60歳からの眼差し

人生の最終章へ、見る物聞くもの、今何を感じるのか綴って見ようと思う。

禁煙

2011年11月04日 11時32分28秒 | Weblog
                禁煙補助薬「チャンピックス」(成分名・バレニクリン)

先日同窓会で隣に座った友人から肺ガンで肺の1/3を取った話を聞いた。40年間タバコは一度も
止めたことはなく、1日1箱は吸っていたそうである。健康診断で、たまたまガンが見つかったことは
ある意味ラッキーで、自分が肺ガンになったことは、やはり必然だったのかもしれないと語っていた。
会社の近くにある喫茶店のマスターと話していたら、やはりお父さんがヘビースモーカーで肺ガンで
亡くなったそうである。その最期は壮絶で、あれを見るとタバコは絶対に吸ってはいけないと言う。

そんな話を聞いていて、たまたまNHKの「ためしてガッテン」の番組で禁煙を取り上げたのを見た。
タイトルは「感動!禁煙がこんなに簡単だったなんて」。これを見ていると禁煙も昔と比べて簡単に
なったように思う。番組によると、今は禁煙補助薬「バレニクリン」と言う薬があり、これを服用すると
禁煙しようと思わなくても、タバコが欲しく無くなるそうである。この薬を3ヶ月続けると、8割の人が
禁煙できると言う。しかしせっかく禁煙しても1年以内にまた半数の人が喫煙するようになるらしい。
これが禁煙の難しさである。結局「禁煙」は本人が「止める」という意思を持ち続けられるか否かの
問題である。

大学時代、周りが吸うから何の抵抗もなくタバコを吸い始めた。それは父がタバコを吸っていたから
大人になれば吸って良いものと、罪悪感も無かったように思う。当時シンセイが20本40円、これを
1日1箱ぐらい吸っていた。映画館に行くと、映写機の光が館内のタバコの煙のモウモウとした様を
写していたのが印象に残る。タバコは病室でもOK、禁煙という概念は無く、「タバコは大人の嗜み」、
「タバコは動くアクセサリー」、そんな時代であった。当時の男性の8割はタバコを吸っていただろう、
学校を卒業して就職しても、事務所の机の上は常時灰皿があり、山盛りの吸い殻が積まれていた。
20本が次第に増え30本になり、やがて2箱にもなってしまった。(※男性喫煙率1965年で82%)

何時からだろう、タバコの害が取り上げられるようなり「嫌煙権」などの言葉が言われるようになる。
やがて会社でも、事務所内で喫煙することは禁止され、喫煙室が設けられるようになった。40歳を
過ぎたころ、私も禁煙にチャレンジした。しかし何度チャレンジしても、その禁断症状に打ち勝つこと
ができず、2、3日で挫折してしまう。何度か禁煙に失敗の後、ある時「禁煙飴」と言うのを見つけた。
この飴、タバコを吸いたくなった時に舐めると、口の中がギトギトと油っぽくなり、禁断症状を薄める。
その飴を手助にし再び禁煙を始めた。禁断症状が出てイライラしてくるとこの飴をなめて我慢する。
タバコを吸いたい気持ちを1時間また1時間とやり過ごし、それを1日また1日とひたすら耐えて行く。
禁断症状も1週間までがピークで、しだいに薄らいで行った。さらに1、2ヶ月と、時間の経過とともに
禁断症状は薄くなっていく。しかし、だからと言って完全にそれが消えるわけではない。禁断症状は
ある時突然に現われてくる。食後に同僚と喫茶店で話しているときなど、隣でタバコを吸うのを見て
思わず「タバコ1本もらうよ」と、手を出そうとする。「この1本だけで、あと吸わなければ大丈夫だよ」、
そんな悪魔のささやきを何度聞いたことだろう。

「ためしてガッテン」の番組で言う8割が止められると言うのは、私の苦しい禁煙当初の経験が薬で
簡単に出来るようになったということである。しかしその後1年で半数がタバコを再開すると言うのは
これ以降に起こる「時々顔を出す禁断症状」をどう乗り越えて行くかが問題なのである。

私の禁煙も3年目に入ったある時、家族で八ヶ岳高原へ行った。高原を見渡す所にロッジがあって、
そこに落ち着いた雰囲気の喫茶室があり、ここで一休みすることにした。「こんなシチュエーションで、
珈琲を飲みながらタバコを燻らす」、それは今まで思い描いてきた「至福のひと時」のように思えた。
「ここで1本だけ吸ってみよう。1本吸って止めれば良いんだ。これまで禁煙できたのだから大丈夫」、
今回はその悪魔の囁きに抗しきれなかった。自動販売機でマイルドセブンとライターを買ってしまう。
珈琲を飲みながらタバコを燻らし、思い描いた形を取る。しかし2年以上止めていた体にニコチンは
効きすぎるのか頭がクラクラとするほどである。これでは不満が残り、もう1本、もう1本と、結局3本
吸ってしまった。それから自分との約束だからと、タバコとライターをロッジのごみ箱に捨ててしまう。
しかし一旦崩れてしまった自分の意思を持ち堪えることは出来なかった。翌日からまた喫煙を始め、
結局は元の木阿弥になったしまったのである。

タバコを吸うことは「百害あって一利なし」と自分でも思っているのに、なぜまた吸ってしまうのか?
番組ではタバコを吸うとその影響は6秒で脳に達し、快楽物質の「ド-パミン」が放出され、強烈な
快楽が得られるということを学習し、それが記憶に刻み込まれるのだと図解を交えて説明していた。
さらに最近の研究では、「タバコがないと喜びが完成しない脳になってしまう」と、いうことが解って
きたと言う。つまり喜びの一端を担っていたタバコを、単に取り去っただけでは喜びは未完成のまま
残ってしまう。不完全な喜びを完成させる為にはタバコがどうしても必要であり、ついつい手が伸び
てしまうという理屈らしい。

「食事をしてから一服する」、この行為は食事を終えて、タバコを吸い終えるまでが一つの区切りに
なっており、一服しないと食事を食べた満足感が完成しないことになる。私の八ヶ岳高原も、雄大な
景色を見て珈琲を飲みながら一服することで、至福の時が完成するわけである。その時にタバコを
吸わないと、それが完成しないことになる。20数年、物事の区切り区切りに一服して満足感を得る
習慣がついていた私は、2年や3年止めただけでは、その記憶から抜けることがなかったのである。
その後10数年喫煙が続き、禁煙に再びチャレンジしたのは今から10年前の57歳の時である。

番組では、ついついタバコを吸ってしまう人は、止められる人に比べて将来の喜びより、今の喜びを
優先する傾向があるという。すなわち禁煙を続けるためには、将来の喜びが待てるような動機付けが
必要だと言うことらしい。その為に吸ったつもりで500円玉預金をし、溜まったお金で自分の好きな
ものを買うとか、禁煙の節目(例えば1ケ月単位)で、妻と一緒に外食をするとか、吸いたくなったら
子供の写真を見るとか、歯医者で歯をクリーニングして、歯を綺麗に保つ目標を持つとか、何んらか
将来に対してプラス要因を設定することが、禁煙成功の為に必要なことだと結論づけていた。

私の再度の禁煙については以前ブログに書いたが、もう一度そのことについて簡単に書いて見る。

2001年母は大腸ガンで手術したものの、すでに肝臓に転移していて回復する可能性は無かった。
次第に衰える母は入院を嫌い自宅に帰ることを切望する。不憫に思った父は「死ぬ時は自宅で」と
母を退院させ、自宅で養生するようになった。母が亡くなる10日前、新潟に見舞に行った時のこと、
ベットに横たわる母の横に座り、向かいあって合って話をしていた。どろんとした目で私を見ていた
母が、「タバコを1本頂戴よ」と、やせ細った手を私の方に差し出してきた。私はタバコに火を付けて、
母の人差し指と中指の間にタバコを挟んでやる。母はタバコを挟んだ手をゆっくりと口元に運んで、
美味しそうにタバコを吸った。私もタバコに火を付ける。そのとき母が、「あんたタバコを止めなさい」
と言った。私は「もうこの歳になったら、健康に気を使うこともないだろう」と、安易に答えてしまう。
その時母は私を見据え、「馬鹿なことを言いなさんな!まだ子供が学校なのよ。親としての責任が
あるでしょう。止めるのよ、いいわね!」と、昔の口調で息子の私を叱った。

それから10日が過ぎ、会社で仕事をしているときに突然、「母危篤」の連絡を受けとった。気持ちを
整理するため、表に出てタバコに火をつける。そのとき「この1本でもうタバコは止めよう」と決心した。
その1本を吸って、タバコとライターをごみ箱に捨てた。母の死を「禁煙」の切っ掛けにしたのである。
止めた後も以前と同じような禁断症状は出てくる。萎えそうになる気持ちを「これは母の最後の言葉
(遺言)だから、その遺言を破って良いのか」と、自問自答する。それが歯止めになって、今も禁煙は
続いている。

人の気持ちは弱くもろいものである。だから禁煙を継続させるには、自己を制する動機付けのような
ものが必要なのかも知れない。私の父も一旦止めていたタバコを再開して肺ガンになってしまった。
異常に気付いた時はすでに手遅れで、ガンは急速に肺に広がり、最後は呼吸困難で窒息死である。
私の禁煙は母の死を切っ掛けにし、母の最後の言いつけと父の最期の死に様を歯止めにしている。
禁断症状は人によって強弱があるようである。私はどちらかと言えば禁断症状が強く出る方である。
今このようにブログにタバコのことを書いていると、タバコのことを思い出し、胸がキュンとなるぐらい
吸いたくなる。10年経った今でも脳に刻まれたタバコの記憶は生きている。
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