自己本位に生きる

この境涯に至れば、自己の生き様をぶつけていきたい。

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「酒は人間の友・・・・」(ノンフィクション)

2013-02-09 22:51:52 | Weblog
「酒は人間の友・・・」
        
 ある冬の夕暮れ、人生に疲れたような老醜の男が歩いていた。
「近頃はきつい、忘年会今日もか」 とつぶやきながら宴会場についた。
 サークルの忘年会だった。
 二十人ほどが既に沸き立っている。
 七割近くが中年女性、残りは老年期の男性の隅に、その男は席についた。
 宴会が始まって間もなく、隣席の年頃五十ほどの女性が、話の弾みに、その男へ、
「私ね、日本酒だったら五升ぐらいは飲めるよ」ときた。
 そのとき間を置かず、その隣のやはり同じ年頃の女性が、
「私もそれぐらい飲めるかもよ」
 これにはその男は、男のメンツたる競争心がムラムラっときた。
「オレは、酒でつぶれたことはない。さあ飲もうか」
 さあ一合近く入るグラスに並々と注いでもらい、飲み始めた。
 お酒一杯一気に喉を通すと、口がへの字になり、すぐに酔いの回る男。
 その酔いの勢いもあって参加者一人ひとりとグイッグイッ飲みながら会場を一巡しはじめた。
 一時間足らずで都合二十杯以上、後半はもう酔いが回ってしまってか、めっちゃに騒ぎ、泥酔状態になっていった。
 これを見かねた誰かが送ってくれたタクシーから蹴落とされるようにして我が家にその男は辿り着いた。
 家のモンへの激しい酔狂は、山あいに木霊した。
 闇の時は、その男を眠りへと押しやっていった。
 その男の目が覚めた。
 その床の時計は朝六時頃を差している。
 男が弱弱しくぶつぶつ、
「あー、きつい。しかし頭は酔ってねえ。あれだけ飲んで酔わないとはおかしい。だが手が‥手に力が入らない。」
 直後、汗が、滝のようにその男の首筋に流れていった。
「仕事があるのに・・・どうしたものか。これは二日酔いではない。体がおかしい。こうやって死んでいくのか。大変なことだ。オレの至らなさでこうなってしまった。仕事に行けない。体が動かない。だけど、ど、どうにかして手洗いに行きたい。体が、足が動かない」
 それから五分ほどして這ってお手洗いで、小水を済ませて、
「ここで、いや廊下で寝ていたい。動かない。しかし寝床まで戻らないと家のモンが騒ぐ。喚く。どうしよう。」
 這いながら寝床に辿りついたが、布団を被る力がない。
 うつ伏せになったままいると、暫くして異様さを感じた家のモンが
「どうしたとあんた。救急車を呼ぼう」
 喉を絞るようにして男は、
「やめとけ。水を持ってこい。たくさん。飲むから」
 このままだとダメになってしまうと思ったのか男は水を無茶苦茶に飲みだした。
 だけどコップを口に持っていくのがやっとのようだった。
 三杯目あたりから家のモンが梅干しを入れた水を、うまそうにその男は飲んだ。
「電話を仕事場にしてくれ。休むとな」
 そうこうしていると午前八時頃になった。
「オレ、病院に行く。」
 家のモンが止めるのも振り切り自ら運転して病院に着いた。
 それから、二十日後、肝機能は正常値! 医者は、
「酒を少々なら飲んでよい」
 しかし、その男は、心の中で喚いた。
「これまでどれだけ飲んできたことか。酒癖の悪いオレ。エーイやめた。」
 それから三年たった頃、
「もうすっかり酒とは別れた」とその男は思った。
 その頃、同窓会のおり、同期生が、
「何、オレの酒を飲めんというのか。酒は人間の友というぞ。それでも飲まんのか、こっちへ来い。酒をぶっかけてやろか」……。
 その彼は、今はいない。
 年男になる一年前に世を去った。
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断酒後の酒の味は「禁煙後の煙草の味」と同様

2010-05-22 20:14:19 | Weblog
 断酒して3年半経過。ある会のとき、うっかり乾杯のために置いていたビールを、ウーロン茶と取り間違えて、一口飲んでしまった。もうビールの味は、忘れかけていたので、「こりゃなんだ」とグワッとくるような妙な味!「しまった」どうしようもない、喉を通って、胃の中へ・・・・。「あっ、今のはビールだったのか?!」何とまずい味!
 思い出すと、大学入学直後のコンパでの、あの強烈で、美味しくもないあのビール味!そうだ、喫煙10年、禁煙丸3年後の煙草の味だ。ゲッと吐き気をもよおす味も素気もない煙草の味、なんでこんなの吸っていたのかと後悔をしたときを思い出した。酒も同じ。なんでこんなの飲んでいたのか。
 煙草と同様、断酒3年すれば、きっと酒の味を感じなくなると実験的に思いつつ、やはりそうだった。
 酒に酔いしれて、「酒は人間の友」だと、「これなくしてはオレの人生はない」と決めつけていた私、今はやっと爽快な自分を取り戻した感さえある。
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断酒丸3年経過 万歳

2009-12-17 11:53:25 | Weblog
 齢69にもなりました。平成18年12月8日に断酒して、早や丸3年経過!酒への苦しみも全くなく、ほんとうに断ってよかったと思います。実はその「思い」も忘れがちです。
 ところで、その間、断酒した人々が私の周りに増えて、うれしい限りです。加えて、気分的にも爽快感が増し、すっきりお飲酒されるお友達と付き合えます。お酒の場をなんども重ねるほど、ますます爽快感が増します。だから酒は飲みません。一滴も。そして、お酒の場を崩さないように、楽しく触れ合います。しかしこうして言うと、努力しているように聞こえますが、そうでなくて、酒なしでしたらますます楽しく愉快になるのです。これホント!不思議だ、理解できないという人もいます。さあみなさん、いかがですか。
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飲酒運転はなくならない!?

2009-08-25 20:12:31 | Weblog
 お久しぶりです。私断酒して2年9カ月、
「やめてよかった」
 と思うこの頃です。私の過去を知るお友達から
「失礼だぞ。お前、家庭で飲んでるだろうが。うそつき」
 なんて厳しく追及されることもしばしばです。しかし私は快かいとしています。周りの人に、かなり神経を使わせているようで申し訳ないとは思いますが、過去のいろんな辛いお酒の経験が相馬灯篭のように巡ってきます。
「絶対に飲まないぞ」
 の意思は強くなるばかりです。そこでお友達に、
「おれは一生飲まないよ」
 と言ってます。心からやめてよかったと皆に繰り返しています。

 本日(H21.8.25)NHKで「飲酒運転」の番組がありましたが、
「数年と、どんなに長く断酒しても、アルコール依存症の方は、たった一杯のビ-ルでも元の依存症に戻ります」
 とありましたが、私もその通りだと思います。ところでアルコール依存症とはどの程度のことでしょうか。この定義が見当たりません。私は、目の前に酒があるとつい飲んでしまうような状況の場合も含んでいます。
 ここでの結論は、飲酒運転は、なくなりません。常に永久に続きます。怖いことです。なくすためには、お酒の環境を閉ざすしかないと私は考えています。しかしそんなことできるでしょうか。今の体制ではノーです。
 皆様飲酒運転を撲滅するには、いかがしたらよいでしょうか。ご意見を。
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へシェルの言葉に・・・これからを考える

2009-02-14 10:02:42 | Weblog
 アブラハム・へシェル(1907~1972年)は言った。
 「老年は病人のように扱われるべきではない。その隠退を社会の第一線から長く退いてしまった状態、と見てはならない。老年期こそ、それまでに感得しそこねた高い価値、身につけられなかった洞察力、顧みなかった叡智を私たちに得させる時だ、と言ってもさしつかえない。」
 この意味を考えてみよう。それを私たち老年期の人々と交わしてみよう。このすばらしい老年期を。今こうして考えられる自分に感謝しつつ。

 以上は、2006年、私の前ブログに記載していましたが、今この日記を読みながら、あるボランティアスタッフ会議に参加すべきか迷っています。
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断酒って言葉も色あせた?

2009-02-10 22:47:39 | Weblog
 断酒して2年2か月余り・・・・。何も語ることはありません。もう既に酒の世界から離れてしまった自分・・・。真空の中にいる自分、周りには何もありません。断酒って言葉も色あせてきました。もうこの言葉との縁も切れたようです。そう、「わたしは酒を飲みません]という的場浩二のようなレベルに来たのかな。
 今日の宴会でも周囲から強烈に酒を勧められましたが、ただ酒から遠いところにいる自分を見るのみです。「どうか皆様お気を使わないで]と思うだけ。これいけないのかな。自己本位なのかな。しばらくこのことだけを考えてみます。
 ではまたいつか。
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恩師の手作り冊子から

2008-11-08 09:48:03 | Weblog
 今日は、平成20年11月8日㈯、フッと書棚の奥に背名文字がない手作りの50頁ほどの冊子が目に入りました。表紙に「生き甲斐と学習」 上野辰美 平成6年4月作成 と直筆で表示されています。私が30歳代後半に研修で教えを頂いた懐かしい上野先生の素朴な手作り冊子です。背名部分はガムテープで絞めてあります。教育学関係で全国に名を馳せ、数限りなく著名な本を出された先生の手作りです。
 広げてみますと、その一節に、
 アメリカで老人に「あなたはおいくつ年をとりましたか?(How old are you?)」と質問しますと、日本では、「もう70歳になりました」というところを、アメリカでは「まだ70歳にしかなっていません」と答える態度に、人生に対する根本的な見方の差とか、生きざまの違いを感じざるを得ません。
 というような文章がありました。そうですね、私も「まだ○○歳にしかなっていません」と言えるような人生観を持ちたいです。
 上野先生は、今はたしか88歳ほど、いかがお過ごしでしょうか。きっと答えられるでしょう。「私は88歳にしかなっていません」
 
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稚心を去れ

2008-09-18 22:10:39 | Weblog
 30数年前発行の渡部昇一著「人間らしさの構図」の一節に「稚心を去れ」という言葉が目に付きました。その意味は「成長のためには苦痛を怖れるな」ということです。
 とにかく私は、起きているときは、がさがさと動いています。学生時代は、たしかに文化活動に打ち込みましたが、常々の生活姿勢は、今思えば結構、柱のない意識構造で、いわばだらだらとしていました。たとえば文化活動が休みのときは、何かに集中することはほとんどなく、テレビ娯楽番組などの視聴に明け暮れるというだらしない面をもっていました。
 しかしここ三十年ほどは、いつも何かに追われているような生活をしています。しかし焦点化されていない仕事・学習?であります。常に前向きといえば前向きなのでしょうが、皆様のようにあるターゲットを定め、それに向かって努力しておられる姿とは程遠いものです。けれどもそれが楽しいし、苦痛とは全く思わないのです。サークルに出かけても楽しくて仕方がない・・・・・。
 とは言いながら、ある会には限界を感じ、あまり足を運ばないようになってもいます。その会に対して、私は問題点が見え始めてきたのですが、それを表に出すとその会の長期に渡ってつくられてきた穏やかな流れを乱してしまうと思うからです。ぐっと堪え、最近は不参加が多くなってきました。
 こうすると渡部昇一が否定する「ぬるま湯的生活」の自分が見え隠れします。橋本左内の「苦痛を怖れるな」、つまり自己成長のためには常にチャレンジ・アタックしていく精神が大切と思いながら、じっと自分を見つめています。
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ブログをみて振り返る

2008-08-11 16:19:58 | Weblog
 本ブログを開設した切っ掛けは、私が主宰しているパソコンサークルのメンバーから、ブログ作成を研修内容に盛り込んでほしいとのことから、そのモデルをお示ししようとして始めました。当初は、あまり関心はなく、軽くみていたのですが、何回か書き込んでいくうちに、興味が増していきました。
 それから数年、初めからの分は、1年たらずで(原因不明で)消えましたが、本ページは、その後再開したものです。
 それをはじめからゆっくり読んでいましたら、まさに「自己本位」、自分を見直す材料にもなるようです。人さまにご迷惑な情報?を出しっぱなし・・・。しかし自分にはいろいろ反省したり、足跡をみたりして結構楽しいものです。つまりこのページもまさに自己本位ですね。
 こうして本ブログ発信は、独りよがりでも構いません。自分の慰めにもなればと思ったりしているところです。
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人々への愛について考える

2008-05-27 17:05:07 | Weblog
 先日、宮若市の総合計画の説明会に参加して、その計画の概要を理解するように努めました。膨大な内容を1時間足らずでの説明、これで私の力ではとうてい理解はできるはずもないことですが、市民に幾ばくかの理解をしてもらい、これからのまちづくりに理解と参加をとの市側のご配慮に温かみを感じ、そのためには少しでも市民側からのレスポンスを示す必要があると、思い切って2点質問をしてみました。ここでその内容について述べようとは思いませんが、私は、とかく市民側が距離を置きがちな行政の側に少しでも「心の近付き」が大切との思いが背景にあります。つまり行政と市民との近付き、それは「愛」だろうと思います。
 
 「隣人をあなた自身のように愛せよ」(聖書から)。それは、自分がしてほしいと思うことを、人にしてあげ、自分がしてほしくないことは、人にしないということです。誰でも当たり前だと思うことですが、これを実行していくことはとても大変なことです。
 現代の人間関係は、損得やお金、他人の犠牲や排斥によって自分を満足させるといった無機質、無関心な「心の砂漠化」の時代になっているのかもしれません。
 子どもたちの価値観も、この世相から影響を受け、利益の個人化やいじめ、稚拙な人間関係や社会性…幼い頃から人に対しての希望が持てない時代です。
 
 このような時代だからこそ、「人に愛され、愛される」といった「本当の愛とはどういうものなのか」を伝えていく必要があります。
 本当の愛とは、相手の立場に立って物事を考え、相手のために最善を尽くす生き方にあります。私はボランティアの方々のお世話を担っていますが、心の触れ合いを持って、互いに幸せを分かち合い、共感する喜びを味わうことができる世界を感じています。他人を大切にできる心こそが、自分を大切にすることのできる本当の証と思うのです。

 行政の立場にも立って相互に理解しあえるシステムが構築されたらと思いもあって上記の会で質問しました。このつづきをまた。
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酒は飲まない!の言葉に・・・

2008-02-14 21:40:09 | Weblog
 先日、昼時のNHK総合TV番組を視聴していたとき、ゲスト出演者の「的場浩司」さんが、司会者から「酒で失敗したことは?」の問いかけに「私は酒は飲まないから、一度も酒の失敗はありません」の言葉に、えらい酒で失敗だらけの私は感動しました。
 実は、一般的には「酒は飲めないから」と答えると思います。私は「飲まないから」と聞いたのは初めてのような気がします。的場浩司さんは、まだ若い。その毅然とした姿勢にえらい男だなと思ってしまいました。私もこれからは、キゼンとして「飲まないから」と言うようにしようと、また自己本位に考えてしまいました。皆様いかがですか。
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この一年に、ありがとう

2007-12-31 10:32:46 | Weblog
 この一年にありがとう。
 いろいろありました。断酒一年、断酒の理由に、これまでの乱れた酒への償いではお粗末すぎるが、懺悔の気持ちで断った面もある。あまりにも私の酒の飲み方はひどすぎたようだ。実は、そのことでも半分も分かっていないと我が子どもたちは言う。恥ずかしい。いわゆる酒癖が悪い、そのものだ。断って本当によかった。頭と心と体がすっきりした思いである。この一年間、薬、医者いらずであった。この先どうなるかわからないが、断たなかったほうがよかったなんて後悔することは微塵もないだろう。
 さて、実は、私はこうして体の面には良かったようだが、家の者がある日突然倒れた。幸いにして手術後経過も良く全快したようだが、産後と同じで暫く無理をさせられない。そこで私が、多くの家事をすることになった。いや楽しいものだ。頭を常に炊事・洗濯などに気を払わないといけない。だから女性ってえらいと思った。家事の大変さと反面楽しさ、そしてそれがわかっただけでもよい。それとこれまで見えなかった世界が見えてくるようになった。例えば、買い物などを通して家計への気遣い、人と人とのふれあいの大切さと難しさ、そして家の者との心から?の会話になったこと、それと私自身の人生終焉への準備・心構えなどをするようになったこと。その他たくさんある。
 家の者は何らかのリスク・ダメージを負った。金も使った。しかしこうして一大事を不幸とみるか、いや私は、それはこれからの新しい生き方などつくっていく竹の節目のような気がする。竹は節目で伸びていくという。そう、今を節目にしよう。今の「とき」を。くる新年は節目の先が伸びていく「とき」だ。
 こうしたことを経験させて、また思わせてくれた、この一年に、ありがとう。      平成19年12月31日
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断酒1年経過‥はて何の意義?

2007-12-18 19:28:30 | Weblog
 昨年の12月8日に断酒して1年経っている。今はいっさいと言って良いほど、酒・断酒そのものさえ思わない。もう何ともないが、真の断酒は3年間かかると思っている。だから今後断酒3年後まで、このブログで酒の事は語らないようにしたい。
 やめて何の意義があると人は言う。しかし私はすっきりした。酒そのものに意義を見いだせない。それでよいのだ。
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何も飲まない・使わない

2007-08-13 20:54:23 | Weblog
 断酒してまだ8か月。ほんとうにすっきりした。友からは「酒は人生の友。だから飲め」と強く言われたりしたが、私は頑固者か?全然その誘いを受け付けない。これでよいのか、よくわからないが、とにかく私の「気」が受け付けない。ただそれだけ・・・・。
 もう一つ、人に言えないことがある。ここだけの話。それは、石鹸・シャンプー類の洗面具を全く今は使用していない。もともと私は肌が弱かった。例えば、庭木につくオコゼ類を目にしただけでもたちまち皮膚をやられた。また、肌をきれいにと、誰よりも石鹸、シャンプーなどを使ってゴシゴシ・・・。それでも湿疹にとりつかれるなどして苦労した。
 ところが、シャンプーの害などをマスコミから聞いたとき、そうだ「自然に返れ」とお湯での洗浄を大事にして、石鹸等一切使わない風呂、シャワーなどを数年以上前から続けている。絶対にタオルなどでごしごし洗わない。やわらかく肌をなでる。実に楽になった。肌は全く負けない。ふろの時間も短くて済む。毎日、風呂が待ち遠しい。えっ、我が家では私だけ、子供にも秘密にしている!
 いかがですか。どなたかご意見を。
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ボランティアは至高体験

2007-07-01 13:55:50 | Weblog
 ボランティアって何でしょう。そう無料でタダで仕事すること。しかし「私はタダ働きしてます」というと、何か心の底にお金などの報酬を求めているように聞こえて私は好きではありません。他に「仕方なくその役を引き受けました」。これも「仕方なく」ということに引っかかりますね。
 実はボランティア活動のお世話を通しても感じました。ボランティアをする方は。常に喜びを感じてやっておられます。常に前向きです。ボランティアが終えると、身体的な疲れなどあるとは思いますが、「楽しかった」また「演奏は、拙かったか知れませんが、充実しました」「『ありがとう』と言われるときの気持ちは測り知れない」「自分自身を見直せた」「仲間との協調性の素晴らしさ知りました」「一回り自分が大きくなった気がした」
 これらは、私は「至高体験」と言いたいと思います。「至高体験」とは、図のように、食べたい、仲間になりたい、学びたいなどの上に立つ個人として経験しうる「最高」、「絶頂=ピーク」の瞬間の体験のことと思います。それは、芸術的な創造活動や素晴らしい仕事を完成させたときの充実感のなかでも体験されるかも知れません。これらを積み重ねていくと・・・それは素晴らしい境地に達するとも言われています。
 私は至高体験の一つに「慈愛のこころ」があると思っています。慈愛とは「自分の血を分けた者に対するような愛情」といわれ、これ以上の表現しがたいこと、まさに至高体験でしょう。「人と人がたがいに慈しみあう」境地に達するようなボランティアを重ねていくと互いに慈愛の心が高まり、幸せを求めるような力になっていくかも知れませんね。
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