中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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アンデス・ブランカ山脈紀行;旅を終えて無事帰国(1)

2016年09月18日 03時38分21秒 | ペルー;ブランカ山群トレッキン

                          <ウニオン峠標高4,750メートル>

    アンデス・ブランカ山脈紀行;旅を終えて無事帰国(1)

          (アルパインツアー)
      2016年9月6日(火)~16日(金)

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http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/e06bd25c9fbecca7ec5b0a34b717d0ab

帰国当日;2016年9月16日(金)

<旅が終わった>

■夕方無事帰国

 アルパインツアー社(以下A社と略す)主催のトレッキング;
  「アンデス・ブランカ山脈トレッキング11日間(コース番号HPAB)」
に年甲斐もなく参加した.

 数年前(2008年),私は,山仲間徒一緒に,ブランカ山脈にあるピスコ山(標高5,750メートル)に登ったことがある.それ以来,もう一度,あのピスコ山を遠くから眺めてみたいなと思っていた.
 ピスコ山登頂のときにお世話になった現地ガイドのクラディオさんとM井さんは,その後,ワスカランで雪崩に遭って遭難された.お世話になったお二方に哀悼の意を表しながらワスカランに向けて合掌したかった.
 この密やかな私の二つの願いも無事叶った.
 ただ,残念なのは,ピスコ山登頂でペルーを訪れたときに,長い間宿泊させて頂いたリマの「ポコアポコ」は既に廃業していた.あのときお世話になったお礼が言いたかったのに…残念!
 トレッキングは,予定通り無事終わった.そして,私は,多分,もう二度と訪れることはないペルーを後にした.
 長い長いフライトを終えて,14時頃,やっと東京(成田)国際空港に到着した.

■自宅の風呂でノンビリ
 振り返れば,富士山の標高を遙かに超える高所のトレッキングが数日間続いていた.
 往路は東京(成田)国際空港からアメリカン航空の飛行機で,ダラス,マイアミの2空港でトランシットして漸くリマ国際空港へ足掛け2日間にわたる大移動の後,さらにバスに揺られること8時間で,やっと旅のベースとなるワラスに到着した.足掛け3日間にわたる大移動である(ただし日付変更線を跨いでいるので,表面的には2日間).
 ホテルらしいホテルに宿泊したのは往路でリマ,ワラス,カルワスの3泊,復路でワラスの1日合計3泊だけ.トレッキング中はテント泊であった.
 トレッキング中は,下着は一回も着替えなかったし,勿論,シャワーすら浴びなかった.
 トレッキングを終えて,ワラスのホテルでバスタブを利用したが,蛇口からは茶色で砂混じりのお湯が出た.でも,これでも現地では贅沢そのものである.
 帰宅後,真っ先にしたことは,風呂に入ること.
 わが家は築10年余りの古い家だが,日本式の深い湯船にタップリお湯を張って,ノンビリとお湯に浸かる…極楽,極楽!
 湯船に浸かりながら,自分の姿を鏡越しに見る.
 日焼け止めの塗り方が足りなかったのか,顔や手は真っ黒…というよりは赤茶色に日焼けしている.それほど高くない鼻だが,鼻の頭が特に焼けただれている.
 手を見ると時計のバンドの跡だけが日焼けせずに残っている.
 ”まるてお化けだな…”
 妖怪変化のような自分の姿に,驚きと哀れみを感じてしまう.
 こうして,帰国当日は瞬く間に過ぎ去る.

■実に美味しい夕食
 家内が用意した夕食は刺身と照り焼きの魚がメイン料理.炊きたてのご飯の良い香りと食感に感激.新鮮な野菜.
 ”ウ~ン…!! やっぱり日本食が一番だな…”
 久々の純和食に,やっぱりわが家が最高だなを実感する.

<旅の概要と所感>

コースレベルと参加者
 次回のブログ記事から,旅の様子を詳細に記述するつもりだが,とりあえずここで旅の概要と所感を思いつくままに書いておくことにしよう.
 まずは,このコースのレーティングから…
 このコースの難易度は,A社のレーティングでは
   歩行時間の目安  ;靴マーク3.5個
   最高宿泊地の高度;山マーク2個
である.
 言い換えると,5時間程度の歩行が4日以上含まれるやや健脚向きコースと,8~10日間程度の歩行が数日または長時間にわたっての歩行が含まれる健脚向きコースの中間のレーティングである.また高度では標高3,800~4,500メートルで高山病の影響がややある程度のコースである.
 参加者は6人(男4人,女1人.内夫婦1組)である.参加者の住所は関東地方4人,中部地方1人,九州地方1人である.例によって,私が,またもや,参加者の中での最高齢者と言うことになってしまう.ここ数年,毎度のことだが…
 たった6人の参加者なので,旅が始まると,お互いがすぐに打ち解けてくる.グループとしての行動も小回りが利くので,大変,居心地が良かった.

■峻険な山と荒々しい自然
 ブランカ山脈トレッキング11日間で見たものは,氷河に覆われた峻険な山々,山奥で極貧生活をおくる人,それに近代的な都市部.この絶望的とも終える大きな格差,赤土と埃まみれで,緑が殆どない大地.
 それに比較すると私達日本人は,如何に自分たちが緑豊かな自然に恵まれいるか,都市と農村との生活に殆ど格差がないかが,身に染みて分かる.かに恵まれているかが良く分かる.
 見渡す限り緑が殆どない赤土の大地に,へばり付くように建っている住宅を見ていると,自宅の狭い庭で,愚痴を言いながら,雑草を抜いている自分が,何となく悪いことをしているのではないか錯覚する.雑草とはいえ,貴重な緑の資源である.この雑草,生まれ変わってペルーで育って欲しいなとつくづく思う.
 話を戻そう…
 毎日,富士山の標高を遙かに超える高所のトレッキングはそれなりにシンドかった.
 でもそのうちに高度に順応して,毎日富士山より高い所を歩いているにもかかわらず,標高の低い所を歩いているような気がしてくる.馴れとは恐ろしいものである.

■着の身着のままのテント泊
 トレッキング期間中はテント泊,着の身着のまま,テント白昼は下着を一度も着替えなかった.髭も剃らなかった.身体は埃と汗で悪臭を放っていたに違いない.顔や手に日焼け止めを塗っていたにも拘わらず.真っ黒に日焼けしてしまう.髭ボウボウのグシャグシャ顔は正にモンスターである..
 毎日好天気に恵まれた,
 昼間は強い紫外線を含んだ日光で,ギラギラと照り焼きになりそうだが,夜はまるで冬.1日の内に真夏と真冬が繰り返される.それに時差ボケと高所ボケが加わって.ペルー到着後の2~3日はシンドイ毎日であった.

■可愛い動物に癒される
 旅の途中の至る所で,馬,ロバ,牛,犬などの可愛い動物を出会った.アルパカも見た.
 大都会ワラスのホテルに宿泊したときにも,早朝,鶏のときの声で目が覚めた.トレッキング中は常に馬やロバが同行して,私たちの荷物や人を運んでくれた.人懐こい地域犬が絶えず私たちの周囲にいた.これらの動物たちのつぶらな目や仕草に,私たちもとても癒される.
 ただ,道路,草原の至る所に馬糞,牛糞が落ちてはいるが…
 ”戦後,暫くの間は,オレの田舎もこんな感じだったな…”
と私は遠い遠い昔の生活を回想する.
 ”そういえば,馬糞拾いも子どもの仕事だったなあ…”
 私の家でも,ヤギ,ニワトリ,ウサギを飼育していたなあ…

■最高標高はウニオン峠4,750メートル
 ペルーに到着後,9月8日(木)に高所順応のために,ワラスから標高4,250メートルの所にあるラフルタ湖を往復する.そして,9月10日(土)からいよいよテント泊の高所トレッキングを開始する.
 トレッキング2日目の9月11日(日)に,今回のトレッキング最高地点ウニオン峠(標高4,750メートル)を無事通過する.富士山より約1,000メートルも高い.
 冒頭の写真は,ウニオン峠で撮ったものである.
 9月13日,トレッキング4日目を終えて,ワラスのホテルに宿泊した.
 市内のホテルに到着したときは,正直なところ,ホッとした.
 良い年をして,トレッキングしたので,何時の間にか”レジェンドFH”という下らない呼び方をされてしまう.
 毎度のことながら,自分の年令が話題になるのが,私にとって一番イヤ.
 ”オレの年など,どうでもいいだろう…放っといてくれ…!”
が本音である.

帰国後1日目;2016年9月17日(土) 晴後曇

逆時差ボケが辛い
 帰路はダラスで1回トランシットしだけだったが,エコノミークラスでの長~い,長~い旅に疲れ果てた.
 逆時差が身体に染みついているために眠っているような眠っていないような帰国直後の一夜を過ごす.午前1時30分頃,堪らず起床してしまう.
 今日は土曜日.しかも夜までは雨の心配はなさそうである.
 ”ならば,このまま起きていて,4時10分になったら塔ノ岳に出掛けてしまおうか…”
と迷う.
 しかし,いくら何でも,旅の疲労が残っている帰国翌日に塔ノ岳に登るのは,自分の年を考えても無謀すぎる.わたしはすんでの所で,塔ノ岳詣でを諦める.そして,今日一日は旅支度の整理を重点的にしようと心に決める.
 早朝,PCをONにする.
 留守中の着信メールが数百通.全部ダウンロードするのに数分を要した.着信メールの60パーセントはジャンクメールである.それらを消去するのが,結構大変な作業になる.残ったメール全部に目を通すとなると,一度には到底無理なので,めぼしいものから,順次目を通すことにする.
 ”まあ,2~3日掛けて,ゆっくり読もう…”
 午前中は,旅の荷物の整理に費やす.

■まずは洗濯だ
 まずは登山用品と衣類を仕分ける.
 前回のブランカ山脈ピスコ山登頂のときと比較すると,シュラフ,アイゼン,ピッケル,ロープ,カラビナ類や,重装備の冬支度がないので,登山用具と言っても軽登山靴とストックだけ.こちらは実に気楽に後片付けを済ませる.
 さて,衣類である.
 私は,トレッキングの途中では,下着類は一切着替えることもなく着の身着のままで過ごしてしまった.実はトレッキング中に少なくとも1回は下着類を着替えるだろうと予想していた.でも実際には,トレッキング中に下着を着替える気にはなれなかった.
 帰着替えた下着だけを洗濯するために,使用済みと未使用のものを分けてパッキングしたが,バッグからこれらの下着を取り出してみると,使用済み,未使用ともに何となくジットリとした感じである.
 ”えぇ~ぃっ…! 面倒だ! 全部洗っちゃえ…”
ということで,すべてを洗濯機にぶち込む.
 わが家の洗濯機が,古いドラム式.何時も登山では,容量の0.8位(単位は分からないがkgかな?)だが,今回はグッと量が多いので1.2.洗濯時間は55分.
 ”ありゃりゃ…ちと,多いかな”
 あまり個人的なことを記述するのもなんだが,私はずっと以前から登山で使用した汗臭い衣類は自分で纏めて洗濯をするようにしている.これは私がこまめだと言うことではなく,単なる習慣,というか好みである.

まずは泥と埃まみれの臭い衣類を全部洗濯機にぶち込んで洗濯を済ませる.
 これで,午前中は終わりである.

午後から鎌倉中央公園をお散歩
 午後になる.
 身体が次第に重くなり眠気が襲ってくる.
 このまま昼寝したくなるが,そんなことをしていたら,何時までも時差ボケが残るので,近場の鎌倉中央公園を,30分ばかりお散歩する.
 たった2週間足らず留守にしただけなのに,秋が大分深まっている.
 出発前までは,あんなに残暑が厳しかったのに,今はもうすっかり涼しくなっている.ご近所の方々が沢山散歩している.
 ”平和だなあ…”
 盛り上がるような木立がビッシリの公園を散策しながら.日本の自然は実に緑豊かだなあとつくづく思う.
 こうして,帰国後第1日目は,瞬く間に過ぎ去った.

■ちょっと間を置いて連載記事をスタート
 ブランカ山脈旅行記の続きは,当面の雑務を終えてから,執筆開始の予定である.
 ”ああ,シンドイ…”
 最初から息切れしているので,この旅行記がどうなることやら…サッパリ分からない.
                             (旅を終えて無事帰国(2)へ続く)

つづきの記事
  ↓
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/065139cfd7d0516e779acf26cad93b7c

「ブランカ山群トレッキング」の目次
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/3ac14bd1d44b99a378555e26864f76b7
「ブランカ山群トレッキング」の索引
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/9e3ba704d9bf4f7278473747420c4534

[参考資料]
ペルー周遊記(ピスコ山登頂);インデックス
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/f78082280c7a6bb87b1810478b6786ea

お断り;
 これらの記事は,私の趣味仲間を読者対象としたものであり,一般の読者を対象としていません,したがって,まったく個人的なものです.また十分に時間を掛けて編集していませんので,記事は正確とは言えないし,誤字脱字転換ミスも多々あると思います.このことを前提にしてご覧下さい.
 また,当ブログ記事を読んで,不快になられた方は,以後,当ブログへアクセスされないようにお願い致します.

 

 

 

 

 

 

 



 

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