Discover the 「風雅のブリキ缶」 written by tonkyu

科学と文芸を融合した仮説作品「風雅のブリキ缶」姉妹篇。街で撮った写真と俳句の取り合わせ。やさしい作品サンプルも追加。

バーナード・ショーを歓待した魯迅と宋慶齢

2009年02月11日 10時02分48秒 | 北京に魯迅を訪ねて
 上海、1933年2月17日撮影の写真だ。孫文の妻だった宋慶齢が写っている。写真は英国の何とかさんが来たので、中国民権保障同盟として歓迎して撮影したもの。英語がうまい宋さんが通訳役だったのであろう。宋氏三姉妹の次女である宋慶齢にはいろんな写真があるが、ここの写真は孫文亡き(1925年)あと、孫文の遺志をついで彼女が激動の時代をいかに自立的に動いていたかを物語る。かたや、54歳の魯迅は温和な表情でゆったりと写っている。
■メールで教えてくれた方によれば、写真の歓待を受ける英国人は劇作家のバーナード・ショーだそうだ。彼の著となるマイフェアレディーの原作『ピグマリオン』は高校生時代の愛読書で、なぜかその原書版を大学入試のときの九州から東京をへて札幌への小旅行でもドストエフスキーの『罪と罰』と一緒に鞄に入れて持ち歩いていたのを思い出す。なお、この写真は、写っている7人のうち何人かは政治的事情から消され、5人になったりと、不思議な運命をたどったいわくつきの一枚らしい。それだけ、ここに写った文化人のその後の運命も時代の荒波に予測がつかない有為転変にみまわれるものだったのであろう。
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