mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

わが身のセンサー

2019-05-26 08:33:51 | 日記
 
 今日(5/26)の午後、わが団地の通常総会がある。一年間務めた理事長役も、総会が終われば解任となる。この一年で何が変わったか。団地をとらえる視線が変わったような気がする。いま私は、団地全体を一つの身体のように感じている。建物も住民も全部合わせて、循環器系が動き消化器系が働き、呼吸器系が作用している、と。
 
 健康でなければ日常がぎくしゃくする。若いころはわが身の働きのどこがどうと気にすることもなく過ごしていた。自律神経というか、副交感神経というか、無意識の働きがうまく作動していた。ところが年を重ねるにつれ、手入れが必要になる。わが身の意思自体も行き届かなくなるから、若いころ以上に気遣いが必要になる。管理組合の理事会というのは、いわば神経系のセンサーの役割をしていると思った。
 
 団地の水回りは、謂うならば循環器系だ。毎週の水質検査、毎月の機器の検査、毎年の排水管の高圧洗浄という定型チェックなども、怠らず実施されている。ある号棟に生じた数年越しの水漏れ調査も、修繕専門委員会のバックアップを得て丁寧な運びがとられ、ひとまず決着をみた。ある住戸のIT利用の希望から判明した信号受信レベルの強弱に対応する業者とのやりとりは、修繕専門委員会の専門性に対する信頼を高めた。
 
 あるいは環境の整備。日頃環境ボランティアの方々が献身的に動いていることもあるが、環境理事という素人が樹木の剪定や水遣り、アブラムシの駆除などに向かわねばならない。そのボランティアの方々に助力を得て、何にどう対処するかを決め、業者に依頼する。これらの活動も、安定的な取り組みができるほど定着している。
 
 つまり、まだまだ自律神経がうまく作用しているということ。団地の管理業務の定型、ルーティンワークがしっかりしている。修繕専門委員会の方々や環境ボランティアの活動ばかりではない。住宅管理会社に委託しているとは言え、窓口業務を担当する事務の方、清掃作業の方の仕事が、日々着実に取り仕切られていることが、居住者に安心感をもたらし、理事会活動に安定感をもたらしている。
 
 こうして管理組合理事会という神経系のセンサーが機能する。むろんそれには、どのような人が理事になっているというチームの構成も影響があろう。だがそれよりも、どのようにチームワークを作り出すかが、大きい。人は相互に影響し変化する。消極的になるのも活動的になるのも互いにかかわる人の動きに左右される。
 
 今年の構成の中で副理事長の果たした役割が、ことに大きかった。PCの使えない事情を抱えた理事にかわって副理事長が、窓口事務の方と提携して、企画・立案・実施まで組み立てた。センサーは階段毎という身体の隅々に行き届いている。だがそれが起動するかどうかは、目配りと気遣いが働いていなければならない。そう感じさせる副理事長の動きがあった。
 
 「恵まれてますよ、(今年の)あなたは」とカミサンはいう。その通りかもしれない。動きの柱になる建築理事、環境理事、副理事長という感度のいいセンサーが存分に働いてくれたからこそ、理事会がお役目を滞りなく果たせてきた。
 
 今朝、最後の「日報」がポストに入っていた。窓口事務の方から、「本日が最後の日報です。1年間ご苦労様でした」と慰労のことばが添えられていた。それに付箋が付き「こちらこそ、この1年間お世話になり、ありがとうございました。2019年度もよろしくお願い申し上げます」と副理事長のご挨拶が記されている。ほんとほんと。お世話になりました、こちらこそ。
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