東日本大震災 現地復興支援センター

・・・真宗大谷派(東本願寺)の東日本大震災による被災地での支援・復興活動ブログ・・・

2018年6月11日~12日 東京教区東京7組坊守会「はちす会」/宮城県・福島県【視察】

2018-07-05 09:35:00 | 活動日記

東京教区東京7組坊守会「はちす会」の皆様が、研修として視察に来てくださいました。

今回は、一日目に宮城県沿岸部、二日目に福島県を視察されました。

一日目は、東北別院にてお参りしていただいた後、仙台市若林区の荒浜地区へ。あいにくの雨の中、慰霊碑とモニュメントを視察し、閉館日により残念ながら中には入れませんでしたが震災遺構荒浜小学校の外観を見ました。

その後、海楽寺様へ。前坊守の大友宮子さんからお話をお聞きしました。何度かお聞きする方も、初めてお話をお聞きする方も、震災当日の状況をお聞きすると心が締め付けられる思いになります。大友さんは、庫裏の窓を開けながら、震災当日に実際にどのように津波が家に迫ってきたのかということもお話しくださいました。

昼食は閖上さいかい市場です。魚貝類がおいしいということで、「赤貝をぜひ食べてください」と東北の方に勧められて来たとのことでしたが、今年は貝毒が猛威をふるっているため、この日も貝類は仕入れがないとのことでした…。本当に残念でしたが、お魚は絶品でした!

その後は閖上の記憶に伺いました。ここでは語りべの丹野祐子さんのお話をお聞きしました。息子さんを亡くされたあの日。最後に目にした息子さんの姿。なぜあの時、助けられなかったのか。いろいろな思いの中で7年を過ごされてきた丹野さん。街はどんどん変わっていく中で、息子がここに確かに生きていたことを忘れないでいたい。そんな思いで、語りべを続けておられることをお聞きしました。

二日目は、福島を視察しました。はじめに、相馬市の津波伝承鎮魂館をうかがいました。前日には、天皇皇后両陛下が慰問に訪れた場所です。その後、原町別院、浪江町の正西寺様と東日本大震災慰霊碑を視察しました。福島では、原発事故による放射能汚染の影響で今も自分の故郷に帰ることのできない現実があることを改めて認識しました。

今回の視察研修に際して、はちす会の一人の方に視察前に聞いていたことが印象に残ります。それは、「何か問題がおこると、すぐに解決してしまいたい。すぐに終わらせてしまいたいと思ってしまう私。抱え続ける、考え続ける、問い続けるということの難しさを思わされます」ということでした。今回の視察で、いろいろなことを見て・聞いて「本当に行ってよかった」と後にメールをいただきましたが、震災で失ったものは人の命や大切な家だけであったのか、今でも苦しい・悲しいのはなぜなのか。私自身がそのことを考え続け、問い続けることが大切なんだと教えていただくきっかけとなった視察になりました。


2018年6月7日~8日 災害ボランティアネット(東京教区茨城1組)/宮城県石巻市【活動】

2018-07-04 11:39:12 | 活動日記

災害ボランティアネットの石巻市での活動です。

6月7日に追波川運動公園仮設、8日に三反走仮設で活動いただきました。
ボランティアネットメンバー2名による活動に、現地復興支援センターが少しだけお手伝いをさせていただきました。

活動の詳細は、下記のホームページまたはFacebookをご覧ください。

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2018年4月30日〜5月2日 個人視察/宮城県・岩手県沿岸部【視察】 

2018-05-07 13:14:47 | 活動日記

今回は、震災後に東京教区の同朋社会推進ネットワークや仙台教区仏教青年会(以下、仙台仏青)と共に活動されている方(Tさん)が個人のお時間を利用して視察に来てくださいました。現地復興支援センター及び教区内寺族の方と視察のお手伝いをさせていただきましたので、一部をご紹介いたします。

430日は、石巻市雄勝の名振コミュニティーセンターにて念珠づくりを行いました。当日は10名程の方が集まってくださり、念珠作りをしながらいろいろなことをお話しました。

また、この地域では、仙台仏青が震災直後に仏青お風呂プロジェクト(以下、BOP)を行った場所であり、Tさんも一緒にお手伝いをしたことがあるそうです。一番の驚きは現地の倉庫に7年前に掲げたBOPの看板が残っていたこと!色褪せた看板を見たときに、嬉しいような、寂しいような、複雑な感情の中で7年という時間の経過を実感したそうです。

51日は、宮城県北部の沿岸から陸前高田までの視察を行いました。南三陸さんさん商店街では南三陸町旧防災庁舎跡を見てから、商店街にある写真館「佐良スタジオ」の常設写真展を見ました。この写真館は震災以前より南三陸町にある写真館で、震災当日もその様子を写真に収められています。津波が街を襲う直前の様子、海水が街に入ってくる瞬間、建物の上で必死に津波に堪える人、波が去り静かな夜に入っていく不安の様子など、様々な写真が展示されています。「決して忘れないために そして後世に伝えるために」という言葉が印象的でした。

 

その後、気仙沼の中島海岸・津谷川災害復旧工事現場を仮設の展望台から望みました。昼食は、気仙沼シャークミュージアムです。

その後は沿岸を北上し、陸前高田市に入りました。本稱寺でお参りをさせていただいた後、奇跡の一本松を視察。周辺の復旧工事が進み、訪れる度に景色が変わっていきます。帰りは国道45号線をとおり、徐々に開通している三陸自動車道で帰仙しました。

Tさんはこれまで個人で様々な活動に参加されてきたそうですが、このような形で視察に来ていただけることは現地復興支援センターとしても大変うれしく思います。時間も経ち、被災地に対する関心もだんだんと薄れていく時期でもありますが、是非ともいろいろな方にお越しいただきたいです。団体のみならず個人での視察も大歓迎です。視察コースの帯同もご相談いただき、日程調整していただければ現地復興支援センターがご案内いたします。観光で東北に来られ、半日だけ時間が空いているという場合でも場所によっては視察いただけます。とにかく現地の今を知っていただき、震災のときに何があったのかを学んでいただきたいです。次の津波災害はいつ、どこで起きるか分かりません。2011310日以前に、ここまでの災害を想定できた人間が何人いるでしょうか。だからこそ、私たちは、現地の声を聞き、私自身の命を守る行動や防災・減災を考えなければならないのです。「決して忘れないために そして後世に伝えるために」の言葉の意味を、被災の地で考えていただければと思います。

視察に関するご相談・お問い合わせは、現地復興支援センターまで。
983-0803 宮城県仙台市宮城野区小田原1丁目2-16 真宗大谷派仙台教務所内
TEL
022-297-2824 FAX022-297-2827 MAIL:otaniha-f.s.center@watch.ocn.ne.jp
HP: http://fsc.higashihonganji.or.jp/index.html


2018年4月19日~20日 真宗大谷派大阪教区「原発に依存しない社会の実現を目指す委員会」主催・原子力問題を学ぶフィールドワーク/福島県【視察】

2018-04-24 13:33:26 | 活動日記

大阪教区「原発に依存しない社会の実現を目指す委員会」が主催する『原子力問題を学ぶフィールドワーク』が開催され、委員会メンバー及び一般参加者、教務所員で合計10名による福島県各地の視察が行われました。現地復興支援センターでは、今回のフィールドワークのお手伝いと同行をさせていただきました。

この、大阪教区「原発に依存しない社会の実現を目指す委員会」では、2年に1度、研修として各地のフィールドワークを行っているそうで、今回の視察も約2年ぶりとのこと。以前に参加された方もいらっしゃいましたが、初めて来ましたという方も数名おられました。

1日目は、大阪伊丹空港から福島空港へ。はじめに福島駅すぐ近くの「環境再生プラザ」を訪れました。福島県と環境省が運営するこの施設は、福島の福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染からの環境回復に向けた取り組み(除染)や放射線、中間貯蔵などの環境再生に関する基礎知識・情報についての展示を見たり、スタッフから説明を受けることのできるところです。

 

その後は、二本松市の眞行寺様を訪れ、佐々木道範住職から震災後、原発事故を受けてどのように活動されてこられたのかお話をお聞きしました。また、震災から7年が経過し、周りの環境や人の心情の変化を感じる中で、住職ご自身の中にもいろいろな気持ちの変化もあるとのお話でありましたが、子どもたちにどのような未来を渡していけるのか、自分たちの責任としてこれからも真摯に取り組んでいくという決意は決まっているとお話いただきました。

その後、1日目は二本松市の岳温泉に宿泊をされました。

2日目は、南相馬市の原町別院からスタートです。ここでは、現地復興支援センターの木ノ下秀俊嘱託より別院の歴史と震災時・震災後の別院の状況などのお話をしていただきました。

  

そして、原町別院をあとにして小高地区の大悲山の磨崖仏に参拝し浪江町へ。請戸の漁港から福島第一原子力発電所の煙突を見ました。風向きで放射線量は低い場所ではありますが、原発を目視できる場所とあって多少の緊張感もありました。快晴で抜けるような青空とキラキラと太陽を反射する海は大変穏やかであり、そのギャップに寂しさや悔しさなどいろいろな感情がこみ上げてきました。

そのあと、近くの浪江町の震災慰霊碑を視察。慰霊碑の建つ大平山は、請戸の海岸を望むことのできる小高い丘。震災当日もここに上り津波の難を免れた方がいらっしゃったようです。本当に、ほんのここまで上がれていれば助かった命が・・・。この地区の住民には、これまで大津波被災の記憶がなく、避難が遅れたことが碑文にも刻まれます。木ノ下嘱託からの問いかけ「あなたにとっての大平山はどこですか?」との一言を深く考えさせられました。

      

その後、昼食を道の駅「南相馬」でいただき、仙台市若林区の震災遺構「荒浜小学校」を視察してフィールドワークの日程を終えました。

今回のフィールドワークで印象に残ったのは、原発事故に対するそれぞれの考え方です。環境再生プラザでは事故後7年が経過し、除染も進んだので一部地域以外は安全であり、健康被害も原発事故を起因とするものはこれまで一つも確認されていないとのお話。しかし、実際に原発事故を福島の住民として経験し、その壮絶な現場を目の当たりにしてこれからも不安を抱えて生活していかなければならない方のお話。

原発事故はなかったことにはなりません。空から汚染物質が降ってきたことは紛れもない事実です。「7年も経過して、今更まだそんなことを言っているのか」「不安の声が住民の帰還を邪魔し、風評被害や復興の遅れを助長しているんだ」という声があるそうですが、不安を抱える方が生き辛い世の中にだけはしてはなりません。

福島の今を、原発のこれからを、一人でも多くの方に考えていただきたいと強く願う視察となりました。


2018年3月4日~5日 北海道教区有志災害ネットワーク「じゃがネット」/福島県相馬市・南相馬市・浪江町、宮城県若林区・名取市沿岸【視察】

2018-03-09 15:32:06 | 活動日記

北海道教区有志災害ネットワーク「じゃがネット」による視察です。

じゃがネットは、これまでも被災地において炊出し等のボランティア活動を行っていただいていたほか、北海道教区においてもボランティア研修会や映画上映など様々な活動を行っておられる有志の団体です。

1日目は、参加者それぞれが航空機を利用して仙台入り。

2日目は、レンタカーで一路福島県へ。車中では現地復興支援センターの木ノ下嘱託からいろいろなお話をお聞きしながら向かいました。まず初めに訪れたのは、相馬市の「相馬市伝承鎮魂祈念館」です。館内には、相馬市の歴史や震災前の市の様子、そして地震と津波によって甚大な被害を及ぼしたことを説明する資料が展示されています。映像資料では、津波が襲来した際の映像を見ることができます。

 

その後、祈念館の近くにある松川浦の食事処「たこ八」で昼食をとりました。ここでは、新鮮な海の幸を堪能することができました!

昼食後は南相馬市の原町別院へ。ここでは現地災害救援本部福島事務所内で、福島県内各地域の現状や放射能測定器を使った放射線の説明など、普段はなかなか聞けない実際の現場のお話をお聞きしました。

    

そして、浪江に向かう途中で小高区の大悲山の磨崖仏へ立ち寄りました。ここは、国指定史跡で東北地方で最大最古の石仏です。また、県指定の天然記念物の大杉は圧巻です。ここでは、山間の放射線量なども確認しつつ視察を行いました。山あいでは生活レベルに比べると放射線が多少高いところもあるのだと実感いたします。

その後、浪江町の請戸海岸へ。この日はあいにくの暴風雨で、海岸から福島第一原発は目視することは残念ながらできませんでした。そして、すぐ近くの慰霊碑を視察。その慰霊碑には、震災の日は津波が沿岸部を襲ったが、原発事故による避難指示によって捜索活動を行うことができなかった無念さが刻まれています。

3日目は、まず仙台市若林区の荒浜地区へ向かいました。以前は海水浴場としてたくさんの人の笑顔があふれていた海岸沿いに建設された長く高い堤防の上から、慰霊碑と津波浸水区域を望みました。ここから見ると、本当に仙台市中心部が近く感じます。

その後、若林区の海楽寺様を訪れ、坊守様と前坊守様からお話をお聞きしました。

海楽寺様を後にし、震災遺構の荒浜小学校跡へ。ここでも、津波の来るまでの小学校内の様子を当時の関係者の証言をもとに説明した映像を見ました。一つの判断が命を大きく左右する。だからこそ、普段からその意識的な備えをしなければならないことがよくわかります。

その後は、名取市閖上地区へ。災害公営住宅が建ち、閖上小中学校の新しい建物がほぼ完成していました。そして、閖上さいかい市場で昼食となりました。

昼食後は仙台空港へ。丸2日間の視察日程が終了しました。

今回の視察で特に印象的であったのは、海楽寺様での坊守様のお話です。7年という月日が経過する中で、震災を経験したたくさんの子どもたちの心の状態を心配しているというお話でした。幼いながら、目の前でたくさんの方が無くなる経験をした子ども。そんな中「いのちなんて軽いものだ」というご自分のお子様の発言に驚き、心配をされたそうです。しかし、よく聞いてみると「いのちなんて軽い。簡単に死んじゃう。だから、大切に生きていかなければならないんだ」と言われたそうです。子どもたちはそれぞれ、小さいながらに一生懸命震災と向き合おうとしている。それを、私たち大人はどのようにケアをしていくのか。大きな課題をいただきました。

じゃがネット視察報告→http://shinranweb.com/wp/?p=3833

 


2018年2月20日~22日 真宗大谷派三条教区教化センター第11期/福島県、岩手県陸前高田市、宮城県南三陸町【視察】

2018-03-09 14:05:03 | 活動日記

三条教区教化センター第11期の研修生と修了生、職員による東北三県の視察です。教化センターは、それぞれの期でこれまでも研修期間中に被災地視察を継続的に行っていただいております。

今回は、1日目に福島県二本松市や原町別院など、2日目に岩手県沿岸部から宮城県を南下する形で視察を行いました。

1日目は、はじめに二本松市の眞行寺様を訪れ、佐々木道範住職から震災後、原発事故を受けてどのように活動されてこられたのか、お話をお聞きしました。その後、南相馬市の原町別院を訪れ、現地復興支援センターの木ノ下秀俊嘱託よりお話をお聞きしました。その後、飯館村や浪江町をまわりましたが、居住制限区域が解除になった場所でも未だに住民が戻ることのできない現状などの説明がありました。

2日目は、今度はバスを北に向け、まず岩手県陸前高田市を訪れました。陸前高田では、市の建設部都市計画課の永山悟さんから市の復興計画について説明をしていただき、その後、一般社団法人マルゴト陸前高田の伊藤雅人さんから奇跡の一本松とその周辺をまわりながら、民間として市と協力しながら町をどのように再生していくか、そのビジョンや課題をお話しいただきました。そして、本稱寺様に向かい、佐々木隆道住職のお話をお聞きしました。その後は、南三陸さんさん商店街をまわりました。

3日目は、宮城県石巻市や松島の沿岸をまわり、新潟に帰られました。

今回の視察では、何度も被災地に訪れている方もおられましたが、前回来たときと町の様子が大きく変わっていることに驚いておられました。被災地は復興に向け、町の様子が日々変わっていきます。陸前高田市の職員の方の説明でも、「どのように外から人に来ていただける街に再生するか」ということをお聞きしました。復興に向けて前を向いて歩んでいく事は明るいことではありますが、その一方で「忘れられていく」という悲しさ、不安を抱えておられる方もたくさんいらっしゃいます。ですので、今回の三条教区教化センターの皆さまのように、継続して視察に来ていただけることが大変ありがたいことだと感じました。

これからの支援の形は「聞き 伝える」ことが大切だということを実感する視察でありました。

    


2018年2月10~11日 大谷大学TAT第23便/宮城県仙台市・【視察・活動】

2018-02-16 17:16:42 | 活動日記

大谷大学のTAT第23便の視察・活動です。

今回の日程は、東北別院の子ども報恩講と日程が重なったため、いつもの活動とは少し違う日程となりました。仙台教区仏教青年会の皆さまとそのご家族にもご協力をいただきました。

初日は朝7時30分に東北別院到着し、お参りと朝食・休憩の後、仙台市荒浜地区と名取市閖上地区の視察を行いました。閖上地区の「閖上の記憶」では、語りべの佐々木清和さんからお話をお聞きしました。

視察後は、別院に戻ってきて昼食をとった後、東北別院子ども報恩講にお手伝いいただく学生と、翌日の活動場所である仙台市若林区今泉の久保田東集会所での事前準備班(買い出し、炊き出し・縁日の準備)に分かれ、それぞれ活動を行いました。

       

翌日は、朝9時に4台の車に分乗し、別院を出発。久保田東集会所に到着後、準備を行いました。

久保田東集会所は、これまで大谷大学の皆さんが何度も活動をしていただいたニッペリア仮設の元自治会長さんにご紹介いただいた場所であり、久保田東地区やその周辺にニッペリア仮設にお住まいだった方がいらっしゃいます。前回2017年5月の活動もこの集会所で行っており、顔なじみの方もたくさんいらっしゃる場所です。

今回の炊出しメニューは、京風粕汁、焼き鳥です。
そして、当日お越しいただいた方々と餅つきを行いました。

また、催しとしてミニ縁日(景品あり)、アニメ上映会が行われました。

事前に町内会長や元ニッペリア仮設にお住まいだった方々にご協力いただいて、チラシを150枚程度配っていただいたこともあり、餅つき開始の11時頃には、お年寄りから子どもたちまで多くの方が顔を出してくださいました。

餅つきは、参加された地元の方のほうが勝手を知っておられたこともあり、こちらが主導するというより、むしろ教えていただきながらとなりました。蒸したもち米は杵を使って臼の中で手早く捏ね、ある程度もち米がつぶれたら…いよいよ餅つきのスタート!学生も先生も一生懸命つきましたが、やはり、地元のおじいちゃんがスゴイ!!餅つきのスピードと力強さに見ている誰もが圧倒されました。つかれた餅は小分けにし、大根餅、あんこ餅、納豆餅、きなこ餅、ずんだ餅など様々な味付けがなされ、配られました。地元の奥様方にもお手伝いいただきました。つきたてのお餅はやっぱりおいしい!子どもたちにもたくさん食べてもらいました。

     

また、焼き鳥も香ばしく仕上がり、大人気。粕汁は、海沿いの会場に吹く冬の風で冷めた体を芯から温めてくれました。

そこに!!!

突然の突風です!学生・職員・スタッフは必死になってテントを抑え、素早く解体を行いました。スタッフの一人曰く「体が宙に浮く瞬間があった」とか、なかったとか(笑)。何はともあれ、けが人がなく、本当に良かったです。

そして、今回の活動に加勢いただいた仙台教区仏教青年会の皆さまには、集会所の中で念珠づくりをしていただきました。こちらも、参加者の皆さんは手馴れている方が大勢いました。

その後、活動を終え後片付けを行いました。その中で、大谷大学の皆さんの片付けの手際の良さと丁寧さに驚きました。きっちりと、きれいに後片付けを行い、集会所を後にしました。帰りは参加してくれた子どもたちに車が見えなくなるまで手を振って見送ってもらいました。

大谷大学の皆さんは、別院の後片付けを行い、夜8時頃に別院を出発し、翌日朝、大学に無事到着されました。今回も、非常にタイトな日程の中で活動いただき、ありがとうございました。

なお、今回の活動の詳細は、下記のFacebookをご覧ください。
TAT Facebook⇒https://ja-jp.facebook.com/otani311/


2018年1月11~12日 東京教区同朋社会推進ネットワーク/福島県いわき市【活動】

2018-01-30 11:56:46 | 活動日記

更新が遅くなってしまいました。

東京教区同朋社会推進ネットワークの好間応急仮設集会所での活動です。

昨年に引き続き、今回も新年最初の活動は「新年会」となりました。

メニューはアンコウ汁と焼き鳥・仕出しのお弁当をみんなでいただきました。いつもは、たくさんの余興(クイズや歌、踊りなど)が催されるのですが、好間での活動も仮設住宅の解消により集会所でのこのような活動は最後になるということから、「お話をする」ということに重点が置かれました。2012年12月に初めて活動を行ってから5年。これまでの活動の中で知り合ったたくさんの方々とお話を楽しむ時間となりました。

     

翌日の昼食には、3種類の味を楽しむラーメン鍋を皆さんと一緒に食べました。鍋の中にはラーメンはもちろんのこと、お正月のお餅を素揚げにしたものも投入!カリカリふわふわのお餅は、つまみ食いの時点から大人気。つまみ食いの時点でおなか一杯!?

  

また、今回もお昼が出来上がるまでの間、腕輪念珠づくりを行いました。好間にはこれまでの活動の中で念珠づくりを経験された方が非常に多く、もはや職人の域・・・。スタッフが教えるというより、逆に教えていただく光景も…。参加者の方は思い思いの玉を選んでたくさんの腕輪念珠を作りました。

参加者のお一人には、お部屋にたくさんの腕輪念珠を綺麗に飾られているかたもおられ、知り合いの方や子どもたちが来た時にプレゼントしているとのことで、みんなからとても喜ばれているとのことでした。今回もたくさんの腕輪念珠を作っていただくとともに、ご自宅でも念珠づくりをしていただけるように、材料を少しお裾分けさせていただきました。

 

東京教区同朋社会推進ネットワークでは、これまで活動をされてこられた仮設住宅の解消にあたって、新たな入居先を任意でお知らせいただけるようにハガキをお配りしています。長年にわたって活動を行い、築かれた人と人との「つながり」。それは、はじめは被災者と支援者という形であったかもしれませんが、活動回数を重ねるごとにその形は次第に変化し、「いまではこちらがむしろ元気をもらいに好間に行っています」という同朋ネットの参加者の声もありました。

仮設住宅の解消が復興の完了ではありません。集う場がどんどん少なくなってくるこれからが、被災者支援の本当の意味が問われてくるのではないでしょうか。「また、会いましょう!」と固い握手と笑顔を交わし、再会を約束する同朋社会推進ネットワークの皆さんと好間応急仮設の皆さんの姿がとても印象的でした。


2017年11月29日~30日 東京教区東京4組/宮城県仙台市・石巻市、福島県【視察】

2017-12-07 10:09:46 | 活動日記

東京教区東京4組の寺族6名による宮城県沿岸部と福島県の視察です。

今回の視察は、1日目に宮城県沿岸部の仙台市若林区と石巻市、2日目に福島県内を訪問いたしました。現地復興支援センターでは、1日目の視察に同行させていただきましたので、その様子を報告いたします。

はじめに、仙台市若林区の海楽寺様にお邪魔いたしました。海楽寺様では坊守様・前坊守様から、震災当時より今日までの復興の歩みについてお話をいただきました。震災当日の海楽寺の様子、仙台教区をはじめ全国各教区からボランティア活動などで様々な支援をいただいたこと。決して望んではいないが、いつかは必ずどこかで次の震災が起こるのは避けられないので、今回の震災の経験をどのように活かすかということ。そして、お寺が地域にとってどのような場所であるべきかということ。一つひとつのお話をみなさんは自分の身に充てて真剣に聴かれていました。

 

その後、石巻市の大川小学校跡を視察しました。

大川小学校跡では、大川小学校児童の遺族である紫桃隆洋さんに語りべを依頼し、震災前の大川小学校の様子と震災時の大川小学校での出来事についてお話をいただきました。

    

また、その後は仙台市に戻り、震災遺構の荒浜小学校を視察しました。

  

東京4組では、毎年春先に組の主催で震災追弔法会が開催されています。また、義援金についても継続的に被災地へ寄せていただいております。

震災追弔法会では、震災でボランティアなどの活動を実際にされた方のお話を聞くことを大切にされているようです。そのとき、自分に何ができるのか。震災を他人事とせず、寄り添い続ける。この姿勢は、被災者の支援という形のみにとどまらず、一人ひとりの防災意識を高め、いつか起こる次の災害時の支援や自分が被災者となった時の行動に必ずつながっていきます。

参加された方一人ひとりの姿勢から、日頃から被災地に寄り添い、被災者を思い続ける大切さを教えていただいた視察でありました。

※「小さな命を考える会」ホームページ⇒http://311chiisanainochi.org/
※震災遺構 仙台市立荒浜小学校→
 http://www.city.sendai.jp/kankyo/shisetsu/documents/mitsuori_arahamasyo_2.pdf


2017年10月29日 仙台仏教青年会・現地復興支援センター 六郷ふるさと交流会/仙台市若林区

2017-11-01 12:22:06 | 活動日記

仙台仏青及び現地復興支援センターが、仙台市若林区の東六郷コミニュティセンターを会場に行われた『ふるさと交流会』にて活動を行いました。今回は、この活動の参加者の方から活動報告をいただきましたので、その内容を掲載いたします。

 

≪活動報告≫

今回の『ふるさと交流会』は、六郷中学校の武道館と体育館に避難していた人たちの主な移転先、ニッペリア応急仮設に住んでいた皆さんが、仮設や地域との交流を図るために震災後に始めたお祭り、『ニッペリア祭り』が基になっています。

これまで、毎年一回開催されていたニッペリア祭りには、それまでボランティアで関わった人たちが、お店を出したり、地元の皆さんが演奏や踊りを披露したりしていました。

今回の交流会も、大学生ボランティアや六郷すずめ踊り、お母ちゃんズによる豚汁など、仮設の頃から関わっている皆さんが、元ニッペリア自治会長で現在は二木町内会会長の阿部東悦さんをはじめとした自治会の皆さんの呼びかけで集まりました。

当日はあいにくの雨にも関わらず、井戸、二木、三本塚、藤塚など、それぞれの地域に戻った皆さんや、新たに別の場所に移られた皆さんが一堂に会して、賑やかに過ごしていました。

震災後、新たに土地の名物として有名になってきた井戸ネギの販売や、いつも遊具を持ってきて子どもたちと遊んでくれていたボランティアの皆さんも参加され、大変な盛り上がりとなりました。

我らが東本願寺チームも、焼きそば、やきとり、ポップコーンに加えて、カラフルな念珠作りも行い、好評をいただきました。雨で足元がぐちゃぐちゃになりましたが、交流会に参加された皆さんには喜んでいただけたのではないかと思います。帰りには、お漬物やネギのお土産も貰っちゃいました。

「震災後には無かった祭りだけど、今後もやっていきたい」と元ニッペリア自治会長の阿部さん。私たちも、懐かしい皆さんにも会うことができました。