四季おりおり

季節の移ろいの写真を気の向くままに載せています。

劔岳 点の記 追記

2009-10-11 21:43:41 | 祭り・イベント
昨日の「劔岳 点の記」の追記です。
物語のストーリーはさておいて、劔岳の朝焼け、夕焼け、紅葉の仙人池、厳冬の劔や立山、雲海に浮かぶ富士山など素晴らしい景色でした。山の美しさを楽しませてもらいました。約2年の撮影期間を要して初めてこのようなきれいな景色を撮ることができたのでしょう。夕焼けの中に俳優が佇む光景を撮影するには何日もその場所に滞在する必要があったのではないでしょうか。

ただストーリーの中で疑問に思ったのは、初めての登頂時に三角点の標識なども担いで登っていましたが、普通はまず軽装、少人数で登攀ルートを開拓し、その後本隊が登るはずである。その日に登頂ルートが開拓できるかどうか分からないのに重い荷物を担いでなど登らないはずである。
資料を見ますと、やはり、第1回登頂は生田測夫で測量上の判定のため登頂し,第
2回登頂で柴崎測量官が木山測夫らを率いて登り、四等三角点を建標したようである。これなら山を登るものとしては頷ける。

映画では柴崎らが登頂後、劔岳の標高を測量している時に、競争していた日本山岳会の小島烏水(こじまうすい)らが別ルートから登頂したことになっているが、これも脚色で、本当は第2登は柴崎らが登頂してから2年後に、吉田孫四郎ら4名で、宇治長次郎に連れられて同じルートの長次郎雪渓から登っているのである。その時、この雪渓を「長次郎雪渓」と名付けたようである。まだ当時の岩登り技術では劔岳の岩場を登ることは困難だったのであろう。

これは私の聞き間違いかも知れませんが、映画では宇治長次郎が「三の窓」の雪渓から登ろうと言っていたと思う。三の窓雪渓は傾斜も緩く登りやすい雪渓であるが、その後の劔岳山頂までの岩壁が長く、当時の技術では難しいのではないかと思う。その点、長次郎雪渓は雪渓はもの凄く急勾配で登りにくいが、登ってしまえば、頂上までの岩壁は短いのでこちらを選んだのではないかと思う。撮影ロケは三の窓雪渓で行ったかも知れない。ここは傾斜も緩く、よく山岳会の滑落訓練などが行われていた。

以上が、「劔岳 点の記」の雑感である。


今日はカワセミの川に出向く。昨日はバトルがあり、沢山の人が集まったようであるが、今日はそのポイントでは全く出が悪かった。うろうろして何とか得られた画像です。

<ホバ>
ホバがあったが短くAFが利く前に終わってしまった。




<水絡み>
飛び込んで魚を捕ったが、ちょっとタイミングが早かった。魚が見えない。次のショットは後ろ向きに方向を替え掛けたところで絵的に今一つであった。




今年生まれのヒナの水絡み。なかなか魚が捕れない。




<飛びもの>
魚を捕って飛んでいるところ。魚を捕るのがほとんど見えない草の陰などで捕ってくる。




<留まりもの>
飛んできて目の前に留まってくれた。ほとんどトリミング無しである。