もっと幸せな星を目指して

環境問題発で約10年色々と悩んだ末にたどり着いた、幸せな社会の在り方を提案していきます。

棚田のオーナー募集!ですよ

2007-02-27 21:54:42 | ●自給自足
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まだ定員埋まってないようです。
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『持続可能な社会』ではなく・・(8) 「まとめ(人類号の出来事)」

2007-02-15 07:55:30 | ◇全体像
私の勝手な想像の最後です。

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川を遊覧している人類号。昔はゆっくり進む帆による動力の大きな船に少人数で進んでいました。

ところがある頃倉庫にオイルや豊富な資源が積んである事に気づきました。
乗組み員はエンジンを作りそれを船につけ、船は勢いを増しそして進路までも変えていきました。

人類号の内部で人々は倉庫から色々なものを取り出し大はしゃぎ。便利なものを生み出して、乗員の数もどんどん増えていきました。
ですがはしゃぎ過ぎたおかげで船は随分傷んでしまい、そして倉庫の物資も平等には分配されず、船から落ちている人も沢山います。
最近では、船内でのはしゃぎ過ぎと加速した船が岩に当たっていたりして、船の一部から水漏れが発生しています。

傷口が見える人々はやばいと騒ぎ、乗組員のトップ達はその場しのぎの対応を考えています。船がこれ以上傷むのを危惧して、これ以上傷むと修復にお金が掛かるとスピードを落とす様・舵の方向を切るように皆で話しています。ですが、反対する乗組員も多数います。そりゃ今の旅は一部の人にはとても楽しいですから。

でも、船に空きそうな穴はそれだけではありません。
リーダー達は、今倉庫に残っているものを上手く使えば、船は幸せに航行を続けると思っているようです。
本当だろうか?
そして地図を見るとその先には下りの急流があるようです。坂のきつさ・障害の量は地図には書いてありません。
ですが、急流はあります(“ん”の下り坂と同じように・・)。

今の乗組員の数は多すぎて全員が助かる事はないでしょう。縁に近い人から振り落とされていくのでしょう。
そして進んで来た道も、スピードを落とす事も、かじを切るのも遅すぎて、急流に突っ込むのは間違いない。
あとは、急流を下りながらどう対処していくか。下っている最中に船内で喧嘩でもしていれば、下手すれば全滅するかもしれない。

一部の人は、既にこの大きな船のトップについていてはいけないと、自分達でボートを用意しています。

こんな急流間際になってそして船が傷んでから気付かなくても、良く考えれば倉庫のものが無くなれば、次第に船のスピードが遅くなるのも、宴会が終わるのもわかっていた。
だが、人類号は地図をしっかり見ることなく、そして今急流に差し迫った。

重い舵を切れるだろうか?倉庫の資源を乗組員が残る為に使えるであろうか?喧嘩は起らないだろうか?
倉庫から遠い所に、子供づれで無力でいる私は、今貰っている倉庫からの配給を使ってボートを準備するしかないのであろうか。
上手く急流を生き残っても、船は傷だらけで子供達の航行は大変なのかもしれないが。
しっかり地図と現在地・船の状況を見て行動しないといけない。

受け入れられないだろうが、私は今すぐ下記へ変える必要があると思う。
・ 乗組員を減らす
・ 倉庫のものには手をつけない
・ 皆昔のように手漕ぎをする
・ そして船の傷みを増やさないようにしながら、急流を下る

それでも急流後に残る人は少ないであろう。 
そして急流後には、手漕ぎで進むノウハウは騒ぎの前から引き継がれていないので、苦しいであろう。

さあどうする? 家庭を持つ個人として(子供はつくらなければ良かった・・)。
地図を眺めたり、船の傷口を眺めたり、“舵を切れ”と遠くから囁くより、
もう既にボートを準備する時期であろう。

人類号の為に本当は、騒ぎの中心近くで舵を真っ直ぐ握りエンジンをふかしている我々こそ、
船から飛び降りた方が良いには違いないが・・・。
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おしまい。  (↑ 専門家でも勉強家でもない私が知ったかぶりして書いている事をお許し下さい)

皆様 何だこいつは? 馬鹿か? とか思っている方もいらっしゃると思いますが、読んで頂きまして有難う御座いました。
途中で批判や大幅なアクセス数の減少を想像してましたが、そんな事もなく読んで頂けた事をちょっとホッとしてます。

それと共に皆さんはこの現状に対してどう思っているかもちょっと知りたいな~という気もします。


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『持続可能な社会』ではなく・・(7) 「仮に変わったとしても」

2007-02-12 07:38:37 | ◇全体像
昨日の続きです・・

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やはりもう時期は遅い。

化石資源も半分近くを使い、そして世界の化石資源消費が増え過ぎ、そして今後も多くの人が頼らざるを得ない社会システムになりすぎている。(私も絶望感を感じる程、日々の生活で頼らざるを得なくなっている)

ピークの時期も色々な説があるし、石炭も原子力も、ガスハイドレートなんて現実的ではないと言われているものまであるが、資源の質・EPRを考えないとしても所詮ピークの時期はそんなに増やせない。
(時期は無視しても)↓のような生産量カーブを描くのは間違いない。


そして、省利用(エネ)技術も代替技術も世界的に効果が現れるまでどれだけの時間がかかるだろうか。
仮に今日凄い技術が発明されたとしよう。 でもその量産開始は早くて2010年以降~。世界的に広がりだすのはその10年後、効果がでるまでになるにはさらに先。

もし先進国が上手くこの下り坂のはじめの時期を乗り切ったとしましょう。
 (その時のしわ寄せは途上国に出るのでしょうが・・)

その後も、どんどん減っていく資源でその時の生活と代替資源への投資をしていかないといけない。
そしてエネルギー源としてだけではなく生活の隅々まで使われている化石資源の代替の為に、頑張って投資を増やしていっても、最終的に残る代替は今の化石資源の恩恵に比べれば大したものではないでしょう。
(そもそも投資分のエネルギーをペイするのに数年かかりますし)



又、減耗していく資源に対し代替への投資を増やしながら更に今の生活を維持させようとすれば、水・土壌・生物多様性・環境汚染へは逆に負荷がかかる事も大いに考えられます。
その環境負荷発の災害への投資の量も増えていくでしょう。

では資源がなくなる時からバックキャストして(策は大きなパワーダウンしか私は考えられない)生活を大幅にかえていくとしよう。
こんな便利な資源に囲まれて恩恵を受けて楽して生きている我々に、今の持続可能教育のレベルの中で脱化石資源するような大幅な変化をここ数十年でやろうとすれば、それこそパニックに近い変化になるのではないでしょうか。

これからの頑張りにより、時間稼ぎ・影響を軽くする事は出来るでしょう。
そして、誰が生き残り誰が苦しい思いをするかは決まってくる。

あとは、クリスマス島のかにさんより人間が本質的に本当に賢いかどうかによって、生き残る数の大小が決まってくるのでしょう。
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つづく・・  (↑ 専門家でも勉強家でもない私が知ったかぶりして書いている事をお許し下さい)
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『持続可能な社会』ではなく・・(6) 「無理であろう持続社会への変革」

2007-02-11 08:52:54 | ◇全体像
昨日の続きです・・

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全く世の中を解ってない分際でトンチンカンかもしれませんが、今感じるままを述べさせて貰います。

地球上の人類全てが持続的であるというのは諦めるとして、我々先進国や中進国位が持続的でありうるような期待が出来るかどうかを考えてみたい。

私もネットでちょこっと探したりしているレベルで不勉強なだけかもしれませんが、持続可能性に関係する問題、環境汚染、水、農業、人口、資源・・そして社会のシステムや人間の価値観・幸福論等の全てを網羅して、問題の重みづけや優先順位をつけての対策案や100年後以降も視野に入れたマイルストーンを敷いた提案をしているような取組みは殆どみつけられない。
(日本だけか?)それぞれの専門化は、近未来の話ばかりで且つその領域以外の問題は完全に無視した議論まである。

先日そうゆう意味でも期待していたIR3S / サステイナビリティ学連携研究機構のシンポジウムに出席した。
機構の目指すものが
“地球社会を持続可能なものへと導く地球持続のためのビジョンを構築するために、その基礎となる新しい超学的な学術”とあったのでとても期待していた。
まだ始まったばかりであり今後に期待しないといけないが、言葉の節々から危機感が感じられない。早急な社会への反映ではなく、学術の構築が目的のようなイメージをもった。
そして、講演の内容は水・土壌の減退・エネルギー等の話も多少は出たが、やはり温暖化の問題ばかりであった。
今や世の中は、ようやく問題の大きさが理解された温暖化 さえクリアすれば良いような雰囲気まで作られつつある。

持続可能性に係わる全体を把握せずに、例えば温暖化だけに特化した対策をするのは、持続可能性に対し逆効果である場合もありとても危険であると思う。

ちなみに、温室効果ガスによる地球温暖化は1960年代後半から科学者が訴えはじめ、1988年IPCCが発足されたが、20年経っても、影響がちらほら現れてもこのありさま。持続可能性全体に関する動きが起きたとしても、その程度に動きは遅いのでしょう。
さてそして更に悪い事に、インドや中国の超大国が今までの貧困からの脱出を目指し先進国と同じ道を歩もうとしている事。持続可能に向けたパワーダウンは、勢い的にも精神的にも困難になる。

そして色々な問題がじわりじわりと表面化しているのに、世の中多くの人が都会に住んでおり、生物多様性の変化・環境の変化・資源/土壌の減耗などは目の当たりにする事は殆どなく、危機感も殆ど発生しない。

又、科学者やNGO等の訴えも、国や世界のシステムを実質的にコントロールしている国や企業は、見えない社会に存在しそして目先の利益しか見ようとしない。そして見えない市民の意思は殆ど変わらない。
何らかの問題で大きな被害が出始めたら急遽対応しはじめるだろうが、それはその被害の出た問題のみを解決し今までの社会システムを維持する方向に進められ、持続可能性に関する他の問題は無視されてそちらは悪化するという袋小路に突き進むであろう。

私の性格からかついつい悲観的な面ばかり取上げてしまうが、期待出来る方向はないかというと・・・・今の所(海外の情報を探せないのが情けない所だが)、本当に持続可能な“社会”に繋がる!と思える動きは、私には見つからない(見つかれば飛びついていると思う)。
確かにスウェーデンをはじめとする北欧諸国は、その他の国々より国民の意識も実際の生活も持続可能な社会に近いようですが、エコロジカルフットプリントはやはり大きいし、更なる社会な変革がないと持続的にならないと個人的には思う(世界的にみればかなりの持続可能先進国でもそうである)。

以上の事から、人類が持続する為のパワーダウン(今の先進国の生活を大幅に改める)を受け入れ、そこに向かって変わるというのは、非常に困難だと思われる。

但し色々な取組みをやっても意味がないと思っている訳ではない。当然良い方に向かうし、時間稼ぎに繋がる。そして例えば個々の課題(温暖化とか)をクリア出来れば将来世代が多少は住みやすい地球が残るから是非実施するべきである。
ただ私は、長い歴史の資源と人口のグラフが示すような大きな動きから逃れられるような動きにまでは全く至りそうもない と思っているのです。
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つづく・・  (↑ 専門家でも勉強家でもない私が知ったかぶりして書いている事をお許し下さい)
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『持続可能な社会』ではなく・・(5) 「こうだったら良かったのに・・」

2007-02-10 06:43:59 | ◇全体像
昨日の続きです・・

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さて人類は(もし万一私の感じる未来に近い事態が起きるとすると)こんな不幸な目にあわないといけない運命だったのでしょうか?

長い歴史で考えると人類は常に食料の確保に追われ、そして飢えと病気に苦しめられてきたようです。
そしてそんな中で自然や生態系などを含む地球を著しくは破壊せず、他の生物と共に共生・共存(持続)してきました。(当然、部分的にはそうでない地域・時期などもあったようですが)
そして人類は産業革命以降、化石資源というとても便利なものを使えるようになりました。
(他の生物にとってはどうかわかりませんが)化石資源(やその他資源)の利用は人間の死亡率を下げるという人類にとってはとても素晴らしい結果をもたらしました。

しかしそんな大事で希少な“資源”(化石資源・鉱物資源・土壌資源・地下水・・・)でありますが、無駄な使い方が多かった。
長い歴史のなかでみるとこれだけ希少なのだから、それ相応の金銭的価値がつけられるべきだったのですが、掘れば噴出すような、人類の手を然程掛けなくても取れるものもあったので、その手間の価値程度しか与えられなかった。

(化石資源の希少さ ↓)



本来であれば例えば石油で例えると下記のような石油消費のあり方がされても良かったのではないか?

1つ目:ガソリンの仕事量と人間の仕事量の価値を同等にする値段設定
単純な計算で申し訳ないが、ガソリン1Lで7800kcalの発熱量がある。それに対し人間は一日2000kcal程度の食事の摂取で生活している。という事は、ガソリン様1Lは人間4日分の働きをする事ができる。だから今の金銭価値でいうと、人間2万円/日の給料が払われているとすると、ガソリン8万円/Lの価値がつけられても良い位の価値がある。

2つ目:将来世代も含めた人類全員で同等にガソリンを使う権利を有するという分配
化石資源が生成される時間・量を、その時間内に存在する人類で等分配する。

そうすれば、近代化は遅かったかもしれないが石油も後世まで残るし、
・無駄な資源消費が削減
・人口増が抑制された
・持続的な農業が続く
・持続的な都市構造(分散化社会)で発達
・温暖化やその他環境汚染も抑制
と、より持続的な成長だったと思う。

しかし現実は、我々が好きなように消費してしまっている。こんな貴重な石油を、例えばたばこを買いに行く人一人を5km程移動させるが為に、2t近い鉄の塊を動かして1Lの石油を消費しているのだ。
将来世代がそれを知ったら何と言うであろうか・・。

せめて「成長の限界」「ハバ-トカーブ」が発表され「オイルショック」が起きた1970年頃に、その後の資源の計画的な使い方、将来世代へ繋がる投資へと転換されていれば・・・。
化石資源だけでない。レアメタルをはじめ、銅・亜鉛・銀・・・も減耗している。リサイクルするにも多くのエネルギーが必要となり、そのエネルギーの供給が困難になる。

まだ石油の1/4も消費していない、人口も今の半分程度であった1970年以降に人口の抑制策の実施や、無駄な資源消費をやめ、例えば地表に到達している太陽のエネルギー(1時間分で1年分の全世界のエネルギーを賄うことができる)の効率的な利用へ資源の利用を進めていれば、自然と共生出来る・自然の摂理に従った方向へ変わっていれば事態は変わっていたでしょう。

しかし「成長の限界」がベストセラーになっても殆ど変わらなかった。

私の親の世代(団塊の世代)が変わっていてくれれば・・。
団塊の世代の方は確かにある方面には頑張ってくれたと思うし、おかげで私も食うには困らず過ごしている。
しかし、今この最低限の幸せを享受されているのでこんな事を思うのかもしれないが、もう少し落ち着いて未来を見据えて(バックキャストして)くれていればと思う。(提訴するか(笑))

そして我々は子供達から更に強く同じ事を思われるのだろう。
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つづく・・  (↑ 専門家でも勉強家でもない私が知ったかぶりして書いている事をお許し下さい)
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『持続可能な社会』ではなく・・(4) 「ラフな未来予想」

2007-02-09 06:42:35 | ◇全体像
昨日の続きです・・

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私が感じる悲観的な将来予測を記してみます。
今から頑張って化石資源依存を減らしたとしても、かなり先にピークオイルが訪れたとしても、何時かわかりませんが何らかの資源制約で工業生産(経済)にブレーキがかかるでしょう。
そしてその時はまず、今までしてきた途上国への援助を取りやめ、先進国同士が今までに近い生活が出来るように動くでしょう。まず途上国の人口が悲惨な減少をはじめます。

そして更に事態が悪化し先進国の中での食料や資源の奪い合いが起こると、鉱物資源やエネルギー資源、土壌資源の肥えた国、軍事的に力の強い国が力づくでそれら資源の確保に努めるでしょう。

そうなれば、軍事力も資源もない日本のような国は奪い合いのかやの外で、自国内で生き残る為の人同士の争いになるでしょう。日本は現在自動車などの生産で外貨を稼ぎ食料を輸入して生活している。資源制約が自動車業界に打撃をあたえ、日本人は食料の調達に苦労するでしょう。

世界でそんな死にもの狂いの争いの事態が起きれば、温暖化も汚染も関係ない。人々は近々生き延びる為に、更に地球に負担をかけていくでしょう。そして事態はどんどん悪くなっていく。国によっては、情報網も国の統治力もなくなっているでしょう。
そして、長い歴史の中でみれば化石燃料の消費量と同じ勢いで人口も減少していく。

そして産業革命前に比べ、
●生活空間としての地球環境が大幅に悪化している
●人類の病気に対する抵抗力や体力的にも退化していて、自然界の中で生きていく能力が失われている
●人類の長い歴史の中で、化石資源なしで生きる為の様々なノウハウが引き継がれてない
(例えば、農業でいうと肥料や農薬そしてトラクターなどなしで栽培する知恵、収穫した食料を保存する知恵、病気になった時に治す知恵、火を起す知恵など)
と、自然界で生活するのが困難になっている。

また、折角それまで築き上げた文明の産物(社会システムや機材等)は、社会システムの崩壊により無用なものになるし、高度なシステムを使って製造したものは修理さえもできなくなる。
分散された資源はかき集めて使うにもエネルギーが必要で、そのエネルギーがなくリサイクルも困難になる。

最終的には、産業革命以降の繁栄は将来世代の生活には良い事は全く残らず、
人類全体としては産業革命以前より少ない人口におちつくのではないでしょうか。
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つづく・・  (↑ 専門家でも勉強家でもない私が知ったかぶりして書いている事をお許し下さい)

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『持続可能な社会』ではなく・・(3) 「超将来的な最低限の持続可能性」

2007-02-08 07:08:52 | ◇全体像
昨日の続きです・・

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さて、現在は死亡率が低下した事により人類全体としては『持続』しているとしましたが、産業革命以降に急激に下げてきた低い死亡率は、今後も続くのでしょうか?

前述した死亡率低下の要因が今後も続くかどうか考えてみます。
■水・食料の安定的な供給
 ・世界規模での地下水・土壌の減耗が起こっている
 ・肥料の原料となる石油の減耗
■住環境の衛生面
 ・温暖化・廃棄物等により世界的に悪化の可能性
 ・住環境整備の為の資源減耗
■医学の進化と医療の普及
 ・多くの薬の成分となる石油の減耗
■大きな紛争がない
 ・資源争奪の紛争の可能性

と、私の思いを反映した偏った見解かもしれませんが、資源の減耗により死亡率低下の要因を脅かす事項が沢山考えられます。

そしてどうでしょう。
 (化石燃料の消費量)

(地球上の人口推移)

上図のように化石資源の消費と共に人口は増加しています。化石資源のお陰で人類は今日の『繁栄』『持続』は出来たのです。そして長期的・客観的に考えると、化石燃料の減耗と共に人口は減少すると考えるのは普通ではないでしょうか?

そしてそれは、資源の減耗により工業生産が突然制御不能な状態に陥る、そして食料生産の減少と汚染により人口は大きく減少を始めると推測した、私がこのブログを始めるきっかけとなった「成長の限界」の警笛と同じです。

地球を客観的にみると、ある時期に大量増加している人類は、私達が見たオーストラリア:クリスマス島で大量発生したアカガニと同じように見えるのでしょうか。
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つづく・・  (↑ 専門家でも勉強家でもない私が知ったかぶりして書いている事をお許し下さい)
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『持続可能な社会』ではなく・・(2) 「現在における最低限の持続性」

2007-02-07 07:25:43 | ◇全体像
昨日の続きです・・

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では世間一般的に『持続』の対象とされている、『人類の持続性』についてを後ほど考える為に、
ひとまず『人類の持続とは』と『現在における持続』を考えてみたい。

現在の人口は65億人。その人類が『持続』する社会なんてあり得るのであろうか?
(エコロジカルフットプリント という指標では、全世界が今の日本人と同じ生活をするのは不可能とされている)
さて『持続』とは「将来世代のニーズを満たす」こととしました。しかしさらに「ニーズ」はどのレベルを求めるのかという定義をしないといけない。「ニーズ」=「現在のアメリカと同等の生活」と定義しようとすれば、それは無理であるというのは容易に想像がつく。
だから『人類の持続』は、まず人類が存続する力を有するレベル(=世界全体として不幸な人口減にならない=死亡率が一定以上にならない)という最低限のニーズを満たせるかどうかで考えてみたい。

さてそれを考えるにあたり、現在多くの地域で死亡率が低下した要因を考えてみる。まず人間に必要とされる水・食料が安定的に供給されるようになった事、住環境が整備されて衛生的に良くなった事、高度な教育をベースとして、医学が進化し多くの人々へ医療が普及した事、世界規模で人口減となるような大きな紛争が起きていないという事が考えられます。そしてそれは先進国であれば自分達で賄う事ができています。一方途上国では先進国の援助によってそうなっている場合も多いでしょう。

その結果、出生率の低下以上に死亡率が低下しています。


そしてそれによって現在では人口爆発が起こっています。(参考:現代の人口問題をどのように捉えるか)

強引ではありますが『現在における持続』という意味でいくと、不幸な死を迎えざるを得ない地域も多くありますが、地球規模でみると人類が存続する力を有し人類全体としては人口が増加しているので、最低限の『持続』は出来ているとしましょう。
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『持続可能な社会』ではなく・・(1) 「はじめに」

2007-02-06 07:36:18 | ◇全体像
先週の「NEWSWEEK」の温暖化特集の中に、
 ”唯一できるのは、被害を予想してそれにそなえることだけだ”
という南アフリカの博士の言葉が載ってました。

何故だか自分にも良く解りませんが、その言葉に妙に引っ掛かり、
 今自分は何をしているのだ? いいのか? といういつもの自問自答の最大級のものが襲ってきました。

ここ数日間、IPCCのレポートが出たり、IR3S公開シンポがあったりの中でしたが、
 原点に戻って考えた事をしばし書き綴りたいと思います。

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本ブログは『持続可能な社会を目指して』なんてかっこいい題名をつけています。
でも実は私自身が現実的に目指そうとしている『持続可能な社会』が具体的にイメージ出来ていません。
今更ですが『持続可能な社会』とは何なんでしょう?

公的な定義でいうと、1984年に国連で設置された「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」が1987年に発行した『我ら共有の未来』と題する最終報告書の中で、
「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」
と定義されている。

という事で『持続』とは「将来世代のニーズを満たす能力を損なうこと」とひとまずしよう。
だとすると次は対象を何にして『持続』させる必要があるのであろうか?

人類だけが『持続』すれば良いといきなり考えるのは、人類の傲慢さであるような気がする。
地球46億年の歴史の中での自然の流れで『持続』しないのであれば仕方がないだろう。
しかし人為的に『持続』しない種をつくるのは本当は如何なものだろうか?

が、現実はというと、
『持続』の対象を全生物だとすると、既に『持続』とは言えない。
もう人為的に絶滅している種が沢山あり、絶滅もすごい勢いで現在進行中なのである。
 (もしCO2に意思があるとすると、CO2が増加する現在の世の中は喜ばしい事かもしれないし、
熱帯しま蚊も種の増大に喜んでいるかもしれないが・・)

たとえ『持続』の対象を人類に絞ったとしても、地球規模で考えれば多数の貧困層は相変わらず『持続』とは言えないだろう。
今世間一般で言われている『持続可能な社会』とは、具体的に対象は何なのであろうか?
まず最優先は先進国であって、あわよくばその他の国もという暗黙の了解なのであろうか?
人類(自分)目線で考える『持続』の対象は、「全生物」⇒「全人類」⇒「先進国」⇒「自分の国」⇒「自分」の順で妥協されて考えられているような気がする。

そして現時点で世の中が『持続可能な社会』と言っている『持続』の対象は、言葉にこそ出してないが「先進国」であるような気がする。 (そしてその対象も時代と共に悪い方向に変わるのであろう・・)
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つづく・・  (↑ 専門家でも勉強家でもない私が知ったかぶりして書いている事をお許し下さい)
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太陽電池(ガイアの夜明けより)

2007-02-01 07:31:34 | ・エネルギー問題
(think global)

一昨日のガイアの夜明けは 「我が家が発電所~急成長する太陽電池~」 でした。
見ました~?(^^)

こうゆう番組がエネルギー・環境問題関連の事柄を取上げて貰えるのは、
 個人的にも(お勉強になって)とても嬉しいし、世の中にとってとっても良いですね。
是非じゃんじゃんやって貰いたいです!
 (私の過去のエントリー こちら⇒太陽光発電の可能性をちょっとお勉強もどうぞ)

さてテレビの内容はというと・・・
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太陽光パネルの設置が伸びている。ニッポンでは特に家庭では伸びていて、設置の9割が家庭。
家庭においては、金額ベースで初期投資が10~15年で回収できるということで、エコの意識と経済性とから購入している。

太陽光発電パネル製造量一位は日本。
 作り手は、シャープが薄膜シースルー、サンヨーがHIT太陽電池(高効率)や両面電池など高い技術で頑張っている。
 販売は、家庭には将来的に家計を助ける為、企業にはイメージupの為に売っているらしい。
 (動機がそんなもので良いのだろうか??)

一方、太陽光パネルでも急成長中の中国では、
 送電網の設置が苦しい内陸部の無電化地域に太陽光パネルで発電するように推進しているようで、
 中国ではシェアトップらしい京セラの営業の方が奥地の遊牧民の方々に色々聞き込み調査している模様も流れた。
遊牧民の方は電球を照らす(昼間?)為に、50W程度のパネルを使っている模様。
遊牧民の方は冷蔵庫が欲しいからパネルももっと欲しいと言っていた。
 (知らない方が幸せなのではないかな~ という気がしたが・・)

中国のメーカーは、最近日本のMSKというメーカーを買収した中国最王手のサンテックをはじめとして、30社程度が頑張っているそうです。
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内容的に、前半部分は太陽光パネルを設置したくなるような感じでしたね。
視聴率がどんなものか知りませんが、多くの方が設置検討し始めたかな・・?

さて個人的に興味を持ったのが 発電+電力消費モニター が家にあると、
 まめに電気を消したりして頑張って、発電量以下の消費になるように努力するという点。
それで結構省エネ効果があるような気がして・・。
是非その辺の数値的な資料があると面白いな~と思いました。
 (ん~。我が家にも消費電力モニターをつけたいな~)

という事で、昨日とりあげた話(自然エネルギー供給量2014年に3倍に・・ )もありますし、
 メーカーも投資しているし、太陽光パネルはどんどん盛り上がっていくでしょう。

個人的にはシリコン・インジウム等資源制約の中での奪い合いの中でコストがど~なっていくのか私?(心配)ですが、
 どんどん(物だけでなく環境・省エネへの関心が)広がっていけばな~ と思います。 

ところでど~も気になるのが、高効率で低コストな太陽熱温水器が何故今はあまり日の目を見てないのか?
昼間の発電量を増やさせたい・深夜電力を使ってもらいたい 原発推進の電力業界のたくらみか?なんて疑ってしまいました。

次回はシックハウスらしいです。これも見なきゃ・・。
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