『コダワリの女のひとりごと』

鉄道と世界遺産とご当地グルメ、地酒とスイーツが好き💛365日旅したいフードアナリスト&温泉ソムリエの日常の記録。

バルト三国とポーランドの旅3☆杉原千畝の碑やリトアニア首都ヴィリニュスの旧市街散策

2018-04-19 | 旅 ポーランド・バルト三国

バルト三国の最初の訪問国はリトアニア。

リトアニアはバルト三国の中で最も南にあり、最も面積の広い国です。
都はヴィリニュス。

リトアニアで宿泊のカロリーナ ホテルのレストランにて@Karolina Hotel & Conference Centre
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リトアニアも侵略で母国語や文化を奪われた歴史が長い国です。
日本の戦国時代の何倍も侵略や他国の支配下に置かれた国で、リトアニア人は2%ほどで、旧市街の住人は7割近くがポーランド人であるという国。

1994年に旧市街はユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録され、2009年には欧州文化首都に選ばれたそうです。

そんな旧市街を徒歩で散策しました。
資料が少なくて観光してもどこが何なのか、ただ美しい街並と建物を撮影している感じですが、リトアニアの雰囲気が伝わったら嬉しいです。


早稲田大学が贈った桜の桜公園と杉原千畝の碑


リトアニアで一番最初に訪問したのは早稲田大学が寄贈した杉原千畝の記念碑。


杉原千畝は早稲田大学在住時に日本外務省の留学試験に合格し、中退、任務しています。
ロシアも怖れるほどロシア語の達人だったのだそうです。

北緯54度のヴィリニュスの桜は毎年6月頃だそうですが、2001年に植樹された桜も毎年咲くようです。

外務所の指示に背き、2千枚ほどのビザを発行、6千人のユダヤ人を救ったそうですが、帰国後は外務省を首になってしまい不遇の人生を送ることになります。
2000年にやっと外務大臣が杉原千畝の家族に謝罪するまで人道的な正義の人は日本から認められていなかったということになります。
もし、杉原千畝が命のビザを発行していなかったら。。。そう考えると空恐ろしいです。
国の命令に背いても人道的な判断をした杉原千畝は日本の誇りです。

何度も侵略や迫害を受けながらも、最後は歌だけで独立を果たしたバルト三国。
3国の発展を願ってやみません。


聖ペテロ・パウロ教会 


ゴシック様式の教会は聖ペテロ&パウロ教会。

聖ペテロ&パウロ教会は、ロシアからの解放を記念して建造された教会。
1668年からスタートし外観に7年、内装に30年もの歳月が費やされたそうです。。

イタリアから職人を招いて建設された内装は、壁から天井まで覆い尽くすように2000以上の漆喰彫刻があります。その中にスワロフスキーなの?と思うようなキラキラしたした船の形をしたシャンデリアがありました。

St. Peter and St. Paul's Church
Antakalnio g. 1, Vilnius, リトアニア

 トラムやトローリーバスが走る風景を眺めていると日本の昭和時代を連想してしまうリトアニアです。

 


旧市街は「夜明けの門」から


 

★夜明けの門
夜明けの門は、1503年から1522年にかけてリトアニア大公国の首都ヴィリニュスに作られた城壁の一部。
夜明けの門の旧市街外側のファサードには、リトアニアの紋章である白い騎馬像を中央に、ギリシャ神話に登場するグリフィンをモチーフとしたルネサンス様式の装飾

17世紀には、外敵から街を守り、旅人を守護するためカルメン会の修道士が城門の上に礼拝堂を建立。
礼拝堂はちょうどミサの最中でしたが写真はNGなのでありません。
心臓をモチーフにした💛模様の礼拝堂の壁に飾られて
いました。


血を流さない独立運動は大聖堂の鐘楼前から始まった


武器を持たない民主的運動で、世界最強の軍隊・旧ソビエト連邦を撤退させて独立を手にしたバルト三国。


バルト三国は、ナチス・ドイツと、旧ソビエト連邦、両側の強国から侵攻されてきました。
第二次世界大戦中はナチスに支配され占領され、大戦終焉後はスターリン時代のソ連体制の支配下におかれ、文化も言語も奪われ建物や構造物も破壊もされますが、歌だけは母国語を許されていたそうです。
 
罪もない多くの人たちが逮捕されシベリアに抑留され長く辛い時代を経たあと、1991年9月、バルト三国はソビエト連邦からの独立を果たします。
 
独立にむけ戦かった方法は「歌」。

 
「人間の鎖」
1989年8月23日、「人間の鎖」がバルト三国の首都を結びました。
リトアニアの首都ビィリニュスから、ラトビアの首都リガを経て、エストニアの首都タリンまでの距離およそ600Kmの距離を200万人の人々が手を結び、連帯と独立への意志を歌い続け、バルトの人々の独立への強い意志を全世界に示しました。

バルト三国の首都を220万人の手でつなぎ、640kmを築いた人の人が手をつないだ「人間の鎖」。
血を流すことなく民主的に行った独立運動は世界から評価されています。
★大聖堂と鐘楼とゲディミナス王の像がある広場
そのリトアニアの起点がここの大聖堂の鐘楼の前。
その人間の鎖のスタート位置を記した足跡があります。
ここからスタートし640kmの長い距離を人間の鎖を作ったそうです。
 
感動的でした。
闘いに武器を持たない。
感動的な手段で独立勝ち取ったバルト三国。
 
 
リトアニアはもちろん、バルトの国々の今後の発展を祈り、応援したい気持ちで一杯になりました。 
 
 

Three Crosses(3つの十字架の丘
標高162mの丘にあり、十字架にくぎ付けされ川に投げこまれたギリシア人のお墓らしいです。
建築家と彫刻家A.ヴィヴァルスキスが建てた三十字架の記念碑はソ連政府に破壊されましたが復元されたそうです。 
 
 
 

★リトアニア国立博物館
 
 

ゲディミナス塔
 
 
 
 
駐輪場みたいです。車のカタチが可愛い。
 
街並も石畳でヨーロッパ的です。
 

マンホールがなかなか素敵デザイン。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この街の名物のバウムクーヘンらしいです。
ボリュームがあるので買うのはためらわれました。
 
 
 
 
 
 
 
★Church of St. Anne, Vilnius(聖アンナ教会)


美しい建物はいろいろありましたが、資料が少なく何がなんだかよくわからないまま写真だけ撮っています。
バルトの国の人たちは敬虔なクリスチャンだそうで、素晴らしい教会がたくさんありました。

 旧市街の散策の後はランチへ。 
 
※ブログ記事は思想や主義などを深く反映しないよう深堀しない内容にしています。
 

 

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