中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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モロッコ訪問記(40):エピローグはプロローグ

2010年01月22日 23時23分13秒 | モロッコ;ツブカル山
                     <関西空港食堂のメニュー>

        モロッコ訪問記(40):エピローグはプロローグ
             (アルパインツアー)
         2009年6月7日(日)~18日(木)

帰国後1日目:2009年6月19日(金)


 午前6時に起床する.案の定,時差ぼけ.熟眠できなかった.
 まずは,パソコンの電源をオンにして,留守中に受信していたメールに一通り眼を通すが,じっくりと読む気になれない.
 ぼんやりと自分のブログを見たり,荷物を整理したりしているうちに,たちまちのうちにお昼になる.
 午後,久々に自宅近くの鎌倉中央公園を一回りする.みずみずしい緑の木々の美しさに感動する.
 夕方,小雨が降りだす.自宅2階の書斎から,借景にしている鎌倉中央公園を見下ろす.雨が公園の緑を一層みずみずしくしている.乾燥しきった天気が続くモロッコから帰国すると,鎌倉の湿っぽい空気がとても心地よく感じる.
 私は,モロッコ訪問中に書き留めたメモ帳2冊や資料類を机の上に並べてみる.この乱雑な資料を,これから纏めるが,一体,何時になったら整理が終わるのだろうか.いささかウンザリする.でも,考えようによっては,資料類を整理しながら,今回の旅を,もう一度,堪能できるのだから,暫くの間は,楽しい日々が過ごせるはずである.そう考えれば,乱雑な資料まとめも「また楽しからずや」である.

         

     ******************************

 ところで,今日は,2010年1月22日(金)である.
 モロッコから帰国して,早,6ヶ月の月日が経過している.当初,1~2ヶ月で全部整理できると思っていたのに,6ヶ月経過してしまった今日現在でも,完全には整理し終わっていない.整理の途中で面倒くさいなと何回も思ったが,逆に,たった10数日の旅で,半年も楽しむことができたともいえる.そう考えると,結構,安上がりの旅だった(と無理に思うことにする).

 朝4時に起床する.
 昨日まで続いた季節外れの温かい毎日も急変して,今日は「大寒」にふさわしい寒い朝に戻っている.今日のように寒い日なら,塔ノ岳の大倉尾根の泥んこも凍結しているだろう・・・ということで,早速,塔ノ岳登頂に出かけてしまう.
 大倉尾根を登りながら,
 「・・なぜ,今,私は山へ登っているんだろう・・?」
と不思議な気分になる.
 「なぜ?」
 それが,本当のところ,自分にも分らないから困ったものだ.
 いくら冬至を過ぎたとはいえ,家を出るときは真っ暗で寒い.正直なところ,温かい寝具に包まって,朝寝坊していたほうが楽に決まっている.
 私は,なぜ山へ登り続けているか分からないまま,登り続ける.
 私は,花立山荘手前にある長い登り階段に差し掛かる.私の足で,この階段を登り切るのに,7分掛る.オクラ尾根でもっともきつくて辛い登り坂である.
 「・・・あと7分,あと7分の辛抱・・」
と言いながら登る.
 そう言いながらも,私の頭の片隅では,
 「・・・さて,今年は,どこの山へ行こうか・・・」
と迷い続ける.心の奥底に巣を作っている私が,私を,
 「大体お前は,もう喜寿を越えているんだぞ! 何時までお前は山登りを続けるんだ・・」
と叱咤する.


                  <静かな山稜:2010年1月22日>

 私自身でも,80歳を超えて山歩きを続けている自分を想像することはできない.どこかで,人生のクールダウンをして.いずれ山登りなどしなくなるだろう.
 急坂を登っているうちに,体が温かくなる.
 今日は,寒の戻りということもあって,登山客がとても少ない.もちろん,私の前後には全く人気はない.人だけでなく,鳥の声もない.そよとした風もない.冬枯れの木々で覆われた丹沢の山々は,ただ,ただ静まり返っている.
 私一人,まるで求道者のように,ぽつねんと山中を歩いている.私は,何時しか,ゲーテの詩を思い出す.この詩は,なぜか妙に私の心の中に染みついてしまっている.以前,このブログで2回ほど掲載したことがあるが,性懲りもなく,また,掲載したい.  

  “山々の頂に
    憩いあり.
     木々のこずえに
      そよ風の気配もなし.
       森に歌う小鳥もなし.
        待てよかし,やがて
         なれもまた憩わん.”

    (高橋健二訳,1951,『ゲーテ詩集』新潮文庫,p.104)

 この詩の末尾,「なれもまた憩わん」は,私の勝手な解釈だが,「お前も,また,まもなく永久の眠りにつくだろう」という意味であろう.
 やがて,私の亡骸は荼毘にふされて,炭素,酸素,水等々の元素や物質に戻る.とはいえ,今の私を構成している元素は,地球が創生されて以来,いろいろな経緯を経て,私の体を形成している.今,私の体の中には,かの有名な卑弥呼や楊貴妃,クレオパトラ,信長が呼吸して出来た炭酸ガスの一部が巡り巡って入っているかもしれない.もっと遡れば,恐竜の骨格を形成していたカルシュウムが,私の骨の中に混じっているかもしれない.
 私の灰が,後世の誰かの骨格を形成する一助になるかもしれない.
 でも,数十億年後には,地球上のありとあらゆるものは,巨大化した太陽に飲み込まれてしまう運命にある.そのとき,私を構成していた元素は,巨大な太陽の一部になる.
 その太陽も銀河系の片隅にあるちっぽけな存在である.
 宇宙は巨大である.4次元の宇宙の広がりは無限でもあり,有限でもある.宇宙は石鹸の泡が重なり合ったような構造になっているらしい.無数の泡の表面にゴミが浮いている.そのゴミの一つひとつが,銀河系と同じような星雲である.
 どうせ,私の体を構成するすべての物質は「無」から生じたものである.「無」の一寸した「ゆらぎ」の不均衡からで生じた残宰がこの世を形成している.
 ・・・・となると,一体,自分は何者なのだろう.
 こんな疑問は,古代から多くの賢人によって思索し続けられている古くて新しい難問だ.
 もちろん,私は霊魂などの存在は,馬鹿馬鹿しくて議論する気にもならない(この主題に関するコメントは,即,「没」にしよう).

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 私は,丹沢を歩きながら,時々,こんなことを考えている.そして,ふと,我に返って,現実に引き戻される.
 エピローグは,新たな旅立ちのプロローグでもある.
 「さて,今年はどうしよう・・・?」
 今のところ,目標が定まらない.
 とりあえずは,年間,50~60回ぐらいは,塔ノ岳を往復しよう.
 近場の三浦アルプスも10~20回ぐらいは出かけよう.
 夏になったら,北か南か分からないがアルプスの山に2~3回は登ろう.
 故郷の浅間山は2~3回か.
 過去の実績から推定して,山行日数は,年間100~120日ぐらいかな?

 海外は?
 どうしよう.
 もう,人生のクールダウンをしようと決めた以上,5000メートルを超える高山は止めよう.近場の玉山ぐらいにしておこうか.それとも歩き納めとしてツールドモンブランも歩いてみたいが,予算不足でダメだな・・・等々,なかなか決心がつかない.
 というわけで,新たなプロローグは,なかなか描ききれない.

  *****************************

  この散文を,ここまで書き進めたところで,私は,
 「・・・一体,私は,今,何を書こうとしているんだろう・・・」
と噴き出してしまう.
 こんな見当外れでおかしなエピローグがあるのかと,自分を疑う.でも,
 「何だか,おかしな内容だが・・・まあ,いいや,このままブログに乗せちゃえ・・」
 いずれにしても,モロッコ訪問記は,今回をもって終了する.
 「めでたし,めでたし・・」
である.
                                (つづく)
※索引(兼;目次)は後日作成する予定.

「モロッコ訪問記」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/dfed129c85373113dae55092ef758e2a
「モロッコ訪問記」の次回の記事
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「モロッコ訪問記」の最初の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/31b79faa79d02b8fe28dc5177880d2e4
「モロッコ訪問記」の索引
(編集中)
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