龍の尾亭<survivalではなくlive>版

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福島から発信するということ(35)

2011年09月18日 04時51分08秒 | 大震災の中で

南福島にジョイエというイタリアンレストランがある。
先週末そこで食べたオードブルの、ウズラとリードボー(牛の胸腺?)のグリルがメチャメチャおいしかった。
内臓に限らず、お肉といえば韓国焼き肉という生活習慣が身について久しい。
イタリアンといえばパスタ、という「反射神経」もおなじみだ。
でももちろんそんな枠組みばかりで週末の食生活を「処理」しちゃうのはもったいないわけで。

おいしいといえばコンビニ大国の日本では「塩おにぎり」さえ立派な商品として美味しくいただける(皮肉じゃないです!)。

幸せなことだ。

最近ついつい震災や放射能汚染のことばかり考えてしまうけれど、まあかなり色々あってもそれなりに美味しく食べ物をちょうだいできる幸せがあるのは、しみじみありがたい。

ちなみにジョイエのシェフは以前、同じく福島の保原町にある名店「わさび」のスタッフだったはず。その後イタリアで修行してこちらのお店を始めたとか。

「わさび」も季節の野菜やお肉にこだわった素敵なお店。

片方に行くと、もう片方にも行きたくなるね、と、お店を教えてくれた友人からメールがきた。

ざっくりとした大ざっぱな放射能汚染の言説ばかりではなく、具体的で体と心に響く福島の食のことも、考えたいよね。

福島のキノコは会津の一部を除いて出荷停止になるとか。

ほんとうならこういった地元の美味しいレストランは、地産地消も当たり前だったはず。でも、それが無理だとしても、安全でおいしい食材をこだわる魂は変わらないだろう。

残念なことはたくさんあるし、そういうことを抱えながら生活を敢えて「無邪気に」(気にしない、と言う意味ではありません。繊細に気遣いつつなおも、という意味です)食を楽しむのは、ともすればそのこと自体むしろ大きなストレスにすらなりかねない。

また、「福島産」の食品は今強い有徴性の旗が立てられていて、苦しい戦いを強いられている。

けれど、それは決して福島だけの問題には終わらないと、私はいささか逆説的に楽観視してもいる。

森林の腐葉土の除染など、いつになったら進むのか進まないのか、期待するだけバカバカしい。あたかも大きなホラ話の本の中に閉じ込められたファンタジーの登場人物みたいな気にもなる。

でも、人はどんなところにあっても、その中でも楽しみつつ生きて行くだろうし、自分の初期衝動を見失いさえしなければ、「あれかし」という祈りの中で希望を持ち続けつつ「外部」をも感じ続けることができるだろう。

オフレコができる「外部」なんてないのだと政治家は腹を括って、なおかつ重心を自分の身体の中に置いて、肉体の響きを伴った声を出し続けられるかどうかが問われている(9/17付けの朝日新聞にインタビューが載っていた渋谷陽一のコメントに深く納得)。

同じようにまた、私たち福島のモノたちもまた、重心を身体の内部に把持しつつ言葉を発することが求められているのだろうと切実に思う。

今福島で、どこかここより他の場所のファンタジーを語ることはできない。
こここそが「死の町」なのだ。そして同時にそれがわたしたちにとっての「生の町」でもあるという多重性、矛盾、裂け目を生きることの自覚も深い。

極端な話、放射能に汚染されていても、おいしいモノは身体がおいしい、と感じるだろう。

『ベスト』(カミュ)や「腐海」(宮崎駿)についての想像力を、どこか遠いところのものとしてではなく、この目の前のおいしい野菜や肉や魚についてその美味の中の「危険」において駆動させなければならない。

そういう想像力の働かせ方には、私たちは誰もがまだ不慣れだ。
でも、絶対にそれが必要なのだ、と思う。
これからは、外部ではなくこの場所で駆動しつづける想像力を、やむを得ない福島だけに背負わされた苦行としてだけでなく(まあ、なんで俺たちなんだよ、という理不尽さに対する愚痴はしこたま限りなくあるけどね。そして文句もいうし、訴訟もするさ。それとは別に)、この福島を言祝ぐために、「発見」していかねばなるまい。

だからこそ、そのフックとして、おいしいモノは断然不可欠だ。
誰かそういう福島にとって必要な復興ファンドを組んでくれないかな。エンタテインメントと「食」は、ものすごくシンクロしてるわけだから。
「風評」とかいう貧しいところにいつまでも、その言説を「すくだまらせ」てはおけない。

お金が持続的に回るシステムなくして、心の復興はないんだし、そのお金が持続的に別の価値にきちんと開かれていなければ人は、人間として生き続けられない。

つまりは、流通するのはお金だけでも言葉だけでもダメだってこと。当たり前だよね。

福島にいると、いろんな当たり前が見えてくる。別にみたくもないんだけどさっ(笑)
とりあえずこの項目も考え続けなければ。