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義足の料理人

何処で彼と出会ったのだろうか、1978年、パリの安宿だろうと思う。
その夜のヴァンドペイは料理談義をより盛り上げ、そして彼の情熱に引き込まれる私がいた。事故で片足を失って義足だったが、高校生の時にどうしても料理人になりたくて東京の有名店に履歴書を送ったそうだー
3軒が採用したいとのこと、それが彼の料理人生のはじまりである。

パリのレストランは、開店と同時に厨房は戦場と化し毎日が激務だった。
本場のフランス料理の味を確かめながら7年、既に理論と実技を持ち合わせ仕事に厳しくよく働き、謙虚で心の温かい男であった。
「モダン、ヌーベルキュジーヌなどの料理に走らないで、基本の大切さ」を私に語った。
後に三ツ星となる「オー・トゥルー・ガスコン」で学ぶことになった彼
「ソースが旨くないのでフォンドボーを作って見せた」とのことー
私には出来ないー

帰国し15年目のこと、東京のレストランで再会した。
「水臭いぞ、連絡もよこさないで」これが彼の第一声だった。
「有名になって、テレビや料理雑誌に出てくるだろうと思っていた」と問いかけると「出てどうするの、タレントじゃないよ」職人の答が返ってきた。
ある日、電話をすると「みんなより先に店をやめるかもしれない」「足が痛いんだ」弱音をはいた。
どんな困難にもぶれることなく、生涯をフランス料理で通した料理人
数年後、静かに店を閉じたことを風の便りで知った・・・・
「惜しいな」真っ当な料理をだす店がまた一つ消えた。
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