フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

鎮静化しつつあるコロナ感染だが賑わい復活は/箱根駅伝予選会に出場した孫

2021-10-25 13:58:15 | 日記

   昨日(24日)発表の新規コロナ感染者数は全国で236人、東京では19人となった。このところの減少続きで今年に入ってからの最少を連日記録しており正直頬も緩む。だが、生活や景気が直ちに元に戻るわけではないだろう。既に全地域で緊急事態宣言が解除され、観光地や飲食店では腕まくりをしている様子が新聞、テレビ等で伝えられているものの、早々に活気を取り戻しつつある観光地がある一方、余りに長く冷え切ってしまって再起が望めない飲食店などの深刻な様子も報じられている。コロナ禍の傷跡は広く深い。


   一昨日は2022年正月の大学箱根駅伝の予選会があり、孫がそれに出場した。工学系国立大学の陸上部の孫の専門は中距離だが、小規模な陸上部のため駅伝にも駆り出される由だ。新入生から3年連続の出場であった。
   場所は立川市の陸上自衛隊駐屯地内の周回コースで、沿道で応援することは出来ない。一昨年の初出場の時は立川市内の路上コースであり、家内も駅近くの道端で応援に立ったが、大勢の選手が一団で通り過ぎて全く孫を見分けられなかったそうだ。今年はテレビ中継の途中までを二人で観たが、アップで映る先頭集団にいるわけでないし、やはり孫の姿は見分けがつかなかった。
   孫は千葉市の親元から東京に通学しているが、東京都心から西側の地域で用がある時は三鷹市の我が家を根城にする。今回も我が家から予選会場に”出陣”した。私が逆に千葉市に出張していたが前日帰宅したので駅まで車で送り出した。そして予選会から戻った晩は近くの中華料理店で慰労したが、緊急事態宣言下で寂しかった客がこの日は満席の盛況であった。宣言解除で早々に元に復した例だろうか。
   予選会で20km強を走った孫はそれから深夜頃まで(我々爺婆は寝て分からなかったが)オンラインで何かミーティングみたいなものをしていて、翌日起きて部屋を出て来たたのは昼の12時を過ぎていた。




   


   

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