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フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

 [日本語教師の中国滞在記]再投稿:山東省編#59―泰山のご来光を拝する

2025-04-06 18:41:21 | 日記

 前編では、5時ちょっと前、ようようにして霊峰泰山の「山頂付近」にたどり着いたところまで書いた。「山頂付近」と表現したが、その一帯は歴史的な建造物や旅館、飲食店、土産物屋ほかいろいろなものが広く散在していてどこが山頂なのか分からない。一応地図上の三角点はあるのだが、相当広い所を「山頂付近」と呼ばざるを得ない。無数の登山者が既に到着していて様々な場所にたむろしている。その辺ならどこでも日の出が見えると言うような代物ではない。ともかくもその山頂付近の中でご来光を拝める場所を探さなくてはならない。ところが場所探しに戸惑っている時に写真屋が陣取っている所に出くわした。「しめた、 写真屋がいるならそこがご来光のベストスポットに違いない」と直感し、その近くのわずかなスペースに身をこじ入れて日の出時間を待った。頂上付近に着いてからおよそ1時間、空が白み始め人々がざわめき出した。そして6時10分くらいに雲間から太陽が顔を出すと、辺り一帯が「万歳!(ワンスウェイ)」「好!(ハオ)」の声に包まれた。私もだが、やはりご来光が拝めて苦労して登ってきた甲斐があったと皆も感動したことであろう。
   ひとしきり余韻を楽しみ、山頂付近の飲食店で簡単な朝食をし、汗で濡れた下着を着替えて下山にかかった。他の多くの登山者たちも下山を始めていた。ところが下山を始めて驚いた。途中踊り場はあるものの、恐ろしく急な石段が延々と続いているのである。本当に延々と、遥か下の方まで見えるのだ。こんな所を登って来たのかと思うと恐ろしくなるほどであった。夜中に登ったので上の方は全く見えなかった。もしそれが見えていたとしたら、登る気が喪失したのではないかと思う。ただもう一つ別の思いも湧いた。それは往きも帰りも行き交う登山者の中に私より年長者をほとんど見かけなかったことだ。当時私は65歳。これで9kmの参道の7400段の石段を登り切ったったのである。
   日本ではきつい階段登りで知られる金毘羅様は山頂の奥社まで゛1368段という。何とその5倍を超える階段を登ったことになる。まずは自分を褒めておこうか。なお帰りは次の旅程もあり、中間点の中天門からはバスで下った。

            

ご来光を拝むためより高い所に殺到/ 雲間に現れた太陽(小さな点)  

           
帰りの階段の急なこと。実は遥か下まで見えている

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