mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

男と女――心の底が根腐れを起こしている

2016-04-14 09:10:37 | 日記
 
 昨日読み終わって記したミシェル・ウェルベック『服従』の感懐が、今朝方の寝床の中で甦って、別の焦点が浮かび上がる。昨日は、フランスにおけるイスラーム政権の誕生を「仕立て」と呼んだ。だがそれは、現在の体制を変わらぬもの、変えることにできないことと見ている私の固定観念ではないのか、と。その「仕立て」の方に目を移すと、畏るべきイスラームの「おしえ」がはっきりと浮かび上がってくる。
 
 そのひとつ、女の扱いについて。ご存知のようにイスラームでは女性は仕事を持ってはならないとある(現実には諸態様があるが)。フランスのイスラーム政権は、企業が支給する家族手当を驚くほど高くすることを法制化して、女性の処遇を保障する。女性の労働力が社会から退場することによって、(男の)失業問題は一気に解消される。もちろん男は、いっそう働くことになるのであろうが、企業も(そこに関わる人たちの)共同出資・共同経営という趣旨が根柢にあるから(たぶん)企業留保金ばかりが増えて賃金を渋るというコトは(たぶん)怒らないとみているのかもしれない。そのモンダイに、この作品はこれ以上触れていない。
 
 では、女はどのように生きていくか。「家庭」に留まる。生まれた「家庭」から、婚家へ移る。男は四人まで妻を娶ることができるが、それは当然それだけの家族を養える力を備えたものの、「弱肉強食」の論理が働いている。つまり、資本制の競争原理と齟齬をきたさない。女のモンダイとしては、妻は平等に扱われなくてはならない(と男たちには義務付けられ、女たちには保障される)。それだけでは片付かない側面が大いに残るが、母系社会的に構成されていた平安時代のころのことを想い起すと、妻たちの関係が(平等かつ)友好的にかたちづくられていけば、「家庭」は安定的に保持される。
 
 たぶんここで、どのように男と女の出逢いが生まれるのか、ということになろう。ひとつは(キリスト教的に)「愛」が語られるのではなく、(人の欲望としての)「性」が肯定される。キリスト教の人間中心主義が(欺瞞的だとして)ニーチェ的に暴かれるのはこの部分だ。出逢いは、家庭を維持する「能力」に応じて、仲介者が世話をする。そういえば、ほんの一昔前(私たちが子どものころ)まで、(世話焼き婆を介して)「見合い結婚」が一般的であった。現代は、愛の物語りに溢れているが、それを性の物語りと読み替えれば、現実存在の人にとっては、それほどの齟齬をきたさない。『服従』も、その点をしっかりと拾って主題化している。だがこれは、男に都合よく語られた物語ではないのか。
 
 もちろん現代日本の女たちにとって、イスラーム的な女の現実存在が齟齬なく受け容れられるとは思わない。まず「家庭」に留まることに我慢できない。女性の社会的な活動領域が多彩に存在する。能力もまた、男と並ぶかそれ以上にあるのは間違いない。もちろんイスラームの女たちも、映画を観たりコンサートに足を運んだりしないわけではない。勤めをもったり、社会活動に参画している人たちもたくさん存在する。この作品ではそのような場面を描いてはいないが、トルコやモロッコ、エジプト、あるいはイランにおいてすら、デモにまで参加している女性たちを(映像でだが)見かける。
 
 つまり、イスラームへの移行期に、ゆっくりと(それまでの社会慣習的な規範と)混ぜ合わされて社会規範が変化しはじめることを考慮に入れれば、私たちが経験してきた世界と大きく隔たるわけではない。ただ一点、人間中心主義ではなく(つまりアイデンティティ/自己実現と名づけられた、神からの自律ではなく)、神への服従によって人として自律するという明白な(実存の)根拠を手に入れる。それが、この作品の描き出している地平である。
 
 《もしもイスラームが政治的でないのであれば、イスラームの意味はない》というアヤトッラー・ホメイニのことばが引用されているが、まさに「実存」こそがイスラーム哲学の根源にある。近代ヨーロッパがかたちづくってきた価値の大転換を、イスラームはイメージしていると言える。
 
 伝統的家庭の保持存続という、現代日本の保守派の固持している規範は、同じ彼ら自身が推奨する経済社会の発展論理によってぐずぐずと齟齬をきたしている。にもかかわらず日本の政権は、それに気づかないことによって朗らかにアベノミクスのお題目を唱え続けている。神を畏れよと、誰に向かって言いたいのか、他人事ではなく心裡に響くところがある。豊かな時代を過ごし過ぎて、心の底から根腐れを起こしているのかもしれない。
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