記憶喪失だなんて嘘みたいな僕を拾ってくれたのは、全く王子らしくない王子、クロムだった。
「いやぁ、まさか君が王子だったなんて……」
「初対面の奴にはほとんどそういう反応されるな」
「そりゃそうだよ」
笑うクロムが案内してくれたのは城の中の一室。
やっぱりお城だけあってすごく広くて綺麗な部屋だ。
「取り敢えず今日はここを好きに使ってくれ。風呂も入るだろ?着替えも用意したから」
「うわぁ、いいのかい?嬉しいなー!」
「ああ、俺の部屋着で悪いが……。じゃあ、ゆっくりな。何かあったら声をかけてくれ」
「うん!ありがとう、クロム!」
どこの誰かも分からない僕にお風呂まで提供してくれるなんて、王子としてそれはいいのかと心配にはなるけど、汚れを落とせるのはやはり嬉しい。
お礼に今度クロムの背中でも流してあげよう。男同士、裸の付き合いが更に友情が育まれるものなのだ。
そんなことを考えながら、取り敢えず早速お風呂に入らせてもらおう、と着替えを持って浴室へと向かった。
「あ」
ルフレに風呂の後、少し時間を取れないか聞くのを忘れていたことを思い出して廊下で声を上げる。
自警団を紹介したいだけだから急ぎではないんだが、早くみんなにルフレを紹介したいという気持ちもある。
今戻ればまだ風呂に入る前だろうか。
取り敢えず、ルフレの部屋に戻ることにした。
「ルフレ、入るぞ」
ノックし忘れていたが、まあいいだろう。
扉を開けて中に入るとルフレの姿が見えない。
遅かったか。また後で来るか、と部屋を出ようとしたとき。
「うわあぁぁあああっっっ!!!」
ルフレの叫び声が浴室から聞こえてきた。
「ルフレ!?」
急いで浴室の扉を開ける。
そこにいるルフレを見て今度は俺が叫ぶことになる。
記憶喪失だからだろうか?
なんで僕は忘れていたんだろう。
というか、なんで勘違いしてしまっていたんだろう。
自分が男だと。
浴に入った僕は当然ながらまず服を脱いだ。
ふと自分の身体を見ると、胸に二つの膨らみがあったのだ。
「うわあぁぁあああっっっ!!!」
叫んだね、叫んだよ。
だって僕、自分のこと男だと思ってたんだから。
「……って事なんだけどさー」
信じられない。
……というのは、ルフレが女だということもだが、何よりこいつの神経が信じられない。
叫び声を聞いて浴室に飛び込んだ俺が見たのは裸のルフレだった。
「クロム!?」
「大丈夫か!!…………うわあぁっ!!すまん!」
何故か女の裸体が目の前にあって、俺は浴室の扉を慌てて閉めた。
ばくばくと鳴る心臓の音を聞きながら頭をフル回転させる。
女?
あいつ、女だったのか?
マントのせいで身体のラインも隠れてるし気付かなかった。
っていうか、はだ、裸、裸見てしまった。どう謝ればいいんだ!!
謝りたいから早く出て来いルフレ!
いやでも、気まずいから出て来ないでくれ!
もうパニック状態だった。
しかし、ルフレが出て来る気配はなく、よく聞くと浴室からパシャパシャと風呂に入ってるらしい音と、ルフレの鼻歌が聞こえてきた。
「なんであの状況で暢気に風呂に入れるんだ……」
「だって、服脱いじゃってたしさ」
「そういう問題じゃないだろう……」
ガクリと肩を落とすことしか俺には出来ない。
「お前は見られた方なんだぞ」
「え?何が?…………ああ、裸?いいよいいよ、助けようとしてくれただけだし。減るもんでもないし」
ひらひらと手を振りながら笑うルフレ。
こいつはあれか。記憶と一緒に羞恥心も忘れたのか。
「そんなに気にするんならさ、今度君の裸見せてくれるだけでいいよー、あははー。あ、嘘。冗談冗談。ごめんってば。怖いよ、顔」
思わず鋭くなった眼光にルフレが怯む。
途端にしゅんと俯く姿は、女子というよりまるで子どもだ。
「とにかく、見たのは悪かった」
「ううん。僕こそごめんね?」
近付いて俺を見上げてくる姿に心臓が跳ねる。
さっき貸した俺の服がルフレには大きすぎて、胸元が開きすぎだ。
「リズか姉さんに服を借りてくる!」
部屋を出ようとするとルフレが腕をつかんできた。
「わー!待って待ってクロム!」
「何だ?」
「あのさ、僕が女の子だって、内緒にしててほしいんだ……」
「何で?」
「今更女の子だってすぐには思えないしさー……。それに、君といるなら男の方が都合が良さそうだし」
「ん?何の話だ」
ルフレは真剣な顔で俺を見つめる。
「僕は君と一緒にいたいんだ。君の側で、君のために戦いたい。その時にもし僕が女だったら敵に付け入られるかもしれない。もしかしたら仲間にもクロムが女を囲っているって笑われるかもしれない。そんなの嫌なんだ」
ぎゅっと強く拳を作って、ルフレは続ける。
「ただでさえ、こんな記憶喪失だなんて信用できない奴が何言ってるんだって思うかもしれないけど……。けど、僕は本当に君のすぐ隣に立っていたいんだ。僕にもどうしてか分からないけど……」
今にも泣きそうな顔になる。
「なんで泣きそうなんだ」
「だって、クロムが僕が女だからって笑われたらって思うと悔しくて……」
本当にそんな事を心配しているらしいルフレは深く頭を下げる。
「お願いだ!側にいさせてくれ!女だなんてみんなには言わないで……!」
「べつに笑われないと思うし、笑われてもいいんだが……。お前が言って欲しくないなら俺から特に言うつもりもない」
「本当!?」
「あと、お前の事は信用してるし、俺からもお願いするつもりだ」
「え?何をだい?」
ルフレから一歩離れて、姿勢を正して頭を下げる。
「お前の力を貸してくれ」
「クロム!?やめてよ!頭上げて!」
「側にいてくれ」
「…………」
ルフレの顔が突然真っ赤に染まった。
「どうした?」
「いや、なんか分かんないけど照れちゃった。ごめん」
本人もよく分からないといった風に首をかしげる。
今更裸を見られたことが恥ずかしくなったんだろうか。
今日から増えた軍師は手で顔を仰ぎながら、にっこりと笑う。
「二人だけの秘密、だね」
その時どうしてだか「こいつが女で良かった」と思った自分にまだ気付いていなかった。
言い訳
長いしまとまらなかった。
仕方ない。これが今の私の実力だよ。
ということでうちのルフレ君は男のふりした女の子でしたー!