goo blog サービス終了のお知らせ 

1823年—2023年

大正ロマン、デモクラシーなどの言葉が生まれた良き時代、北海道にラグビーの種を運んだ粋な奴がいた。
1823年英国でラグビーというスポーツが生まれて100年となる1923年(大正12年)、札幌一中相撲部出身助川貞次(すけがわ ていじ)が早稲田大学に入学し「ラグビー蹴球部」に籍をおいていた。
5月、第6回極東選手権大会でラグビーはオープン競技として実施され、決勝は早慶の対戦し慶応が優勝。
早大はそれよって夏合宿がなくなり貞次は札幌に帰省した。
兄によって札幌に楕円球は持ち込まれ、弟の貞三(北海中2年)と五郎がラグビーを知ることになった。
この年の9月1日関東大震災が起きるが、12月24日戸塚で「第一回大会早明戦」が開催され、道産子の助川貞二がFWで出場したことが記録に残っている。
早大卒業後貞次は北大予科ラグビー部、昭和3年北海中学校ラグビー式蹴球部のコーチを引き受けていたが、満州事変で昭和14年11月11日中国河北省で戦死。
北海道ラグビー史からその名が消えてしまう悲運なラガーマンでもあった。

ラグビー誕生から200年の節目となる2023年、最古の歴史を誇る北海高校ラグビー部復活の声が0Bから上がっている。
在校生からその声が上がってくれると復部するのは可能だ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )