中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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東海道五十三次宿場巡り全15回第10回(37)

2008年06月02日 06時12分11秒 | 街道:東海道五十三次
                <蓬莱橋から見下ろす大井川>

       東海道五十三次宿場巡り全15回第10回(37)
           (小田急トラベル)
    2008年3月15日(土)~17日(月)(その5)

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第10回 第2日目 3月16日(日)(3) 晴

<蓬莱橋見学>

■問屋場
 16時14分,ロビーでたまたま一緒になった同行者2人とともにホテルを出発,蓬莱橋まで歩いていくことにする.私達と同じ頃,数名の方々はタクシー相乗で蓬莱橋へ向かうようである.
 私は,2名の同行者と一緒に,ホテルの前の道を東に向かって歩き始める.先ほど通った道を反対方向に歩いている.ホテルを出ると直ぐに立派な石碑があるのに気が付く.先ほどは,今歩いている歩道とは反対側の歩道を歩いていたので,この石碑には気が付かなかった.石碑には,問屋場跡という字が彫ってある.その脇に問屋場の説明文が掲示されている.
 説明文によると,問屋は公文書,物品,公務旅行者に人足や伝馬を提供していた施設である.ここにあった問屋は,常備人足136人,伝馬100頭,飛脚が10人常駐していたようである.


                     <問屋場の説明文>

■蓬莱橋に到着
 自動車道路を5分ほど進んで,某信用金庫の手前で右折する.そしてやや細い道を真っ直ぐに南へ向かう.途中に昔懐かしい手こぎの井戸がある.そこに「甘露の井戸水」と書いた立て看板が立っている.「ご自由におのみ下さい」と書いてあるので,試飲しようかとも思ったが,手でこぐのが面倒なので,そのまま通り過ぎる.
 
            <問屋場跡>                     <甘露水>

 東海道本線の踏切を越えると,何となく郊外に出てきたような雰囲気になる.さらに真っ直ぐ歩いていると,やがて,広い道路との三叉路に突き当たる.突き当たった所が大井川の堤防のようである.
 三叉路で信号待ちをしていると,先ほどホテルからタクシーで乗ってきた方々が,蓬莱橋の入場券売り場(番小屋)で,入場料(通行料)を支払っている.タクシーに乗っても,歩いても時間は大して変わらないようである.


      <蓬莱橋通行料集金所>                 <蓬莱橋の入口>

■蓬莱橋を渡る
 16時28分,蓬莱橋に到着する.橋の通行料100円を支払って,蓬莱橋を渡り始める.木製ながら,実に堂々とした橋である.傍らに大きな看板が建っている.この看板には「蓬莱橋 明治拾貳年架橋」と炭黒々と書いてある.
 橋の袂にある説明文によると,幕末の頃,幕臣が大井川右岸に茶畑を開いた.それが切っ掛けになり川の両岸の往来が便利になるように,この橋が作られたようである.全長897メートルの世界一長い木造の橋だという.
 橋の幅は3メートルほどだろうか.橋の両端には低い欄干が付いている.沢山の観光客が,三々五々と橋の上をそぞろ歩きしている.随分と長い橋である.遙か向こうの橋の先は点になってしまい,どのくらい長いのか見当が付かない.
 「まあ,,,いいか.行ける所まで行ってみよう・・・」
と覚悟を決めて,渡り出す.
 橋の上から,広い河原を蛇行しながら静かに流れる大井川が見渡せる.気分が清々するほどの広さである.西に傾いた日光が川面に反射して,クネクネとした形になって眩しい.
 途中でタクシー組とすれ違う.
 「向こう岸まで行きましたか・・・?」
と伺ってみる.
 「いえ・・・橋の途中に柵があって,そこから先へは行けませんよ・・・」
と言う.
 まあ,行ける所まで行ってみようと思う.
. 成る程,ものの5分も歩かない内に,高い柵が作られていて,そこから先へは行けないようになっている.柵の間からカメラのレンズを覗かせて写真を撮る.誰も居ない橋が,ず~っと先まで続いている.対岸には民家や工場の建物が見える.あちら側からは,蓬莱橋に入れないのか確かめたい気分になる.
  
                      <大井川の夕景>


                         <蓬莱橋>

■島田教会
 16時38分,柵から仕方なく引き返す.そして,16時45分に橋の袂にある入場券売り場に戻る.そのまま,1人で往路を引き返す.
 途中にある島田教会という寺院が気になって,暫時,立ち寄ってみる.狭い境内には,小粒ながら立派な三重の塔が建っている.奥には立派な本堂が建っている.この寺の由来は分からないが,なかなかなお寺である

 
       <島田教会の三重の塔>              <島田本陣跡の時計台>

<夕暮れの島田>

■市内をブラブラ

 16時57分,ホテルに戻る.
 ロビーに入ろうとすると,同じツアーの男性の方が3人,ロビーから外へ出ようとしている.これから夕食を摂りに街に出るという.折角だから私も付いていくことにする. これといって宛もなく,何となく駅の方向にブラブラと歩く.
 公園のような場所に来る.
 広場の入口にある常夜灯を模した時計台から,突然,音楽が流れ出し,可愛い人形が飛びだしてくる.和服にタスキ掛けの可愛い子どもが,17時丁度を報せている.私達は暫くの間,ぽかんと口を開けて,可愛い人形を見物する.どうやら,この辺りは島田宿の本陣跡のようである.傍らに「島田宿本陣跡」と書いた小さな看板が立っている.

■「庄や」で夕食
 その後,駅近くの「庄や」という居酒屋に入る.そこで,平素は飲まない私も「生ビール(小)」を相伴する.夕食はオニギリ2個で済ませる.雑談をしている内に,某氏から,
 「貴方が,写真を撮るために,列の前へ行ったり,後ろへ行ったりして・・・皆に嫌がられていますよ・・」
と忠告を受ける.私としては,このような指摘は,全く予想外のことだが,成る程,そんなものかとビックリする.
 私が,この旅に参加したのは,正に宿場の隅々まで写真に撮りたかったからである.ただ歩くだけなら,山へ行っていた方が,よほどマシである.私は,この指摘に,内心,大変なショックを受ける・・・・が,もし,何もしないで,ただ,ただ歩くのでは,参加した意味が全くなくなる.そんな勿体ないことをしたら,時間も費用も全く無駄になってしまう.どうしようか・・・

 
             <「庄や」で夕食>

■ロビーのコーヒー
 18時過ぎに夕食を終える.暑くも寒くもない宵の街をブラブラと歩いて,18時30分に,ホテルへ戻る.ロビーでサービスしているコーヒーを,一口,味わってから.自室に戻る.
 漸く,2日目が終わった.
 ぼろい靴を履いてきた報いが来て,足の裏全体にアカギレができたような痛みを感じる.
 風呂に入って,20時頃就寝.





                           (つづく)
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2 コメント

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気にしない (suzuka)
2008-06-03 13:36:05
悟りということはいかなる場合にも平気で生きていることであった。
by正岡子規
リタイア後は東海道をと、思っていたので、このプログを読み、楽しんでいる。ツアーは安いので参加すると、同行の中には必ず自分と違った行動をとると、みなが。。。と言い方をし、非難する輩はいる。それぞれ思惑をもち参加するツアーは他者の思惑も尊重すべきと私は考えるが、旅行中写真やビデオを夢中にとる人は珍しくない。年齢を重ねた人間のたたずまいで、発する言葉は想像できることもある。気にしない気にしない。
コメント有り難うございます. (Flower-Hillです.)
2008-06-03 13:50:42
suzukaさま
何時も,含蓄のあるコメントを頂戴し,有り難うございます.
その後も,周囲に気を遣いながら,資料収集に励みながら,旅を続けております.
私の拙いブログをご覧頂いていることが分かり,大変嬉しく思っております.
今後とも宜しくお願い致します.

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