mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

地底から湧いてきた「暮らし」――鳥甲山

2018-10-19 11:59:06 | 日記
 
 一昨日から2日間、鳥甲山へ行って来た。何しろ山深いところに位置している二百名山のひとつ。越後湯沢からレンタカーで入り、苗場山に連なる山の北の方、いわゆる魚沼地方の平地へ回り込んで、国道405号線を南下する。すべて一般道を走る。どんどん山深く、中津川の谷筋を下方にみながら辿る。ところどころに扇状地らし広く開けたところがあるものの、道は山体の中腹をぐるりと経めぐって標高が高くなる。いや、こんなところに人が住まわっているのだと、同行のひとりが、ため息をつくように声を出す。
 
 うかつにも私は、そこを新潟県だと思っていた。ところが土産物売り場の品物が、信州産のものばかり。えっと思って、「秋山郷」というパンフレットを手に取ると、「信越・秋山郷」と名づけて、越後の津南町と信州の栄村とが共同で地域開発をして「秋山郷」として売り出していると分かった。私が入った地域は、「北信州・栄村」の最南端であった。
 
 そこから少し西へ向かうと、奥志賀を経て志賀高原に出る。新潟県に属する苗場山や佐武流山の登山基地もあって、むしろ山としてはそちらの方が賑わっているようであった。温泉地がたくさん名を連ねる。そう言えば、栄村に大地震があったと思い出した。
 「積雪が7m85cmを記録したこともある日本有数の豪雪地です」とパンフレットに記される雪深い地である。
 
 一日目は晴れ。予報では、二日目は90%の確率で雨。「今日、鳥甲山に登ろうよ」とkwrさんは言う。大宮を7時半ころに出て1時間後にはレンタカーで走っていた。10時ころには登山口に着ける。鳥甲山のコースタイムは8時間10分。どう考えても6時ころの下山になる。ダメダメ。でも、今日上りたいと思うほど、気分のいい晴れであった。中津川沿いの景観地のいくつかを訪ねる。ひとつは揺れる吊橋を渡り苗場山の登山路を辿る。だが、あまりの奥深さと急斜面に「道を間違ったんじゃないか」と疑念が浮かび、引き返す。大瀬の滝入口の土産物屋駐車場には30人乗りほどの観光バスも来てたくさんの人が滝の方へと歩いて向かっている。
 
 鳥甲山の案内をパンフレットは「二つの登山ルートがある鳥甲山は、第二の谷川岳といわれるほど岸壁が険しい。途中にある万年雪が清涼感を呼ぶ」と書いている。懸崖が紅葉に包まれてそそり立つ。天池からみたときには頭に雲をかぶっていたが、明日登る稜線がきちんと見える。なるほどなかなか近づけなかった山だと感慨深い。
 
 麓の紅葉はまだまだだが、標高の高いところは見事に色が変わってきている。お昼に切明温泉まで行ってしまった。道路の上から見下ろす雄川閣は、まるで映画村のセットのように池と駐車場の広場を取り囲むように屋根の尖った黒い古民家風の屋並が連なる。その中央に幟を立てテントを張って、キノコ汁を売り出している。わんさとキノコが入っている。いや、おいしい、と舌鼓を打ちながら、そう言えばキノコ取りに入って滑落した年寄りがいたなあとわが身を振り返って話が交しつつ、お弁当を広げる。パンをもってきていたkwrさんは魚沼産コシヒカリのご飯を注文して食べている。わが家のも高知梼原産のコシヒカリなのだが、炊き方が違うのか元が違うのか、宿のコシヒカリご飯は、確かにうまかった。
 
 午後2時ころだったが、再び訪れた切明温泉の雄川閣はチェックインしてくれ、明日の打ち合わせも済ませて、部屋に入る。温泉は24時間OK。露天風呂は野外を20メートルほど下った河原に面した上のところにある。見下ろすと河原で足湯をしている人が見える。宿でもスコップを貸しだしている(らしい)。河原に出て掘り出すと温泉が湧きだすそうだ。「大岩の陰ならパンツ脱いで入れるよ」と常連らしい年寄りが笑って話してくれた。露天風呂は熱かった。kwrさんが水道の水を埋めてくれたが、それでも熱い。そうだ、上高地の徳澤園の風呂がこうだったと思い出した。43度はあろうか、熱いが首まで使ってじっとしてしばらく経つと、肌になじんでくる。水が揺れると熱さが湧き起るような感じだ。石鹸をつかってはいけない温泉だから、高温なのかもしれないと思う。内風呂はほどよい暖かさであった。
 
 風呂上がりに缶ビールで一杯やる。フロントに置いてあった純米酒「秋山郷」に手を付ける。女性陣も風呂から上がり、ビールをもってきて加わる。この夏の山の話し、この冬の山のこと、リハビリ回復中の山の会の人たちのことを話しながら、気が付くと夕食の6時になる。結構な人数が泊まっている。山歩きの人たち、渓流釣りのグループ、温泉三昧の旅人もいて、楽しく話が弾んでいる。料理も、品数を多くして飽きさせない。コシヒカリのご飯がおいしい。イワナの塩焼きが一番うまかったとkwrさん。夕食後にひと風呂浴びて、床について気が付いた。天井が吹き抜けになり、大きな太い梁が2本渡されて、古民家風が徹底している。暖房の効率が悪いだろうなあと思うが、今の季節にはちょうど良い。入口のちょいの間のあかりがぼんやりと天井に映えて、心地よく寝入った。
 
 二日目、朝4時半に起床。雨は落ちていない。夜中の音は川のせせらぎの音であったか。朝食はおにぎりにして、昨夜もらっている。5時半前に宿の車が先導して出発する。下山口に私たちのレンタカーを置いて、登山口まで送ってくれるという寸法だ。予定通り6時に登山口に着き、宿の運転手に感謝する。まだ雨は降っていないが、雨着の上着とオーバーズボンをすでに穿いている。登山口の駐車場に車を止めて準備していた二人連れが先行する。下山口に自転車を置いていた人たちだ。
 
 だが出発してすぐに、大粒の雨が落ちてきた。予報通りだ。木の葉にあたる音が大きい。先行していた二人連れが立ち止まって雨着を身につけている。私たちが先行する。いきなりの急登。それがどこまでも続く。上りは1100mの標高差を登らなければならない。下りの標高差は1200mだ。雨はしかし、ブナの樹林に遮られて直に降り当たらない。汗ばむが気温はそれほどでもないから、身体が濡れるほどではない。kwrさんを先頭に順調に上る。先ほどのアラフィフの二人連れが追いついてこない。ずいぶん後になっても登ってこないところをみると、降り募る雨に負けて今日の登山を中止したかもしれないと思う。じっさい下山してみると自転車はすでになくなっていた。早立ちで登山口に来る地元付近の人ならば、わざわざこんな雨の日に上ることはないと考えて当然だ。
 
 1時間ほど登って稜線沿いに出ると、雨はうんと小降りになり、冷たい風が吹き寄せてくる。最初の岩場が現れる。梯子のついた直登よりも、新しい鎖を張った左のリッジを辿る方が、切れ落ちた崖ではあるが、足場も手をかけるところもたくさんあって通過しやすい。緊張を解いて目に入るのが紅葉だ。ブナの赤茶けた黄色、ミズナラの茶色、ツツジやモミジの赤やナナカマドの真っ赤な実が映えて、両側から押し寄せるようだ。
 
 急な上りは一向に終わらない。「白嵓の頭」と薄れかけた小さな表示板がある1944m地点まで、3時間20分かかっている。コースタイムは4時間だから、ずいぶん早いペースだ。岩とか上りに強いkwrさんらしい歩きだが、前半が早いと後半に響く。ゆっくりねと、声をかける。剃刀岩と名のつく岩場に来た。先頭を代わって私が先行する。最初の岩を越えてから基部を迂回するとあった。もう回り込んだかというところの左手に「通行禁止」と表示があり、正面には長い梯子がかかっている。なるほどここから岩の上部にまわるのかと思って、上る。梯子はぐらりぐらりと不安定だ。上まで上り、後続を待つ。全員上ったところで、先の踏み跡をたどるが、すぐに踏み跡はシャクナゲの群落のなかに消えてしまう。振り返ると、カミソリの名の通り、岩峰がごつごつと、厚い雲間にそそり立って見える。どうもここは、剃刀岩の眺望を楽しむだけに登る梯子のようだ。間違えた。先ほどの「通行禁止」の表示は、じつはこの梯子のことを指していたと思われる。揺れる長い梯子を下ると、右へと降るルートが目に入る。こんなに下っていいのかと思うほど、どんどん下る。そうして再び上りになったところで、前方にぐぐっと野草のトリカブトの花のように盛り上がる山頂が見える。これが鳥甲山の由来か。くたびれたころ、山頂への分岐に出た。振り返ると雲が薄らぎ、剃刀岩とおぼしき直立する岩峰が向こうに立ちはだかっているのがぼんやりと浮かぶ。あの岩峰の先まで行っていたら、降りるわけにはいかないやねと笑う。
 
 分岐から山頂までは5分であった。11時5分着。なんとコースタイム。5時間かかっていた。2037m。雨は上がり、西の方も東の方も、山並みが見えるようになる。ことに北東の方向には青空が広がり、あれがこちらに来てくれるといいねと誰かが言う。出発地点の雨がウソのように思われる。三度目のお昼にする。立ち止まっておにぎりをほおばる10分くらいの休憩を二度ほどとっていた。今度は座って、コーヒーを淹れる。私は残したおにぎりを食べたくない。kwrさんはおにぎりを二つとも食べ終わり、持参のパンにかじりついている。私にもどうかとパンをくれた。少し冷える。羽毛のベストを着こんだ。
 
 雨が落ちてきた。雨はすぐに上がったが、25分の休憩で切り上げて下山にかかる。11時半。上りのような岩場はないはずだが、痩せ尾根の稜線歩き。50センチほどの幅の尾根、右の東側は崖になり、左の西側は樹木が生えてはいるがやはり切れ落ちている。滑るのが怖い。1時間半ほどで着くはずの赤嵓の肩になかなかつかない。2時間歩いてスマホを出してGPSをみると、すでに肩を400mほど過ぎている。この赤嵓の肩から下山口までは稜線沿いの直滑降だ。斜度は30度はあろう。ジグザグを切るでもなく、一散に下山口を目指す。落ち葉が降り積もっている。そこへもってきて今朝ほどの雨。乗せた脚がつるりと滑る。傾斜に腰が引けるから余計に滑りやすくなる。来る前に読んだ記録でも「5,6度滑った」とあった。私も4度ほどすべり、一度は5メートルほど大きく滑り落ちて止まらなかった。kwrさんもくたびれてきたか、「7度くらいかな、滑ったよ」と下山後に話していた。「車の音が聞こえるよ」とstさんは言う。それはそうだ。標高差は250m、車道までの距離は500m、それ程の傾斜なのだ。それでもストックを突き、木につかまり、大きな段差を下りに下り、下山口に着いたのは2時50分。歩き始めて8時間45分であった。剃刀岩に登るおまけまでついていたが、ほぼコースタイムで歩き通した。あとでみると「中級+上級コース、登り5時間、降り4時間」とパンフレットにあった。合計9時間のコースだったわけだ。
 
 いや、面白かった。じつは草花もそれなりに咲いていた。上りにみたミズナラは大きくならず、積もる雪の重みに耐えるようにぐぐっと斜面の下の方へ幹を曲げて伸ばしている。ハイマツならぬ這いミズナラだねというほど。ところが山頂部にあったミズナラの大木は、四方八方へ何本とも数えられぬほど枝を張り伸ばし、まるで助けてくれえと叫び出しているような風情であった。7メートルもの降雪に耐えに耐えて、なおかつ生きのびようとする気力が地底から湧いてきているように思えたのであった。思えば私たちのご先祖も、そのように生きてきたのであったろう。その苦労と知恵の恩恵を受けて、今私たちはのほほんと山歩きをしている。申し訳ないが、ありがたい。いや、ありがたや、ありがたや。

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