AKILA's えgo

気まぐれに、ドラムや音楽の気になった事上げとります。

突発的に

2019-06-25 20:44:00 | ドラム
つい勢いで入手してしまった(笑)。


TAMAのHPDS1TW。通称DYNA-SYNC。モデル名はツインペダルのもの。

メーカー初のダイレクトドライヴモデルで、年内に入ってから早い段階でその存在は公表されていたので、注目度の高いペダルとなっていた。

一応今夏発売予定となっていたから、今月発売は間違ってはいないんだろうが、予想よりも早い段階でYAMAHAがFP-9を発売に踏み切ったのも影響あるんだろう。
多分こっちも予定より早く発売した思われる(笑)。


まァ、それはさておき。
一通り細部をみてみたところはこんな感じだ。
写真は見栄えが判りやすい左足側の方を映しているのも有り。


ダイレクトドライヴの代名詞と言えるドライヴシャフト部は、他のメーカーでは見られないダブルシャフト構造になっている。

こうする事によって、シングルシャフトよりも安定力が増し、パワー伝達をより効果的に上げる事に成功している。言ってみれば、従来のチェーンにまつわる機能性と同じ。

ただ、個人的見解としては、ダブルシャフト構造にする事でそこそこの軽量化も図っている様にも思え、パワー伝達の安定力と同時に、軽量化によるスピード/コントロール性能を獲得し易い様になっているんじゃないかと思った。


ダイレクトドライヴのもう一つの特徴と言えば、そのドライヴシャフトの長さを調整できるという事だ。
DYNA-SYNCも例に漏れず、その機能は搭載されている。

作りがシンプル構造になっているが、ボルトを緩めればそこから自分の好みの長さは自由に調整かけれるので、メモリを目安に見つけれるだろうね。



角度調整どうするんだ?って思うが、フットボードの角度調整する場合は、ココで行う。
一応、ビーターの角度調整は、従来どおりテンションスプリング側のボルトで行える。

パッと見だと調整位置を見失いそうな感じだが、メモリが記されているその両側の固定ボルトがセッティングの目印になるように施されているので、自分が欲しい角度がどのくらいなのかってのがしっかり目でも確認できる。


そんなDYNA-SYNCに装着されているビーターは、現行のIRON COBRAとは打って変わり、よく見る俵型のフェルトビーター。黒いケドね。

ただ、よく見ると上方向に行くにつれて面積が小さくなっている。
ココもよく考えられたもので、ダイレクトドライヴのスピードとパワーを両立させるため、この作りになっている。
ぶっちゃけ、Pearlのコントロール・コアビーターよかかなり信頼性の高いビーターに感じる(笑)。


で、
一応デフォルトで踏んでみたんだが、正直言って、これまでに出てきたダイレクトドライヴの中ではパワーとフィーリングは一番良いんじゃないかと思った。
勿論軽いが、チェーンに慣れているドラマーでも違和感は少なく入り込んでいけそうだ。

先に出てきたYAMAHAのFP-9Dと比べてみても、妙な作り込み感は圧倒的にこちらの方が少ない。

何かこう書いてしまうとDYNA-SYNCをベタ褒めしている様に思われそうだが(笑)、少なくともこれまでのダイレクト系からしたら、個人的には使い勝手が実に良いという話である。

何というか、ダイレクトドライヴの弱点を上手く補強されたモデルだと感じたんだよね。


とは言え、
コイツもやはりちゃんとドラムキットにセッティングして、自分にとってどんなセッティングが望ましいかを試してみて、本当に使えるかどうか向き合う必要はある。

オレとしては、久しぶりにペダルとして実戦に持ち込んでみたいと掻き立てられるモデルが出てきたな。

ま、一時はテメェの手元から離れる形になるがな(苦笑)。

衝動に駆られる

2019-06-23 01:08:00 | 音楽・ライヴ
先程、ライヴより帰宅。

以前より知り合いのヴォーカルの方がやっている、SIAM SHADEのカヴァーバンド主催のイヴェントに行ってきたが、一応目的としては、その中に出演していた、これまた知り合いのWHITE SNAKEのカヴァーバンドを観に行くって事になっていた。

ココ最近、こっちの投稿は気分が下がる事ばかりを綴っていたからな。たまには少し前向きになる様な事書いておきたい(笑)。

件のWHITE SNAKEのカヴァーバンドは、以前の編成から大きく変わっているんだが、少なくともヴォーカルは本家に近づいたかな(笑)。
曲で迷子になってやり直す辺りは、まァ予定調和っていうか、相変わらず練習足りてねェなというのがまるわかり(獏)。

ま、このバンドに関しては、このノリがあってもアリだと思うんだよね。
そもそも本人たちが変に真剣になっているワケではないからな。

観ている側の受け止め方も様々あるのは承知しているが、結局ライヴはその瞬間で起こっている事を目撃している形なのだから、不測の事態も起こり得る。
演奏やり直しというその場の編集というのも出来るにゃ出来るが、ソレをどう思うかは十人十色。

結局大事なのは、
ステージ上でやっている当人達がそーいう出来事に対してどう対応するか。
そして、起こったことに対してどう受け止めるかだ。

コレに関しても、メンバー各々によって思うところは違ってくる。
「自分は完璧だったのに、アイツが台無しにしやがった」とか、そういう感情も出てくるだろうしね。

そーいう感覚味わうと、悔しいモンだよな。
ソレは、テメェが失態犯した時も同じ。

だから、
「一周回って、自分の為にやるべき」と、つくづく思う様になってきた。

一周回ってんだから、そこにはバンド全体を考えてという気持ちも含まれている。
その上で、自分が何かが起こっても後悔しない様に楽しむに尽きる。

ひたむきに演奏に集中するでも、第三者にアピールできる動きするでも。
その考えも、また人それぞれ。

そんな思いをさせられるほどに、ライヴを観ていると衝動に駆られる。

早くまたライヴ演りてェな。

オレは、自分のバンドで、自分の創り上げた曲で、ステージ上で人前で披露したい。
音楽によって、自他に何らかの衝動を与えたい。

大勢に与えられたら凄いとは思うが、特に期待してない(笑)。
でも、少しばかりの人数にでも、そう感じ取ってもらえたら、それでも嬉しい。

コレもやはり思うのが、人のこーいう行動って、やはり他者が居る事を大前提としてのもの。

だからこそ、自分に集中するという意味も、理解できるようになる。


さァ、WRECKON動くの何時だ!?

起こり得るもの

2019-06-19 00:38:00 | ノンジャンル
MEGADETHのデイヴ・ムステインが喉に癌がある事を公表。

SNS上で、JUDAS PRIESTがムステインへ何かを投げかけている様な投稿を確認し、「まさか死んだのか!?」と身もふたもない憶測をしてしまったが、MEGADETHの投稿を確認したら、件の内容であった、と。

いずれにしてもショックだよ。
箇所が箇所だから、ギタリスト的には支障は無いワケだが、ヴォーカリストとしては今後を左右する出来事になりかねない。

数年前、ムステインは長年のヘッドバンギングによる後遺症で脊髄損傷し、首の手術を余儀なくされた。
その結果、高い音域での歌唱が困難になり、『DYSTOPIA』以前の楽曲に関してはダウンチューン状態でライヴ演奏するようになった。

レギュラーチューニングで貫いてきたスラッシュメタルバンドとしてのプライドが少なからずとも自他共にあったと思うだけに、個人的には残念に思えた。
MEGADETHの威光がそれで無くなるワケではないが、少なくとも違和感は半端なかった。

そこに来てコレだよ。

当然ながら今後のライヴスケジュールはキャンセルとなるようだが、次のアルバムに向けての作業は進めていくという意気込みも見せていた。

ただ、
状況が状況になった場合、ヴォーカルはムステインではない誰かが務める様になるんだろうか、という懸念を抱いてしまう。

最早上手い下手とかいう問題ではない。
MEGADETHというバンドに関しては、フロントマン=デイヴ・ムステインという形でなければいけないと思わせてしまうほどに、その存在が確立されている。

ムステインと同等の声質で唄えるやつは居るかと思う。
だが、このバンドに関しては、「フロントマンはヴォーカル/ギター」という構図が非常に強い音楽で、時にはインストゥルメンタル要素が強い箇所(特に初期の楽曲)もある。

個人的見解で言わせてもらうと、MEGADETHでソロのヴォーカルの存在は邪魔であり、中央に立つのはムステインこそ相応しい。

ここまでのキャリアを通じて確立してきた立ち位置だからそう感じてしまっているのは認めるが、だからこそでもある。
このバンドには、ムステイン以外の人物がステージ中央に立つ構図が思いつかない。

ホントどうなることやら。
現在スラッシュメタル第一世代バンド達も、もう還暦に到達せん年齢になっている。
身体に何が起こってもおかしくないし、場合によってはこの世を去るなんて恐れも・・・


復活してくれ、ムステイン。
でもって、MEGADETHがイケてるアルバムをまだ作れるって事を証明してほしい。

会える距離にある時に

2019-06-07 19:16:00 | ノンジャンル
先日の祖父の件があった後に、同業の大先輩が入院したという報せを、本人から受けた。

縁があって、約3年ほど一緒に仕事をさせてもらったんだが、もう既に業界からは引退している人である。
ただ、当然ながら楽器(ギター関連)は生き甲斐としている人でもあるので、何かの機会を作っては、オレの今居る仕事場にも顔を出しに来てくれている。

入院の原因は、脳梗塞。
聞けば、先月下旬に起こったらしく、これまでリハビリに励んで、何とか人に連絡とって話せるくらいまでは回復してきたらしい。

とは言え、状態を聴いていると、利き腕側をやられてしまったという事で、上手く動いてくれないのがもどかしいと、苦悶が何とも生々しい。
ギターを弾く上でコンディションがどこまで持ち上げられるか・・・悩ましいのはそこなんだと。

まァ、テンションは以前と変わらないので、一先ず安心はした。
今後はリハビリ施設へと転院するという事なので、とりあえずは順調、と捉えて良いのだろうかね?
後々には恐らく通院の形になるだろうケド、その間にギターかソレに代わる何かでも手元に置いておければ、リハビリに大いに役立つんじゃないかと思うんだがねェ。


この数年で、
自分の周辺で、容体の変化に苛まれる親類・知人が目立ってきた。

正直、相対的に見てオレももう若くはないよ。
そんなオレの周囲に居る知り合いは、オレと同世代であったり、より齢が上であったりするワケなので、体に何かが起こってもそう不思議では無い時期に来ている。

病状によっては、これまでやってきたものを諦めなければいけないと言われる事だってある。
勿論、生き甲斐を奪われてたまるかと奮起して復活をする人も居たりするので、断言をするつもりは無いし、オレも閉ざされてたまるかと思う。

ただ、
どーいう事態であれ、当人に会える距離にある時には、会っておくべきだと思う。

最近になってつとにそう思う事が具体性を帯びる様になってきた。

その先輩も、とりあえず自分がまだ健康体(?)である時に会っておいてくれ、という事でオレにワザワザ連絡をくれたんだと思う。

何だかんだであーいう人ほど長く生き残る、ってのはよく冗談で一緒に言い合っていたし、そうであってくれる事を願うよ。

また、飄々とオレのところに顔を見せに来てもらえるようになってほしいね。


静寂は

2019-06-03 23:17:00 | ノンジャンル
先程、父方の祖父の告別式より帰宅した。

普段から余程の事でない限り自ら連絡してこない父が連絡を寄越してきたので、身内事であるのは何となく解っていたし、最悪2択になるのではないかとは思っていた。

結果として、最も予測し得た方が起こった連絡だった。
高齢である祖父はこの二年間ほどで体力的問題もあり、自力で体調維持も困難で入退院を繰り返していた。

現実として、もう長くもないだろうから心構えしておけとは言われていたが・・・本当に唐突だったね。
まァ、死なんてのは、いつ来るかは判らないものだし、覚悟するにしてもしようがないものだ。

尤も、
一番辛かったのは、その最後を看取った両親であったのは言うまでもないが。
特に大病を患う事も無かった祖父は、老衰だったと聞いているが、それでも最後の呼吸は苦しそうだったとも聞いている。

死に化粧をされた祖父の表情は穏やかであった。
オレが記憶している祖父の人柄は、終始穏やかで寛容。

年も相当離れている事もあったんだろうが、実の息子の孫というのもあったと思う。小さい頃は可愛がってもらっていたと思うし、それから歳月が経って接する機会が少なくなっても、変わらず穏やかな人だった。
あの人にとっては、どんなになっても変わらず孫、という事だったんだろうね。

それは、
オレよりももっと近しい親類の人たちにとっても同じ印象だったのだと、今回の葬儀の場で確認できた。

物静かな人だっただけに、その人柄が大きかったと、改めて思いもした。

祖父以外にも、これまで親類で亡くなってきた人は居た。
しかし、今回ほど涙ぐましい気持ちが込み上げてくるのは初めてだった。

自分も齢を食ったってのもあるんだろうが(苦笑)、小さい時に親しくしてもらっていた一人であった記憶も内混ぜになっているだろう。
内耳で血流が感情の高ぶりでドクドクと震えながら流れていく事があからさまに判った。
ああ、哀しい事だ、と・・・・・・

普段から涙など見せる様相もない父が、この時ばかりは涙を浮かべていた事も、感情を揺さぶられた。
「これまで身内が亡くなった中で、最もショックだった」と言った母の話も、妙な感慨深さを覚えたものだ。

現状でも、根底ではまだ感情の整理はついてない。
つくワケが無い。何せ昨日の今日だったのだから。

紛らわせることは出来る。
でも、何かの折に、また思い起こす事になるんだろう。

静寂は、色々な記憶を時に呼び起こす。

だからこそ、
この場を機にまた家族が一堂に会したのは良かったのかと思う。

自分の両親がバカであると思った事は正直一度も無いが、今回切り盛りしたその場を見て改めて大した両親だと思った。自分では敵わない部分を持っている、と。

兄弟との妙な疎遠関係も、いい加減止めるべきだとも思った。少しだけだが、ガキの頃の思い出話を出来たのはお互いに良かったと思う。


別れの言葉はもう何度も言った。

祖父には、また別の世でも、穏やかな生き方をしてほしい。