60歳からの眼差し

人生の最終章へ、見る物聞くもの、今何を感じるのか綴って見ようと思う。

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「がんは放置」でほんとうにいいんですか?

2014年10月10日 08時27分08秒 | 読書
 「がん放置療法」は元慶応大学の医者で近藤誠氏により提唱されたものである。ガンには転移するものと転移しないものとがある。転移するものはそれが見つかる前にすでに転移しているから、その都度がん治療(手術、抗がん剤、放射線)を行うことで反対に体を痛め寿命を縮めてしまう。転移しないがん(がんもどき)は放置していても命に差し障りは無い。だからそのガンが大きくなって、QOL(生活の質)が落ちるようになった時点で適切な治療を行えば良い。ガンが見つかれば医者は治療を勧め、本人は心情的に放置することへの恐怖が芽生える。だからガン検診はしない方が良いし、やること自身が無駄である。ガンを治療すれば、必ず痛みや苦しみに悩まされ続けてQOLが悪くなってしまう。だからガンは「放置しても良い」ではなく、「放置した方が良い」そういう理屈である。
 
 この説は今の医療の有り方を真っ向から否定するもので異端である。当然医療業界からは猛烈な反論があり否定された。近藤誠氏は医学会で論陣を張っても抵抗勢力が多いため、マスコミ(本や雑誌)を通じて自説の展開し始めた。そして次第に同業医やがん患者からも賛同者が出始め、今は歯牙にもかからない異説ではなく、一考に価する療法という認識も出てきたようである。
 
 今回新たに出版された本の中に、世間で大きな話題になった有名人のガン治療の顛末が書いてあった。例としてTV司会者の逸見政孝(胃がん)、歌舞伎の中村勘三郎(食道がん)、レポーター梨元勝(肺がん)、小説家渡邊淳一(前立腺がん)、将棋の米長邦雄(前立腺がん)、レポーター筑紫哲也(肺がん)は、大病院で積極的にガン治療を行った人達である。しかし結果は手術や抗がん剤によって体はボロボロになり、痛々しい終末を迎えることになった。彼らのガンは転移性のもので、いずれも助からないものだから、手術などせず放置していれば、ギリギリまで活動を続けることが出来たであろうと言う。一方、忌野清志郎(喉頭がん)、赤塚不二夫(食道がん、脳内出血で死亡)、緒方拳(肝臓がん)は、自分の意思でガンを放置した人達である。彼らは結果的に、最後まで仕事を続けることが出来き、穏やかな終末を迎えたと言う。スティーブジョブスは膵臓がんを放置したが、その後膵臓の移植をし死亡に至った。また小沢征爾(食道がん)、桑田啓祐(食道がん)は手術をして復帰し、成功したように言われているが、しかし著者によれば2人は転移性のガンではなかったため積極的な手術の必要はなかった、ということである。
 
 これを読んで見れば結果を知っての後だしジャンケンのようにも思える。しかし著者の言い分は、同じガンでも転移するものと転移しないものがあることは医学会で周知のことである。しかしどれが転移し、どれが転移しないかは今の技術レベルでは識別できない。しかしガンを全て転移するものとして処置する今の考え方は間違いで、転移するガンであれば何をしても治らないから治療するのは無駄で、また転移しないガンで有れば積極的に治療するする必要は無い。だから転移するしないに関わらず、手術や抗がん剤で命を縮めてしまい、治療しない方が長生きし穏やかに過ごすことができる。従って上記の事例はそれを物語っているだけで、後出しジャンケンにはならないと言う。
 
 著書によるとガンは10年以上かけて大きくなってくる。そして検査で発見できる大きさ(1センチ)では、すでに10億個のがん細胞にまで増えている。当然転移型のガンであれば、その間にあちらこちらに転移していているから一ヶ所をつぶしてみても、いたちごっこになってしまう。手術や抗がん剤で殲滅しようとすれば正常な臓器もダメージが出てくる。また手術をすれば、ガンが暴れだし、返って転移しやすくなる。しかも神経を傷つけるから治療後にも痛みが出てくる。一方放置したガンはあまり痛みは伴わない。同じ死を迎えるのにどちらを選択するか?それが著者の主張である。
 
 10年前、近藤誠氏のこの手の本が出た頃、身内(義弟)の外科医に「近藤誠の主張についてどう思う?」と聞いたことがある。そのとき彼は、「一介の医者の主張と今医学会が向かっている方向とどちらを信じるのか?、もし貴方がガンだと宣告されたとき、ガンと戦わず放置して後悔しないのであればそれで良いのだが、・・・・」、という突き放した言い方であった。当然ガン患者を何百人と手術して来た義弟に聞くだけ野暮な話であったわけである。そして丁度その頃は母が大腸がんで手術をし、手術後肝臓に転移しているからと抗がん剤を投与し、それによって死期を早めたように思っていた次期でもあった。だからなのか当時の私のガンに対するスタンスは、ガンが見つかれば一旦は手術または放射線(抗がん剤は使わない)でガンを取る。しかし再発や転移があればその後はガンとは戦わない。そんな心算もりであった。
 
 あれから10年が経った。今年70歳を迎えたことで少しガンに対する考え方も変わったようである。今、男性の平均寿命は80歳、健康年齢は72歳である。今から私がどうあがいたところで自分の寿命が大きく変わるものではないだろうと思う。そうであればあと10年(どんなに長くても20年)、その間はボケず、寝込まず、人に頼らずに生きていけることが一番良いと思うようになった。そして死を迎えるに当たって、できればあまり痛みや苦痛が伴わないことが最善だとも思うのである。今はガンでの死亡率は50%を超えている。だからいずれ自分もガンを言い渡されることになるだろう。そのときどう選択するか?、たぶん今の自分は放置療法を選択する可能性が高いように思うのである。
 
 いざガンを宣告されたとき、人によって向き合い方は千差万別であろう。患者のその時の年齢や患者を取り巻く環境、患者の意識や精神状態によって大きく違ってくるはずである。従ってこの「ガン放置療法」も、人によって捉え方も違い、納得の度合いも違ってくるはずである。しかも人の死は自分の納得だけでは済まされない場合もある。そこには家族の納得も大きなファクターになってくるはずである。だから日ごろから自分のスタンスを決めて、周りによく自分の意思を説明して置くことも必要なのかも知れない。
 
 
 
 

 
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