2018年10月29日
<要約>
1)2018年9月30日深夜から翌日午前3時くらいまで東京地方を襲った台風24号がもたらした玉川上水30kmの被害木(倒木や幹折れ、直径20cm以上)の実態を記録した。
2)合計116本(3.9本/km)が記録された。
3)全体に上流(西側)で少なく、下流(東側)に多い傾向があり、特に井の頭一帯は多かった。
4)倒木の方角は北に偏っており、北と北東、北西を合わせて85.4%に達した。これは南からの暴風が吹いたことを反映していた。
5)樹種はサクラ類が3分の1を占め、生えている本数を考えると非常に被害が大きかったと考えられる。
6)被害木のうち、植林されたサクラ類、ヒノキは平均直径が50cmを上回る大木であったが、コナラ、クヌギなど自生する雑木林の構成種は30cm前後と細く、若い木であることがわかった。
7)倒木と大量に折れた枝により、地表に光が注いで明るくなることが予想され、今後の群落変化が注目される。
<はじめに>
2018年9月30日の夜中、台風24号が東京を襲った。玉川上水で植物を調べているので、これは数十年に一度のただならぬことだと思い玉川上水花マップネットワークの機動力で記録をすることにした。というのは花マップを進める過程で、上に木があるかないかで下に生えている植物が大きく違うことがわかっていたので、今回のように木が倒れたり、枝が折れたりすることは玉川上水の植物にとっても大きな意味があると考えたからである。
そこで玉川上水花マップネットワークのメンバーに、被害木(倒木と幹折れ)があったら記録を取るようにお願いした。
長さ30キロメートルの南北岸で倒木の実態が記録されることは玉川上水の植物や自然にとって重要な意義がある。
<方法>
花マップの調査で使っている約100の橋の番号と北岸か南岸か、その区画にあった倒木の名前、被害の状態(根返りか幹折れか)、倒れた方向、太さである。ただし太さは、立ち入り禁止の場所では目測で推定した。
橋番号と行政界は次の通りである。
1-4: 羽村市
5-21: 福生市
22-26: 昭島市
27-39: 立川市
40-62: 小平市
63-68: 小金井市
69-73: 西東京市
74-77: 武蔵野市
78-93: 三鷹市(井の頭を含む)
94-95: 杉並区
被害には樹木が根元から倒れる「根返り」(写真1)と、幹が折れる「幹折れ」(写真2)がある。後者には枝を残して最下の枝より上の幹が折れたもの、幹が途中で大きくY字状に分かれたものの片方が折れたものなどがあるが、相対的なものなので「幹折れ」に一括した。
写真1 根返りをしたコナラ(小平市)
写真2 幹折れしたサクラ(杉並区)
なお、倒木は行政により迅速に対応され、1、2日のうちに幹や枝がチェーンソーなどで伐られたため、中には樹種や倒れた方向がわからないものもあった。
調査の様子を写真3, 4に示した。
写真3 被害木の周を測定する(小金井にて)
写真4 倒れたアカマツの年輪を調べる(井の頭にて)
<被害木本数の東西分布>
調査範囲30kmで合計116 本の被害木が確認された。これは3.9本/kmの密度となる。
これを、羽村取水場から2.5キロメートル刻みで、その範囲で記録された被害木の本数を見ると、井の頭のある87区が32本と非常に多く、ついで小金井の62区が多かった(図1)。あとはおよそ10本前後であり、1 区は全くなく、10区、28区、59区などは5本未満で少なかった。
このように全体としては「西低東高」の傾向があったが、局所的に多寡のばらつきがあった。
図1 羽村取水堰から2.5km刻みの被害木本数
下に示したのは玉川上水の始まる羽村からの区画番号と橋などの名前。区画番号はその区画が始まる番号であり、被害木本数はグラフの次の区画の直前までの複数区画を示す。
これを南岸、北岸に分けて見ると、23区、62区、81区では南岸が多かったが、34区と87区は北岸が多かった(図2)。特に87区(井の頭)の北岸が非常に多かった。
東西の傾向だけでなく、場所ごとの南北の変異もあり、もともとの立木本数のばらつきも考慮に入れる必要があるが、台風24号の暴風の強さや向きは複雑だったと思われる。
図2 図1の被害木を北岸と南岸で比較した図
下に示したのは玉川上水の始まる羽村からの区画番号と橋などの名前。被害木本数はグラフの次の区画の直前までの複数区画を示す。
全体の南北比較はほぼ半々であった(北岸51本、南岸65本)。
<倒れた方角>
個々の樹木の倒れた方向を8方向に分けた記録によると、北が58%で北東と北西がそれぞれ1%と7%で、北方向で87%に達した(表1)。ついで西が8%であり、暴風は南から東から吹いたものと推察される。
<被害樹種>
被害木種の内訳をみると、サクラとヤマザクラが29%で、ソメイヨシノとイヌザクラを加えると32%に達した。「サクラ」としたのは、調査時に処理されて葉がないために種が特定できなかったものである。以下、コナラ、クヌギ、エゴノキと続いた。
後3者はイヌシデと合わせて玉川上水に非常に多い樹種である。立木の内訳は特定できないが、例えば小平での調査ではイヌシデ26%、コナラ26%、ケヤキ11%、エゴノキ9%などであった。これを参考にすると、被害木のうち、コナラ、クヌギ、エゴノキなどは被害率は小さいと言える。これに対してサクラ類は立木本数はさほど多くないのに、被害木では3分の1もの高率を占めていた。このことから、サクラ類は被害率が高かったと考えられる。
図3 玉川上水における被害木の本数内訳
<太さ>
被害木が5本以上あった樹種の平均直径を表2に示した。ただしソメイヨシノは4本だったが、重要なので取り上げた。これを見ると、ソメイヨシノは平均直径が86.8cmもあった。これに続くケヤキ、サクラ、ヒノキも50cm台であり、植林された樹木は太い木が多かった。これらに比べれば玉川上水に多く自生する雑木林の主要構成種であるコナラ、エゴノキ、クヌギは30cm前後であった。
<状態>
被害木の状態は、根返りは15%にすぎず、幹折れと枝折れを含む「その他」が85%を占めた。
図4 被害木の状態の本数内訳
<考察>
台風24号は各地に被害をもたらしたが、東京の西部を東西に流れる玉川上水の樹木にも被害をもたらした。その実態を記録しておくことは有意義であると考えて、迅速に記録をしたところ、30kmの範囲に114本の被害木が確認された。これは1kmあたり4本ほどの密度になる。多くは北方向に倒れており、南からの暴風があったことを反映していた。様々な樹木が被害を受けたが、サクラ類に強く被害が出ていた。
サクラ類は直径が50cmを超える大木が多く、特にソメイヨシノは太い木が多かった。これらの多くは、幹の中央部が腐っており、老木であることがわかった。これに対して玉川上水に非常に多い、コナラやクヌギ、エゴノキは直径30cm前後と細く、戦後、伐採が行われなくなってから育ったものが多いと考えられた。
これまでの調査で、玉川上水の樹木がある場所とない場所で地上に生える植物に大きい違いがあることがわかっている。樹木がある場所には武蔵野の雑木林の下に生える野草が生き延びているが、樹木がない場所にはススキ群落に出てくる草本類が多くなる。今回の暴風で多くの樹木が倒れたり、折れたりしたが、それ以上に枝が折れた。このことはこれまで樹木が覆っていた「樹冠」を除去したことになり、地表に直射日光が当たる範囲が広がったことを意味する。したがって、今後、明るい場所に生える植物類が増加することが予測され、そういた群落変化を記録することも必要であろう。
ところで、我々は10月1日から2日にかけて行われた倒木の処理の迅速さに強く印象付けられた。台風の影響は都内全域に及んでいるが、玉川上水だけでも100本を上回る樹木が被害を受けた。場合によっては道路を塞ぎ、自動車の流れを阻害したはずであるが、驚くほど速く処理された。被害情報の把握、それへの対応、業者への連絡など、考えただけでも短い時間に実行に移すのが容易でないのは想像がつく。そのことを考えれば、今回の迅速な対応は賞賛に値すると思われる。
最後に玉川上水の樹木の管理について触れておきたい。玉川上水の樹木の大半は戦後、伐採しなくなってから育ったものである。これらの比較的若い木の被害は少なく、サクラ類に代表されるような古木の被害が大きかった。今回の台風の影響によって多数の被害木が発生したことは、市街地に残された緑地である玉川上水の樹木を、道路の安全性、交通の順調な流れ、近隣家屋への被害などの都市緑地の持つ問題点の抑制という課題と、その緑地に残された生物多様性の保全という課題をいかに調整しながら管理すべきかという難しい課題を提示したといえる。
台風24号による玉川上水の樹木への被害状況
玉川上水花マップ・ネットワーク(代表 高槻成紀)
玉川上水花マップ・ネットワーク(代表 高槻成紀)
<要約>
1)2018年9月30日深夜から翌日午前3時くらいまで東京地方を襲った台風24号がもたらした玉川上水30kmの被害木(倒木や幹折れ、直径20cm以上)の実態を記録した。
2)合計116本(3.9本/km)が記録された。
3)全体に上流(西側)で少なく、下流(東側)に多い傾向があり、特に井の頭一帯は多かった。
4)倒木の方角は北に偏っており、北と北東、北西を合わせて85.4%に達した。これは南からの暴風が吹いたことを反映していた。
5)樹種はサクラ類が3分の1を占め、生えている本数を考えると非常に被害が大きかったと考えられる。
6)被害木のうち、植林されたサクラ類、ヒノキは平均直径が50cmを上回る大木であったが、コナラ、クヌギなど自生する雑木林の構成種は30cm前後と細く、若い木であることがわかった。
7)倒木と大量に折れた枝により、地表に光が注いで明るくなることが予想され、今後の群落変化が注目される。
<はじめに>
2018年9月30日の夜中、台風24号が東京を襲った。玉川上水で植物を調べているので、これは数十年に一度のただならぬことだと思い玉川上水花マップネットワークの機動力で記録をすることにした。というのは花マップを進める過程で、上に木があるかないかで下に生えている植物が大きく違うことがわかっていたので、今回のように木が倒れたり、枝が折れたりすることは玉川上水の植物にとっても大きな意味があると考えたからである。
そこで玉川上水花マップネットワークのメンバーに、被害木(倒木と幹折れ)があったら記録を取るようにお願いした。
長さ30キロメートルの南北岸で倒木の実態が記録されることは玉川上水の植物や自然にとって重要な意義がある。
<方法>
花マップの調査で使っている約100の橋の番号と北岸か南岸か、その区画にあった倒木の名前、被害の状態(根返りか幹折れか)、倒れた方向、太さである。ただし太さは、立ち入り禁止の場所では目測で推定した。
橋番号と行政界は次の通りである。
1-4: 羽村市
5-21: 福生市
22-26: 昭島市
27-39: 立川市
40-62: 小平市
63-68: 小金井市
69-73: 西東京市
74-77: 武蔵野市
78-93: 三鷹市(井の頭を含む)
94-95: 杉並区
被害には樹木が根元から倒れる「根返り」(写真1)と、幹が折れる「幹折れ」(写真2)がある。後者には枝を残して最下の枝より上の幹が折れたもの、幹が途中で大きくY字状に分かれたものの片方が折れたものなどがあるが、相対的なものなので「幹折れ」に一括した。
写真1 根返りをしたコナラ(小平市)
写真2 幹折れしたサクラ(杉並区)
なお、倒木は行政により迅速に対応され、1、2日のうちに幹や枝がチェーンソーなどで伐られたため、中には樹種や倒れた方向がわからないものもあった。
調査の様子を写真3, 4に示した。
写真3 被害木の周を測定する(小金井にて)
写真4 倒れたアカマツの年輪を調べる(井の頭にて)
<被害木本数の東西分布>
調査範囲30kmで合計116 本の被害木が確認された。これは3.9本/kmの密度となる。
これを、羽村取水場から2.5キロメートル刻みで、その範囲で記録された被害木の本数を見ると、井の頭のある87区が32本と非常に多く、ついで小金井の62区が多かった(図1)。あとはおよそ10本前後であり、1 区は全くなく、10区、28区、59区などは5本未満で少なかった。
このように全体としては「西低東高」の傾向があったが、局所的に多寡のばらつきがあった。
図1 羽村取水堰から2.5km刻みの被害木本数
下に示したのは玉川上水の始まる羽村からの区画番号と橋などの名前。区画番号はその区画が始まる番号であり、被害木本数はグラフの次の区画の直前までの複数区画を示す。
これを南岸、北岸に分けて見ると、23区、62区、81区では南岸が多かったが、34区と87区は北岸が多かった(図2)。特に87区(井の頭)の北岸が非常に多かった。
東西の傾向だけでなく、場所ごとの南北の変異もあり、もともとの立木本数のばらつきも考慮に入れる必要があるが、台風24号の暴風の強さや向きは複雑だったと思われる。
図2 図1の被害木を北岸と南岸で比較した図
下に示したのは玉川上水の始まる羽村からの区画番号と橋などの名前。被害木本数はグラフの次の区画の直前までの複数区画を示す。
全体の南北比較はほぼ半々であった(北岸51本、南岸65本)。
<倒れた方角>
個々の樹木の倒れた方向を8方向に分けた記録によると、北が58%で北東と北西がそれぞれ1%と7%で、北方向で87%に達した(表1)。ついで西が8%であり、暴風は南から東から吹いたものと推察される。
表1 倒木の方角ごとの本数
<被害樹種>
被害木種の内訳をみると、サクラとヤマザクラが29%で、ソメイヨシノとイヌザクラを加えると32%に達した。「サクラ」としたのは、調査時に処理されて葉がないために種が特定できなかったものである。以下、コナラ、クヌギ、エゴノキと続いた。
後3者はイヌシデと合わせて玉川上水に非常に多い樹種である。立木の内訳は特定できないが、例えば小平での調査ではイヌシデ26%、コナラ26%、ケヤキ11%、エゴノキ9%などであった。これを参考にすると、被害木のうち、コナラ、クヌギ、エゴノキなどは被害率は小さいと言える。これに対してサクラ類は立木本数はさほど多くないのに、被害木では3分の1もの高率を占めていた。このことから、サクラ類は被害率が高かったと考えられる。
図3 玉川上水における被害木の本数内訳
<太さ>
被害木が5本以上あった樹種の平均直径を表2に示した。ただしソメイヨシノは4本だったが、重要なので取り上げた。これを見ると、ソメイヨシノは平均直径が86.8cmもあった。これに続くケヤキ、サクラ、ヒノキも50cm台であり、植林された樹木は太い木が多かった。これらに比べれば玉川上水に多く自生する雑木林の主要構成種であるコナラ、エゴノキ、クヌギは30cm前後であった。
表2 主要樹種の平均直径
<状態>
被害木の状態は、根返りは15%にすぎず、幹折れと枝折れを含む「その他」が85%を占めた。
図4 被害木の状態の本数内訳
<考察>
台風24号は各地に被害をもたらしたが、東京の西部を東西に流れる玉川上水の樹木にも被害をもたらした。その実態を記録しておくことは有意義であると考えて、迅速に記録をしたところ、30kmの範囲に114本の被害木が確認された。これは1kmあたり4本ほどの密度になる。多くは北方向に倒れており、南からの暴風があったことを反映していた。様々な樹木が被害を受けたが、サクラ類に強く被害が出ていた。
サクラ類は直径が50cmを超える大木が多く、特にソメイヨシノは太い木が多かった。これらの多くは、幹の中央部が腐っており、老木であることがわかった。これに対して玉川上水に非常に多い、コナラやクヌギ、エゴノキは直径30cm前後と細く、戦後、伐採が行われなくなってから育ったものが多いと考えられた。
これまでの調査で、玉川上水の樹木がある場所とない場所で地上に生える植物に大きい違いがあることがわかっている。樹木がある場所には武蔵野の雑木林の下に生える野草が生き延びているが、樹木がない場所にはススキ群落に出てくる草本類が多くなる。今回の暴風で多くの樹木が倒れたり、折れたりしたが、それ以上に枝が折れた。このことはこれまで樹木が覆っていた「樹冠」を除去したことになり、地表に直射日光が当たる範囲が広がったことを意味する。したがって、今後、明るい場所に生える植物類が増加することが予測され、そういた群落変化を記録することも必要であろう。
ところで、我々は10月1日から2日にかけて行われた倒木の処理の迅速さに強く印象付けられた。台風の影響は都内全域に及んでいるが、玉川上水だけでも100本を上回る樹木が被害を受けた。場合によっては道路を塞ぎ、自動車の流れを阻害したはずであるが、驚くほど速く処理された。被害情報の把握、それへの対応、業者への連絡など、考えただけでも短い時間に実行に移すのが容易でないのは想像がつく。そのことを考えれば、今回の迅速な対応は賞賛に値すると思われる。
最後に玉川上水の樹木の管理について触れておきたい。玉川上水の樹木の大半は戦後、伐採しなくなってから育ったものである。これらの比較的若い木の被害は少なく、サクラ類に代表されるような古木の被害が大きかった。今回の台風の影響によって多数の被害木が発生したことは、市街地に残された緑地である玉川上水の樹木を、道路の安全性、交通の順調な流れ、近隣家屋への被害などの都市緑地の持つ問題点の抑制という課題と、その緑地に残された生物多様性の保全という課題をいかに調整しながら管理すべきかという難しい課題を提示したといえる。
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