中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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モンブラン登頂記(19):モンブラン山頂に立つ

2010年04月25日 07時15分00秒 | フランス・スイス;モンブラン登頂
                     <モンブラン山頂に到着>

       モンブラン登頂(19):モンブラン山頂に立つ
             (アルパインツアー)
      2005年
9月6日(火)。その2。曇時々霧氷時々晴

■グーテ小屋手前の岩場
 テートルース小屋から標高差約600mの岩場を登って,私は10時03分にグーテ小屋に到着した。ドッジさんは,私たち一行よりかなり遅れているが,その他のメンバーは,私の前後に相次いでグーテ小屋に到着した。日本で,モンブランの事前調査を繰り返していたが,そのときに何時も資料に出てくるのが,このグーテ小屋である。どの資料にも,グーテ小屋手前の嶮しい岩場を登ることが記載されている。
 「一体どんなところなのだろう・・・?」
 「
素人の私に登れるんだろうか・・・?」
心配が絶えなかった。
 
岩場の難度は2級程度だという情報は,事前に承知していた。でも,地形図からプロフィールマップを作ってみると,これまで私には経験のない程,大変長くて,標高差の大きな岩場のように思えてならなかった。私は何回となく,
 
「もう,日和田やストーンマジックで,何回ともなく,クライムアップ,クライムダウンの練習をしているのだから大丈夫だろう」
 
「剣岳や前穂高岳・奥穂高岳,妙義山へも行っているんだから,大丈夫だろう」
と自分を言い聞かせていた。私以外の同行者も,多分,私と同じような不安を持っていたのだろう。出発の1~2ヶ月ほど前に,いっそのこと,今回のプランを白紙に戻してしまおうかと,真剣の思い悩んだ時期があった。そのとき,アルパインツアーのH山さんから,
 
「誰かが弱気になれば,すぐその雰囲気が他の人に伝染してしまう・・・・登れる登れないは時の運,でも,折角,今まで苦労して準備してきたんだから,ここで止めるのは惜しい」
いう趣旨のコメントを頂いた。
 
今,グーテ小屋に辿り着いてみると,恐れていた岩場も,きちんと3点確保をしながら登れば決して難しくはなかった。やはり,思い切ってフランスまでやってきたのが,とても良かったなという感激に変わっている。
 
昼食を終えて準備ができた者から,順次,モンブランの山頂を目指して出発する。
 11時03分
,フクロウ,消防署長,私,ノシイカの4名は,ほぼ同時に出発する。大阪のTさんは,私たちよりやや遅れて出発する。ドッジさんは,私たちより大分遅れてグーテ小屋に到着したが,その後,体調が平常の状態に戻らないために,グーテ小屋から先には行かなかった。ただ,ドッジさんは,当初からグーテ小屋を最終目的地にしていたので,山頂まで登れなくても大満足だと言っていた。

<グーテ小屋手前の岩場を登る>

■雪と氷の世界
 
グーテ小屋から先は完全に雪と氷の世界である。モンブラン山の標高は4810m,グーテ小屋の標高が3817mである。したがって,これから雪と氷の山を約1,000ほど登らなければならない。途中にアップダウンがあるので,実質の高低差は1,000mを超える。小屋から10mほどの傾斜道を登ると稜線に出る。空は曇っているものの,風はそれほど吹いていない。稜線に出るとなだらかな踏み跡道が小さな丘を越えて向こうまで連なっているのが見える。行く手右側に小さな平地がある。もちろん,雪に覆われている。その平地に数張のテントが張られている。何人かのテント客と挨拶を交わす。ガイドが,かなり速い速度で歩くように,私を促す。それでも,なだらかな勾配が続くエギューデグーテ(標高3,863m)までは,何とか平常通りに歩けた。


■エギューグーテとドームデグーテ
 
エギューデグーテを過ぎると,勾配はそれ程きつくはないが,長い登り坂になる。行く手は深い霧に覆われていて良く見えないが,ときどき霧の合間に,とてつもなく長い傾斜を,三々五々と登山者が登っているのが見える。モンブランは随分と大きな山だなと実感する。
 
標高が高いためか,ちょっと急ぎ足になると,すぐに息が切れる。若いフランス人ガイドは,かなり速い速度で歩くように頻りに私を責め立てる。通常,私たちは日本の山の平均的な登山道ならば,標高差450m/h程度の速度なら,1日に10時間程度歩いても大丈夫なだけの体力を持っている。しかし,重登山靴に12本のアイゼンを付けているのに,500m/h程度の登坂速度を要求される。たちまちの内に,自分流の登山のリズムが崩れてしまい,腹式呼吸が良いことは,重々分かっているのに,「ハア,ハア」と荒い息づかいになってしまう。こんな状態が,長時間続く。
 
やっとの思いでドームデグーテ(4,304m)を通過する。だだっ広いもっこりとした山頂を通過する。ここからなだらかな下り坂になる。少々救われたような気分になる。辺りを見回すと,若いフランス人ガイドに急かされた私だけが仲間よりも随分と先を歩いているようである。なだらかな下り坂を過ぎると,急勾配の登り坂になる。ピッケルを行く手に指しながら,一歩一歩,喘ぐように登り続ける。あまり寒いとは感じないが,実際は寒いのかしれない。鼻水が止めどもなく流れ出す。はじめは手袋で鼻水を拭いていたが,その内に,鼻水を拭く気力もなくなってくる。ガイドに「もっと早く歩け」と叱咤され続けである。私が余り速く登れないので,業を煮やしたのか,ガイドがいきなりロープを強く引っ張る。それに即応できない私は,ときどき,足下をふらつかせる。冷たい風が絶え間なく吹いている。

<雪と氷の世界が続く>

■ヴァロ避難小屋
 
急勾配が続く。真っ直ぐのむきではもう登れないので,身体を斜めに構えてカニ歩きのような歩き方で,一歩一歩高度を稼ぐ。そして,やっとの思いで,ヴァロ避難小屋(4,362m)前の尾根に到着する。尾根に出ると猛烈な風が吹いている。この風の中で小休止。吹き飛ばされそうになりながら,リュックから目出帽を引っ張り出して被り,ヤッケを着る。手袋を吹き飛ばされたら大変なので,細心の注意を払いながらリュックから出し入れする。私は疲労しているので,もうラップタイムを記録する気持ちになれない。ただ,水を飲んだだけで,だらしなく休憩を取る。


■グランドボス
 
ここから暫くの間,稜線上の踏み跡をたどって登り続ける。山の傾斜はますます急になる。やっとの思いで,グランドボス(4,513m)の小さな山稜を通過する。
 
天候は刻々と変化する。太陽が顔を見せたかと思うと,すぐに霧で覆われてしまう。足下の雪質はザラザラで,残雪期の富士山の雪質に良く似ている。このあたりは,丁度,5月に私たちは残雪期の富士山に登ったときの八合目以上の山頂近くの雰囲気と良く似ている。
 
いつの間にか,私よりかなり後を歩いていた消防署長が,いとも軽々と私を抜き去っていく。彼女のガイドは陽気なイタリア人である。カンツォーネを歌いながら,陽気に私を追い越す。追い越されるのは,多少,悔しいけれども,こればかりは体力の差だから致し方ない。

<ガスで見通しの利かない急坂を登り続ける>

■プチドボス
 
プチドボスの緩やかで短い下りを降りきると,急な登り坂になる。霧の合間に,何人かの登山客が,私たちと同じように,ガイドにザイルで確保して貰いながら登っていくのが見える。傾斜はますますきつくなる。最大傾斜角は42度になると,ものの本に書いてあったが,実際に来てみると正に圧巻である。私より先頭を登っていたフクロウが,急に速度が落ちる。そして,ふらふらの私が,フクロウを追い抜く。どうやら,フクロウは軽い高山病になったらしくて,しきりにゲエゲエと吐いている。ようやくの思いで,山頂の少し手前に到着する。幅50cmほどの通路の両側は鋭く傾斜している。霧に遮られて,見通しはあまり利かないが,ガイドの話によると,この稜線の両側は1000mほど切れ落ちているとのことである。
 
私は,今,危険な稜線に差し掛かっているが,登山道の勾配は殆どない。しかし,疲労は極限に近い状態にまで達している。
 「もっとゆっくり,少し休ませてくれ」
私は悲痛な顔をして,ガイドに訴える。その度に,
 
「だめ,もっと速く歩け」
と冷たい返事が返ってくる。そして,不意に私を引っ張る。ただでさえ疲労しているのに,不意を付かれるので,よろよろと転倒しそうになる。私はふらふらしながら,一歩,一歩,喘ぐようにして登る。喉が渇く。ときどきキャメルバックの吸い口から,水を飲む。気候が寒いので,水がよく冷えていて美味しい。
ようやくの思いで,山頂まで後10分の所まで到着する。バテてふらふらの私を見て,ガイドが,
 
「もうダメだ! もっとちゃんと歩けないなら,引き返すぞ」
と恐ろしいことを言う。
 
心配げに私たちの様子を見ていた,Sガイドが,大声で,
 
「何と言っているんだ! すぐそこが頂上じゃないか。この人は72歳なんだぞ。お前がガイドできないんだったら,俺がこの人のガイドをするから,もう帰ってくれ・・」
とクレームする。
 
この一言でガイドの態度が少し変わった。彼の目には,どうやら,私が大分若く見えたらしい。



<山頂間近のナイフエッジを登る>

■ナイフエッジを経て山頂に到着
 
頂上直前のナイフエッジをやっとの思いで慎重に渡りきり,何とかモンブランの山頂にたどり着いた。山頂では,私より5分ほど早く着いた消防署長と,彼女のガイドの2人が,私の到着を待っていた。山頂に着いた途端に,私はヘタヘタとしゃがみ込む。山頂に到着した時間を記録する気にもならない。私たち以外には誰も居ない。山頂だけが霧の上に突き出ている。眼下には雲が立ち込めている。山頂の先には,もう一つの山頂が見えている。あちらの山頂は,イタリア側の山頂らしい。フランス側の山頂より少し低いらしい。
 
とにかく,どうやらこうやら,ヨーロッパアルプスの最高峰の登頂できた。



<モンブラン山頂>
※山頂は意外に広い氷原になっている.寒い.

                          (つづく)

「モンブラン登頂記」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/541cd7c49cf945b30501137d4afad27c
「モンブラン登頂記」の次回の記事
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