中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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晩秋の鎌倉:大船・北鎌倉・大町周遊(1)

2010年11月02日 20時17分47秒 | 鎌倉あれこれ

                     <円覚寺鐘楼前からの眺望>

          晩秋の鎌倉:大船・北鎌倉・大町周遊(1)
             (五十三次洛遊会臨時例会)
             2010年11月1日(月)

<散策地図>

 

<大船駅から歩き出す>

■天気予報に振り回される
 本来ならば,10月30日(土)から2泊3日で中山道中六十九宿の旅に出掛けるはずであったが,季節外れの台風14号のために中止になった.
 そこで台風一過の11月1日を想定して,鎌倉散策を計画した.
 ところが,その後,天気予報が二転三転して終始ヤキモキした.結局は前日夜20時,土壇場になって,天気予報が好転して,曇後晴に変わった.

■大船駅に集合
 午前10時大船駅南口に集合.人身事故のために電車が遅延して,全員が揃うのが若干遅れる.
 参加人数は8名.男性4人,女性4人.いきなりの企画にしては,参加人数は意外に多い.大船駅ルミネ2階の食品売場で,昼食の弁当を購入してから,10時15分に大船駅を出発する.



<常楽寺>


■常楽寺裏山・粟船山の木曽義高墓
 大船駅から東へ向かう.大船中央病院と三菱電機工場の間の道を進む.大船5丁目住宅地の急坂を登る途中で右折して石垣を登る.石垣の上には大船むくどり公園がある.ここから常楽寺裏山に入る.粟船山である.大きなエノキの下に木曽義高墓がひっそりと立っている.
 木曽義高は,木曾義仲の長男である.義仲は平氏討伐のときに,義高を人質として頼朝に差し出す.表向きは頼朝の養子,大姫が許嫁になる.近江国で義仲を討った頼朝は,結局,義高を殺害する(資料1,pp.216-217).常楽寺は北条政子が,娘大姫と義高のために粟船御堂を建てたのが始まりだという.
 今朝までの激しい雨のために裏山の参道は濡れていて滑りやすい.義高の悲劇に思いを馳せながら,滑りやすい坂道を下る.坂の途中に北条泰時の娘で,三浦泰村の妻であった姫の宮の墓がある.大きな木の根が露出している荒れた山道の先にある.




■常楽寺・北条泰時墓
 裏山を降りると常楽寺境内と住宅地に挟まれた狭い道に出る.この道を辿って常楽寺山門の前に出る.茅葺きの立派な山門を潜って常楽寺境内に入る.正面の立派な仏殿で合掌.
 その後,仏殿の後ろに回って,北条泰時,竜淵和尚,南浦紹明の墓を詣でる.浅学の私には,北条泰時以外の人物のことは良く分からない.
  




<熊野神社・多聞院から北鎌倉へ>

■熊野神社
 常楽寺から鎌倉街道を越えて,11時14分,熊野神社の到着する.鳥居の向こうに長い石段が見えている.とにかく石段を登って,熊野神社を詣でる.
 

■多聞院
 つづいて,多聞院.入口右手にある庚申塔の写真を撮ってから境内に入る.正面の多聞院本堂には毘沙門天が祀られているはずだが非公開なので拝見することはできない.


<高野から西管領屋敷へ>

■立派な長屋門
 当初,雨が予想されていたので,小袋谷経由で北鎌倉へ出るつもりでいたが,高曇りながら暑くも寒くもない絶好の散策日和になる.私はこのまま平らなところを辿って北鎌倉に出るのは,少し勿体ないなと思いながら,先頭を歩く.その内に,近くの方と雑談をしている内に,三叉路で右折するのを忘れてしまう.
 「・・まあ,いいや・・一寸登り下りがあるが,このまま野を経由して,西管領屋敷へ降りよう・・」
 私は,むしろ分岐を曲がり損ねたのを喜ぶ.
 野は,鎌倉第2の高峰,六国見山(標高147m)の山麓にある新興住宅地である.立派な長屋門のある家の前を通過して,急な路地を登る.標高が高くなるにつれて,大船方面の見晴らしが良くなる.


見晴らしの良い野住宅地
 一同の歩き方を見ていると,上体を左右に揺らせながら,随分と大股で喘ぎながら登っている.
 「・・一寸,歩き方を工夫すれば,楽に登れるのに・・」
 私は,仲間達の足が強くて,潜在能力があるのに,歩き方が悪いだけで草臥れてしまうのを大変残念に思っている.


■八雲神社で昼食
 やがて,見晴らしの良い高台の住宅地に達する.ここから,北に向かって西管領屋敷の住宅地に下り,権米踏切手前で左折,横須賀線沿いに暫く歩く.
 途中から左折して階段を登って八雲神社境内に至る.ここから北を眺めると,眼下に北鎌倉駅,その無効に北鎌倉女子学園の校舎が見えている.さらにその先に,鎌倉三大緑地の一つである台峰緑地の尾根が見えている.
 私達は,この素晴らしい眺望を眺めながら,少し早めの昼食を摂る.


<円覚寺を参拝>

■美しいお姿の観音様
 八雲神社境内で昼食を終えた私達は,12時25分に隣の円覚寺を訪れる.台風直後で天気予報がハッキリしなかったためか,何時も混雑する円覚寺の境内も大変空いている.私も長いこと鎌倉に住んでいるが,円覚寺の前は頻繁に往復するものの,ユックリと時間を取って円覚寺を参拝するのは,それこそ4~5年振りのことである.
 まずは,塔頭の一つである雲頂庵の垣根越しに観音様(だろうか?)の美しい姿を拝む.この観音様を拝観するだけで,心が洗われるような気分になる.
   

■伏見上皇勅筆の額
 ついで,総門のすぐ近くにある山門を見上げる.この山門には伏見上皇勅筆の「円覚興聖禅寺」の額が掛かっている.この額を見上げながら,デジカメに収める.


■妙香池
 仏殿を過ぎて,妙香池を眺める.何人かの観光客が,私達と同じように,池の中の亀を眺めている.外国人の姿もチラホラと見える.


佛日庵
 12時50分,拝観料100円を支払って佛日庵を訪れる.ここは北条時宗,貞時,高時の廟所である.入口で頂戴した線香を立ててお参りをする.そして,案内文を頼りに境内を見学をする. 境内の片隅に茶室,姻足軒を覗かせていただく.ここでは,時宗の命日である4月4日にちなんで,毎月4日に茶会が開かれるとのことである.
 案内書には「人己心腹気口命(ひとはおおきく おのれはちいさく こころはまるく はらをたてず きはなかく くちをつつしめば いのちながかれ)」と書いてある.耳が痛い.




■黄梅庵から鐘楼へ
 黄梅庵から宗務本所の前を通り過ぎる.そして,長くて急な石段を登って鐘楼を見学する.円覚寺の鐘は,建長寺の鐘,常楽寺の鐘とともに,鎌倉三大名鐘の一つである.ただ,門外漢の私には,この鐘の価値は良く分からない.ただ,写真をデジカメに収めるだけである.
 鐘楼の脇にある弁天堂には入らずに,その脇から北鎌倉の街並みを見下ろしてから,長い階段を降りて,総門に向かう.
 

     

<亀ヶ谷坂から化粧坂へ>

■亀ヶ谷坂
 13時20分に円覚寺を出発する.「猫箱」を少し過ぎたところから住宅地内の路地に入る.曲がりくねった狭い路地が楽しい.
 横須賀線の踏切で,再び鎌倉街道に出る.暫くの間,自動車の往来が多い道を建長寺方面に進む.今日は観光客が少ないので,とても歩きやすい.
 建長寺手前から,亀ヶ谷坂に入る.路面がグッショリと濡れている.長雨のためか,小さな崖崩れが見付かる.
 

■岩船地蔵堂
 つい数年前まであった鉱泉宿の前を通り過ぎて薬王寺入口に到着する.立ち寄ろうかと一寸戸惑ったが,そのまま通過する.そして,13時54分,岩船地蔵堂に到着する.
 ここから,浄光明寺方面へ向かうか,それとも化粧坂方面に向かうか迷いながら,数分間の立ち休憩を取る.


■平景の牢跡から化粧坂へ
 さすがに歩くのが好きな方々ばかりである.一同の顔には,もっと歩きたいと書いてある.そこで,当初の予定通りに,化粧坂に向かう.
 住宅地を進む.やがて進行方向左手にある平景の牢跡に到着する.私は景のことを説明しようと思ったが,寄る年波には逆らえず,景の名前が咄嗟に出てこない.
 景は頼朝の命を狙って捕らえられ,和田義盛の屋敷に押し込められていたが,断食をして自らの命を絶ったという.なお,景がここに閉じ込められていたというのは,構成に作られた伝説だとのことである(資料1,p.117).
 住宅地が途切れたところで,舗装がなくなりゴツゴツとした岩肌がむき出しになっている化粧坂になる.急坂を登るのはシンドイ.源氏山から下ってくる遠足の子ども達とすれ違う.
 



                               (つづく)
「鎌倉あれこれ」の前回の記事
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