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中谷巌氏、またしても時流の先端を全力で追尾し疾走中! - 不快感を与えずに「みそぎ」を済ます才能

2009-01-27 | いとすぎから見るこの社会-全般
記事に「変節」とあったので驚愕しました。
中谷氏は十年前と全く同じ行動をされているのに、
なぜそれが「変節」なのでしょうか。

寧ろ、中谷氏が絶妙のタイミングで真逆に「転向」し、
エコノミストとしての名声を無傷で保った技量の素晴らしさに
感嘆すべき時ではないかと思います。

この中谷氏の談話を拝見すると、「ABCD包囲網」「鬼畜米英」が
突如として「民主主義万歳」「マッカーサー万歳」に反転した
かつての日本の有様を想起します。(歴史は繰り返す)

取り立てて深く考えずに「時流」を追尾していった結果、
群衆心理的な動きを先頭で演じてしまう、ということでしょう。


なぜ私は変節したか? 人間を幸せにする資本主義の模索を(日経BP)
http://news.goo.ne.jp/article/nbonline/business/nbonline-183649-01.html

”「構造改革」の急先鋒として知られた三菱UFJリサーチ&コンサルティン
 グの理事長、中谷巌氏。細川内閣や小渕内閣で規制緩和や市場開放を積極
 的に主張。市場原理の重要性を声高に説いた。小渕内閣の「経済戦略会議」
 における提言の一部は小泉政権の構造改革に継承されており、構造改革路
 線の生みの親とも言える存在だ。その中谷氏が昨年12月に上梓した著書が
 話題を集めている。
 タイトルは『資本主義はなぜ自壊したのか』。「構造改革」を謳い文句に
 登場した新自由主義の思想と、そのマーケット第一主義の結果として現出
 したグローバル資本主義(米国型金融資本主義)を批判した書である。所
 得格差の拡大、地球規模で進む環境破壊、グローバルで進む食品汚染、崩
 壊する社会の絆。これらはグローバル資本主義という「悪魔のひき臼」が
 もたらした副産物であると説く。
 「政・財・官」の癒着に象徴される悪しき日本。それを変革するためには
 構造改革が不可欠だった。だが、米国を震源地とした金融危機は、小さな
 政府を目指す過程で削ぎ落としたものの重要性を浮き彫りにした。かつて
 米国型資本主義や市場原理主義を信奉した男は危機の今、何を考えている
 のか(聞き手は、日経ビジネス オンライン記者 篠原匡)。
 〔中略〕
 中谷 新自由主義的な発想が強烈に現れたのは1980年代初頭のレーガン政権
 やサッチャー政権でした。その後、21世紀になると日本にも浸透し、小泉
 政権の時に「小さな政府」を志向した構造改革路線が敷かれたのはご存じ
 の通りでしょう。私はこの構造改革の必要性を否定しているつもりは全く
 ありません。
 日本には談合などをはじめとした「政・官・財」の鉄のトライアングルが
 存在し、グローバルな競争という観点ではいろいろと問題があった。国民
 の税金や郵貯・簡保の資金が不必要な公共事業に垂れ流されていたのも事
 実でしょう。
 日本経済の活力を奪っていた既得権構造の打破は正しかったと思うし、今
 でも改革の余地はたくさん残っています。ただ、構造改革のバックボーン
 となっている新自由主義は米国や英国で作られた思想。その思想を日本に
 持ってくる場合、メリットとデメリットがある。
 〔中略〕
 中谷 欧米社会は基本的に階級社会であり、エリート社会。日本は、欧米に
 比べるとかなり平等主義でしょう。日本経済や企業を見ても、一部のエリ
 ートが引っ張ったのではなく、現場の普通の人が高い意識を持って頑張っ
 たために強くなった。
 つまり、階級社会や平等社会という国の違いを無視して、階級社会的な発
 想の改革を進めすぎると、日本社会の強みだった一体感というものが損な
 われてしまう。それが日本社会を毀損し、企業などの競争力を弱めてしま
 う。欧米的な価値観の下に進められる改革を少し修正し、日本社会の強さ
 を損なわないような形に変えていかなければならない。そのことにだんだ
 んと気づくようになった。
 〔中略〕
 中谷 1969年、27歳の時にサラリーマン生活に見切りをつけ、ハーバード大
 学に留学しました。その時の米国の印象は強烈でした。大学の教授陣はノ
 ーベル賞受賞者がずらり。同級生の頭の切れも素晴らしかった。授業につ
 いていくために、私は死にものぐるいで勉強しました。そうしてまじめに
 勉強すればするほど、米国近代経済学のロジックと緻密さに魅了されてい
 きました。米国に「かぶれた」わけです。
 まあ、私が米国かぶれになったのは、その当時の米国の豊かさに直接触れ
 たためでもありました。
 貧乏な留学生にとって、米国の物質的な豊かさと精神的な寛容さはまるで
 ユートピア。米国で過ごすうちに、米国流の経済学が正しい、市場メカニ
 ズムが機能する社会になれば米国のように豊かになる、と考えるようにな
 りました。本書で詳しく触れていますが、市場原理主義が豊かさをもたら
 したわけではなかったのですが、当時はそれに気づかなかった。
 〔中略〕
 中谷 批判的に見つめていくと、グローバル資本主義の本質的な欠陥が見え
 始めた。まず、世界金融経済の大きな不安定要素になる。バブルの生成と
 崩壊はグローバル資本主義の内在的な機能になっています。
 次に、格差拡大を生み出し、健全な中流階級の喪失という社会の二極化を
 生み出してしまう。さらに、地球環境汚染を加速させる。今のような国境
 を越えて資金が自由に移動できるような世界がベストなのか。そのグロー
 バル資本主義の基本哲学が正しいのか。改めて検証する必要があるでしょ
 う。
 〔中略〕
 中谷 そうですね。新自由主義は簡単に言うと、能力がある者はどんどん富
 んでいったらいいという発想です。小さな政府にして所得再分配はあまり
 やらない。自己責任で、成果主義で、能力のある人は羽ばたけという世界
 ですからね。その結果として、所得は大きく変わります。米国の中産階級
 も多くは低所得者層に吸収されてしまいました。
 私自身もそうですが、「強い者をより強くすることで、社会の平均値が底
 上げされる」という考え方が小泉構造改革の頃には支配的でした。
 〔以下略〕”

一読して素朴な疑問が続出します。

「グローバル資本主義」が「悪魔のひき臼」ならば、
苦労して米国での現地生産を進めたトヨタやホンダは
「悪魔の手先」なのでしょうか?

欧米が「基本的に階級社会」であるのなら、
フランスの手厚い社会保障と平等主義は何なのでしょうか。

日本よりも遥かに平等志向の強いスウェーデンやフィンランドより
日本経済の方が低い成長率になっているのは何故でしょうか。

「日本社会の強みだった一体感」が本当なのであれば、
どうして天下り法人や公共事業の無駄が問題になるのでしょうか。
一部の者が利益誘導し、一体感を自ら破壊したからではないのですか?

日本社会の一体感が本当に強みなのであれば、
家電や半導体でアジアに追い上げられたのは何故でしょう。
経済成長率の低迷にも関わらず2世議員が増殖したのは何故でしょう。

景気低迷で勤労者の賃金所得が全く増えなかったにも関わらず、
中高齢層の預貯金が増えているのは何故なのでしょう。
育児や教育への財政支出は先進国中で最低水準なのに、
年金だけ北欧諸国を超える水準なのは何故なのでしょうか。


……結局、今さら新自由主義を全面批判しても何の足しにもならず、
現状の追認を全力で行っているだけであると思われます。

私は、五年後、十年後に中谷氏が再び反転して
「いや、やはり自由市場は重要だ!」
と声高に主張される場面が目に浮かびます。

氏の著書を一生懸命読んでいる方々には申し訳ないのですが、
2000年前後に米IT革命を礼讃していたのは誰だったのか、
前もって下の著作に目を通した方が良いでしょう。





『エコノミストは信用できるか』(東谷暁,文藝春秋)

”中谷氏が「歴史」という言葉を持ち出した時には、
 大概予想を間違う。なぜなら、中谷氏の「歴史」
 とは「周囲の空気」のことだからである。あまり
 に「いい人」すぎて、周りの空気に呑まれて冷静
 な判断が出来なくなるのだろう。”


と何年も前に評されているのです。。
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