ニコニコ日記・咲顔

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成田山新勝寺

2017年11月24日 | 歴史を歩く
11月23日(勤労感謝の日)勤労を感謝される日って誰に感謝されているんでしょうね。それとも感謝しなさいという日なんでしょうか。国が決めたから国から感謝されているんでしょうかね。ピンときません? 子供が親に対して感謝するのは分かります。そんなことを考えているとお米をはじめ農業・漁業を生業にされている方に感謝する日ならピッタリです。
  
昨日は帰らずに千葉駅前のホテルに泊って成田山新勝寺を参拝しました。小生の近所には、成田山不動尊があるので一度は合掌しなければと思っていたのとブラタモリでタモリさんと鶴瓶さんがブラブラしていた記憶で御縁を頂いたのでしょう。ところが朝から強い雨でホテルで少し時間をつぶしてJR成田駅には10時半に到着。まだ開店準備の中の参道を歩く。鰻と落花生が有名と聞いているけど11時前なのに、「川豊」という鰻屋さんは列を作っていました。一人じゃなー。名古屋でもひつまぶしは食していません。結局小生は、横浜でラーメンを食したのでした。
  
パンフレットには<939年平安中期に平将門の乱を鎮めるために、真言密教の寛朝僧正が京都・神護寺の弘法大師作の不動明王像を奉持して、この地で21日間の討伐祈願をしたのが始まり。「また新たに勝つ」という意味で新勝寺と名づけられ、東国鎮護の寺院となりました。> 
  
歌舞伎の市川團十郎が、跡継ぎに恵まれなかったので薬師堂で不動尊に子授けを祈願すると見事、待望の長男を授かったそうで、この祈願と感謝をあらわした舞台が大当たりした。それで市川家は「成田屋」の屋号を使うようになったそうです。
  
大阪の成田山不動尊とは比べもにならないくらいの敷地を1時間半歩く。今日は雨で人が少なかったけど年間一千万人が訪れ、明治神宮の次に参拝者が多いそうです。京都の神護寺と成田山新勝寺が繋がりました。また、神護寺の明王堂の額は七代目市川團十郎が書いたものです。
12時、一応何処に行こうかと考えたのは、上野ブラブラ、葛飾柴又、国立新美術館の安藤忠雄展など考えておりましたが、横浜に戻って帰ることにしました。
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