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「イタリア物語」 カタコンベは単なるお墓3 教科書出版社からの変更訂正文

2020年04月20日 07時56分48秒 | イタリア

 2005年~2006年にかけてカタコンベ=迫害避難所ではないということ紹介したものを前々回、前回に修正再録しました。その後気にかかっていたので2018年に新しい広辞苑(7版)を開いてみました。前回の5版では「古代の地下墳墓。特に、ローマの初期キリスト教徒のものが有名で、迫害を避けてここに集まり祈ったという」と記載されていましたが、改訂された7版では「古代の地下墳墓。特にローマの初期キリスト教徒のものが有名」迫害以下の箇所が削除されていました。そこで教科書はということで少し調べてみると依然と同じく「カタコンベ=迫害、地下避難」がそのままでした。
そこで、いくつかの教科書出版社には連絡(電話)をしました。そのうち一社(帝国書院)から回答をいただきました。(写真)
写真が見難いかもしれないので主要な部分を転記し、私の意見を述べておきます。
「***この件につきまして、著者に確認いたしましたところ、カタコンベを迫害されたキリスト教徒の避難所とする学説は、近年では否定されつつあるということでございました。つきましては、「迫害」「避難所」といった記述を、平成31年度版より「初期キリスト教徒の地下共同墓地として使用された。」といった内容に変更する方向で検討します。なお、教科書の記述を変更するためには、文部科学省に申請を行い、承認を受ける必要がございます。***」
 この文章で「近年では」と書かれていますが、ちょっと引っかかりました。というのは私がそれに気づいたのは1996年のイタリア旅行のときでこのブログに書いたのは2005年と2006年でした。その時、参照した文献の一つがヨーロッパで共通の歴史認識を共有しようとして15歳から16歳を対象として書かれた欧州共通教科書「ヨーロッパの歴史」で当時に日本でも話題になりました。その出版は1992年のことでした。そこにはカタコンベの記載はありますが、迫害とか避難場所とかの記述はありません。(英語版p90)
 またより古い1977年出版の「世界宗教史叢書 キリスト教史ⅠⅡⅢ」(山川出版社)には全く記載はありません。というわけで「近年」のスパンをどのように考えるかでしょうが、かなり昔からカタコンベ→迫害の説は無かったのではないかと考えられると思います
 ついでにこの本の迫害について記述を蛇足的に紹介しておきます。
迫害については「帝国の迫害は伝えられるほど継続的でもなければ凄惨なものでもなく、一方,教会側は多くの背教者の群れを出した」(p116)
ネロについては「キリスト教徒であること自体を処罰の対象とする一般法が確立され、これを発動した迫害であった、と断定することは困難」(p129)
ディオクレティアヌスについては「全治世22年間のうち20年近くもキリスト教に対して寛容政策とってきたディオクレティアヌスが、なぜ治世もおわりに近い303年に突如身を翻して迫害に転じたのか、その理由は必ずしも明らかでない。ディオクレティアヌスの宮廷、側近にはキリスト教徒が多く登用されていたし、皇妃と皇女もキリスト教に接近したといわれ、属州官僚にも軍隊にもキリスト教徒の存在は許されていた」(p171~172)
ところでその他の教科書についてはどうなっているのかと気になっていました。
最近2019年8月出版(山川出版社)の「本書は、わが国の高等学校世界史教科書としてもっとも定評のある、山川出版社の『詳説世界史』を英訳したものです」という「英文 詳説世界史 World History for High School」という本に出合いました。この本のp47にcatacombの説明として”a place of refuge and clandestine worship during the persecution”
と書かれていました。まだこのような間違いが教科書に残っているようです。
 なぜこのような間違いが教科書などにあるのか私の年来の疑問です。最近の私の妄想ではどうも「米欧回覧実記」が元凶ではないか。日本にカタコンベが最初に紹介されたのはこの「米欧回覧実記」(4巻p310)の記述からと考えれば腑に落ちるような気がしています。
 「米欧回覧実記」について紹介しておきます。「岩倉使節団は、明治4年11月12日(1871年12月23日)から明治6年(1873年)9月13日まで、日本からアメリカ合州国、ヨーロッパ諸国に派遣された使節団です。岩倉具視を正使とし、政府のトップ(実力者の半数)や留学生を含む総勢107名で構成されました。そのときの報告書が久米邦武による「米欧回覧実記」です。原文は和漢混交文で岩波文庫5分冊に収められています。私の偏見?ですが欧米に出かける現代日本人の必読の書です。このブログでも幾度か紹介しています。最近出版された。ジャレド・ダイアモンド著「危機と人類」上」(p152)には「欧米への視察旅行に参加した日本人が、外国を観察して借用したものが多い。その中でも非常に重要な一歩になったのが****岩倉使節団である」と紹介されています。
 
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