mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

天晴の会津駒ケ岳

2020-10-03 15:38:59 | 日記

 会津駒ケ岳に登ってきた。2泊3日。何とも時間をゆったりと使った贅沢な山行。9/29(火)に現地登山口の檜枝岐村見通に入ってテントを張った。見通が「みづうり」と読むことを、地元の土産物売り場で知った。「ミヅーリ」とカタカナで書いていたから、アメリカのミズーリ州と縁でもあるのかと思ったほど、意外な読み方だ。この檜枝岐村も「桧枝岐」といれると、「検索」が反応(ヒット)しない。
 現地で午後3時に落ちあう。道路検索を掛けると、4時間55分と出る。だが昨年行ったときは、4時間で登山口に入った記憶があるから、午前10時ころに家を出た。涼しくなっている。ラッシュも過ぎて、のんびりと年寄りのgo-to。秋の交通安全週間とあって、高速道路も皆さんゆったりと走っている。那須塩原ICから一般道に入り、日光国立公園の北端を越える。道路は塩原の中心街を通らないでいいようにバイパスができている。冬に備えて、道路工事が行われている。片側通行が何ヶ所にもあったが、それも苦にならないくらい、順調に抜けた。会津西街道に入って「道の駅たじま」でお昼にしようと休憩をとる。そこで、同行のkw夫妻と出逢う。彼らも、お昼を採ろうと立ち寄っていた。かき揚げ蕎麦を食べた。「その混ぜご飯も美味しいよ」というオバサンの声につい買ってしまって、それは夕飯になった。
 キャンプ場は、国道のわきにあるのだが、カラマツの林の中。テント場の先には伊南川が流れ、その向こうは会津駒ケ岳につづく山体が迫り出してきている。道を挟んだ向こうにはアルザと名づけられたレストランが並び、その先に村営の温泉施設が午後だけ営業している。ひっそりとしていた。私たち以外に、後から2組のテントが入ったが、キャンプ場全体は、静かなたたずまいであった。さっそくトイレをチェックしたkwrさんはシャワートイレだと喜びの声をこぼす。水場もある。キャンプ場管理のオジサンが計算た料金は、車2台、人3人の二日間で、9000円。kwrさんは「安いんじゃないの?」とオジサンに言うが、笑顔で、「これも」と、温泉の入浴券を3人分くれた。後で分かるが、無料の入浴券であった。
 テントを張る。kwさんたちはもうひとつブルーシートをもってきて、食事宴会用に敷いて椅子とテーブルを据える。私もディレクターズチェアを手に入れてきて、鼎談がはじまる。kwmさんが選んだという会津の純米吟醸酒が美味しい。まだ午後2時。
 「こんな調子じゃ、たいへんだよ」と、お酒が美味しいと言っていたkwrさんが警戒をする。何しろ明日の山は、標高差1100m。行程は7時間半ほど。それを日帰りするわけだから、心配するのも無理はない。でも、3時間もかけて3人で、日本酒4合だから、つつましやかなものだ。何をしゃべったか覚えていないが、ふと気づくともう5時前。夕飯の準備にかかり、私は道の駅たじまで買った混ぜご飯に、ちょっと変わった味付けのレトルトカレーをかけて頂戴した。
 7時には寝袋に潜り込んでいた。深夜11時ころトイレに起きたとき、カラマツ林の合間から漏れ来る月明かりの明るさに驚き、見上げると十三夜の月が煌々と照り輝いていた。沢音がその明かりをちりばめるように響いている。
                                            *
 第二日目(9/30水)、目が覚めたのは3時48分。おおむねこの時間に起きようと考えていると、その頃に目が覚める。とはいえ、9時間近く横になっているのだから、ま、目が覚めて当然か。起きだしてトイレに行き、顔を洗い、朝食の準備にかかる。今日はテントをそのままにしておけるから、時間はかからない。生姜入りの甘酒と温かいインスタントの素麺。それに真空パックした卵のサンドイッチ。朝の空気が冷たくない。気温は7℃。こんなものか? ちょっと体感が狂っているのかもしれないと思う。
 5時半前に車1台で出発。まだ暗いうちから登山口へ向かう車が通る。会津駒ケ岳ばかりでなく、この先には御池という登山口もある。さらにその先には尾瀬沼へ向かう最短の沼山峠登山路もある。人気の登山エリアなのだ。滝沢登山口はすぐに分かった。林道に入り込んでくねくねと下の沢に沿って2kmほど登る。林道の空き地に車が止まっている。その一番上まで詰めてスペースに車を置く。すでに十何台かの車がある。人気の山なのだ。後から来た車の女性が「トイレありますか」と訊ねる。なかった。「青空トイレですね」と応じる。
 歩き始める。5時45分。足元はすでに明るい。すぐに急傾斜の階段を上って登山道に踏み込む。ここからしばらくは、急傾斜がつづく。「ゆっくりね」と先頭のkwrさんに声をかける。朝陽がシラカバの林を抜けて差し込む。オオカメノキが赤と黒の実をたわわにつけて、野鳥を歓迎しているみたいだ。ほぼ1時間以上の急登。その間に、後から登って来た登山者が追い越してゆく。遠慮する方もいるが、「若い人は先に行きなさい」と道を譲る。すぐに姿が見えなくなる。
 標高1650mほどの「水場」に着く。歩き始めてから1時間半。本当にkwrさんはコースタイム男だと思う。ベンチに眼鏡を忘れた人がいる。帰りに気づくだろうと、ベンチの目につくところに置き直す。涼しいが冷えない。いちばん山歩きにいい季節だ。ブナや巨大なダケカンバが目につく。
 ここから上は、ところどころに木の土留めが設えられて、階段のようになっている。雨で土が崩れ落ちないようにしている。黄色や赤に色を変えているカエデやオオカメノキ、ガマズミ、ウルシなどが目につくようになる。秋だ。木陰から見える東の方は、雲海が広がり、ところどころに帝釈山や田代山など、山の頂た姿を見せている。雲海の下は、会津から檜枝岐村に南下する国道沿いの町々があるはずだ。
 標高が2000mを越える辺りから木の背丈が低くなり、会津駒ケ岳の山体が緑の木々をまとって大きく広がっていくのが見える。ところどころに朱色が点在しているのは、ナナカマドだろうか。池塘のある手近の草付きは、すっかり色を変えて草モミジになっている。秋が深まる。駒の小屋が青空に浮かぶように姿を見せる。まるでスタジオ・ジブリの映画の一場面の絵のように感じられる。脇に盛り上がる駒ケ岳よりもランドマークのようだ。
 おや? テントがあるぞ、とkwrさん。近づいて分かるが、木道を補修する資材の運び上げたものであった。ヘリコプターが往来したのであろう。小屋に近づくと、大きなテントが張ってあり、電気を起こす発動機の音が聞こえる。脇の池にはビールを冷やしてある。その向こうに目をやると、十人ほどの若い人たちが木道をとりかえている。たしかに木道は、あちらこちらで傾き、崩れ、朽ち果ててとても足を乗せるようではなくなっている。
 「環境省かな?」とkwrさん。国交省じゃない、と私。駒の小屋下の特設テントの脇に「檜枝岐村施工工事」とあった。国の補助金は入っているのであろうが、冬前にこうした工事を終えてしまおうとするのは、たいへんな事だ。コロナの影響もあって、工事が遅れているのかもしれない。古い木道を取り除き、新しいのを設置して、その木道の上に滑り止めの金具を打ち付けている。それで思い出した。去年同じ時期に駒の小屋に泊まった私が、日の出を観ようと外へ出たとき、木道が凍りついていて、2度ほど転んだのだった。人気の山だから、こうして取替工事を急いでいるのであろう。
 小屋から15分ほど登ると会津駒ケ岳。山頂は背の高い木々に囲まれて見晴らしは良くない。だがしっかりとした山頂表示の柱が立てられ、古く朽ち果てそうな、山名表示板が西と東に向いて設置されている。那須連山、奥日光、谷川岳、武尊山、尾瀬の山々、平が岳や越後駒ケ岳など、登ったことのある山の名が記されている。「あちこち行っていて良かったねえ」と言葉を交わす。
 駒ケ岳の山頂から北西の方へ下る。ここも木の階段が設えられていて、補修されている。滑り止めもついているが、歩幅に合わなくて歩きにくい。眼下に中門岳への大きな山体が一望できる。草モミジに覆われ、ところどころの針葉樹の緑と相まって、箱庭の景観を観ているようだ。
 駒ケ岳を下りきったところの展望が開ける。尾瀬の燧岳がどっしりとした姿を間近に見せる。遠方に至仏山、景鶴山、平が岳、越後駒などの山が重なり合うように連なっている。振り返って駒ヶ岳の方を見ると、笹原が午前9時の陽ざしにキラキラと輝いてまぶしい。草付きと池塘を若干の上り下りをくり返してすすむと、大きな池があり、「中門岳 あたり一帯をこう呼ぶ」と名づけた大きな標柱がたっている。ベンチもあって、ここが山頂かと思ってしまうが、地理院地図だとその先に2060mの山頂が記されている。山頂にもいくつも池塘があり、広い平坦な草付きと周りを取り囲む背の低い針葉樹があり、東側が開けて木製のベンチが四つ。6人ほどの人がすでに座っている。東の方に那須の山々が見える。南の方には奥日光の女峰山、小真名子、大真名子山、太郎山と男体山、三つ岳も凸凹の山頂を並べてそれと分かり、その西に、以北最高峰の日光白根山の独特の山頂が際立つ。
 ここで20分ほどお昼をとる。帰りの道は逆光になるが、来るときとまた違った風に景色が見えるから、面白い。崩れかけた木道にバランスを取りながらkwrさんの歩みは順調だ。やってくる人がいる。登山口でトイレの在処を聞いた人も来ている。単独行が多いねと、kwrさん。女の人たちも、ずいぶんと多くなった。駒ケ岳の山体を巻いて駒の小屋へ向かう。霧が出てきた。木道工事をしている人たちが雲のかかりはじめた下にみえる。これもまた、絵になる。小屋下には、コースタイムより少し早く着いた。
 光の加減だろうが、下るにつれ、紅葉が目に付く。カメラに収める。後から下山する人が来ると、道を譲る。そうだ私たちは、「喜寿コースタイム検証チーム」だと思う。kwrさんというタイムキーパーを先頭にして、歩く。昭文社の地図などに記されたコースタイムが妥当かどうかチェックして歩いているようなものだ。1時間10分のコースタイムを、2~3分しかたがわないペースを維持している。今回は壊れたスマホが機能しないので、高度計だけが私の頼り。それにkwrさんの歩度が地点を明示してくれる。ま、それほどにルートはしっかりとしていて、危なげがないということだ。
 林道の降り立つ。13時10分。出発してから7時間25分。休憩時間をふくめて、おおむねコースタイム通り。お見事でした。
 キャンプ場に戻り、風呂へ行く。温泉は13時から17時までの営業。なんとももったいない。お客はほとんどいない。露天風呂に浸かってゆったりと身をほぐす。風呂を出てすぐ脇のレストラン&土産物屋に、生ビールがあるというので注文する。なんと15分近くもまたされた。生ビールを注文する人がいなかったため、機器の操作をどうやるか、手馴れた人がいなかったとか。そういえば車で来る人ばかりのこのレストランで、生ビールを飲む人がいないのは当然か。
 檜枝岐歌舞伎の解説本とかそば打ちの大きな木のボール(器)などを売っている。一つが2万円もするなど、なかなかの力作。栃の木のハチミツもあった。
 こうしてご機嫌になってキャンプ場に戻り、椅子とテーブルを出して宴会の準備。明日は何時に起きてもいいから今日はゆっくりできるとkwrさんもご機嫌。そうはいっても、夕方7時には日が暮れて、明日朝6時まで寝ても11時間もあるよとおしゃべりをしながら、白ワインを空ける。kwさんがおつまみをつくってくれる。そのままテーブルで夕食のパスタをつくり、テントに潜り込んだのは7時ころであった。
  驚くなかれ私は熟睡して、途中二度ほど目を覚ましはしたがトイレにもいかず、気が付くとテントが明るい。時計を見ると、朝6時少し前。冗談じゃなく、11時間も熟睡した。こうして疲れをとっているんだと、わがことながら感心した次第。このスタイルの山行は、癖になりそう。テント泊なら、あとは寒さをどう防ぐかだけだね。
 7時過ぎに出発して順調に帰途に就き、10時45分頃には帰宅していた。関東平野も雨ではなく、そこそこ涼しい。まったく、天晴の会津駒ケ岳であった。

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