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フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

[日本語教師の中国滞在記]再投稿:山東省編#28ーキャンパス周辺

2025-01-31 11:49:48 | 日記

   経貿学院のキャンパス内の紹介に続いてキャンパスの周辺の姿を少々。
   ①は正門の内側から外を見た所。青いバスが止まっているが、2つのバス路線が正門前を終点・始発としていて外出には足の便がよかった。その奥には新築のマンションが建ち並んでいる。  ②はマンションと並んで、市街地には見られない別荘のような戸建て住居が続々できていた。バブルを思わせる建物だ。  ③正門前の道には学生相手の露店が並ぶ。小吃(シャオチー)と呼ばれる立ち食いするような食べ物が主で雑貨なども売っていた。いつも縁日みたいだ。  ④中国茶の問屋が集まっている茶市場。濰坊市は中国茶の集積地になっていて、100軒近くの茶問屋があった。中国は日本より飲茶が盛んで、茶葉の産地や製茶方法によって種類は何百とある。私も日本への土産にここでお茶を買った。  ⑤市の中心を流れる「白浪河」は学校のすぐ近くで堰き止められ「鳶都胡」という湖になっていて、学生や一般市民の憩いの場にもなっている。長さ150mくらいの堰には中国的な建物が建ち、レストランもできていた。  ⑥白浪河沿いには遊歩道が整備されており、よく鳶都胡畔から散歩したり、歩いて買い物にも出かけた。 ⑦学園の市街方面には広大な開発地が広がっていた。レンガ造りの古い家並みが取り壊され茶市場の拡張とマンション建設が行われるようだ。  ⑧その完成の姿の図が現場に掲示してあったが、私が3年後に学校を訪ねた時には見事に変容していた。

 

  
  ①        ②        ③        ④

  
⑤         ⑥        ⑦        ⑧

 

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[日本語教師の中国滞在記]再投稿:山東省編#27-経貿学院のキャンパス風景

2025-01-29 11:41:57 | 日記

   経貿学院のキャンパスについてはこれまでにも取り上げて来たが、まだ多くを紹介するには至っていないので、以下写真でキャンパス風景を紹介する。

①正門を入ってすぐのところにある”弓形門”と呼ばれるアーチ型のバルーン。市中でもイベントなどの広告塔として見受けられるが、学内では新入生歓迎など節目の時に掲げられる。高さは10メートルほどあり、写真は9月の「教師節」の時のもので、「祝日おめでとう 敬愛なる先生たち」とある。  ②総合図書館。入館するには登録してある磁気カードが必要。日本関係の図書のコーナーもあった。  ③前に一度登場した学生寮エリア。建物は男女別になっている。  ④女子寮の一つ。女子寮には舎監(監督者)がいて門眼や夜間の在室をチェックしている。そのため私の宿舎を訪ねて来る学生も門限近くになると飛んで帰って行った。  ⑤正門に続くメインストリート。他にも小さな門はあるが学校への出入りは普通ここを通る。  ⑥大勢の学生が行き交うキャンパス中心部。後方の建物は「教学楼」と呼ばれる講義棟。  ⑦スズカケの並木道。あまり学生が通らない所だ。  ⑧芝生や蓮池、藤棚などのある公園。 学生たちの憩いの場である。  ⑨中国人が珍重する奇岩(北京の有名な庭園でよく見かけた)のモニュメント。よく見ると岩峰の光景に見立てた細工がしてある。  ⑩人工芝のグランド。外周のトラックとサッカーもできるフィールドなどがあるが、サッカーは盛んではなかった。写真は女子の体育の授業。  

   
   ①       ②         ③        ④

   
⑤           ⑥           ⑦

     
 ⑧          ⑨          ⑩

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[日本語教師の中国滞在記]再投稿:山東省編#26-まだ残っていた古い街の顔

2025-01-27 10:09:38 | 日記

   前号に紹介された濰坊市の光景は近代化された街の顔と言ってよい。急速な経済発展に伴う市街区の変貌は著しいが、ちょっと町外れに行けばまだ古い街の顔がそこ・ここに残っていた。下の写真は経貿学院から歩いて行けるような範囲で見られた姿である。ただこうした光景はどんどん変わってもいる。たちまちマンション群ができたり、道路が通ったりしているのだ。前号にも書いたが、そういう建設スピードは日本では考えられない速さである。何しろ土地の私有ができないお国だ。土地の買収に手間がかかるなんていうことはない。それと安全思想が遅れているからとにかく建物も道路も猛スピードで出来上がる。この写真から5,6年経った今、光景はかなり変わっているものと思われる。 

      
タイムスリップしたような町外れ/レンガ造りの家並み/住居の門に来福の「対聯」  

    
昔ながらの個人商店/⑤三輪車はまだまだ活躍中だ/馬でコンクリ製の電柱を引く光景

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[日本語教師の中国滞在記]再投稿:山東省編#25-濰坊の街の点景 

2025-01-25 10:56:20 | 日記

   既に紹介しているように、山東省は日本の国土の4割の広さに人口は日本の75%の9,580万人、その中の濰坊市は岩手県ほどの広さで、人口は東京都の7割の910万人とある。「市」とは言っても濰坊市の中に区(4つ)と県(2つ)と県級市(6つ)があり、日本の市とは概念が違う。私が滞在していたのは、濰坊市の中心になる区部であり、以下写真に沿って紹介するのはその限られた範囲に過ぎない。

①は濰坊市全体の表玄関である濰坊駅。学校までは歩いて15分くらいで、新幹線の開通・停車に合わせても瀟洒な建物に生まれ変わった。  ②は都心部で、左側の高層の建物(濰坊国際金融ビル)が当市のランドマークになっている。 ③発展著しい市内には新しい商業施設が次々と出来ていた。その一つでデパートを始めとするショッピング街で、上海の一角を思わせる雰囲気があった所。 ④繁華街は夜もネオンが明るく賑わいを見せている。 ⑤中世時代の市街地の建造物「十忽園」。当時の繁栄や建築様式が偲ばれる。(3年生のリー君にガイドをしてもらって見物) ⑥幹線道路(これは経貿学院に繋がる道)は日本でいうドロヤナギの街路樹が整備されていた。 ⑦「人民公園」という市街地の公園で、東京の日比谷公園より広く、池や木々の緑が市民の憩いの場となっている。学校からも20分くらいで学生たちともよく散歩をした。 ⑧「白浪河」という大きな川が市の中心部を貫いている。流れは緩やかでボート乗り場が幾つかあった。 ⑨中国の経済発展を反映して市内ではマンションや大型商業施設が建設ラッシュ、というか加熱気味であった。しかも工事スピードが速い。日本のような安全重視の思想がないようだった。  

    
  ①濰坊市の玄関 潍坊駅  ②濰坊の都心部    ③新しい商業地区

           
 ④夜も賑やかな繁華街 ⑤中世時代の古跡が残る ⑥街路樹も美しい幹線道路

       
⑦市民憩いの場人民公園 ⑧街の中央を流れる白浪河 ⑨マンションの建設ラッシュ中

 

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[日本語教師の中国滞在記]再投稿:山東省編#24-濰坊市の買い物

2025-01-23 10:49:44 | 日記

   前号では日常の食事材料など日本のスーパー、ジャスコでの買い物について紹介したが、その他の濰坊での買い物について書いてみたい。
   濰坊市内には大型スーパーやデパートが数多くあった。またパソコンや携帯、デジカメなどの電子機器や家具などの専門の大型ビルや個人商店、果ては道端の露店など実に様々で、買わなくても見て歩きが楽しかった。その中でジャスコに次いでよく買い物をしたのが「小商品城」というショッピングセンター。「小商品」とは日用雑貨のこと。地上4階地下1階の長い建物の中に、間口1~2間くらいの小さな商店がびっしり並んでいる【写真①】。  衣料品を始め日用雑貨、靴・鞄、時計、文具、化粧品など東京上野のアメヤ横丁を思わせる。ジャスコに比べると値段はずっと安い。スーパーやデパートなど会社組織の店は定価が明示してあって決して値引きはしないが、こういう所はほとんど値札がなくて交渉で値決めをする。買い手から「多少銭(いくら)?」と聞いたり、店の方から「幾らにしておくよ」と持ちかけたりして交渉。日本人の私など店の言い値を聞いただけで「安い」と思うのだが、はったりのつもりで6掛け(4割引き)くらいで吹っかけて、結果7~8掛けで買い、得した気分になった。だが後で学生に値段を話すと、「先生、それは高い。日本人だから騙してるよ」と言われる。小商品城では店の言い値の半額くらいにはなると言うのだ。まあ、私などは”いいカモ”だったかもしれないが、それでも安かった。
   デパートは「濰坊百貨店」【写真②】や「銀座商城」【写真③】など市街中心部だけでも5,6店あった。どこも中はきれいで、やはりスーパーとは品も違った。デパートでの買い物は品定めをしたらキャッシャーに行ってお金を払い、その領収書を持って品物を受け取るのである。
   大型スーパーは日本の「ジャスコ」やフランスの大手「カルフール」を含めてあちこちにあった。これらスーパーではバッグや袋物は店内に持ち込めず、入口でロッカーに入れなければならない。万引き防止のためだろう。買い物カゴに品物を入れ、レジで精算するのは日本と同じだ。日本と違うところは、野菜・果物や魚介類など量り売りする商品がかなりあって、これは計量所で値段票を付けてもらいレジで支払う。
   露天の多さは中国の風物詩だろうか。商店街の歩道や裏通りの路上は露天天国である。私有地がない国とはいえ、露天は違法のようであり、パトカーを見つけるやクモの子を散らすように露天商たちが逃げ去るのを見たことがある。私はそんな店で、日本で言えばお好み焼きや焼き鳥といった類のものを買い食いするのが楽しみでもあった。
   単身では自分で買い物をしなくてはならないが、家では主に家内が買い物をするので、こうした経験は新鮮だった。

 

     
雑多なショッピングセンター「小商品城」/濰坊百貨店/銀座商城

     
デパートの売り場光景/大型スーパーの前の駐輪場/至る所に出ている露天
 

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