比較芸術文化論

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あいちトリエンナーレ2013 やなぎみわ《案内嬢パフォーマンス》――白昼のホット&クールメディア

2013-11-03 22:56:02 | アート・文化
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 「あいちトリエンナーレ2013」やなぎみわ《案内嬢パフォーマンス》は、愛知芸術文化センターの大きな吹抜けで昼間に上演された。このスペースはガラス張。夏の強い太陽光の下で演じられ、音響効果は使用できたが照明効果は使えない。そうした不利な状況下でありながら、良く観者を集中させることができたパフォーマンスだった。
 「あいちトリエンナーレ」は3年前の第1回から、造形美術のみならず、ダンスや演劇などのパフォーミングアーツが加わっていることが他の現代美術祭にはない特色である。その中でもとりわけ両分野を越境するやなぎの《案内嬢パフォーマンス》は、その形式においても新鮮さを持っていた。
 映画や演劇、ダンス、音楽などホールや劇場といったブラックボックスの中で行われる舞台芸術は、観客席など周囲を暗くしスポットライトで観客を舞台に集中させることが容易だ。つまり、観者を感情移入に誘導しやすい。マーシャル・マクルーハン流に言えば、ホットメディアといえよう。
 一方、絵画や彫刻、写真などの造形芸術は、一般的にはホワイトキューブと呼ばれる美術館の展示室に設置されることが多い。こちらは、客観視して批評眼を働かせて鑑賞することになる。対比的に言えばクールメディアである。
 そういう意味で、照明効果や音響効果が使えない白昼下のパフォーマンスはどちらつかずで、観者もスタンスを取りにくい。家庭で昼間にTVやビデオを見ているようなカジュアルな感覚に近い。最近の映像インスタレーションと呼ばれる形式では画面を大きくし、薄暗いホワイトキューブで展示することによって、この問題を解決している場合も少なくない。ホワイトキューブとブラックボックスの境界は曖昧化している。
 さて、今回の《案内嬢パフォーマンス》は、観者にはあらかじめFMラジオが手渡され、イヤホンで台詞や効果音を聞くことになる。このイヤホンがホットメディアの役割を発揮し観者を音響的に集中させることにかなり大きな効果があった。登場人物はやなぎの十八番の案内嬢だが、今回の衣装はあいちトリエンナーレのテーマカラーのスカイブルー。フレアーのスカートが美しい。20分間ほどのパフォーマンスであったので、ストーリーは演劇というほどの筋があるわけではない。「ラジオ・東京」という米国に対するプロパガンダ放送と、サミュエル・ベケットの《ゴドーを待ちながら》を引用、融合したもの。案内嬢は「ラジオ・東京」のアナウンサーも演じた。
 古くはワーグナーの楽劇、新しくはピナバウシュのタンツテアターを意識すれば、ダンスと演劇に、話芸としてのアナウンス、それに無線メディアを加えた欲張りな形式となっている。このようにホットメディアとクールメディアが混在しながら構成されているが、観者の意識を少しも弛緩させることがなかった見事な舞台であった。


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「あいちトリエンナーレ2013」設置作品第1号 打開連合設計事務所《長者町ブループリント》

2013-10-08 23:33:50 | アート・文化
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 3年に一度の現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2013」が名古屋市と岡崎市で、8月10日から10月27日まで開催されている。その設置第一号作品《長者町ブループリント》は伏見地下街にある。
 伏見地下街は名古屋駅と栄駅、両繁華街の中間で空洞化が進行する問屋街に接している。地上の錦通から地下への階段を降りたとたん昭和30年代の商店街にタイムスリップする。まるでタイムトンネルだ。
 そこに目をつけ、現代アート作品を設置した作家は台湾から来日した「打開連合設計事務所」。代表作の《Blue Print》は、台南の道路拡幅により切断された築100年の建物のリノベーションである。切断面を建築設計図の青写真(青焼き、青図)を模して青色に塗り、そこに白線で透視図を画いた。今や青焼き自体が懐かしいが、それが建築の持っていた記憶を呼び覚ます効果を持つ。
 さて、伏見地下街に設置された作品、《長者町ブループリント》は、地上から地下街へと降りる階段口5ヵ所を青く塗って稜線を白線で際立たせたもの。日没後、階段口は、街灯に照らされて深海の青色のように浮かび上がり美しい。
 それに加え、地下街の途中5ヵ所には、階段や鉄道、「忠犬ハチ公」が青地に白の輪郭で画かれている。それも、ビューポイントから眺めると透視図法的に立体感をもって立ち現れるように計算されてもいる。地下街を通過中、ビューポイントにさしかかると、それまで平面的に歪んだ図形が突如として階段や犬として立体的に飛び出してくるというトリック仕掛けだ。ジョルジュ・ルースにも似るが、ルースの場合、ビューポイントから見たとき、建物の立体感は消え去り平面的な図形だけが浮かび上がる。これに対し《長者町ブループリント》の場合、建物の立体感は残ったまま、別の透視図が現れる。現在と未来の透視図が二重像となっている。
 青焼きはいわば未来への設計図であり、それが古びた商店街と奇妙な調和を見せる。つまり、昭和30年代へと時間を遡るタイムトンネルが、実は未来への設計図と繋がっているのだ。
 ところで、今回2回目の「あいちトリエンナーレ2013」のテーマは『Awakening揺れる大地。われわれはどこに立っているのか。記憶、場所、そして復活』である。それは、直接的には東日本大震災後のアートをテーマにしている。しかし、その土地・場所に塗り込められた記憶を呼び覚まし(=Awakening)、際立たせ、再び記憶として刻み込むという意味にも解釈可能だ。《長者町ブループリント》は、文字どおりこのテーマの設計図のような作品だといえる。

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アートレヴュー アントニオ・ロペス・ガルシア――ワーク・イン・プログレスとしての絵画

2013-08-12 10:55:29 | アート・文化
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 アントニオ・ロペスは、現代スペインの写実絵画の源流とみなされており、磯江毅や野田弘志ら現代日本の写実系の画家にも強い影響を及ぼしている。もちろんロペスの絵画は単なる写実ではない。しかも、写実画において典型的な超絶技巧の写実でも、物の存在感に迫真する写実でもない。
 まず、ロペスの絵画は、極めて日常的な情景、変哲のない物がモティフとなっている。冷蔵庫やバスルーム、トイレといった室内、マルメロの木などの植物、マドリード風景、そして、人物や肖像。モティフごとにカテゴリーに分けられる。そして、いずれもこれといったドラマを画いているわけではない。モティフにあえて物語性を持たせない意図すら感じる。肖像画においてもある特定の人物をモデルにしてはいるものの、あたかも普通名詞の「ヒト」を画いているかのようである。いわゆるトローニーだ。
 また、数年間をかけて制作することも多い。マドリードのある屋上からの俯瞰やある目抜き通りを画くのに、定点観測のように同じ季節の同じ天候の同じ時間帯を何年もかけて制作する。それでいて、どの作品もどこか未完成さを感じる。何の変哲もないモティフを長期間にわたって制作し続ける意味とは何か。ある場所・モティフを取り上げ、季節、天候、時間を特定して画き込むことによって、ある実在を超越した不特定性、普遍性を獲得するという逆説なのだ。
 ここで、ふたりの画家を連想する。長谷川�扉二郎とゲルハルト・リヒター。長谷川も極めて遅筆であった。ある場所やモティフを画くために、同じ季節の同じ天候の同じ時間帯しか画かない。したがって完成するのに数年間かかることも多く、例えば《猫》は画き始めて6年目で愛描タローがとうとう死んでしまったため、髭が片方だけしか画かれなかった。
 一方、リヒターは「アトラス」シリーズを典型として写真などイメージを膨大に収集する。そしてそれらを基に、写真と関連づけられた人物画や風景画、あるいはカラーチャートのような無機質な絵画、そして、箆で一気に絵の具を塗った不定形な絵画などカテゴリーごとに制作を重ねている。リヒターの作品はある意味、一点だけ、あるいはあるカテゴリーだけでは作品として成立しないわけだ。つまり、カテゴリーごとの連作、リヒター作品全体が「アトラス」=地図のように全体的な構造になっているのだ。こうした長谷川の未完成性、リヒターのカテゴリーごとの連作性にロペスとの通底を見る。いわば、ワーク・イン・プログレスとしての絵画なのだ。なお、例えばピカソも青の時代、バラ色の時代、分析的キュビスムの時代、新古典主義の時代などカテゴリーに分かれているが、ピカソが様式の変遷だとすると、ロペスやリヒターは、複数のカテゴリーを並行して制作している点が全く相違する。
 ところで、絵画が外界を写すことの主役を写真に奪われてから久しい。その後、絵画は写真では表現できないものを追求してきた。その実験がミニマリズムである一定の飽和状態、袋小路に突き当たったとすると、この3人の画家はミニマリズム以降の絵画という先の見えない巨大な壁に挑んでいるような気がしてならない。奇しくもロペスはラマンチャ生まれだという。絵画はまだ終わらない。
【Field work notes: 「アントニオ・ロペス 現代スペイン・リアリズムの巨匠」展(Bunkamura ザ・ミュージアム 2013年4月26日~6月16日)】


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アートレヴュー 円山応挙――江戸期のインスタレーション。日本近世絵画におけるサイト・スペシフィック性

2013-08-12 10:50:43 | アート・文化
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 今回の展覧会の圧巻はなんといっても《松に孔雀図襖》である。それを今回はガラスケース越しでなくじかに見られる。しかも、美術館内に仮設した和室に組み込まれての展示だ。
 《松に孔雀図襖》は、松も孔雀も岩も墨の黒一色で画かれている。孔雀が極彩色で画かれていたらと想像した。どうもしっくりしない。つまらない。孔雀の色は、観る者が想像するだけで十分なのである。カラーでいちいち説明する必要はない。松であれば青々と生い茂っているという感覚が観者に伝われば十分。本物と見紛うばかりの写実性は必要なかった。それに、背景は金地である。そこに具体性は必要ない。それよりも孔雀や松の生き生きした感じ、いわゆる生命感が表れていることが大切であったのである。
 西欧近世・近代絵画の感覚からすれば、襖の桟や引き手、柱は鑑賞するのに邪魔物としか思えない。襖絵に限らず日本の近世までの絵画は、西欧近世・近代絵画のように世界を遠近法で透視し切り取る窓あるいは鏡というメタファーではなかったのである。当時、襖絵の座敷を訪れた客は座ったり、近くに寄ったり、歩き回ったり、庭に下りたりして眺めたに違いない。観る者が移動して鑑賞したのだろう。したがって、透視的な遠近法は必要なかった。キュビスムのように多視点で画かれる必要もない。観る者の方が動き回ったのである。
 今回の《松に孔雀図襖》の場合、観る者は三方を襖に取り囲まれている。そして、襖を一枚開け放したとしても、松の枝や幹が隣の襖のそれと連結するという。また、庭に出て振り返れば、襖の松の幹や枝が庭のそれとつながって見えるとのこと。襖がそれそのものだけで完結せず、座敷、屋敷、庭、あるいは借景も含めた周囲と関係づけられているわけだ。つまり、日本美術における絵画は、要するに“インスタレーション”なのだと理解すればすっきりする。まさに、サイト・スペシフィックな絵画なのである。
【Field work notes:「円山応挙展」(2013年3月1日~4月14日、愛知県美術館)】


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アートレヴュー 豊田市美術館「黒田辰秋・田中信行|漆の力」――対照と相似

2013-08-12 10:46:18 | アート・文化
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 豊田市美術館「黒田辰秋・田中信行|漆の力」展は企画意図どおり、二人の作品の対照を鮮やかに際立たせている。黒田のどっしりとした重厚感に対する、田中の滑らかな浮遊感。黒田の用の美に対する、田中の純粋鑑賞漆芸とでもいうべき自律性。黒田の華(花)紋彫刻は大胆で力強い。それに対して田中の作品の皮膜のような表面は、手を触れば窪むかと思えるほど繊細だ。
 また、黒田の作品は、映画監督の黒沢明が使用した通称《王様の椅子》を典型に、あくまでも実用に供されることを前提としている。使い込めば使い込むほど味が出るだろう。一方、田中の作品は手で持ったり使ったりすることはおろか、触れられることに対する強い拒否感、徹底的に“目で触れる”ことを強いるような緊張感に満ちている。ある種の神聖性さえ感じる。
 ところで、今回同時開催の他の二つの企画展は、黒田と田中の対照性に加え、それぞれに相似性も見せている。まず、「さわらないでください!?」展。展覧会名からして視覚と触覚を切り口にしており、田中の作品におけるテーマのひとつである共感覚という伏線を感じる。個々の作品についても、小清水漸の《作業台・七人と一人の食卓》は、黒田の力強い用の美と響きあっているし、原口典之の《Untitled CD-40》、《Untitled CA-39a》の瞑想的な作品や村上友晴《無題》の寡黙な作品は、田中の繊細な作品の補助線のようだ。中村哲也の《不知火》も現代アートと工芸の間にある通底性という点で、黒田の工芸と田中の現代アートという同一テーマを扱っている。
 さらにもうひとつの「岸田劉生とその時代1910-1930」展は一見無関係のように思える。しかし、その中のブランクーシ《雄鶏》は、田中の作品との関係において、ブロンズと漆という素材上の大きな対照性にもかかわらず、ブランクーシの上昇感と田中の浮遊感、あるいはブランクーシの神々しさと田中の瞑想性という点では共振しているかのようだ。今期の豊田市美術館の展示企画の妙に感服しきりである。
【Field work notes:黒田辰秋・田中信行|漆という力】豊田市美術館(2013年1月12日~4月7日)】


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アートレヴュー 田中信行《Orga》――質としての漆。視覚と触覚が溶け合った共感覚

2013-08-12 10:39:20 | アート・文化
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 ボランティアガイドによれば、田中信行にとって漆は「木の血液」であるという。そう聞くと特に、初期の作品《原型Ⅰ》(1994年)などは、漆の瘡蓋のようだ。しかも、形が崩れないように傷口からそっと剥がした後の不気味さ、生温かい艶めかしささえ感じられる。
 一方、1999年の作品《Orga》は、少し離れた位置から見ると、まず漆黒の表面の艶やかさが印象的である。近づくと、半球に近い形状の作品が見上げるような高さに掛かっている。その半球はゆるやかに歪んでいるため、重さがなく宙に浮かんでいるようだ。さらに近づいてその漆黒の表面を覗き込むと、周りの情景が鏡のように映り込んでいることに気づく。すると漆の皮膜は沈み、目の焦点は虚像の中を浮遊してしまう。アニッシュ・カプーアの《世界の起源》を覗き込んだ時と同じ感覚だ。《世界の起源》をネガとすれば、《Orga》はそれをポジに反転したものとも言えようか。
 さて、田中信行の作品に一貫する特徴は、質感であると言い切ることができる。質感のみで成り立っているといっても過言ではない。もちろん、黒や赤といった色彩は使われているし、明確なフォルムもある。しかし、それらの色や形もすべて質感を際立たせるためにある。ヌラリとした質感、浮遊するような感覚へ誘導するための色であり、フォルムなのだ。田中は、大学において絵画、彫刻、工芸等の学科の中から、消去法で漆芸を選んだという。おそらく、漆という質に出会ったのだ。「耳が私を選んだ」という三木富雄の言説に倣えば、「漆が田中を選んだ」に違いない。また、原口典之の《Oil Pool》に衝撃を受けたという話も聞くと、漆という質への強いこだわりは、素材の質感へのこだわりを特徴とする「もの派」の資質を正統に継承していると思う。
 ところで、人はかすかな音を聴こうとするとき、耳をそばだて、耳を澄ます。田中信行の繊細な質感を見ようとするとき、人は自ずと目をこらし、いわば“目”をそばだて、澄ますのではないだろうか。そのように、静かに見つめると、まるでその漆の皮膜の微細な表情に誘われ、あたかもそれに触れているかのようだ。視覚と触覚が溶け合った共感覚である。瞑想を誘う静謐な質感にこそ田中の作品の本質がある。ただ一方で、田中の作品は、その繊細な表面ゆえに、触れられることを強く拒絶しているようにも感じる。徹底的に目で感じることを強制しているように思えるのである。それは穢れなき何か、神聖な何かに出会った時と同じ、近づきたいが近づき難い、触れたいが触れ難い相克的な情動にも似る。しかも、そのもどかしさは、心地よくもあるという錯綜した感覚でもあるのだ。
 田中作品の多義的な平明さをかみしめた、ゆったりした時間であった。
【Field work notes:黒田辰秋・田中信行|漆という力】豊田市美術館(2013年1月12日~4月7日)】


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現代アートが社会に果たす役割について

2013-07-15 09:19:21 | アート・文化
130716_002◆アートの効用は、今や人々に単に“芸術的な感興”を与えることではない。現代社会におけるアートの最大の効用はアートによってその地域の人々の絆を強化すること、さらには、地域アイデンティティを醸成し「地域の誇り=シビック・プライド」を取り戻すことだ。そのためには、モダンアートではなく現代アートの方がより良くその役割を担い得る。なぜなら、モダンアートは個性や自己表現を得意とするが、現代アートは作者の自己表現よりも人と人とを結びつけるコミュニケーション機能を重視するからだ。
 現代アート作品は、それを鑑賞したり触ったり参加したりすることによって人々の“心に動きを喚起”する。そして、その心の動きが人々に共有・共感されることによって初めてアート作品として完成される。そういう意味では、現代アートは人々を結びつける媒体=メディアなのだ。そして、そのメディアを流通する内容=コンテンツは、作者の個性や感情・想念ではなく“鑑賞者たちの心の動き”だといえよう。
◆ところで、名古屋には(おそらく)他の地域にない「喫茶店文化」がある。名古屋の早い朝は喫茶店から始まる。全国チェーン系のいわゆるカフェではない。地元に古くからある多くは個人経営の喫茶店。ご近所のおばちゃん、おじちゃん、おばあちゃん、おじいちゃんが喫茶店に集まる。そこでひとしきり天気や景気、自分の体調などの世間話をしてから仕事に出かけ、家事に戻る。したがって、なじみの人が来ないと心配し合う。この喫茶店コミュニティが元気な限りその地域に孤独死はないし、死んだ親の年金をもらい続ける輩や振り込め詐欺も起こらないだろう。
 こうした喫茶店文化を典型とする都市コミュニティに対して活力を与えることが都市型アートプロジェクトならではの、即ち愛知県においてはあいちトリエンナーレの最大の役割なのだ。(あいちトリエンナーレ・ガイドツアーボランティア応募レポートを若干改変)

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場所、記憶、芸術(アート)

2013-07-11 21:31:23 | アート・文化
◆あいちトリエンナーレ2013のテーマは、「Awakening 揺れる大地・われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」である。そこの“土地や場所”にまつわる“記憶”をアートによって際立たせ、“呼び覚まし”(=Awakening)、そして、その“記憶”を人々に“再び刻み付ける”。そうしたことが、名古屋を中心に行われる。世界中のどこの場所にでも置けるようなものを想定したモダンアートではなく、サイトスペシフィックなアート、つまりその場所でしか成り立たないアート作品が仮設、あるいは上演される。いってみれば、そういう作品においては、作者の個性や自己表現といったモダンアートの必須要件さえも不要なのかも知れない。
◆東日本大震災のあの被害も、千年前の記憶がしっかり残っていれば、もう少し被害は少なかったのかも知れない。1年前の2010年2月のチリ地震による津波が1mほどだった最新の記憶が鮮明すぎて油断を呼んだのかも知れない。悔しいことだ。岩手県三陸地方では「此処より下に家を建てるな」という石碑が残されていて助かった集落がある。また、「津波てんでんこ」という教訓が生かされて助かった小学校がある。津波の記憶を原爆ドームのような震災遺構として残そうとする保存運動もあると聞く。東日本大震災の映像アーカイブとして、国立国会図書館は「ひなぎく」、グーグルは「未来へのキオク」を立ち上げた。
◆アートキュレーター長谷川祐子氏はあるテレビ番組で「美術館は記憶の保存箱である」と言った。震災後、古地図が売れているとも聞く。日本は、もともと自然災害が極めて多い国である。地震や津波、そして大火や戦災により、街がまるごと一面焼け野原、廃墟と化す歴史を何度も経験してきた。名古屋も戦災や大洪水によって一面の廃墟を経験してきた。住居が木や紙で出来ていたことも関連すると思われるし、石の文化の西欧との大きな違いなのかも知れない。しかし一方で、日本人は畳や神社の社に限らず何でも真新しい、新調したものが好きである。モダニズム建築の鉄筋コンクリートの建物は高々100年が寿命という。それを日本の建築界の常識として助長し、日本の街は、壊して作るということがあまりにも安易に繰り返されているように思えてならない。最近はリノベーションという発想で古い建物を生かすことも行われているが、こうした考え方がもっと必要なのではないか。
お年寄りがそれまで住み慣れた土地を引っ越したり、住居を改築によって変えたりすると、認知症が急速に進行することがあるということを聞く。日本人を、日本を認知症にしてはならいない。その役割をアートが担えるのだと思う。P1010074
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≪Field work notes:①NHK教育「ユーミンのSUPER WOMAN」2012年8月10日、17日、②金城学院高等学校榮光館「歴史まちづくり講演会」などにおけるあいちトリエンナーレに関する五十嵐太郎氏の講演≫

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地方前衛アートの歴史化

2013-06-14 23:59:52 | アート・文化
◆1960年代の日本の現代美術は、まるで熱病に罹っているようだった。既存体制を敵対視する学生運動に象徴される騒然とした社会状況、政治状況と呼応するかのように、美術分野においても過激な表現が跳梁した。そうした表現は、ハプニング、アクション、イベント、パフォーマンス、儀式などと呼ばれた。しかも、表現内容が過激であったばかりでなく、表現手段も従来の作品と異なり物体としての作品が残らない場合もかなり多かった。また、それは東京だけでなく、名古屋、博多、新潟、仙台など各地方で同時多発的に発生した。地方に拡散していったのは、熱病の中心であった東京の読売アンデパンダン展が突如中止になったことも一因になっているとの分析もあるという。
◆ところで、造形美術において物体としての作品が残らないということは、どういう意味なのか。造形美術が演劇、舞踊、音楽などの舞台芸術と呼ばれるジャンルに近接化しているのだとも言えるだろう。やなぎみわ氏は「舞台芸術ほどいかに残すかということに敏感」という趣旨を述べていたが、そうした作品として残らない美術を丹念に歴史化すること、ドキュメント化することが今必要であると講師の高橋綾子氏は説く。今、記録にとどめなければ、その時、その場所でそれが行われていたことも忘れ去られてしまうだろう。その場性、一回性のアートというものを、記憶化すること、アーカイブ化することが極めて重要である。そのことは、そうしたものを一過性の単なる習俗現象としてしまうのではなく、日本の文化として血肉化するための必須の作業ともいえるだろう。
≪Field work notes:「前衛の花火―戦後日本美術の動向と中部地域」(一宮市三岸節子記念美術館主催「美術の学校」3時間目)講師:髙橋綾子(名古屋芸術大学大学院准教授)≫
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アートプロジェクト~名付けようのない何か~

2013-06-11 21:45:38 | アート・文化
◆マルセル・デュシャンを結節点として近代造形美術という外延が崩壊、溶融した今日、今仮に“アート”としか呼びようのないものがアートプロジェクトという普通名詞のもとに各地において行われている。しかも必ずしも物理的な造形作品展示を伴わないワークショップやパフォーマンスなどを含む催し物やイベントという形態のもの多い。なぜ“仮に”にしろ“アート”プロジェクトと呼称されているのか。それは、アートプロジェクトが美術史的には西欧近代造形美術史のパースペクティブの中から現れ出たものであるからである。ただし、一般的には、アートとは呼ばれてはいるものの、美術館や画廊に展示されているいわゆるミュージアム・ピースの末裔だとは理解されていない。また一方においては、一般の美術品と、アートプロジェクトの間には、その目的においても大きな相違がある。すなわち、アートプロジェクトの多くは、その地域の活性化、街おこし、まちづくりといったことを目的としているのである。あるものは限界集落と呼ばれるような過疎化する中山間地や島嶼地域で行われ、あるものはシャッター商店街に象徴される空洞化する市街地において行われている。
◆ところで、近代市民社会においては、画家は誰からも発注されていないにもかかわらず内的な衝動(自己表現とか個性表現とか言われているもの)を動機として作品を制作する。そしてその作品は、画商を介してコレクター(主にブルジョワ)に販売される。このようなビズネスモデルが確立されることにより絵画は、商品として近代資本主義に組み込まれた。そしてそのブランディングのために例えばゴッホであれば「狂気と紙一重の悲惨な人生と色彩の輝き」、ベートーヴェンであれば「病魔と苦悩の人生と歓喜のシンフォニー」のような物語が必要だったわけであり、そしてそれを紡ぎ出したのが批評家や美術史家だった。(その嚆矢はボードレール。)すなわち、近代において新たなパトロンとして登場したコレクターは作品の商品そのものの経済的価値とともにそれが発する画家の強烈な個性というアウラ【*1】を消費していたといっても過言ではない。しかし、後期モダニズムの時代に入ると、画家ひとりの個性表現というようなものでは最早、消費者(観者)を陶酔させることが出来なくなってきたのである。(アウラの崩壊=ベンヤミンが予言したとおり。)そこで、街おこしや地域の活性化、コミュニティの醸成といった商品経済的活動以外の付加価値が必要となった。つまり、観者は妻有や瀬戸芸に作品を買いに行くわけではなく、例えば「限界集落のおばあちゃんとの心のふれあい」というようなものを消費しに行くのである。(ただし、これさえもモダニズムが置き忘れたと思い込んでいる幻想、アートキュレーターのブランド戦略とも思える絶望。)クリスト(&ジャンヌ・クロード)の本作が、包装されているにも拘わらず皮肉にも販売できないということは、拙生の落選論文【*2】に記した。(なお、習作は販売されその資金源のみで本作制作費を賄ったことはご存じのとおり。したがって、クリストの制作活動は二重の意味で近代批判になっている。)
◆一方、地域で行われる様々なイベントと称されるものには、同じく地域活性化を目的としてはいるが、アート系を出自としないものも多数ある。例えばその典型としては、B級グルメや「街コン」がある。廃れてしまったお祭りの復活も多い。市民マラソンなどのスポーツ大会や、ファッションショーのようなものも含めればその数はさらに多くなる。こうしたものと、アート系のプロジェクトの違いはあるのだろうか。あえて言えば、これらを強いて峻別する必要はないのではないか。逆説すれば、近代芸術が地域活性化という目的に存在意義を半ば強引に見出さざるを得なくなったこと自体、その自律性の崩壊の証左である。鶴見俊輔は、限界芸術の典型は祭りであると説いたが、近代芸術が溶融するにつれ限界芸術化していったその先は、皮肉にもどこにでもありがちな祝祭への融解でしかなかった。そういう意味では、アートはもはやあえてアートと呼ばれる必要もないし、逆にアート以外のものもアートと呼ばれても不思議ではない。アートは、まさに名付けようのない何か、あるいは何ものでもあるものになり果ててしまったのである。
【*1】ザックリ言えば、中世及び近世における絵画は、宗教的または王権的アウラに裏付けられていたと言える。近代絵画前期(おおむね1945年以前)においてはそのアウラは画家個人の強烈な個性であり、そして、近代絵画後期においてはフォーマリズムと呼ばれている美術史的アウラを裏付けにしようと試みられ、ミニマルアートというある意味袋小路に飽和的に到達した。
【*2】http://www22.ocn.ne.jp/~comparan/taikou_gendai_art.htm
≪Field work notes:「アートが“まち”を救う!?」名古屋都市センター夜間連続講座 2013年2月22日(金)熊倉純子氏「アートプロジェクト・その可能性と課題」ほか、2月27日(水)まちづくり講演会「地域の活性と新たなコミュニティづくりのために」≫
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マックス・エルンスト ~無意識/作為/無造作~

2013-04-06 15:49:01 | アート・文化
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(右の作品写真はデカルコマニーを使った「三本の糸杉」:上、「ニンフ・エコー」:下)

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マックス・エルンストは、絵画技法のデパートである。コラージュ、フロッタージュ、デカルコマニー、グラッタージュ、オシレーション。前三者は美術初等中等教育でもしばしば授業で取り上げられる技法でもある。ざっくり言えば、絵画史においてルネッサンスから印象派、フォービスムあたりまでは、基本的には絵の具を筆で塗るという技法以外の技法が試みられた事実はない。キュビスム時代のピカソがパピエ・コレ、オブジェと名付けられる技法を用いたあたりから、モダンアート史における技法(手法)のいわば「早い者勝ち、やった者勝ち競争」が始まったと言っても良い。(ピカソのオブジェ:自転車のハンドルとサドルで作られた「牛」が傑作。)
◆さて、エルンストが多用したこれらの技法に共通なのは、画家にとって完全にはコントロール不可能な技法によって意図せざる形象を画面に現出させ、画家は、それに喚起された内心のイメージを画面に画き起こすということである。したがって、そこにはシュールレアリズムの基本的概念である『無意識』という作用が働くことになる。
◆唐突だが、陶芸の概念に『作為』がある。曰く言い難い概念のようで、良い意味にも悪い意味にも使われる。作者の意図が見え透けることもいけないし、あまりにも素直に自然(土を焼くという物理現象)に任せ過ぎることも面白くないということらしい。換言すれば、作者の個性がギラつくのも鼻に付くし、かと言って作者の手技が何も訴えかけてこない作品もつまらないということ。また一方、例えば、油絵を画くときにも、『無造作』に画いた方がうまくいく場合がある。無造作な一筆でその絵が見違えるように生き生きすることもある。画こうとする『作為』があまりに強いと良い絵にならない場合が多い。スポーツなどでいうとは肩に力が入り過ぎている状態である。さらに敷衍して言えば、ジョン・ケージの『偶然性』の音楽もこれらに通底しているとも思う。
◆壁の染みが何かに見える、雲が何かに見える等、偶然の形象がイリュージョンを喚起したり、イメージが立ち現れたりすることは日常良くある。一方、日本人ほど、自然に美を見出す民族も少ないのではとも思う。例えば虫の音などは、西欧人には雑音にしか聞こえないらしい。自己の考え等を声高に主張しない控えめで奥ゆかしい日本人。偶然生じた焼き物の表面の表情に景色を見たり、自然石を何かに見立てて鑑賞したりするというようなこともその典型であろう。このことは、ある作品が作品として成立するためには、見る側(観者)の想像力によるある何かの付加が必須であるということを意味している。この正反対は、観者の多様な解釈を許さない主題が明々白々な作品である。この傾向は特にモダンアート以降の美術に顕著である。そういう意味ではエルンストの作品は、観者に多様な解釈を許す余地を残しているといえる。我々はそれを謎として受け止めて、その謎解きを楽しんで良いのである。
≪Field work notes:「マックス・エルンスト フィギュア×スケープ」愛知県美術館 2012年7月13日~9月9日≫

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オルタナティブ・スペース ~表現者、観者、場~

2013-02-17 15:50:44 | アート・文化
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◆つぶさに調べたわけではないが、現代美術におけるオルタナティブ・スペースは全国各地にある(*1)が、その黎明期からの典型である「Bゼミ」の歴史は日本における戦後現代美術の歴史そのものと言っても過言ではない。すなわち、当時「Bゼミ」は、既存美術大学では対応できない(していなかった)分野をカバーする形で創設され、アクチュアリティーの高い造形作家が少人数の生徒に対して、親密な雰囲気の中で熱く実践的な授業を行っていた。(*2)
◆「Bゼミ」は、講師陣をみても、初期は斎藤義重を要に多摩美系の「もの派」に連接した活動を行い、その後1980年代ニューペインティングの流行、更にそれに続く新しい平面表現の隆盛(*3)の時代にも諏訪直樹、岡崎乾二郎らを講師として迎え、時代状況に鋭く対応していた。しかしながら、さらにその後1990年代に入ると、造形表現をめぐる環境が根本的に流動化・多様化する中で既存の美術大学が「Bゼミ」のシステムを取り入れていったこと、そして何よりも、「Bゼミ」が表現者が教え、それを目指す生徒が教えられるという非対称的な教育機関としての在り様の限界に達していたことによって2004年終了に至った。
◆「Bゼミ」は現在、「Bゼミ」主宰者小林昭夫氏のご子息で今回の講演者小林晴夫氏が主宰する「blan Class」にある意味引き継がれている。「Bゼミ」との決定的な違いは、そこが教育機関ではなく、造形作家とそれを目指す者が一定程度対等な立場の中で“work”若しくは“working”を通じながら表現を実践する場となっていることである。これは、ある意味、表現者が作品を作り、観者がそれを鑑賞するという非対称的な関係が終焉したこととまさしく時代的に呼応している。(*4)すなわち、「blan Class」をはじめオルタナティブ・スペースは、表現者と観者を横並びで媒介するシステム、場であることを意味し、また、造形作品が自律したものとして、また、商取引可能なものとしてあった時代の終焉をも意味している。もっと言えば、従来、自己表現であることが自明であった造形という行為、その結果としての作品自体が、もはや表現でさえなくなりつつあると言い換えることもできると思う。
<Field work notes:Art Audience Tablesロプロプ オーディエンス筋トレテーブル#5「あの日のBゼミとblan Classの今 ~現代美術の私塾から実験の場へ~」 2013年2月10日(日)、11日(祝)>
(*1)わが「Art Audience Tablesロプロプ」もそのひとつ。
(*2)わが母校の「創形美術学校」も、高山登氏や櫻井英嘉氏の常任教授を擁し田中泯氏や木幡和枝氏らが特任講師を務めていたころは同様の場であった。実に自由な学校であり、単位らしきものはないし、座学学科に欠席してもお咎めなし、代わりに卒業後の就職斡旋も皆無だった。
(*3)これについて、小林晴夫氏は「フォーマリズム」と位置づけていた。当然ながらグリーンバーグのそれを意味するものであると推測される。
(*4)“生まれながらにオルタナティヴな”小林晴夫氏のコメント『観者が作家(表現者)を鍛えていかなければ、真に優れたものは生まれない。』がそれを良く表していた。


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「資生堂アートハウス」という野外彫刻の外部経済波及効果

2013-02-10 15:03:45 | アート・文化
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<資生堂アートハウス外観>

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<青木野枝>

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<青木野枝>

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<鷲見和紀郎>

◆典型的なアートメセナである。天下の資生堂、瀟洒な建築もさることながら、かつて同社の図案家だった小村雪岱をはじめ、林武、李禹煥、青木野枝まで、日本の近現代美術の外延をそつなくなぞった小気味良いコレクションを擁している。隣接する資生堂企業資料館とともに、良く手入れされた芝生を含む起伏に富んだ敷地全体が、周囲の茶畑の多いなだらかな丘陵地帯を借景とするかのように、アート施設がさながらひとつの野外彫刻のようである。(イサムノグチの札幌・「モエレ沼公園」を思い出した。)入館無料ということもあるのだろうか、決して麗らかな季節ではないにも関わらず来館者はそれなりに(小一時間で十数名ほど)見受けられた。ただ、掛川の駅や街から少し離れており、幾分かツンと澄ました余所余所しい相貌ものぞかせている。しかも、同館のパンフレットやフライヤー(ちらし)のアクセス地図が自動車での来訪者しか想定しておらず、小生のように掛川駅から徒歩で行く場合の最短経路の図示がない。スマホを持っていないので大回りをしてしまい、1時間弱のちょっとしたハイキングとなってしまった。(最短距離では30分弱)
◆ところで、そもそも資生堂ほど、純粋美術(ハイアート)の外部経済の恩恵に浴している企業もなかろう。化粧品としての商品の中身もさることながら、その瓶や容器のデザイン、あるいはコマーシャルから醸成されるその企業イメージを消費者は対価を払って購入していると言っては言い過ぎだろうか。ただ、それを深く自覚しているからこそ、こうした積極的なメセナ活動があるのだと思う。同社は東京銀座にも「資生堂ギャラリー」を擁し、若手最先端の美術家の企画展を催している。この掛川の施設はそうした企画展から輩出された作品のコレクション用収蔵庫としての役目もあるのだろうと思うが、地元に対して更に開かれたアート施設となって、今度は外部経済効果を地元に対して波及させる側になることを望みたい。
(Field work notes:「版画・パステル・水彩 資生堂アートハウスコレクションから」資生堂アートハウス(静岡県掛川市) 2013年2月3日(日))



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「やなぎみわ」という案内嬢

2013-01-27 11:14:03 | アート・文化
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◆「やなぎみわ」のデビュー作品が写真ではなくパフォーマンスだったということは初耳であった。(「The White Casket」、アートスペース虹/京都市、1993年)その後、彼女がエレベータガール等の写真で頭角を現したことは既知であったが、現在は、映像(動画)も入ったパフォーマンス調の演劇といった趣の舞台芸術を手掛けており、しかもシナリオも自らが執筆しているとのことである。村山知義や築地小劇場をモチーフとしたシリーズを昨年上演し(「1924」シリーズ)、それにも、今や彼女のトレードマークというべき案内嬢も出演している。史実もかなり調査し事実に基づくストーリーもあるが、彼女曰く荒唐無稽な筋もあるとのことで、学究者からは批判と賞賛が入り交じっているとのこと。
◆彼女のこうした様々な形式の作品に一貫しているのは、彼女の作品が現実と虚構、フィクションとノンフィクションの皮膜の間にあるということである。直截に言えば生身と映像の皮膜の間でもある。今回の講演・プレゼンテーションの中で彼女はその鵺性について、「猥雑さ」というタームで表現していた。その「猥雑さ」は、美術が宗教性や政治性をはじめとする社会性を捨てていわゆる芸術のための芸術、つまり自律性を求めて純粋化し、その可搬性、商品性を追求していってことに対する揺り戻しでもある。したがって、彼女は、映画館の前身のパノラマ館や見世物小屋、プロレス(※)、また、西欧モダニズムのアート概念に浸食される以前の封建時代における例えば、放浪芸、油絵茶屋、仏画絵解き尼にも関心を寄せているのも肯んずることができる。いってみれば、彼女自身が美術の多義性・鵺性への案内嬢なのかも知れない。
※映像作品「Lullaby」(東京青山/2010年)がプロレスでもあり、屋台崩しの構成を取っているのはその証左である。あいちトリエンナーレ2013ではプロパガンダ放送がモチーフになるという。今回の講演同様、刺激的なパフォーマンスを大いに期待したい。
(Field work notes:あいちトリエンナーレスクール「美術と演劇のアヴァンギャルド」愛知芸術文化センター 2013年1月19日(土))


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限界美術評論 ~福住廉氏と「HAMArt」~

2012-09-23 17:13:13 | アート・文化

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◆福住廉氏の活動は、限界美術評論である。ただ、急いでお断りしておくが、これは決して批判している訳ではない。むしろその逆である。氏の活動は、鶴見俊輔の「限界芸術」(※)という概念を背骨として広がっている。つまり、福住氏の評論のモティフが限界芸術というだけでなく、評論活動そのものが限界化しているのである。具体的には、福住氏は横浜のBankART Schoolで「アートの綴り方」講座を現在まで7年間継続して開講しており、その受講生とともにOBも含めてフリーペーパー「HAMArt」を発行している。氏曰くそのオバさん・オジさん・パワーの勝手な発露には圧倒されているらしい。俳句を評論の形式に導入したり、ワンコインサポーターを募集したりと、師匠を差し置いて暴走しているという(このあたりが、オンラインにおけるコミュニティにはない、オフラインならではの醍醐味であろう)。 ※「限界芸術」は鶴見によって英語でマージナル・アート(Marginal Art)と定義されていることも重要である。なぜならば、西欧発のモダニズムは常にマージナル(周縁)を取り込んでその概念を拡張して来たからである。(拡張し過ぎて溶解しているが。) ◆ところで、俳句が導入されているのは単なる偶然ではないとみる。この評論活動家の集まりは近世の俳句会や連歌の寄合そのものではないか。これが形式化、権威化すればまさに家元制度になる。これはもう日本のお家芸であるといって良い。オバさんやオジさんのDNAにはしっかりこれが浸み込んでいるのである。小職の経験からすると街のカルチャーセンターにも多かれ少なかれその傾向がある。 ◆これを批判することは容易い。こうした限界化(大衆化ではなくアマチュア化とでもいうべき)は、美術界で言えば、北川フラムの越後妻有トリエンナーレという美術イベントは限界社会運動として位置付けられることにも通底している共時的な事象であると言っても良い。インターネットは限界ジャーナリズム限界学問のインキュベーターであるし、AKB48は限界アイドルの嚆矢である。否が応でもこれが時代の潮目なのである。 (拙稿「超芸術トマソン――アートの限界事例(美術出版社第13回芸術評論応募落選作)」も参照されたい(当ブログに収録)。) (Field work notes:オーディエンス筋トレテーブル#3トークイベント「アートと言葉/自分らしく伝えるのって難しい?!~福住廉氏を迎えて~」Art Audience Tableロプロプ 2012年9月15日)
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