バス・船舶硬券切符ジャーナル

主として民営バス・船舶・ケーブル等、普通の鉄道以外の古い硬券切符情報です

硬券追究0084 稚内利礼運輸

2018年02月11日 | 硬券追究

稚内利礼運輸

昭和9年に、丸一水産が貨客船を就航させており、命令航路を受ける絡みなどで発展し、昭和12年に稚内利礼運輸(株)となりました。
稚内と利尻島・礼文島を結んで、戦後昭和21年には鉄道連絡の指定もされて、永きに渡り運航を続けてきていました。
ここも道南海運とは兄弟会社のようでした。
昭和47年になり、その道南海運の奥尻航路も譲渡されることとなり、利礼航路・奥尻航路をもつ「東日本海フェリー」へと改変されました。

ここでは、合併前の稚内利礼運輸名義の硬券のご紹介とさせていただきます。


昭和 青HPRしてつ地紋 一般式 2等  仙法志

利礼運輸の時代は、命令航路の利尻四村寄港の名残りで、利尻島の主要な沓形、鴛泊の他、鬼脇、仙法志にも寄港していました。
この寄港は、小樽からの北海商船(のちの平成5年に廃止)に振り替えられ、東日本海フェリーになってからは、いつのまにか
仙法志寄港のこういう券は見られなくなったようです。
利尻四村も合併により、鬼脇、仙法志は、ひっそりとした漁港となっています。
古くは鬼脇港と抜海港の間で、流氷回避(やや南部なので)などの臨時便などもあったと聞きます。

 


昭和32年 A型硬券 緑HPRしてつ地紋 旧2等

これは、3等時代の2等の券で、社航路内ながらA型で緑色なのが良い感じです。


各港は国鉄連絡もしていまして、


昭和46年 A型硬券 青HPRしてつ地紋 一般式 2等  国鉄連絡運輸

香深は礼文島南部の中心の港です。

次回からは、東日本海フェリーになってからの硬券を2部構成で特集します。

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