皆さんは、パリの「門」といえば何を想像されるでしょうか?
一番最初に出てくるのは、ナポレオン時代戦勝記念と戦没者追悼のために建てられた「L'Arc de Triomphe de l'Etoile・エトワール凱旋門」でしょうね!
一番上の写真。
この「凱旋門」、現地では通称「Etoile・エトワール(星)」と呼ばれています。
正式には、「凱旋門」というより、「場所」の名前としてそう呼ばれているのですが…。
確かに、そこから広がる12の通りは、放射線状「つまり星」の光のように広がっています。
(ちなみに私はこの12本の通りの中の Av. de la Grande Armee という通りに住んでいました。)
↑写真は、当時約2年半住んでいたアパートから撮影したEtoile凱旋門。
その次に有名なのが、同じくナポレオン時代に建設された「L'Arc de Triomphe du Carrousel・カルーゼル凱旋門」でしょう…。
「Musee du Louvre・ルーブル美術館」と「Jardin des Tuileries・チュイルリー公園」の間にあります。
↑この写真を見てお分かりでしょうか?
Carrousel凱旋門の真ん中の半楕円の中に、Etoile凱旋門が納まって入っていて、
そのEtoile凱旋門の半楕円の中に、La defense Grande Arche・新凱旋門が納まっているのです…。
ちょっと観覧車で見難いのですが…
延長線上、CarrouselとEtoileの間には、コンコルド広場のオベリスクも建っています。
(↑これは、景観を考慮した上での都市計画として、ちゃんと計算されているのです。)
そして、そういった記念碑として建てられた「門」とは別に、1700年代後半にParis市内を守るために囲っていた壁がありました。
「Victor Hugo」の「Les Miserables」の1シーンでも、この壁を乗り越えるシーンがあるので、お分かりになるでしょう。
←ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル/ああ無情」
そして、日本でいう「関所」のような役割をしていたのが、壁の途中途中にあった「門」なのです。
現在でも Paris市の境目にある Metro の 駅名が「Porte ~ 」となっているのが、その「門」の由来名になっています。
↑メトロ図。
そんな中で、下記の「門」の由来はイマイチよく分からないのですが…、多分「壁の門」の移設だと思う…
私が在仏時代に勤めていた設計事務所で、Parisの1つの歴史ある「門」の「Renovation・改築・改修」を行いました。
観光地とは離れた地区ですので、観光で行ってみて…とは言えないのですが、
住んでいらっしゃる方で19区の「La Villette」近くを訪れる事があったら、是非訪れて見て下さい。
場所は、Metro 7番線 Riquet駅下車 Orgues de Flandre にある「Porte des Flamands」という「門」です。
以前に紹介した「Paris Pratique」の Index Page「Orgues de Flandre」で探すと地図の位置が確認出来ます。
↑コレです。こちらは改修後の写真です。 ↑この建物の先(写真奥の方)にあります。
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一番最初に出てくるのは、ナポレオン時代戦勝記念と戦没者追悼のために建てられた「L'Arc de Triomphe de l'Etoile・エトワール凱旋門」でしょうね!
一番上の写真。
この「凱旋門」、現地では通称「Etoile・エトワール(星)」と呼ばれています。
正式には、「凱旋門」というより、「場所」の名前としてそう呼ばれているのですが…。
確かに、そこから広がる12の通りは、放射線状「つまり星」の光のように広がっています。
(ちなみに私はこの12本の通りの中の Av. de la Grande Armee という通りに住んでいました。)
↑写真は、当時約2年半住んでいたアパートから撮影したEtoile凱旋門。
その次に有名なのが、同じくナポレオン時代に建設された「L'Arc de Triomphe du Carrousel・カルーゼル凱旋門」でしょう…。
「Musee du Louvre・ルーブル美術館」と「Jardin des Tuileries・チュイルリー公園」の間にあります。
↑この写真を見てお分かりでしょうか?
Carrousel凱旋門の真ん中の半楕円の中に、Etoile凱旋門が納まって入っていて、
そのEtoile凱旋門の半楕円の中に、La defense Grande Arche・新凱旋門が納まっているのです…。
ちょっと観覧車で見難いのですが…
延長線上、CarrouselとEtoileの間には、コンコルド広場のオベリスクも建っています。
(↑これは、景観を考慮した上での都市計画として、ちゃんと計算されているのです。)
そして、そういった記念碑として建てられた「門」とは別に、1700年代後半にParis市内を守るために囲っていた壁がありました。
「Victor Hugo」の「Les Miserables」の1シーンでも、この壁を乗り越えるシーンがあるので、お分かりになるでしょう。
←ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル/ああ無情」
そして、日本でいう「関所」のような役割をしていたのが、壁の途中途中にあった「門」なのです。
現在でも Paris市の境目にある Metro の 駅名が「Porte ~ 」となっているのが、その「門」の由来名になっています。
↑メトロ図。
そんな中で、下記の「門」の由来はイマイチよく分からないのですが…、多分「壁の門」の移設だと思う…
私が在仏時代に勤めていた設計事務所で、Parisの1つの歴史ある「門」の「Renovation・改築・改修」を行いました。
観光地とは離れた地区ですので、観光で行ってみて…とは言えないのですが、
住んでいらっしゃる方で19区の「La Villette」近くを訪れる事があったら、是非訪れて見て下さい。
場所は、Metro 7番線 Riquet駅下車 Orgues de Flandre にある「Porte des Flamands」という「門」です。
以前に紹介した「Paris Pratique」の Index Page「Orgues de Flandre」で探すと地図の位置が確認出来ます。
↑コレです。こちらは改修後の写真です。 ↑この建物の先(写真奥の方)にあります。
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いわゆる凱旋門以外でこんなにたくさん門があるなんて、恥ずかしながら知りませんでした。カルーゼル凱旋門もカッコいいですね。パリに行ったらぜひ見てみたいです
しかもそんな由緒ある歴史深き門を修復するお仕事なんて、これまたパリならではで趣がありますね~
最後の写真の建物面白いでしょ?
でも下の階の日照が気になる所…
記念碑としては、エトワール凱旋門、カルーゼル凱旋門以外にも、サンドニ門やサンマルタン門などもあります。
中々、建築やってる人とか建築物好きでないと、知らないと思います。
実際、私も自分がやった仕事の「門」の由来知らないし。ネットで(Yahoo Franceで検索して)も調べてみたんですが、よく分からないんです。
この仕事の時は、改修前の「門」を
事務所長のムッシューと一緒に測量しに行って、写真にも収めて、細かい高さや幅、装飾の計算をして(←ここまでムッシューと共同作業)、平面・立面を図面に起こしました。
この他の仕事は、アパートや住宅が主でしたが、結構古い歴史的建物っぽいアパートもあって、楽しかったです。(図面は面倒くさいけど…)
あとは、地方のシャトー・ホテルってのもありました。
(結局、そのオーナーさんは、私がいる間にそのシャトーを買う事は出来なかったのですが…)