを宮廷に送り出しました。
■ものがたり
□□11.ザールとミフラーブの娘の婚約を知ったマヌチフル
ミフラーブとザールの友情、そしてその不釣り合いな恋人たちの知らせがイランの王、マヌチフルに届きました。
この問題は、大賢者たちによって彼の前で議論されました。
王は言いました。
「これは我らに災いをもたらすだろう。かつてファリドゥンが命がけでザハクを倒したのに、その子孫ミフラーブの一族が栄えていいものか。
ザールの愛によって、萎れた植物がその昔の活力を取り戻すようなことがあってはならない。ミフラーブの娘とザールが結ばれるなど、毒と解毒剤を混ぜ合わせるようなものではないか。
もし息子が生まれ、彼が母の側についたなたら、彼の頭は我々に対する悪意で満たされるに違いない。彼は王冠と富を取り戻すために復讐と争いでイランを踏みにじるだろう。お前たちの知恵は何だ?私によく助言してくれ。」
神官たちは皆、彼の演説を認めて、
「陛下は私たちよりも賢く、必要なことを行うことができます。知恵が求めることを行って下さい。」
と言いました。彼は息子ノウザルとその臣下たちを呼び寄せて、
「サームのところに行って、マザンダランとの闘いの戦況を聞いてこい。そして、帰国する前にここに来るように伝えよ」
と言いました。ノウザル一行は象と太鼓を持って出陣しました。丁度マヌチフルの宮廷に向かっているところだったサームの陣営に到着すると、ノウザルは父からの伝言を伝えました。
サームは
「シャーのご命令の通りに。お会いできるのが待ち遠しいです」
と答えました。
□□12.サーム、マヌチフルのもとへ
サームは宮廷に近づくと馬を降り歩いて進みました。王座に近づくと、サームは地面に口づけをして前に進み出ました。冠を頂いたマヌチフルは象牙の玉座から立ち上がり、サームを隣に座らせました。そして、カルガサールやマザンダランの悪魔との戦いについて尋ねると、サームは激しい戦闘と敵の撃退について、詳しく報告しました。
マヌチフルはそれを聞いて何度も頷き、大層な喜びようでした。そして敵がこの世からいなくなったことを祝って、酒と宴会を命じました。
夜が明け、サームはまた王に謁見しました。
サームは近づき、恭順の意を表して、ザールのことについて話そうとしましたが、不機嫌なマヌチフルに阻まれました。
「軍勢を率いて行って、ミフラーブの城とカボルを焼き払ってこい。彼は竜の一族の残党であり、大地を混乱に陥れる。奴の一族郎党、残らず頭を打ち落とし、ザハクの末裔から世界を浄化するのだ。」
●ミフラーブはサームにカボルへの進軍を命令する f80v
サームは絶句して、何も言えないまま王座に接吻し、印章にそっと顔を押し付け、ようやく言葉を絞り出しました。
「仰せの通りに。」
そして彼はひとまず自分の居城に向けて出発しました。
□□13.ザールがサームに会いに行く
カボルにいたミフラーブとザールは、シャーとサームの間に起こったことを知りました。カボルは動揺し、ミフラーブの宮殿から叫び声が上がりました。シンドゥクト、ミフラーブ、ルーダーバの命も財産も救えないかもしれないと思ったとき、ザールは激怒し、肩を落とし、唇を震わせました。
「世界を焼き尽くす竜の息吹がカボルに触れる前に、まず私の頭を切り落とさなければならない。」
こう言ってカボルを後にし、怒りに任せて父の陣営に向かいました。
勇者サームの陣営に、「我らが獅子の子がやってきた」という知らせが届き、軍隊は総立ちでザルを歓迎しました。
サームの元に行ったザールは、父の前で地面に接吻し、栄光と正義に賞賛を捧げましたが、彼の目から涙がこぼれ落ち、バラ色の頬を洗いました。
「私は創造主の思し召しで、子供時代を鳥に育てられて生き延び、そしていま一人の友人を得ました。彼は族長の冠をかぶり、勇敢で賢く、思慮深いカボルの君主です。彼の家は私の家でもあります。
私は父上の命令でカボルに滞在し、あなたの助言とあなたの誓約を心に留めていました。父上はこう書いて下さいました。
『私はお前を悩ますことはなく、お前の望みを叶える』と。
しかし、この軍勢を、マザンダランとカルガサールから、友と私の家を破壊するために率いてきました。これが父上のおっしゃる正義ですか。
私はあなたの前に立ち、あなたの怒りに私の体を差し出します。どうぞ私を切り裂いて下さい。そしてカボルには手を出さないで下さい。カボルへの悪意はすなわち私に向けられたものです。」
サームはザールの言葉に耳を傾け、深く頷いて答えました。
「お前の言うことは真実である。
しかし、ことを急いてはならぬ。私には計画があるのだ。私はシャーに手紙を書き、お前にそれを持たせる。お前はシャーのお気に入りであり、お前の顔を見ればシャーのお考えも変わるかもしれない。」
●野営地で話し合うザールとサーム81v
□□14.サーム、マヌチフル王へ手紙を書く
サームとザールは、書記官を呼び寄せ、詳細な手紙を書き上げました。
サームは、まず神を賛美し、マヌチフル王に神の祝福を求め、次のように続けました。
「陛下の僕として、私は60歳を迎えました。太陽と月が私の頭に樟脳の粉の冠をかぶせました。私は陛下のためにずっと闘ってきました。世界は私のように馬に乗り、棍棒を振るう者を見たことがありません。
かつてカシャフ川に、その唇から出る泡で大地を満たし住人を恐怖に陥れた龍がいました。その吐く息でハゲタカの羽を焼き、唾液の毒は大地を焦がし、水からも空からも大地からも、鳥や獣、人、あらゆる生き物を追いやったのです。
私は神の力で恐怖を追い払い、象のように立派な馬に乗り、牛頭槌を鞍に乗せ、弓を肩にかけ、盾を構えてただひとり立ち向かいました。近づいてみるとそれは大きな山のようで、毛は地面になびき、舌は炭化した木のように黒く、喉は火を噴き、目は血で満たされた椀のようでした。龍は私を見つけると、咆哮し、激しく前進してきました。私は火の熱さを感じ、大地が震えて海のようにゆらぎ、毒煙は雲まで上がってきました。
私も獅子のように咆哮し、アダマントを矢尻につけた矢を放ってまず舌を顎に釘付けにし、次の矢で口の中を貫きました。三本目の矢が喉元に突き刺さると、血が吹き出ました。
そして神の力を借りて馬を駆り立て、牛頭槌で龍の頭を打ち砕きました。龍は崩れ落ち、その傷口からナイル川のように毒が流れ出しました。カシャフ川は胆汁の流れのように黄色くなり、あたりは静かになりました。
人々は私を「一撃のサム」と呼び、金や宝石を浴びせかけました。
私は汚れた鎧も衣服もすべて脱ぎ捨てて旅立ちましたが、毒で何日も苦しみました。その地では何年も収穫がなく、茨を焼いた灰のほかは何もありませんでした。
●龍と闘うザール82v(画像探索中・・・)
そしてこの何年もの間、鞍はわたしの王座であり、馬はわたしの大地でありました。私の槌は、マザンダランとすべてのカルガサールをあなたの支配下に置きました。
しかし今、私の槌の一撃にはかつての力はなく、私の腰はもはや曲がってしまいました。ここにいる私の息子ザールこそあなたのために戦うにふさわしい勇者です。
実は 彼は秘めた望みを陛下にお願いに上がっています。
彼はカボルで、糸杉のように優雅で薔薇のように美しい女性に出会い恋に落ちたのです。彼は陛下の進軍の命令を知り絶望し苦しんでいます。
畏れながら、わが軍勢は、まだここにいて動いていません。偉大な王の意志を待っています。
陛下は、私がアルボルツ山から息子を連れ帰ったとき『ザールの望みは何も拒まない』と私に約束させました。そして彼は今、あの約束にすがり、傷ついた心でひとつの願いを持って参りました。
山で鳥に養われた追放者が、カブールで輝く月―薔薇冠を頂いたすらりとした糸杉―を見て、狂おしい恋に陥っても不思議ではありません。陛下がどうか彼の苦痛を増すことがありませんように。
私がこの世で悲しみを分かち合い、或いは歓びを与えてくれる存在はザールだけです。私は重い心で彼を陛下の前に送ります。陛下の高き玉座の前に彼が来たとき、偉大なるものと最も一致するものを行って下さい。
ナリマンの子サムから、王の王と諸侯の上に千倍の祝福がありますように。」
ザールはこの手紙を受け取ると、喇叭の鳴り響くなか、馬に乗り込みました。
戦士の一団は彼と一緒に急いで宮廷に向かいました。
■シャー・タフマスプ本の細密画
サムネイル | ページ番号 | 画のタイトル※ | タイトル和訳 | 所蔵館と請求番号 | 画像リンク先 | 備考 |
非公開 | 79 VERSO | Sam is visited by Prince Nowzar | サームはイランのノウザル王子の訪問を受ける | Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran | 非公開 | |
80 VERSO | Manuchihr welcomes Sam but orders war upon Mihrab | マヌチフル王はサームを歓迎するが、ミフラーブに戦争を命じる | MET, 1970.301.9 | MET | ||
81 VERSO | Zal questions Sam's intentions regarding the house of Mihrab | ザールはミフラーブの家についてサームの意図を問う | MET, 1970.301.10 | MET | ||
非公開 | 82 VERSO | One Blow Sam recounts how he slew a dragon | サームは一撃でドラゴンを倒したことを語る | Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran | 非公開 |
※画のタイトルはこの本”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による
■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●79 VERSO Sam is visited by Prince Nowzar サームはイランのノウザル王子の訪問を受ける
(画像みつけられませんでした)
●80 VERSO Manuchihr welcomes Sam but orders war upon Mihrab マヌチフル王はサームを歓迎するが、ミフラーブに戦争を命じる
スルタン・ムハンマドのアシスタントであるアーティストは、しゃがんだトルクマン型の人物が住む標準的な宮廷シーンを魅力的に描いています。
〇Fujikaメモ:
サームは宮廷に到着し、マヌチフルの前で、マザンダランとカルガサール遠征について報告しました。しかし、サームが息子のザールが最愛のルーダーベと結婚したいという話題を持ち出そうとしたとき、シャーはその話をさせず、代わりに、ルーダーベの父であるミフラーブ王に対する絶滅戦争のためにすぐに立ち去るように命じました。
この部分のストーリーのポイントは、
・マヌチフルが、サーム到着前に、(何らかの方法で)ザールとカボルの姫のことを知っていた(スパイ網?伝書鳩?密使??)
・賢者達は王の怒りを忖度し、いいなりになっていた(「一度占ってみましょう」と誰も言わなかった)
・サームが、ザールについての願いを申し出る前に、マヌチフルはカボルへの遠征を命じた
・サームはシャーに口答えせず、ひとまず従順に従った
というところでしょうか。
あと、本筋とは関わらないのですが、
サームによる遠征報告の部分に、(参考資料ふたつとも)ザハクの子孫カクイをサームが倒したくだりがあります。が、カクイは、以前「マヌチフルの復讐の章」で、マヌチフル自身が倒したとありました(これも両方の資料)。矛盾する内容ですが、原典自体がこうなっているのかもしれません。今回の抄訳では、ここにあったカクイとの闘いの部分を省きました。
●81 VERSO Zal questions Sam's intentions regarding the house of Mihrab ザールはミフラーブの家についてサムの意図を問う
〇Fujikaメモ:
サームがまもなくミフラーブと戦争をするという噂がカボルに広まりました。(これも、使節が派遣されたとかそういう記述はないです。スパイとか伝書鳩とか早馬とか、そういう情報網は当たり前だったのでしょうね)
この場面は、ザールがサームの野営地に行き、カボルのために自分は身を投げ出す、と伝えたところではないかと思います。
(サームは、シャーに命令されたものの、本気で進軍するつもりはなかったのではないかと個人的には思います)
背景には、飲み物や食べ物の器を持った人たちがいます。
最前景左側、小川のほとりで髭のおじさんが隣の若者の肩を抱いて指相撲をしている様子ですが、何しているんでしょう? 指相撲を口実に手を握ってる?(手相をみるのを口実に手を握るみたいな感じで・・・)
このあとの84vのシーンで、サームはテントではなく宮殿(建物)でシンドゥクトを迎えています。
この野営地と宮殿の位置関係がよく分かりません。
・イラン王宮からその宮殿に向かう途中に、ザールが訪ねてきた?
・その宮殿からちょっと進軍して野営しており、ザールと話をしたあとまた宮殿に戻った?
どういうことなんでしょうね。
●82 VERSO One Blow Sam recounts how he slew a dragon 一撃でサムはドラゴンを倒したことを語る。
(画像みつけられませんでした)
〇Fujikaメモ:
サームからマヌチフルの手紙の中で、サームが自身の過去の龍退治の功績を語っているところ。
シャーナーメでは、何人かの英雄が龍を退治しています。
絵もみつからないし、この部分は省こうかと思ったのですが、「龍を倒したあとに全ての衣服を脱ぎ捨てて旅立ったが、浴びた毒により何日も苦しんだ」という下りが興味深くて残しました。絵がみつからないかなあ・・・。
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